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まだ春
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雨だった。雨の降る日は喫茶店に訪れるお客様が多い。今日も例に違わず忙しかった。
サーサーという雨の中コロンコロンと軽やかな音がアクセントに加わる。
「いらっしゃいませ」
私は一つある空席を確認してから、入り口の方へ視線を向けた。あれ?
そこにいたのは推しとすなぎさんだった。傘を傘用のビニール袋に入れようとして苦戦しているすなぎさんと、反対にあっさり袋に傘を入れた推しだった。
推しはこちらにどうもと無言で軽く頭を下げる。そのまま推しが席に着くのかと思ったので私は案内しようと向かったのだが、推しは少し迷ってからまだもたもたしていたすなぎさんの代わりに傘を袋に入れてあげていた。
推し優しいっ!すなぎさんって不器用なんだかわいっ!
とても微笑ましい光景を目撃してしまったのではないかと私は思った。憂鬱な雨が一瞬で晴れたようなそんな心地よい気分。
「あ、青ちゃん」
すなぎさんが推し越しに私に気付いた。私は微笑みを返す。かわいい所を見てしまった喜びをその中にそっと混ぜて。
「いらっしゃいませ。お客様は奥の席へどうぞ。すなぎさんは申し訳ないのですがただいま混雑しておりましてこちらでもう少しお待ち頂いてもよろしいでしょうか」
推しとすなぎさんは来たタイミングが同じだっただけで一緒に来た訳では無いのだと分かっていた。そのため連れの確認はせず、手前に推しがいたために推しが先に来たのだろうと思い私は推しから案内した。
「はーい、分かりました」
すなぎさんは今日雨だもんねぇと待つことを快く受け入れた。空いてる時間を教えて来てもらっていたので申し訳ないなと思ったけれどすなぎさんは特に気にしていないようだ。
推しが立ち止まっていたので、どうぞ?と手で示すと推しはすなぎさんの方をちらっと見てから私に言った。
「あの、俺の方が後から来たのでこの方を先に。俺が待ちます」
「あっ、すみません。そうなんでしたか。では……」と私が言い終わる前にすなぎさんが被せて「えっ、私は時間があるので大丈夫ですよ。お先にどうぞ」と推しに譲った。
「いや、順番なので」
「いえ、傘を入れるのを手伝ってもらいましたし」
「いや、それならドアを開けてもらって先に店に入らせてもらいましたので」
「いえ、先にお店に入ったのなら順番的にはそちらの方が先だと思います。それに案内されてたじゃありませんか」
「それなら、レディーファーストということで」
「いいえ。私、そういうの嫌いなんです」
ばっさり言ってにっこり笑ったすなぎさん。いや、知らない人にここまで言えるってすごいな。しかも私の推しに。すなぎさんは知らないだろうけど。
推しが頑固なのは知っていた。しかしすなぎさんはすなぎさんでというか推しよりも頑固なんじゃ……。
どうしよう。最初の方は譲り合いの精神で日本人ならではの良さだなぁなんて呑気に思っていたけど一向に譲り合ってて埒が明かない。
あぁ、二人の間に火花が見える気がする。バチバチしてる。線香花火の長命バージョン。ほんとこれ、どうしよう。
「じゃあもういっそのこと相席しましょう。俺もあなたも譲り合っててこれじゃあいつまでも決まらないですから」
「そうですね。お店側にも迷惑ですしそうしましょうか。あなたが良ければ」
「俺は構いません」
「じゃあそういうことで。青ちゃん、いいかな?」
「は、はい」
私が入る間もなく二人はとっとと解決?して奥の席へ。
「えーっと?」
私だけが取り残されてしまった。よく分からないけれど、とりあえず水を持っていかなければと私の身体も頭を置いて勝手に動いていった。
「ご注文は?」
「俺はいつもので」
「私はコーヒーとチーズケーキのセットで」
ということは二人とも同じものということか。
「かしこまりました」
「常連さんなんですね」
「最近よく来て同じのを注文してるから覚えられたようで」
二人にケーキを運ぶ頃、サーサー降っていた雨はぽつぽつと雫の形がわかるように。二人も落ちてくる雨に言葉を載せるかのようにぽつぽつと話していた。
傍から見ると二人は恋人のようだった。
会話はあまり聞こえなかった。けれど聞こうとも思わなかった。
外は雨。明日も明後日も天気予報は傘マーク。これから雨続きになるだろう。そうして雨が晴れたら夏が来る。
でもまだ春だ。今はまだ春なのだ。
サーサーという雨の中コロンコロンと軽やかな音がアクセントに加わる。
「いらっしゃいませ」
私は一つある空席を確認してから、入り口の方へ視線を向けた。あれ?
