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彼の存在の証明は私にしかできない
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教室に入ると見知らぬ男子がいた。
彼は私やクラスメイトたちと同じ制服に身を包み、まるで生徒のようにそこにいた。
しかし私は転校生が来るという話も彼を転校生と紹介された覚えも無い。
クラスメイト全員のことを認識しているかと問われるとすぐに「はい」とは答えられないが、それでもどこぞのイケメン俳優並に整った顔立ちの彼を見て、全く印象に残らないなんてことはないと思う。他のクラスや違う学年の生徒という可能性もあるにはあるが、彼の存在は一切噂にも聞いたことは無かった。
朝のショートホームルームが始まると彼は自分の席に着席し、一限から四限の授業にもきっちり出席していた。昼休みになっても私以外のクラスメイトたちの様子はいつも通りで、彼はまるで春からずっといたかのように馴染んでいた。昨日も、一昨日も、高校が始まってからずっといなかった彼が今日突然現れたというのに、だ。
私一人だけが彼を異質だと思っている。
私がおかしいのだろうか。それとも単にクラスメイト全員の顔と名前を覚えていない私が彼のことも同じく覚えていないだけなのだろうか。
「むあーたべないの?」
私にそう言ったひとみはいつの間にか私の机に来ていた。お弁当箱を広げ、いただきますの準備が万端な状態だった。
「うわっびっくりした。」
「失礼ね。人のことおばけみたいに。」
ぷくうっとほっぺを膨らませるひとみはりすみたいだ。
お化けより不気味なことが今、私の身に起こっているんだよとは言えない。
「ごめんごめん。ぼーっとしてて。」
謝りつつ、私はこんな可愛らしいお化けがいるかと口の端で密かに笑う。
ひとみのほっぺがこれ以上膨らんで風船みたいに破裂しないよう、一旦彼のことを考えるのはやめにして、私もリュックからお弁当を出し、いただきますと手を合わせた。ほっぺがしぼんだひとみは、サンドイッチをもきゅもきゅと頬張っていて、やはりりすみたいで可愛かった。
──結局、放課後になっても彼のことはよく分からなかった。
思い違い?でも昨日までは6列でぴったりだった席が、今日は男子が一人ぽこんと飛び出ているから一人確実に増えていることは事実なのだ。
しかしあまりにも周りが彼のことを普通に受け入れているのを見ると、私もみんなに倣ってあまり深く考えずに受け入れるべきなのでは?とも思えてくる。
例えばもし彼が人間じゃなく地球へ侵略しに来た宇宙人だったら。正体を知られたからと口封じで殺されてしまうかもしれない。
そんなこと有り得ないとは思うけど、できる限り厄介事や面倒事には巻き込まれたくないのは事実だ。
思っていても顔に出さず口にも出さないでいれば自分が普通でいられるのなら。普通に見られるのならば。私は、そうでありたい。
出席番号順に回る掃除当番を黙々とこなしているうちに、彼とは関わらないようにしようとそう心に決めた。
掃除が終わると私は誰もいない美術室へのそのそと向かう。本来、私の所属する美術部の主な活動場所は美術室だ。だけど、この学校の美術部は文化祭に出展する作品を作る以外の活動内容が無いから美術室に来る必要性がないと考える部員ばかりが所属している。つまり文化祭間近にならない限り全員幽霊部員状態になるのだ。私以外。
かといって、私が作品に力を入れてる熱心な部員という訳ではない。単純に暇なのだ。家にいてもすることはないし、美術部は過去の先輩方が置いていった絵の具や色鉛筆など使い放題だからという理由で私の放課後は絵を描くことで消化されていく。出来が良ければ文化祭用の作品に使うし、暇も潰せるし一石二鳥ということだ。
何を描こうかとスマホで撮った風景の写真を見て考えながら美術室へ入ると、珍しく先客がいた。今日一日の私の思考のほとんどを占めた謎の男子という先客が。
帰ろうかなと一瞬思った。けれどカラカラとドアを開けて閉めた音は聞こえているだろうし、目が合ってなんとなくぺこっとしてしまったし、美術室に完全に足を踏み入れてしまった。ここから方向転換して帰るのはいささか不自然な気がする。
話しかけなければいつかは帰るだろうということにして、私はリュックを椅子の上にぽすんと置いた。
