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一
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どうやら人は死を実感した時、目に見えているもの全てがスローモーションになるみたいだ。
今の僕なら焦げたように真っ黒な木から散っていく葉を一枚も落とさずに掴めるだろうし、頭に角が生えた鬼のような大きな生き物が僕を殺そうと振りかぶった手も楽々に避けられるだろう。
身体が、動くならば。
リュックは肩からずり落ち、腰が抜けて全く立てない。けれど、不思議と恐怖は無かった。
夢だと思っているから。
目が覚めればまた朝はやって来るのだと、僕は信じている。
学校帰り、小腹が空いたからコロッケを買って歩きながら食べていた。
いつもと何も変わらない平穏な日常を僕は過ごしていた、はずだった。
なのになぜ、今、僕は死を感じているのか。
なぜ、絵本にしかいないはずの鬼のようなゴツイ身体付きの二足歩行の生物が僕を食べようと舌なめずりをしているのだろうか。
揚げたてのコロッケに夢中になって食べ終わった頃、気付いたら血のように真っ赤に染まった空の下、気味の悪い森の中に僕はいた。
ここはどこだろうと思った矢先、歩き彷徨う暇もなく、現実にはいないはずの鬼に見つけられ、久しぶりの人間だと喜ばれ、ちっこいが若い分肉は美味いだろうと品定めされ、命の危機に瀕している。
そのくせ僕は、鬼の指も5本なのかとか鬼って話せるんだとか着物着てるんだとか鬼のデカさに比べればどの人間も大体小さいだろうとか妙にじっくりと鬼を観察していた。
鬼の手で、影が作られる。
あぁ僕は死ぬんだなと、これから来るであろう痛みに備えて拳を握り、目を瞑る。
視界を閉じ、抵抗を諦めた僕には、せめて一撃でお願いしますという最低限の望みを衝撃がやって来るまで祈るしかやることがなかった。
音がした。バキンと。
音が、聞こえた。
僕の身体が金属でできていたのなら鳴るかもしれない音だったが、あいにく僕は健一と真由子から生まれたただの人間だった。
それからすぐ「ぐわっ」という音が聞こえた。これは声という方が正しいか。
多分、僕は生きている。衝撃もなければ痛みもないから。
まだ、死んだことがないから分からないけれど、いくら一撃で仕留められたとしても痛みを少しも感じないなんてことはないだろうから。
僕はゆっくり目を開ける。
すると、間違い探しのように。少しだけ、閉じる前と景色は変わっていた。
僕の前にはガラスのような壁が現れていて、その向こうには鬼が手を抑え、ダメージを受けていた。
よく分からないけど、この壁によって僕は守られ、助かったということだけは理解できた。
しかし、壁は一面しかない。今のうちに逃げたいと思うが、まだ身体は動かない。
恐怖はないと言ったがやはりあるにはあるのだろう。
鬼は「何をした!」とキレているけれど、僕に聞かれても困るし、そちらが有利なことに変わりはないのだから落ち着いて欲しいと思う。
僕は逃げることもできず、何もしていないと答えた方がいいのかと悩んでいると、なにかが視界に入ってきて、そのなにかは僕の肩に乗った。
今度はなんだと思いながら見ようとしたが、角度的によく見えない。
分かることは色は白く、重さは全く無いことの2つだけ。
と、白いなにかに注意を向けていたら、「うおおおお!」と反対側から声がし、ぱっと見ると鬼が飛びかかってくる寸前だった。
今度こそダメか、と思った。なのに、僕は驚いてしまって、目を閉じるどころか見開いてしまう。
だから、見えた。
壁ができるところを。
白いなにかは鳥だったことを。
そして、鬼は弾かれた。
さっきもこうやって助かったのかと僕は鳥をまじまじと見る。
ギザギザした羽はなにかの葉っぱに似ていた。なんて、名前だったっけ。
しかし、なぜ僕を守ってくれたのだろうか。
ここに来てからまだ5分も経っていないはずなのに分からないことだけが増え続ける。
鬼は攻撃が当たらず、イラついていた。
諦めるつもりは無さそうだ。
それから鬼は連続で僕に、いや、鳥へ攻撃し続けた。
どうやら鳥は壁を一度に一面しか作れないようだった。
鬼はそのことに気付いているのかいないのか、ただ殴り続ける。
その威力は一撃一撃と重ねる毎に強まっているように思えた。
鳥の活躍により、生きる希望をもってしまった僕にはもう、目に映るもの全てが各々の速さを取り戻していた。
動けもせず、見えもしない。そんな僕にできることはただ受け入れることだけ。
バリンとガラスが割れる音がした。僕を守ってくれていた壁が鬼に破られたのだ。
そして、間髪入れずに鳥がグシャッとひと握りで潰された。
「あ……。」
その瞬間、僕は自分の死が近付いた絶望よりも守ってくれた鳥が目の前で殺されたことに何もできなかった申し訳なさでいっぱいになった。
