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十五
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「お前、誰だ?」
炭のように黒い木の上から鬼灯さんは訝しげに言った。
昨日も会ったのになぁ。名前はともかく顔すら忘れるほど僕は影が薄いのか。
「怖がらないのか?おかしなガキだな。」
そりゃあ知ってますからね。初対面だったらびっくりするだろうけど。そういえば鬼灯さんと初めて会った時、怖いと思ったっけ。あの時は柊さんがいたから怖さは感じなかったけれど、鬼灯さんだけだったら怖いと思ったのだろうか。
「まぁいい。あいつもまだ来てないし、暇つぶしに遊んでやろう。」
あいつとは柊さんのことだろうか。いつも彼女が先にいるのに珍しい。
「鬼ごっこでもするか?」
本物の鬼との鬼ごっこ。面白そうだけど手加減してもらわないとなぁなんて思っていたのに、僕はうん!と元気に頷いた。
木からふわりと降りてきた鬼灯さんはわざわざしゃがんで、百数えるからその間に逃げろと大人のように話す。
あぁこれは。
鬼灯さんがいーちと数え始める。僕は走り出す。手を繋いでもらわないと電車とホームの間にするりと落っこちてしまうくらいの小さな歩幅で。
自分でも百を数えながら、ぎりぎりまで遠くに行き、手近な木の後ろに隠れてここなら見つからないぞってくくくと笑っている僕の後ろに百数え終えた鬼灯さんが現れ、僕の脇の下に手をかけて軽々と持ち上げた。
「わっ、みつかっちゃった。」
「それはかくれんぼだな。どちらにせよ俺が勝つことに変わりないが。」
そのまま肩に乗せられる。地面が遠くなって空が近付く。頑張って手を伸ばせばあの雲に届くかもしれない。
「あまり暴れるな。落っことすぞ。」
そう言う鬼灯さんの頭には角が生えている。人間には無い角がよく見えるここは特等席だった。
黒い髪に二つある角。上の方が赤くて頭に近い方がオレンジ。
「ねぇ、さわってもいい?」
「角か?そっと触るなら構わん。傷つけるなよ。」
「うん。」
僕はズボンでごしごし手を拭く。綺麗だから汚したくなかったのだ。
それから指先だけちょんっと角に触れた。角は色に反して、ひんやりとしている。つるつるしていて硬いのは見た目通りだった。
「ありがとう。」
満足した僕は角から手を離す。
「礼が言えるのか。偉いな。」
小さな僕はえへへと笑う。
「またきてもいい?」
ここがどこか知らない幼い僕の言葉に鬼灯さんは答えない。
「ぼくたちもうともだちだよね?」
なぜ黙ったままなのか分からない僕はもう一つ確認する。
「迷子は嫌いだ。二度と来るな。」
「えー。ともだちになろうよー。」
肩に乗る僕には鬼灯さんの顔は見えないとか感情を押し殺したような声とか言い方とかそんなの全然関係なくて、分からなくて、ただ自分が欲しい答えを求める。駄々っ子みたいに。いや、駄々っ子になって。
「ガキとはならん。もう帰れ。」
えーと頬を膨らまし、懲りない僕は、肩から降ろされる。
いつの間にか初めにいた場所に戻っていた。鬼の世界はどこも木ばかりだったけれど、同じだと分かったのはここだけは大きな鳥居と小さな社があったからだ。昔からここにあるんだろうなということが色が剥げていたり、苔や木の劣化具合から見て取れた。とても古い。
「ここから帰れ。振り返るなよ。」
鳥居をくぐれと、鬼灯さんにぐいぐい背中を押される。
「やだ。ともだちになってくれるまでかえらない!」
僕は横に逸れて、走り、大きく太い立派な柱にしがみつき、ごねる。ここから絶対に動かない、と。
鬼灯さんは、はぁと大きくため息をついた。
「なぜそこまでして俺と友達になりたい?」
「だって──。」
僕はなんて言ったのだろう。水の中に入ったみたいに耳がぼやんとして、聞き取れない。
鬼灯さんはまたため息をついた。でもそのため息は嫌なため息じゃなかった。
「分かった分かった。俺とお前は友達だ。これでいいだろ。」
パァァと僕は小さな顔いっぱいに喜びを見せる。
「またあそんでくれる?」
「暇だったらな。」
鬼灯さんは素っ気なく答える。
「やくそくだからね!」
どうしてこんなに小さな僕は必死なのだろう。口にした約束は絶対に守らなければならないとおばあちゃんに口酸っぱく言われてきたのに。約束を破ることはできないから、自分の力で意思で実現できることしか言ってはいけないと。
だから、約束を言葉にする時は慎重にならなければない。僕は守ってきたはずだ。自分から約束したことなど今まで一度もないはず。
なのに、なぜ。
鬼灯さんは彼の手に収まるくらいの大きさである僕の頭にぽんと手を乗せる。
「覚えていればな。」
鬼灯さんが笑ったような気がした。わしわしと髪の毛をぼさぼさにするように撫でられたからよく見えなかったけれど。
「さぁ、時間だ。まっすぐ帰れよ。」
僕は今度は素直に鬼灯さんにとんっと背中を押される。鳥居をくぐる時、鬼灯さんは呟いた。