それから道具を取るため、絵を乾かすのに使う網棚の前に立って何かの絵を見ている彼の後ろを通り、美術準備室にある画用紙と色鉛筆を持って再度彼の後ろを通ろうとすると、「この絵、天羽さんが描いたの?」と彼は何枚か並んでいるうちの一枚を指さし、私に尋ねた。
内心「げぇ……」とは思いつつ見てみると、それは美術の授業で描いた校庭の絵で、隅の方に小さく天羽夢亜と名前が書いてあり、確かに私の描いた絵だった。彼は私の名前と顔が一致しているのかと思いながら「そうだよ」とクラスメイトの距離感で答えた。
「そっか」と彼は頷くと、今度は視線で私の持ってきた画用紙と色鉛筆を指し「何描くの?」と更に尋ねる。
「今日は海かな。」
私はスマホを操作して写真を見せた。
「人は描かないの?」
「うん。あんまり。」
「なんで?」
「なんでって……。」
さっきから質問攻めに合っている状況がなんで?なんだけど……と思う。
誰か書いて欲しい人でもいるのだろうか?そもそも君は何者?関わらないと決めたばかりなのに……。
無視するのは人としてどうかと思うが、なんでもなにも知らない相手に正直に話すほど私は馬鹿でもお人好しでも無い。
「私は、美しい絵を描きたいんだ。絵を描く時って、その対象をよく見て描くでしょ?人だとどうしても醜さが見えてくるから嫌になるんだ。だから人は、描かない。」
嘘ではない。ただ全てではない。
「醜さ、ね……。」
彼は私の言葉を繰り返す。何故か納得いかないというような表情に見えたけれど、気のせいだろう。
今のうちと思い、私はリュックを置いた席に戻って絵に取り掛かる。
写真を手元に置き、線を引く。画用紙に。線を引く。思考に。
手を動かしていくと頭の中がすっきりしていく。無駄なことなど考えることなく、透明になっていく。
「完全で完璧に美しい人がいたら天羽さんは描くの?」
絵を描く私と向かい合う椅子に彼はとすんと座る。
「……いたらね。でもそんな人いないでしょ。ところで君はどうして美術室にいるの?」
用が無いならとっとと帰って欲しくて、意図を察してくれよと願いながら私はそう言った。
「ちょっと探し物があってね。そういえば天羽さん僕の名前分かる?」
彼は時間を確認するためか右腕にした腕時計を触る。
察してくれないばかりかどうして急に名前なんて?と疑問に思ったが「ましおくんでしょ?」とクラスメイトがそう呼んでいたのをそのまま答えた。
彼は私の答えには反応することなく、腕時計を触ったまま「あ~、もしかしてとは思ってたけど、やっぱり天羽さんは僕のこと、僕として認識できてるんだね」と言った。
は?認識?
「稀にあるとは言われてたけど、あるんだねぇこういうの」と彼は一人で勝手に納得している。
2人なのに置いてけぼりにされた私は絵を描く手を止め、彼の顔を見る。すると彼はゆっくりと笑顔を作った。
「ビックリしたでしょ?いきなり知らない人間がクラスにいるのに周りはそれをなにも言わずに受け入れていて。」
今日の私の思考のほとんどを占めた人物がその内容を1文で私に突きつけた。
ここでなんのこと?ってとぼければよかったのに。私の口は勝手に動く。
「……君は、何者なの?」
関わらないと決めたのに。普通でいようと思ったのに。私はいつも。どうして上手くいかないのだろう。
「未来から来た未来人。」
彼は転校生の自己紹介みたいに言った。簡素で突飛なインパクトのある内容で。
未来からやって来たと。
「未来人……。」
そうだよと頷き、彼は続ける。
「僕は、未来から過去の人間たちがどれだけ愚かなことをしてきたのかを学ぶ体験型学習をするためにこの時代に来たんだよ。色々調整してこの高校に通う天羽さんと同じクラスで美術部の真尾羅來って存在を作ったんだけど、天羽さんには真尾羅來とは認識されなかったみたい。あ~あ、結構めんどくさかったんだけどな~。」
彼は嘆く。
ちなみにこれで調整するんだと腕時計を見せられた。
シルバーのオシャレな形をしている以外は普通の時計と変わりないが、その腕時計からは小さな画面が映像として映し出され、情報や設定等ができるという。私に映像が見えないのは特殊な加工をした目がないと見えないから、らしい。彼の目は私の目と変わらないように見えるけど。
体験学習として過去に行ける程の技術がある時代。彼はどれだけ先の未来から来たのだろう。愚かなこととは何を示すのか。未来人に愚かだと言われて、怒ることも否定も出来ない時代に私は生きている。
