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第一部
ep11 交
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新宿西口駅前に一台の車が停まっていた。
「ふーっ・・・この男こんだけ探しても全然見つかんねぇなぁ」
自称探偵本職フリー記者の白友和巳は立里アズマの写真を睨みつけていた。あの後斑鳩シンリョウジョから参考までに受け取った写真だ。
「大体よー目撃証言あんのになーんでこんなどこにもいねぇんだよー」
「ちょっとー吸うなら開けてくださいよー」
車内がタバコの煙で充満していたので助手もとい後輩の円城寺が排煙のために窓を開けた。
「あっおい」
「どーもーこんにちは~ちょーっとお話いいですかぁ?」
2人の男が窓の外から挨拶をしてきた。両方とも派手な髪色をしており、背の高い方は癖っ毛のブルー、もう一人はピンクの髪色だった。
「だーから閉めてたのによー・・・あーちょっと今張り込み中で・・・」
「張り込み中?事件ですかぁ?」ピンク髪は性別がわかりづらいがおそらく男だろう、たぶん。
「あぁーまぁそんなとこだ」
「偽証の現行犯でじっくりお話聞いてもいいんですけどぉ?」男二人は揃って警察手帳を見せてきた。
「・・・・嘘だろ」こんな見た目で警察かよと口に出そうになった。「なんですか?警察に話すことなんて何も」
「この男性、知っていますよね?」
「あん?・・・あっ」
白友はしまったと思った。面倒ごとに巻き込まれるのは避けたかった。
「私たちもこの男追ってるんですよー!」
「何か知っている反応だな」今まで黙っていた方が口を開いた。「詳しくお聞かせ願いましょうか」
「い、いや、確かにこの男を探してるが詳しくは知らねぇんだ・・・あんたらはこいつが誰か知ってんのか?」
長身癖っ毛ブルーがピンク髪に「どうだ?」と聞いた。当のピンク髪は「嘘はついてない」と小声で返していた。
「てか、あんたらもこいつ追ってんのか」
「えぇ、まぁ」
「じゃあ俺の方が教えて欲しいくらいだぜ、警察ならもっと知ってんだろ?俺に聞いても知ってることだけだぜ?その感じだとあのシンリョウジョのねーちゃんからも情報もらってんだろ?」
「あの診療所・・・?」
「きっと堂馬が向かったとこだろう」
「あぁ、じゃあ質問を変えましょう。この男について“何を知っていますか?”」
「何って・・・」頭をばりぼり掻きながらメモを取り出す。「あー、薬の売人でこの辺りを拠点にしていて常に女連れ、で、女の方はよくわからん」
「・・・その薬についてはどこまで知っています??」
「新種の薬って事くらいだな」
「うん、嘘は言っていないみたいですね」
「偽証罪でぶち込まれたくないんでね」
「ではもし何かありましたらこちらまでご連絡下さい」
「あん?」受け取った名刺には『警視庁捜査二課・海野橙里巡査』とあった。
「・・・・」
もう一人の男が無言で名刺を差し出してきた。海野と同じく『警視庁捜査二課・風道院 翔』とあった。
「どっちに連絡すりゃいいの?」
「どちらでも構いませんよ」
「あっそぉ、しっかしアレだねぇ?今はお巡りさんも多様性の時代ってやつ?なんだねぇ」
「・・・この方が警戒されないんですよ。
この度はご協力いただき誠にありがとうございました!捜査[#「捜査」に傍点]、頑張ってくださいね!それでは!」
二人の刑事はそのままどこかへ行ってしまった。
「ちっ、嫌味かよ」「せいぜい頑張ってくださいって意味ですよ」「嫌味じゃねぇか」
海野と風道院はフリージャーナリストの車から距離を取った。
「嘘はついてなかったか?」
「ついてませんでしたね」
海野の症状は超的な共感力である。思考を完全に読めるわけではないが、対象の心情を読み取り相手がどのような感情下にあるかを感じ取ることができる。
「いや、そっちじゃなくて」
「あぁ、もう一人の方は仕方なく一緒にいるみたいな感じでした。ただ・・・」
「なんだ?」
「あの場にいる時・・・離れた距離からの意識を察知しました」
「・・・探偵気取りの仲間か?」
「だとしたらあの二人からそっちにも意識が向いていたはず、なので無関係の人物ですね」
「今そいつの意識は向けられているか?方向さえわかれば」
風道院はこちらを見張る何者かを捕まえようとした。彼の能力は超的移動だが、方向が完全に定まっていないと大きく的を外してしまう。
「・・・・・ダメですね」海野の能力虚しく、何者かは雑多の意識の海に紛れ混んでしまった。「もう持ち場を離れたかそれか意識を逸らしたか・・・」