「──。」
そこで、僕は目を覚ました。
炭のように黒い木の上から鬼灯さんは訝しげに言った。
昨日も会ったのになぁ。名前はともかく顔すら忘れるほど僕は影が薄いのか。
「怖がらないのか?おかしなガキだな。」
そりゃあ知ってますからね。初対面だったらびっくりするだろうけど。そういえば鬼灯さんと初めて会った時、怖いと思ったっけ。あの時は柊さんがいたから怖さは感じなかったけれど、鬼灯さんだけだったら怖いと思ったのだろうか。
「まぁいい。あいつもまだ来てないし、暇つぶしに遊んでやろう。」
あいつとは柊さんのことだろうか。いつも彼女が先にいるのに珍しい。
「鬼ごっこでもするか?」
本物の鬼との鬼ごっこ。面白そうだけど手加減してもらわないとなぁなんて思っていたのに、僕はうん!と元気に頷いた。
木からふわりと降りてきた鬼灯さんはわざわざしゃがんで、百数えるからその間に逃げろと大人のように話す。
あぁこれは。
鬼灯さんがいーちと数え始める。僕は走り出す。手を繋いでもらわないと電車とホームの間にするりと落っこちてしまうくらいの小さな歩幅で。
自分でも百を数えながら、ぎりぎりまで遠くに行き、手近な木の後ろに隠れてここなら見つからないぞってくくくと笑っている僕の後ろに百数え終えた鬼灯さんが現れ、僕の脇の下に手をかけて軽々と持ち上げた。
「わっ、みつかっちゃった。」
「それはかくれんぼだな。どちらにせよ俺が勝つことに変わりないが。」
そのまま肩に乗せられる。地面が遠くなって空が近付く。頑張って手を伸ばせばあの雲に届くかもしれない。
「あまり暴れるな。落っことすぞ。」
そう言う鬼灯さんの頭には角が生えている。人間には無い角がよく見えるここは特等席だった。
黒い髪に二つある角。上の方が赤くて頭に近い方がオレンジ。
「ねぇ、さわってもいい?」
「角か?そっと触るなら構わん。傷つけるなよ。」
「うん。」
僕はズボンでごしごし手を拭く。綺麗だから汚したくなかったのだ。
それから指先だけちょんっと角に触れた。角は色に反して、ひんやりとしている。つるつるしていて硬いのは見た目通りだった。
「ありがとう。」
満足した僕は角から手を離す。
「礼が言えるのか。偉いな。」
小さな僕はえへへと笑う。
「またきてもいい?」
ここがどこか知らない幼い僕の言葉に鬼灯さんは答えない。
「ぼくたちもうともだちだよね?」
なぜ黙ったままなのか分からない僕はもう一つ確認する。
「迷子は嫌いだ。二度と来るな。」
「えー。ともだちになろうよー。」
肩に乗る僕には鬼灯さんの顔は見えないとか感情を押し殺したような声とか言い方とかそんなの全然関係なくて、分からなくて、ただ自分が欲しい答えを求める。駄々っ子みたいに。いや、駄々っ子になって。
「ガキとはならん。もう帰れ。」
えーと頬を膨らまし、懲りない僕は、肩から降ろされる。
いつの間にか初めにいた場所に戻っていた。鬼の世界はどこも木ばかりだったけれど、同じだと分かったのはここだけは大きな鳥居と小さな社があったからだ。昔からここにあるんだろうなということが色が剥げていたり、苔や木の劣化具合から見て取れた。とても古い。
「ここから帰れ。振り返るなよ。」
鳥居をくぐれと、鬼灯さんにぐいぐい背中を押される。
「やだ。ともだちになってくれるまでかえらない!」
僕は横に逸れて、走り、大きく太い立派な柱にしがみつき、ごねる。ここから絶対に動かない、と。
鬼灯さんは、はぁと大きくため息をついた。
「なぜそこまでして俺と友達になりたい?」
「だって──。」
僕はなんて言ったのだろう。水の中に入ったみたいに耳がぼやんとして、聞き取れない。
鬼灯さんはまたため息をついた。でもそのため息は嫌なため息じゃなかった。
「分かった分かった。俺とお前は友達だ。これでいいだろ。」
パァァと僕は小さな顔いっぱいに喜びを見せる。
「またあそんでくれる?」
「暇だったらな。」
鬼灯さんは素っ気なく答える。
「やくそくだからね!」
どうしてこんなに小さな僕は必死なのだろう。口にした約束は絶対に守らなければならないとおばあちゃんに口酸っぱく言われてきたのに。約束を破ることはできないから、自分の力で意思で実現できることしか言ってはいけないと。
だから、約束を言葉にする時は慎重にならなければない。僕は守ってきたはずだ。自分から約束したことなど今まで一度もないはず。
なのに、なぜ。
鬼灯さんは彼の手に収まるくらいの大きさである僕の頭にぽんと手を乗せる。
「覚えていればな。」
鬼灯さんが笑ったような気がした。わしわしと髪の毛をぼさぼさにするように撫でられたからよく見えなかったけれど。
「さぁ、時間だ。まっすぐ帰れよ。」
僕は今度は素直に鬼灯さんにとんっと背中を押される。鳥居をくぐる時、鬼灯さんは呟いた。
「──。」
そこで、僕は目を覚ました。
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