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二
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ドスンと音がし、土の匂いがした。
カハッ、ゴホッゴホッと咳き込んで苦しかったが、息はできた。
僕は鬼が首絞めから地面に何度も叩きつけ、痛みつけて殺す方法に変えたのかと思った。お節介なことにどうせ食べるのならば綺麗な方がいいんじゃないか、とも。
でも違った。
近くにはさっきまで僕の首を掴んでいた鬼の肘辺りまでの腕がゴロンと落ちており、僕と鬼の間にはそれを斬ったであろう人が一人。僕を鬼から守るようにして立つその人は、刀の先を鬼へと向けている。
鬼は「いってぇなぁ!」とさらに怒りを増しているが、斬られた腕はふんっという鼻息と共に元に戻った。
「腕が、生えた?」
「鬼ですから、あの程度なら簡単に再生します。」
僕の驚きの声にその人は淡々と答えてくれた。やはり目の前にいるのは鬼なのか。
「簡単じゃねーよ!」
鬼はそう否定した。体力を使うとかそういうことなのだろうか。しかし馬鹿正直に言う必要はないだろうに。その人も鬼の発言に「それはすみません」と素直に謝っている。
なんだろう。このぼんやりとした空気は。
「命が惜しければ逃げていただいても構いませんが、どうしますか?」
キレる鬼とは対象的に、その人は落ち着いていた。
「人間、しかも女相手にこの俺様が逃げるわけねーだろぉが!!!」
確かにその人は華奢な身体で、体格的には鬼が有利だった。それにさっき僕は人間離れした鬼の力強さを体感している。人間が鬼に勝つなんて普通ならばありえない。
「そうですか。残念です。」
その言葉のすぐ後にヒュオッと一陣の風が吹いた。その一秒にも満たない間にその人は鬼の後ろへと回っており、僕が目で確認できたのは刀を鞘に納める姿だけだった。
鬼も目で追えなかったらしく遅れてその人に攻撃しようと「うぉおおおお!!!」と雄叫びを上げながら動いたが、その瞬間、鬼の頭と身体がズレ、頭はゴトンと身体はドスンと地に落ちた。
まさしく瞬殺だった。
僕は呆気に取られ、鬼だったものを見つめる。斬り口は凹凸なく真っ直ぐで、そこからじわじわとやっと斬られたことに気付いたかのように紫色の血が流れ、周りの地面を染めていく。
「大丈夫ですか?」
その人は風のようにまた戻ってきて、地面に手をついている僕に躊躇なく手を差し出し、そう言った。反射的に手を出そうとした僕だが、その白く綺麗な手を土で汚れた手で掴むのは悪いと思い、大丈夫と答えようとして顔を上げる。
左手には鞘を持ち、夕焼け色の提灯のような首飾りに薄緑の上着を着たその人の顔をようやく僕はしっかりと見た。
「柊、さん?」
大丈夫の言葉よりも先に零れた。僕はその人を、彼女を知っていた。でもこんな所にいるはずがない。しかも鬼を一瞬で斬るなんて、有り得るはずがない。
「はい、そうですが……。」
有り得るはずがないという僕の祈りにも似た思いはたった一言で消え去り、彼女は小さく首を傾げる。誰だろうという風に。
「同じクラスの佐藤です。佐藤 唯人。」
彼女は「佐藤、くん」と呟くが、覚えてはいないようだ。
人違いの可能性もかすかに残ってはいるが、まだ一学期が始まったばかりで、覚えていなくてもおかしくはない。それに彼女は大抵いつも一人でいるし、あまり人には興味がないのかもしれない。
僕が彼女を覚えていたのだって一人教室で過ごす姿が印象的だっただけで、名前まで覚えていたのはたまたまだ。
「私は柊 透と言います。」
彼女はしゃがみ、僕に目線を合わせた上でそう言った。
僕はようやく動くようになった身体を起こし、座る。
知っていますと思いながら、彼女のお辞儀にどうもとお辞儀を返した。
「あの、柊さんはここで何をしているんですか?」
なんとなく彼女に合わせて僕も敬語になる。あっさり鬼を斬ったことにも驚きだが、そもそもなぜ彼女はここにいるのだろう。
「迷子のおまわりさんです。」
「はい?」
僕の脳内に歌が流れる。泣いてる子猫と警察の格好をした犬の映像と共に。
「鬼の世界に迷い込んだ人間を元の世界に帰す、ということをしています。」
彼女は具体的に言い直す。
「鬼の、世界……。」
「はい。先程、あなたを襲っていたあれが鬼です。この世界に人間はいませんが、その代わり鬼が生きています。基本的に2つの世界が交わることはないのですが、夕方、逢魔が時とも呼ばれる時間帯だけは鬼と人の世界が繋がります。といっても入口は普通の人には見えませんし、ランダムに出現するので、知らずのうちに迷い込んでしまう人がいるんです。」
「僕みたいに、ですか。」
「そうですね。」
