世界を滅ぼしたいかと問われたから滅ぼしたくないと答えた。ただそれだけです。

はるた

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「なぁ、世界滅ぼさないか?」

 その人は満月の夜に私の前に現れた。月明かりで染めたような白銀の髪が風になびいている。

 この世の者ではないような美しい人。いや、本当に人ではないのだと思う。そうでなければ夢だ。

 ここは屋上。私は柵に寄り掛かり、月を眺めていた。そこへこの人は突如姿を現した。

 今、私は一歩踏み出せば天へ昇れる状況にある。したがって私の目の前に人がいるという事態はありえないのだ。
 ありえないのに、私の正面には人がいる。宙に浮かび、世界を滅ぼそうと脈絡も無しに口にする。

「…………は?」

 変な人には関わってはいけない。誰に言われたでもなくそれは小学生でも分かること。

 人だったら何かしらの対処はできる。正当防衛というものもあるし法律で裁くことも可能だ。

 ただ、明らかにただの人ではなさそうな人(いや、生物とでも言えばいいのか?)に絡まれた時にはどうしたらいいのだろう。法律は意味をなさないだろうし、逃げることが一番良さそうだけれどこれは果たして逃げられるのだろうか。

 今の状況で逃げるとすれば柵を越えなければならないし、慌てると地面に落ちてジ・エンドだし、私に出来ることと言えば何を言ってるんですか?と阿呆な顔して馬鹿なフリをするしかない。

 まずは理解力と語彙力の無い話が通じない奴だということを示すためにたった一文字。さっさと呆れて去ってくれよと一文字に力を込めて祈る。

「この世界を滅ぼしたいかって聞いてんの。分かる?はいかいいえで済む話。簡単でしょ。ほら、どっち?」

 祈りは簡単に折れた。

 分からないから去ってくれないかな。

 世界を滅ぼすかどうかって、はいかいいえで簡単に済ませちゃいけない話でしょ……というツッコミをしたいが、相手が何者かが分からないため安易に怒らせてはいけないだろうと理性のブレーキを働かせて私は黙り込む。

 はーやーくーと1分も経っていないのに急かすのはやめて欲しい。

 ほんとかどうかは分からないけれど、仮にほんとのことだとして、世界が滅ぶとかそういうスケールの大きなことをただの女子高生である私に託していいものなのだろうか。
 なんの説明も無しに世界滅亡の有無について聞かれて分からないなりにも真面目に考えて答えようとしているのに、その相手はまーだぁ?とこちらのことなんて考えもせずに回答を迫ってくる。
 
 あぁもう、うるさいな。

 答えは元から決まってる。ただ、なぜ私に聞くのか分からないから答えあぐねているのだ。

「お前さぁ死ぬつもりなんだろ?なら、一人で死ぬか全員で死ぬかじゃん。この世界が嫌いになったから死にたいんでしょ?どうせ死ぬならついでにちゃちゃっとイヤーな世界も終わらせよーぜ」

 人の見た目をした人じゃない何かは私の隣にやって来て私の肩に腕を乗せる。さながら酔っ払ったおっさんの絡みのように。

 美しいからまだ許される。そもそも人ではなさそうだから諦められる。逃げられないことに。

「あぁもしかしてリスクとか考えてる?へーきへーき。はいって言ってもお前にはなんの責任もリスクもないよ。ただ誰かしら人間の同意がいるらしくてさ、たまたまお前が目に付いたからお前ってだけで何の意味もないから気楽にはいって言っちゃえよ。な?」

 好きなら告っちゃえよと男子高校生のノリのような気軽な物言い。

 いや、違うな。

 これまで意識していなかった人から告白をされて返事をどうしようか迷っていると相談したら、とりあえず付き合えば?好きになるかもしれないし、嫌になったら別れればいいじゃんって答えてくる人の方が近い。
 真剣に悩んでいた私と勇気を出して告白してくれたであろう相手を軽く扱うようなノリで、とりあえず世界を滅ぼしちゃおうぜと言っている。
 違う点は、一度世界を滅ぼしてみたけどやっぱやめたとはできないところだ。ノリではいと言っていいものじゃない。