「じゃあ君は真尾羅來では無いってこと?」
「う~ん、この時代用の僕って感じかな。例えばラキっていう名前はほんとだけど、僕の時代では苗字も漢字も無くなってるから名前だけでも僕であって僕ではないんだよね。天羽さんから見た僕は僕自身だからややこしくなるけど。」
「よく分からないけど、分かったような気もする。」
とりあえず地球を侵略しに来た宇宙人では無いことは分かった。宇宙人と未来人どちらがマシなのかは置いておこう。
「あんまり難しく考えなくていいよ~。」
過去の人間の理解には及ばないということなのだろう。考えても無駄ならと私は止めていた手を動かし、紙の上に海の創造を再開する。
「聞いておいてなんだけど、こういうのってペラペラ説明しても大丈夫なの?未来が変わったりとか影響は無いの?」
「僕が未来に戻ればみんなの記憶から真尾羅來は消えるし、もし天羽さんが覚えてたとしても過去も未来もどうしようと変わらないものだから大丈夫。ご心配なく。」
「変わらないんだ。」
「変わるならとっくに今よりマシな世界になってる。でしょ?」
「確かに。」
彼にとって今が私の時代なのか彼の時代なのかは分からないけれど。良い世界では無く、マシな世界と言った彼から察するにさして未来も今と変わらないのかもしれない。
──未来人、と正体を明かした彼は、私が帰るまで美術室にいた。
私の描く絵をただぼんやりと眺めながら飽きもせず。
「見てるだけだと暇じゃない?何か描く?」
水分補給ついでに一度、彼に聞いてみた。
そしたら彼は「んーん。見てるだけで充分」とやんわり断ったので「描きたくなったら準備室に必要なものはあるから」と私も強くは勧めず言ったっきり、それから私たちは特に話すことはなかった。
未来について。彼について。私が質問をしたら彼は多分答えてくれそうだけれど。
ドアから漏れる光と紙と鉛筆の擦れる音だけが美術室に人がいるということの証明となっていた。
彼は私やクラスメイトたちと同じ制服に身を包み、まるで生徒のようにそこにいた。
しかし私は転校生が来るという話も彼を転校生と紹介された覚えも無い。
クラスメイト全員のことを認識しているかと問われるとすぐに「はい」とは答えられないが、それでもどこぞのイケメン俳優並に整った顔立ちの彼を見て、全く印象に残らないなんてことはないと思う。他のクラスや違う学年の生徒という可能性もあるにはあるが、彼の存在は一切噂にも聞いたことは無かった。
朝のショートホームルームが始まると彼は自分の席に着席し、一限から四限の授業にもきっちり出席していた。昼休みになっても私以外のクラスメイトたちの様子はいつも通りで、彼はまるで春からずっといたかのように馴染んでいた。昨日も、一昨日も、高校が始まってからずっといなかった彼が今日突然現れたというのに、だ。
私一人だけが彼を異質だと思っている。
私がおかしいのだろうか。それとも単にクラスメイト全員の顔と名前を覚えていない私が彼のことも同じく覚えていないだけなのだろうか。
「むあーたべないの?」
私にそう言ったひとみはいつの間にか私の机に来ていた。お弁当箱を広げ、いただきますの準備が万端な状態だった。
「うわっびっくりした。」
「失礼ね。人のことおばけみたいに。」
ぷくうっとほっぺを膨らませるひとみはりすみたいだ。
お化けより不気味なことが今、私の身に起こっているんだよとは言えない。
「ごめんごめん。ぼーっとしてて。」
謝りつつ、私はこんな可愛らしいお化けがいるかと口の端で密かに笑う。
ひとみのほっぺがこれ以上膨らんで風船みたいに破裂しないよう、一旦彼のことを考えるのはやめにして、私もリュックからお弁当を出し、いただきますと手を合わせた。ほっぺがしぼんだひとみは、サンドイッチをもきゅもきゅと頬張っていて、やはりりすみたいで可愛かった。
──結局、放課後になっても彼のことはよく分からなかった。
思い違い?でも昨日までは6列でぴったりだった席が、今日は男子が一人ぽこんと飛び出ているから一人確実に増えていることは事実なのだ。
しかしあまりにも周りが彼のことを普通に受け入れているのを見ると、私もみんなに倣ってあまり深く考えずに受け入れるべきなのでは?とも思えてくる。
