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三
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「僕は、帰れるんでしょうか?」
「もちろんです。それが私の役目ですから。これから出口までご案内します。」
彼女は再び手を差し出してくれたが、今度こそ僕は大丈夫と答え、一人で立ち上がる。手や服についた土を払っていると、彼女は鬼に握り潰された鳥の残骸見つけ、拾った。
「柊さんが来る前、その鳥が僕を守ってくれたんです。」
あぁそうだ。思い出した。その鳥の羽は柊の葉によく似ていた。
僕は柊の葉の形も残さず動かなくなった鳥にありがとうとお礼を言い、ごめんと心の中で謝る。
守ってくれてありがとう。守ってあげられなくてごめんね、と。
彼女は両手でそっと鳥を包み、おつかれさまと囁いた。するとその鳥は、はらはらと崩れていき、彼女の手から跡形もなく消えてしまった。思わず僕はあっと声を漏らす。
「この鳥は私の式神です。あなたのような迷い人を見つけ、私が来るまで鬼から守れと命じています。」
彼女は柊の葉の形をした紙を取り出し、ふっと息を吹きかけると、さっきと同じ形の鳥が現れた。彼女の手の平に乗るその鳥は羽を広げ、赤赤しい空へと飛んでいく。
鳥の姿が見えなくなってから、彼女は行きましょうと言った。彼女が前を、僕はその後ろに着いていく形で歩く。
鬼だったものの横を通った。可哀想とは思えない。ざまぁみろとも思えない。
鬼が死んだからといってあの式神が戻るわけでもないのだから。
得るものはなく、ただ式神は壊され、ただ鬼が斬られたことだけがあるだけだ。
「式神は、私の力で動いてますから命がないと言えばそうです。日が暮れたら元に戻しますし。」
彼女は淡々と話す。彼女の言葉に感情は見えない。僕は黙って聞いている。
「ですが、だから粗末に扱っていいだとか鬼に潰されても何も思わなくていい、とはなりません。私は式神が体を張り、守った人を必ず元の世界へと戻さなければと思いますし、あなたのように少しでもその式神のことを思ってくれる人がいると救われます。」
僕には前を歩く彼女の表情も言葉の感情も読み取れない。だけど彼女には僕の感情が見えているみたいだ。
「……。ありがとう、ございます。」
もっと言いたいことはあるのに、他に適した言葉が僕の中には見つからなかった。
「いえ。」
教室で見る彼女はもっと冷たい印象だったが、そうでもないのかもしれない。
それから僕たちは黙って歩いた。彼女には聞きたいことだらけだったけれど、彼女の真っ直ぐな背筋がピンとした緊張感をもたらしていて、僕は歩くことに専念した。
「ここが出口ですね。ここを真っ直ぐ進めば元の世界へ帰れます。」
彼女は2本の木の間を指さしそう言った。
見た限り、僕にはただの木と木の間にしか見えない。これが、出口。
「もっと異質な感じなのかと思っていました。」
イメージしてたのは禍々しい装飾がされた分厚い扉だったからこれじゃあ自力では帰れないなと思う。柊さんが来てくれて良かった。
「そうですね。私には空間の歪みが見えていますが、迷い人の方が見えることは滅多にありませんので。」
彼女には空間の歪みというものが見えるらしい。
「普通の人でも歪みが見える人っているんですか?」
「霊感のある方、勘の鋭い方、あとは小さな子供がごく稀に見えることがあるようです。」
小さな子供も迷い込むのか。怖かったろうなと思う。しかし見える人もいるという彼女の言葉に目を凝らせば見えるかもしれないと、僕はじーっと木と木の間を見つめてみる。
「どうですか?」
「全く見えないです。」
歪みというものがどんなものか分からないけれど、後ろにある木が見えるだけで真っ直ぐ生えているし何の変哲もない。
「実際に見えたという方に私も出会ったことが無いので、よほど珍しいのでしょうね。帰ることに見えることは必要ありませんので、ご安心を。」
歪みというのがどんなものなのか気になるけれど、これから僕以外にも迷い込む人が来るかもしれないし、見えないものは仕方がない。
「えっと、その木とその木の間を通れば帰れるんでしたっけ?」
僕は指差し確認しながら話を戻す。
「はい。一本道なので迷うことはないでしょうが、とにかく真っ直ぐ進んで下さい。そしてその際、"絶対に振り返らないこと"これを必ず守ってください。」
「振り返ったら、どうなるんですか?」
「……。どうなるかは私にも分かりません。良くないことが起きるとしか……。あとは、そうですね、振り返らないことはこの世界と完全に縁を切るために必要な決まりごとなので、そこを分かって頂ければよろしいかと。」
これまで表情が全く変わらなかった彼女が少しだけ困ったように眉を下げた。具体的には何が起こるか分からず上手く説明できないのが申し訳ないというように。
「分かりました。ありがとうございます。絶対に振り返らないようにします。」
「よろしくお願いします。他に、質問は?」
彼女の表情が一瞬でスンと戻る。
「大丈夫です。」
「では、こちらへ。」
彼女に誘導され、僕は木と木の間、出口の真正面に立つ。
「ありがとうございました。」