「そんなことが可能なのか?」
「これだけ人がいるんです。完全に意識を向けられていればまだ見つけやすいですけど・・・意識のベクトルが逸れるか分散したらもうわかりませんね。一人の意識を探すだけでも大変ですし」
「木を隠すなら森の中ってやつか」
「どうしましょう?斑鳩シンリョウジョってやつ、行ってみます?」
「堂馬が向かっているはずだ、そっちはあいつに任せておけ。とりあえず室長に報告しておこう」
「りょーかい!」
「・・・たく、変な繋がりが出来ちまった」
「まぁいいじゃないですか。捜査とやらが進むかもしれませんよ?」
「よくねぇヨォ!特ダネだぞぉ?!あっちこっちに売り込んだらいくらになると思ってんだ!」
「・・・・・先輩」
「あん?なんだよ」
「あそこ・・・」
後輩円城寺が指差した先に、写真の男・立里アズマがいた。
「おいおいおいおいおいおいおいおいマジかよォ!おい、行くぞ!」
「ちょっと様子みた方が」
「バカ!んな呑気なこと言ってたら金が逃げる!」
「命大事にですよ!」
「るせぇ!こーいう時はガンガン行こうぜ一択なんだよォ!」
白友は一目散に走って行った。
「お兄さんお兄さん!すいませぇ~ん!ちょっとお話聞きたいんですがァ!」
男の姿が消えた。
「動くな」
男が消えたと思ったら背後から女の声がした。
「振り向くな、振り向いたら殺す」
白友は両手を上げた。自分の頭に10の銃口が当てられているように感じた。
「あんた・・・聞いたことある声だな」
途端、脳に電流が走った。「がぁっ・・・」
中身を探られている感覚、脳の中を寄生虫が暴れているような感覚に襲われた。
「ん・・・・」
白友の意識がゆっくりと戻ると、後輩である円城寺が頬をこれでもかとビンタした。また気を失うところである。
「先輩!大丈夫ですか!?先輩!!!」
「んん・・・あぁ・・・?あれ・・・?」
白友は一定時間気を失っていたようだ。
「あぁ気がついた・・・」
「・・・・・・・?あれ?ここどこだ?」
「どこって新宿じゃないですか」
「あぁ新宿かぁ・・・俺何してたんだっけ?」白友は見るからに意識が朦朧としていた。
「こいつを探してたんでしょうが!見つけたからって捕まえに行ったら・・・なんか男が消えて女に捕まって」
「待て待て待て待て、なんつってるかわかんねぇ・・・誰を・・・探してたって?」
「こいつですよ!この男!!」
白友は円城寺が突きつけてきた写真の男を見た。
「あぁ???あの男がいたのか???」
「マジっすか・・・」
白友はこの数時間の記憶が飛んでいるようだった。
「なんてこった・・・俺のせいでさらに記憶が」
「・・・なんか・・・聞いたことある声がしたんだよなぁ・・・」
「・・・・・あっ」
円城寺は白友の背後にいた女の姿を思い出した。
「あの女いましたよ!シンリョウジョの!!」
「あ・・・?あぁ~・・・あの声だ」
二人の中で共通の姿が浮かび上がった。二人は少し回復を待って斑鳩シンリョウジョへと向かった。
斑鳩シンリョウジョ
「えーっと・・・玉ノ井さーんお入りくださーい」
本日の総患者数は25人と当シンリョウジョにしては多めだった。いつもは閑散としている待合室も珍しく半分近く埋まっていた。
そのため本日はバイトを大和と鶴野の2人体制にしていた。
「えーっと次は矢鱈目さーん、ん?」
鶴野が患者を呼び入れた時、シンリョウジョ入口が開き、2人の男が立っていた。
「こんにちは、えーっと・・・ご予約の方ですか?」
「えっ、あーいや、以前こちらで診てもらったのですがそのー・・・」
「あ!再診の方ですか!本日ご予約されてますか?お名前は?」
「蒲田慎司・・・です」
鶴野は今日の予約一覧に目を通すものの
「カマタシンジ様ですね、えーっとカマタカマタかまだカマタ・・・」彼の名前は無かった。
「本日ご予約はされていないようですね。少々お待ちください。そちらも再診の方ですか?」
「いやえーっと、こちらの方は・・・」
「堂馬銃瑠、こういうものだ!」
鶴野は堂馬がどこぞの印籠の如く突きつけた警察手帳を一瞥した。
「・・・・警察の方でしたか!捜査か何かですか?」
「まぁそんな感じだ!ちょっち話聞かせてもらうぜ!」
『ドウマジュウル・・・か』鶴野は彼らの侵入を横目で見送った。
「斑鳩さーん!ちょっと話聞かせてもらうぜー!」
「ちょちょちょっと!誰ですかあなた!あ、えーっと水の方」大和は慌てて彼らの対応に赴いた。「鶴野くん!ダメじゃないかちゃんと止めてなくちゃ!」
「えっ、すいません、再診の方っぽかったのでつい」
「ついじゃないよォ!