例えばもし彼が人間じゃなく地球へ侵略しに来た宇宙人だったら。正体を知られたからと口封じで殺されてしまうかもしれない。
そんなこと有り得ないとは思うけど、できる限り厄介事や面倒事には巻き込まれたくないのは事実だ。
思っていても顔に出さず口にも出さないでいれば自分が普通でいられるのなら。普通に見られるのならば。私は、そうでありたい。
出席番号順に回る掃除当番を黙々とこなしているうちに、彼とは関わらないようにしようとそう心に決めた。
掃除が終わると私は誰もいない美術室へのそのそと向かう。本来、私の所属する美術部の主な活動場所は美術室だ。だけど、この学校の美術部は文化祭に出展する作品を作る以外の活動内容が無いから美術室に来る必要性がないと考える部員ばかりが所属している。つまり文化祭間近にならない限り全員幽霊部員状態になるのだ。私以外。
かといって、私が作品に力を入れてる熱心な部員という訳ではない。単純に暇なのだ。家にいてもすることはないし、美術部は過去の先輩方が置いていった絵の具や色鉛筆など使い放題だからという理由で私の放課後は絵を描くことで消化されていく。出来が良ければ文化祭用の作品に使うし、暇も潰せるし一石二鳥ということだ。
何を描こうかとスマホで撮った風景の写真を見て考えながら美術室へ入ると、珍しく先客がいた。今日一日の私の思考のほとんどを占めた謎の男子という先客が。
帰ろうかなと一瞬思った。けれどカラカラとドアを開けて閉めた音は聞こえているだろうし、目が合ってなんとなくぺこっとしてしまったし、美術室に完全に足を踏み入れてしまった。ここから方向転換して帰るのはいささか不自然な気がする。
話しかけなければいつかは帰るだろうということにして、私はリュックを椅子の上にぽすんと置いた。
それから道具を取るため、絵を乾かすのに使う網棚の前に立って何かの絵を見ている彼の後ろを通り、美術準備室にある画用紙と色鉛筆を持って再度彼の後ろを通ろうとすると、「この絵、天羽さんが描いたの?」と彼は何枚か並んでいるうちの一枚を指さし、私に尋ねた。
内心「げぇ……」とは思いつつ見てみると、それは美術の授業で描いた校庭の絵で、隅の方に小さく天羽夢亜と名前が書いてあり、確かに私の描いた絵だった。彼は私の名前と顔が一致しているのかと思いながら「そうだよ」とクラスメイトの距離感で答えた。
「そっか」と彼は頷くと、今度は視線で私の持ってきた画用紙と色鉛筆を指し「何描くの?」と更に尋ねる。
「今日は海かな。」
私はスマホを操作して写真を見せた。
「人は描かないの?」
「うん。あんまり。」
「なんで?」
「なんでって……。」
さっきから質問攻めに合っている状況がなんで?なんだけど……と思う。
誰か書いて欲しい人でもいるのだろうか?そもそも君は何者?関わらないと決めたばかりなのに……。
無視するのは人としてどうかと思うが、なんでもなにも知らない相手に正直に話すほど私は馬鹿でもお人好しでも無い。
「私は、美しい絵を描きたいんだ。絵を描く時って、その対象をよく見て描くでしょ?人だとどうしても醜さが見えてくるから嫌になるんだ。だから人は、描かない。」
嘘ではない。ただ全てではない。
「醜さ、ね……。」
彼は私の言葉を繰り返す。何故か納得いかないというような表情に見えたけれど、気のせいだろう。
今のうちと思い、私はリュックを置いた席に戻って絵に取り掛かる。
写真を手元に置き、線を引く。画用紙に。線を引く。思考に。
手を動かしていくと頭の中がすっきりしていく。無駄なことなど考えることなく、透明になっていく。
「完全で完璧に美しい人がいたら天羽さんは描くの?」
絵を描く私と向かい合う椅子に彼はとすんと座る。
「……いたらね。でもそんな人いないでしょ。ところで君はどうして美術室にいるの?」
用が無いならとっとと帰って欲しくて、意図を察してくれよと願いながら私はそう言った。
「ちょっと探し物があってね。そういえば天羽さん僕の名前分かる?」
彼は時間を確認するためか右腕にした腕時計を触る。
察してくれないばかりかどうして急に名前なんて?と疑問に思ったが「ましおくんでしょ?」とクラスメイトがそう呼んでいたのをそのまま答えた。
彼は私の答えには反応することなく、腕時計を触ったまま「あ~、もしかしてとは思ってたけど、やっぱり天羽さんは僕のこと、僕として認識できてるんだね」と言った。
は?認識?