そこにいたのは推しとすなぎさんだった。傘を傘用のビニール袋に入れようとして苦戦しているすなぎさんと、反対にあっさり袋に傘を入れた推しだった。
推しはこちらにどうもと無言で軽く頭を下げる。そのまま推しが席に着くのかと思ったので私は案内しようと向かったのだが、推しは少し迷ってからまだもたもたしていたすなぎさんの代わりに傘を袋に入れてあげていた。
推し優しいっ!すなぎさんって不器用なんだかわいっ!
とても微笑ましい光景を目撃してしまったのではないかと私は思った。憂鬱な雨が一瞬で晴れたようなそんな心地よい気分。
「あ、青ちゃん」
すなぎさんが推し越しに私に気付いた。私は微笑みを返す。かわいい所を見てしまった喜びをその中にそっと混ぜて。
「いらっしゃいませ。お客様は奥の席へどうぞ。すなぎさんは申し訳ないのですがただいま混雑しておりましてこちらでもう少しお待ち頂いてもよろしいでしょうか」
推しとすなぎさんは来たタイミングが同じだっただけで一緒に来た訳では無いのだと分かっていた。そのため連れの確認はせず、手前に推しがいたために推しが先に来たのだろうと思い私は推しから案内した。
「はーい、分かりました」
すなぎさんは今日雨だもんねぇと待つことを快く受け入れた。空いてる時間を教えて来てもらっていたので申し訳ないなと思ったけれどすなぎさんは特に気にしていないようだ。
推しが立ち止まっていたので、どうぞ?と手で示すと推しはすなぎさんの方をちらっと見てから私に言った。
「あの、俺の方が後から来たのでこの方を先に。俺が待ちます」
「あっ、すみません。そうなんでしたか。では……」と私が言い終わる前にすなぎさんが被せて「えっ、私は時間があるので大丈夫ですよ。お先にどうぞ」と推しに譲った。
「いや、順番なので」
「いえ、傘を入れるのを手伝ってもらいましたし」
「いや、それならドアを開けてもらって先に店に入らせてもらいましたので」
「いえ、先にお店に入ったのなら順番的にはそちらの方が先だと思います。それに案内されてたじゃありませんか」
「それなら、レディーファーストということで」
「いいえ。私、そういうの嫌いなんです」
ばっさり言ってにっこり笑ったすなぎさん。いや、知らない人にここまで言えるってすごいな。しかも私の推しに。すなぎさんは知らないだろうけど。
推しが頑固なのは知っていた。しかしすなぎさんはすなぎさんでというか推しよりも頑固なんじゃ……。
どうしよう。最初の方は譲り合いの精神で日本人ならではの良さだなぁなんて呑気に思っていたけど一向に譲り合ってて埒が明かない。
あぁ、二人の間に火花が見える気がする。バチバチしてる。線香花火の長命バージョン。ほんとこれ、どうしよう。
「じゃあもういっそのこと相席しましょう。俺もあなたも譲り合っててこれじゃあいつまでも決まらないですから」
「そうですね。お店側にも迷惑ですしそうしましょうか。あなたが良ければ」
「俺は構いません」
「じゃあそういうことで。青ちゃん、いいかな?」
「は、はい」
私が入る間もなく二人はとっとと解決?して奥の席へ。
「えーっと?」
私だけが取り残されてしまった。よく分からないけれど、とりあえず水を持っていかなければと私の身体も頭を置いて勝手に動いていった。
「ご注文は?」
「俺はいつもので」
「私はコーヒーとチーズケーキのセットで」
ということは二人とも同じものということか。
「かしこまりました」
「常連さんなんですね」
「最近よく来て同じのを注文してるから覚えられたようで」
二人にケーキを運ぶ頃、サーサー降っていた雨はぽつぽつと雫の形がわかるように。二人も落ちてくる雨に言葉を載せるかのようにぽつぽつと話していた。
傍から見ると二人は恋人のようだった。
会話はあまり聞こえなかった。けれど聞こうとも思わなかった。
外は雨。明日も明後日も天気予報は傘マーク。これから雨続きになるだろう。そうして雨が晴れたら夏が来る。
でもまだ春だ。今はまだ春なのだ。
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