あ、お久しぶりです。えーっと」
「蒲田慎司です」
「あぁそーだ!蒲田さんだ!で、そちらの方は」
「この方は」「オレは堂馬銃瑠!こういうもんだ!」
「え!警察?!あ、同僚か上司の方ですか?」
「そんなもんだ!で!今日は捜査の一環で来た!協力してくれ!」
「えぇっと・・・もう2時間ほど待っていただけませんか?本日診察の予約がいっぱいでして・・・」
「2時間か、このあたりで時間潰せそうな場所はあるか?」
「えーっと・・・」
「どうした?」
家主、もとい院長のいかるが診察室から現れた。堂馬のでかい声が診察室まで届いていた。
「あぁ、蒲田さん。その後どうですか症状は」
「え、えぇまぁ、落ち着いています」
「そちらは?」
「オレは堂馬銃瑠!こういうもんだ」
「どまんじゅう?」
「堂馬銃瑠だ!」
「あぁ、蒲田さんの同僚ですか」
「捜査で話を聞きたいそうです」大和が口を挟んだ。
「なるほど。もしよければ裏で待ちますか?」
「2時間潰せるのかい?」
「資料でも見ているといい。そうすれば話もすぐ済む」
いかるは時間外労働を許さない。
「わかった、では資料を見せてもらおう」
「大和くん、二人をよろしく。鶴野くんは受付をよろしく、ではまた後ほど」
「ではこちらへどうぞ」
「はいよぉ!」
『うるさいなこの人』
そう思いながら大和は彼らに資料とお茶、菓子を出した。なお資料はいかるがこんな事もあろうかと事前にまとめていたものである。
「・・・・ふーんなるほど。ほとんどうちにあるようなデータだな」
「あのー堂馬さん」
「ん?」
「この事件絡みの情報ってどこから来てるんですか?」
「さーな、室長は上から情報がーってよく言ってるけどなー・・・ん?」特に目新しい情報がない中、一つの資料に目が行った。
「”新型症状及び特殊能力と薬物についての記録と推察メモ”?」
営業時間後
「お待たせ致しました。何かご質問は?」
いかるは残業を許さないので一刻も早く話を切り上げたかった。
「資料は一通り見せてもらいましたが一つ気になるのがありました。この資料なんですがねぇ?」
つい先日いかるが麗麗と共同で作成した資料だった。
「この資料、斑鳩さんと鳳麗麗という方が連名になってますが・・・どちら様で?」
「あぁりんりn・・・失礼、鳳麗麗は私の知り合いです。大学では薬学を専攻していまして今は研究室を開いているみたいですね」
「ほう、先ほどの感じだと親しい友人でもあるように思えましたが?」
「え、えぇ・・・まぁ・・・それで?彼女の連絡先であればお教えいたしますが」
「ありゃ?いいんですか?んじゃあおねがいしましょーかね、あぁそれと」堂馬は資料の中間部と最後の方を指して尋ねた。「この症状とやらの発生がウイルスかもっていうのと・・・薬の製造目的・・・なぜこう思うんだ?」
「あらゆる可能性を考慮しただけのものです。これと言った証拠は・・・特には・・・」
「まぁ確かに症状とやらの発生具合はあの時の感じに似ているが・・・」
かつて、新型のウイルスが世界規模で猛威を振るった。それから世界は形を変えながら緩やかに元に戻ろうとしている。
「この鳳さんに聞けばもっとわかることがあるかねぇ?」
「えぇまぁ。といってもこれよりも詳しいくらいで新しいネタはないかと思いますよ」
「ふーむ・・・あ、そうだ。今日の本題を忘れるとこだった」
「えぇ・・・」
「この男、立里アズマが自殺者に薬を握らせていた理由は知っているか?」