「お気を付けて。」
「はい。また、学校で。」
僕はお辞儀をして、足を進めた。
「もちろんです。それが私の役目ですから。これから出口までご案内します。」
彼女は再び手を差し出してくれたが、今度こそ僕は大丈夫と答え、一人で立ち上がる。手や服についた土を払っていると、彼女は鬼に握り潰された鳥の残骸見つけ、拾った。
「柊さんが来る前、その鳥が僕を守ってくれたんです。」
あぁそうだ。思い出した。その鳥の羽は柊の葉によく似ていた。
僕は柊の葉の形も残さず動かなくなった鳥にありがとうとお礼を言い、ごめんと心の中で謝る。
守ってくれてありがとう。守ってあげられなくてごめんね、と。
彼女は両手でそっと鳥を包み、おつかれさまと囁いた。するとその鳥は、はらはらと崩れていき、彼女の手から跡形もなく消えてしまった。思わず僕はあっと声を漏らす。
「この鳥は私の式神です。あなたのような迷い人を見つけ、私が来るまで鬼から守れと命じています。」
彼女は柊の葉の形をした紙を取り出し、ふっと息を吹きかけると、さっきと同じ形の鳥が現れた。彼女の手の平に乗るその鳥は羽を広げ、赤赤しい空へと飛んでいく。
鳥の姿が見えなくなってから、彼女は行きましょうと言った。彼女が前を、僕はその後ろに着いていく形で歩く。
鬼だったものの横を通った。可哀想とは思えない。ざまぁみろとも思えない。
鬼が死んだからといってあの式神が戻るわけでもないのだから。
得るものはなく、ただ式神は壊され、ただ鬼が斬られたことだけがあるだけだ。
「式神は、私の力で動いてますから命がないと言えばそうです。日が暮れたら元に戻しますし。」
彼女は淡々と話す。彼女の言葉に感情は見えない。僕は黙って聞いている。
「ですが、だから粗末に扱っていいだとか鬼に潰されても何も思わなくていい、とはなりません。私は式神が体を張り、守った人を必ず元の世界へと戻さなければと思いますし、あなたのように少しでもその式神のことを思ってくれる人がいると救われます。」
僕には前を歩く彼女の表情も言葉の感情も読み取れない。だけど彼女には僕の感情が見えているみたいだ。
「……。ありがとう、ございます。」
もっと言いたいことはあるのに、他に適した言葉が僕の中には見つからなかった。
「いえ。」
教室で見る彼女はもっと冷たい印象だったが、そうでもないのかもしれない。
それから僕たちは黙って歩いた。彼女には聞きたいことだらけだったけれど、彼女の真っ直ぐな背筋がピンとした緊張感をもたらしていて、僕は歩くことに専念した。
「ここが出口ですね。ここを真っ直ぐ進めば元の世界へ帰れます。」
彼女は2本の木の間を指さしそう言った。
見た限り、僕にはただの木と木の間にしか見えない。これが、出口。
「もっと異質な感じなのかと思っていました。」
イメージしてたのは禍々しい装飾がされた分厚い扉だったからこれじゃあ自力では帰れないなと思う。柊さんが来てくれて良かった。
「そうですね。私には空間の歪みが見えていますが、迷い人の方が見えることは滅多にありませんので。」
彼女には空間の歪みというものが見えるらしい。
「普通の人でも歪みが見える人っているんですか?」
「霊感のある方、勘の鋭い方、あとは小さな子供がごく稀に見えることがあるようです。」
小さな子供も迷い込むのか。怖かったろうなと思う。しかし見える人もいるという彼女の言葉に目を凝らせば見えるかもしれないと、僕はじーっと木と木の間を見つめてみる。
「どうですか?」
「全く見えないです。」
歪みというものがどんなものか分からないけれど、後ろにある木が見えるだけで真っ直ぐ生えているし何の変哲もない。
「実際に見えたという方に私も出会ったことが無いので、よほど珍しいのでしょうね。帰ることに見えることは必要ありませんので、ご安心を。」
歪みというのがどんなものなのか気になるけれど、これから僕以外にも迷い込む人が来るかもしれないし、見えないものは仕方がない。
「えっと、その木とその木の間を通れば帰れるんでしたっけ?」
僕は指差し確認しながら話を戻す。
「はい。一本道なので迷うことはないでしょうが、とにかく真っ直ぐ進んで下さい。そしてその際、"絶対に振り返らないこと"これを必ず守ってください。」
「振り返ったら、どうなるんですか?」
「……。どうなるかは私にも分かりません。良くないことが起きるとしか……。あとは、そうですね、振り返らないことはこの世界と完全に縁を切るために必要な決まりごとなので、そこを分かって頂ければよろしいかと。」
これまで表情が全く変わらなかった彼女が少しだけ困ったように眉を下げた。具体的には何が起こるか分からず上手く説明できないのが申し訳ないというように。
「分かりました。ありがとうございます。絶対に振り返らないようにします。」
「よろしくお願いします。他に、質問は?」
彼女の表情が一瞬でスンと戻る。
「大丈夫です。」
「では、こちらへ。」
彼女に誘導され、僕は木と木の間、出口の真正面に立つ。
「ありがとうございました。」
「お気を付けて。」
「はい。また、学校で。」
僕はお辞儀をして、足を進めた。
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