彼女は頷く。やはりこれは夢なのだろうか。しかし、じんじんしている膝の痛みは現実だと言っていた。
カハッ、ゴホッゴホッと咳き込んで苦しかったが、息はできた。
僕は鬼が首絞めから地面に何度も叩きつけ、痛みつけて殺す方法に変えたのかと思った。お節介なことにどうせ食べるのならば綺麗な方がいいんじゃないか、とも。
でも違った。
近くにはさっきまで僕の首を掴んでいた鬼の肘辺りまでの腕がゴロンと落ちており、僕と鬼の間にはそれを斬ったであろう人が一人。僕を鬼から守るようにして立つその人は、刀の先を鬼へと向けている。
鬼は「いってぇなぁ!」とさらに怒りを増しているが、斬られた腕はふんっという鼻息と共に元に戻った。
「腕が、生えた?」
「鬼ですから、あの程度なら簡単に再生します。」
僕の驚きの声にその人は淡々と答えてくれた。やはり目の前にいるのは鬼なのか。
「簡単じゃねーよ!」
鬼はそう否定した。体力を使うとかそういうことなのだろうか。しかし馬鹿正直に言う必要はないだろうに。その人も鬼の発言に「それはすみません」と素直に謝っている。
なんだろう。このぼんやりとした空気は。
「命が惜しければ逃げていただいても構いませんが、どうしますか?」
キレる鬼とは対象的に、その人は落ち着いていた。
「人間、しかも女相手にこの俺様が逃げるわけねーだろぉが!!!」
確かにその人は華奢な身体で、体格的には鬼が有利だった。それにさっき僕は人間離れした鬼の力強さを体感している。人間が鬼に勝つなんて普通ならばありえない。
「そうですか。残念です。」
その言葉のすぐ後にヒュオッと一陣の風が吹いた。その一秒にも満たない間にその人は鬼の後ろへと回っており、僕が目で確認できたのは刀を鞘に納める姿だけだった。
鬼も目で追えなかったらしく遅れてその人に攻撃しようと「うぉおおおお!!!」と雄叫びを上げながら動いたが、その瞬間、鬼の頭と身体がズレ、頭はゴトンと身体はドスンと地に落ちた。
まさしく瞬殺だった。
僕は呆気に取られ、鬼だったものを見つめる。斬り口は凹凸なく真っ直ぐで、そこからじわじわとやっと斬られたことに気付いたかのように紫色の血が流れ、周りの地面を染めていく。
「大丈夫ですか?」
その人は風のようにまた戻ってきて、地面に手をついている僕に躊躇なく手を差し出し、そう言った。反射的に手を出そうとした僕だが、その白く綺麗な手を土で汚れた手で掴むのは悪いと思い、大丈夫と答えようとして顔を上げる。
左手には鞘を持ち、夕焼け色の提灯のような首飾りに薄緑の上着を着たその人の顔をようやく僕はしっかりと見た。
「柊、さん?」
大丈夫の言葉よりも先に零れた。僕はその人を、彼女を知っていた。でもこんな所にいるはずがない。しかも鬼を一瞬で斬るなんて、有り得るはずがない。
「はい、そうですが……。」
有り得るはずがないという僕の祈りにも似た思いはたった一言で消え去り、彼女は小さく首を傾げる。誰だろうという風に。
「同じクラスの佐藤です。佐藤 唯人。」
彼女は「佐藤、くん」と呟くが、覚えてはいないようだ。
人違いの可能性もかすかに残ってはいるが、まだ一学期が始まったばかりで、覚えていなくてもおかしくはない。それに彼女は大抵いつも一人でいるし、あまり人には興味がないのかもしれない。
僕が彼女を覚えていたのだって一人教室で過ごす姿が印象的だっただけで、名前まで覚えていたのはたまたまだ。
「私は柊 透と言います。」
彼女はしゃがみ、僕に目線を合わせた上でそう言った。
僕はようやく動くようになった身体を起こし、座る。
知っていますと思いながら、彼女のお辞儀にどうもとお辞儀を返した。
「あの、柊さんはここで何をしているんですか?」
なんとなく彼女に合わせて僕も敬語になる。あっさり鬼を斬ったことにも驚きだが、そもそもなぜ彼女はここにいるのだろう。
「迷子のおまわりさんです。」
「はい?」
僕の脳内に歌が流れる。泣いてる子猫と警察の格好をした犬の映像と共に。
「鬼の世界に迷い込んだ人間を元の世界に帰す、ということをしています。」
彼女は具体的に言い直す。
「鬼の、世界……。」
「はい。先程、あなたを襲っていたあれが鬼です。この世界に人間はいませんが、その代わり鬼が生きています。基本的に2つの世界が交わることはないのですが、夕方、逢魔が時とも呼ばれる時間帯だけは鬼と人の世界が繋がります。といっても入口は普通の人には見えませんし、ランダムに出現するので、知らずのうちに迷い込んでしまう人がいるんです。」
「僕みたいに、ですか。」
「そうですね。」
彼女は頷く。やはりこれは夢なのだろうか。しかし、じんじんしている膝の痛みは現実だと言っていた。
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