「稀にあるとは言われてたけど、あるんだねぇこういうの」と彼は一人で勝手に納得している。
2人なのに置いてけぼりにされた私は絵を描く手を止め、彼の顔を見る。すると彼はゆっくりと笑顔を作った。
「ビックリしたでしょ?いきなり知らない人間がクラスにいるのに周りはそれをなにも言わずに受け入れていて。」
今日の私の思考のほとんどを占めた人物がその内容を1文で私に突きつけた。
ここでなんのこと?ってとぼければよかったのに。私の口は勝手に動く。
「……君は、何者なの?」
関わらないと決めたのに。普通でいようと思ったのに。私はいつも。どうして上手くいかないのだろう。
「未来から来た未来人。」
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未来からやって来たと。
「未来人……。」
そうだよと頷き、彼は続ける。
「僕は、未来から過去の人間たちがどれだけ愚かなことをしてきたのかを学ぶ体験型学習をするためにこの時代に来たんだよ。色々調整してこの高校に通う天羽さんと同じクラスで美術部の真尾羅來って存在を作ったんだけど、天羽さんには真尾羅來とは認識されなかったみたい。あ~あ、結構めんどくさかったんだけどな~。」
彼は嘆く。
ちなみにこれで調整するんだと腕時計を見せられた。
シルバーのオシャレな形をしている以外は普通の時計と変わりないが、その腕時計からは小さな画面が映像として映し出され、情報や設定等ができるという。私に映像が見えないのは特殊な加工をした目がないと見えないから、らしい。彼の目は私の目と変わらないように見えるけど。
体験学習として過去に行ける程の技術がある時代。彼はどれだけ先の未来から来たのだろう。愚かなこととは何を示すのか。未来人に愚かだと言われて、怒ることも否定も出来ない時代に私は生きている。
「じゃあ君は真尾羅來では無いってこと?」
「う~ん、この時代用の僕って感じかな。例えばラキっていう名前はほんとだけど、僕の時代では苗字も漢字も無くなってるから名前だけでも僕であって僕ではないんだよね。天羽さんから見た僕は僕自身だからややこしくなるけど。」
「よく分からないけど、分かったような気もする。」
とりあえず地球を侵略しに来た宇宙人では無いことは分かった。宇宙人と未来人どちらがマシなのかは置いておこう。
「あんまり難しく考えなくていいよ~。」
過去の人間の理解には及ばないということなのだろう。考えても無駄ならと私は止めていた手を動かし、紙の上に海の創造を再開する。
「聞いておいてなんだけど、こういうのってペラペラ説明しても大丈夫なの?未来が変わったりとか影響は無いの?」
「僕が未来に戻ればみんなの記憶から真尾羅來は消えるし、もし天羽さんが覚えてたとしても過去も未来もどうしようと変わらないものだから大丈夫。ご心配なく。」
「変わらないんだ。」
「変わるならとっくに今よりマシな世界になってる。でしょ?」
「確かに。」
彼にとって今が私の時代なのか彼の時代なのかは分からないけれど。良い世界では無く、マシな世界と言った彼から察するにさして未来も今と変わらないのかもしれない。
──未来人、と正体を明かした彼は、私が帰るまで美術室にいた。
私の描く絵をただぼんやりと眺めながら飽きもせず。
「見てるだけだと暇じゃない?何か描く?」
水分補給ついでに一度、彼に聞いてみた。
そしたら彼は「んーん。見てるだけで充分」とやんわり断ったので「描きたくなったら準備室に必要なものはあるから」と私も強くは勧めず言ったっきり、それから私たちは特に話すことはなかった。
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