 しかし、そうか。たまたまか。たった二文字で世界は滅びてしまうのか。世界って案外簡単に終わってしまうものなんだ。

「てことでもっかい聞くよ。いい?あなたは世界を滅ぼしたいですか?ほい。はいかいいえで答えて」

 私の答えは元から決まっている。だが、たまたまでもなんでもちっぽけな私に大きな大きな世界の存続がかかっているだなんてなんだか笑ってしまう。

「あなたは世界を滅ぼしたいんですか?」

「はいでもいいえでもないじゃん」

 げぇという顔をしても美しいなと思う。決定権は私にあるらしいからこれくらいは聞いてもいいだろうと思ったのだ。

 私の肩から腕の重さがなくなり、最初と同じように月をバックにして私に向き合う形となった。

「この世界が終わったら俺は次の世界の神様になれるんだよ。これ逃すと1000年は待たないとだから人助けだと思って協力して」

 あなたは人ではないだろというツッコミは置いといて、一人称が俺だからどうやら性別というものはあるらしい。
 へぇ。中性的な顔だったが、肩を組まれた時のゴツっとした腕や手などまぁ身体的に男らしいといえばそうかと納得する。
 
 私としては、よく分からない生物(?)が男でも女でも人間でも人間でなくともどっちでもなんでも構わないけれど。ひとまず男とすることにしようか。

 その美しい男は自信に満ち溢れた表情で、私に向かって手を差し出す。

 世界とか神とか1000年とかとにかくやたらと規模が大きすぎて、ただの人間の私には全く理解ができない。

 ただ……。

 人助け、か。私は呟き、男に微笑んだ。

 男も私に微笑みを返す。天使のようにとはこの時に使うべき比喩だったのだなと少し見とれながら私は答えた。

「いいえ」

「……は?」

 男は一番最初の私と同じ反応をした。でも私とは違って、ありえないという気持ちからの一文字だろうけど。念の為、聞こえなかったのかもしれないから、もう一度言っておこう。

「いいえ、です。私は世界を滅ぼしたいとは思わないので」

「はァァ?」

 表情豊かな人外もいたものだ。見た目は人間だからだろうか。

「では、私はこれで」

 軽く頭を下げてから柵をよいしょと乗り越える。ここで手が滑って地面に落っこちたりしないかどうか割といつもどきどきする。

「ちょっと待て、お前!なんでだよ?てか死ぬんじゃないのか?」

 家に帰ろうと歩く私の横に浮遊霊のように男は飛んで来た。

「別に死のうとしてた訳じゃないので」

「いーやあれは死のうとしてたね」

 なぜお前が否定する。生きることはいいことなんじゃないのか。みんな口を揃えて言っている。生きることは素晴らしいことだと。死にたいと思うのはおかしいことだと。人はみんな言うのに……。

 あぁそっか。人間じゃないからか。だから普通に言えるんだ。死のうとすることはおかしくもなんともないかのように。世界を滅ぼそうとしているくらいだ。たった一人死んだところで、だからなに?程度なのだろう。

 階段を下りて、鍵の壊れた門から私は歩道に出る。

「……どうしても世界滅ぼしたいのなら他の人に同意を求めてください。さようなら」

「お前に決めちゃったからダメなんだよ。やり直しも1000年かかるの。分かる?」

 テキトーに決めるからでしょうよ。そんなんで世界滅ぼして神になるとか楽観的すぎやしないか?

 頼むよぉと情けない声を出すんじゃない。神になりたいという者がそんなんでいいのか。

「いいえって言ったのだから諦めて下さい。さようなら」

 どこまで着いて来るんだろうと思って冷たく言い放ったらこれまでピッタリ横についていた男がピタッと立ち止まったので少し罪悪感があるけれど、そのまま無視して私は歩く。

「俺はっ!諦めないからなっ!今日はもう夜も遅いから諦めてやるけど!絶対!ぜぇーったいに!諦めないからなー!!!」

 夜も遅いと気を配れるのなら声量も気にした方がいいと思う。近所迷惑だよ。

 私は夜が好きだ。この時間がずっと続けばいいのにと思う。

 しかし、今夜だけは早く朝がきて欲しいと思った。

 それは果たして良いことなのか悪いことなのか。

 夜が明けても答えが見つかることはないだろう。

 いや、やっぱり悪いかも。
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