元から入らない力がさらに抜けた僕は鬼に首を掴まれ、持ち上げられる。
鬼の、勝利を確信した顔が見えた。
あぁ、夢ならば。
意識が遠のいていく。
夢ならば、死んだら覚めるのだろうか。
今の僕なら焦げたように真っ黒な木から散っていく葉を一枚も落とさずに掴めるだろうし、頭に角が生えた鬼のような大きな生き物が僕を殺そうと振りかぶった手も楽々に避けられるだろう。
身体が、動くならば。
リュックは肩からずり落ち、腰が抜けて全く立てない。けれど、不思議と恐怖は無かった。
夢だと思っているから。
目が覚めればまた朝はやって来るのだと、僕は信じている。
学校帰り、小腹が空いたからコロッケを買って歩きながら食べていた。
いつもと何も変わらない平穏な日常を僕は過ごしていた、はずだった。
なのになぜ、今、僕は死を感じているのか。
なぜ、絵本にしかいないはずの鬼のようなゴツイ身体付きの二足歩行の生物が僕を食べようと舌なめずりをしているのだろうか。
揚げたてのコロッケに夢中になって食べ終わった頃、気付いたら血のように真っ赤に染まった空の下、気味の悪い森の中に僕はいた。
ここはどこだろうと思った矢先、歩き彷徨う暇もなく、現実にはいないはずの鬼に見つけられ、久しぶりの人間だと喜ばれ、ちっこいが若い分肉は美味いだろうと品定めされ、命の危機に瀕している。
そのくせ僕は、鬼の指も5本なのかとか鬼って話せるんだとか着物着てるんだとか鬼のデカさに比べればどの人間も大体小さいだろうとか妙にじっくりと鬼を観察していた。
鬼の手で、影が作られる。
あぁ僕は死ぬんだなと、これから来るであろう痛みに備えて拳を握り、目を瞑る。
視界を閉じ、抵抗を諦めた僕には、せめて一撃でお願いしますという最低限の望みを衝撃がやって来るまで祈るしかやることがなかった。
音がした。バキンと。
音が、聞こえた。
僕の身体が金属でできていたのなら鳴るかもしれない音だったが、あいにく僕は健一と真由子から生まれたただの人間だった。
それからすぐ「ぐわっ」という音が聞こえた。これは声という方が正しいか。
多分、僕は生きている。衝撃もなければ痛みもないから。
まだ、死んだことがないから分からないけれど、いくら一撃で仕留められたとしても痛みを少しも感じないなんてことはないだろうから。
僕はゆっくり目を開ける。
すると、間違い探しのように。少しだけ、閉じる前と景色は変わっていた。
僕の前にはガラスのような壁が現れていて、その向こうには鬼が手を抑え、ダメージを受けていた。
よく分からないけど、この壁によって僕は守られ、助かったということだけは理解できた。
しかし、壁は一面しかない。今のうちに逃げたいと思うが、まだ身体は動かない。
恐怖はないと言ったがやはりあるにはあるのだろう。
鬼は「何をした!」とキレているけれど、僕に聞かれても困るし、そちらが有利なことに変わりはないのだから落ち着いて欲しいと思う。
僕は逃げることもできず、何もしていないと答えた方がいいのかと悩んでいると、なにかが視界に入ってきて、そのなにかは僕の肩に乗った。
今度はなんだと思いながら見ようとしたが、角度的によく見えない。
分かることは色は白く、重さは全く無いことの2つだけ。
と、白いなにかに注意を向けていたら、「うおおおお!」と反対側から声がし、ぱっと見ると鬼が飛びかかってくる寸前だった。
今度こそダメか、と思った。なのに、僕は驚いてしまって、目を閉じるどころか見開いてしまう。
だから、見えた。
壁ができるところを。
白いなにかは鳥だったことを。
そして、鬼は弾かれた。
さっきもこうやって助かったのかと僕は鳥をまじまじと見る。
ギザギザした羽はなにかの葉っぱに似ていた。なんて、名前だったっけ。
しかし、なぜ僕を守ってくれたのだろうか。
ここに来てからまだ5分も経っていないはずなのに分からないことだけが増え続ける。
鬼は攻撃が当たらず、イラついていた。
諦めるつもりは無さそうだ。
それから鬼は連続で僕に、いや、鳥へ攻撃し続けた。
どうやら鳥は壁を一度に一面しか作れないようだった。
鬼はそのことに気付いているのかいないのか、ただ殴り続ける。
その威力は一撃一撃と重ねる毎に強まっているように思えた。
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動けもせず、見えもしない。そんな僕にできることはただ受け入れることだけ。
バリンとガラスが割れる音がした。僕を守ってくれていた壁が鬼に破られたのだ。
そして、間髪入れずに鳥がグシャッとひと握りで潰された。
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意識が遠のいていく。
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