「あぁ、それは・・・」
かつて立里アズマと行動をともにしていた少女、橘結羅から聞いていた情報を伝えた。
「自殺志願者に救いのチャンスねぇ~・・・よくわかんねぇなぁほんとにそれだけかぁ~?サイコ野郎の考えてることはわからんね」
「えぇ、私も一度対面しましたが出来れば関わりたくない人物でしたね。いわゆる無敵の人間です」
「無敵超人だねぇ」
「さて、もういいですか?」
「この資料コピーとっても?」
「構いませんよ。警察関係者であればこちらも協力したいですし」
「嬉しいこといってくれるじゃないの!あ、なんかあったらこちらに連絡してくれよな!じゃ!」
堂馬単体で現れていたら絶対に警察関係者だとは思わなかっただろう。蒲田がいたおかげで幾分かスムーズになっていた。いかるは名刺に書かれた役職で完全に堂馬を信用した。
堂馬と蒲田がシンリョウジョを出ると門の外に一台の車が止まっていた。
「あの車は・・・海野と風道院が追ってるやつじゃねぇか?」
彼らの間である程度の情報は共有されている。
車から二人の男が降りてきた。
「おい!あんたらこの診療所のやつか?」
「あん?俺らは刑事だよ、一応」
「なんだよまたかよ・・・今日は本職によく会うなぁ」
「海野と風道院に会ったっぽいな」
「それよりあんた、ここのねーちゃん!いるだろ?!」
「あ?今会って話聞いてきたところだ」
「あのねーちゃん、俺を殺そうとしやがったんだ」
「んあ?」
堂馬は急にこいつはなにを言い出すのかと思った。
「脅されたんだよ!頭になんか突きつけられてな!だよな?」
「え、えぇ。彼は先ほどここの女に脅されたんです!」
「ちょっと待て、先ほどっていつだ」
「えーっと白友さんが眠っていたのが1時間前だから・・2時間くらい前だ!」
「どっちにしても今日なんだな、じゃあ違う。ここの女はずっと患者を見てたっぽいからな」
「なんだ、あんたら帰ってなかったのか」
どこかへ出かけるような格好をしたいかるが現れた。
「この女だ!お前ぇっ!さっきは俺に何をしたぁっ!」
「えっちょっ・・・やめろ触んな!」
「お巡りさんさんこいつです!この女が先輩の背後に立ったら先輩が気を失って・・・」
「待て待て待て待て、あんたら何の話してるんだ」
「さっきいただろ!新宿に!」
「はぁ?今から新宿行くんだけど?!」
「まぁ待てお前ら!ちょっと落ち着け!な?一旦話を整理しよう」
言い争いになる寸前で堂馬が割って入り、場を収めた。
「つまりこのおっさんは立里アズマに遭遇したと思ったら後ろにこのねーちゃんがいて脅されたんだな?んで助手のあんたも見てたと」
「そーです!」
「だから違うって!私はここにいたって証明できてんだろ!」
「じゃあ他に誰がいるんですか!」
「あーあーあー一旦黙れ!ねーちゃんも冷静になれって」
「ねーちゃんっていうのやめてくれる?うわってなるんだけど」
「わーったよしゃーねぇ、で?いかるさんはどう思う」
「どうって・・・」
「あんた兄弟は」
「いません」
「じゃあちょっとさっきの資料見ますよー・・・今まで見た中で変身の能力・・・これだ」
堂馬が指した箇所はメモの中の変形の項目だった。
「この変形の症状のやつがアンタに化けたって事は?」
「えっ、変形と変身はだいぶ違うかと・・・それにその方はご高齢でしたし」
「変身出来りゃ爺さん婆さんにもなれるだろ」
「あぁいえ、私はこちらで症状を見る際ほんのわずかですが相手の思考を読むことができるんです」
「ほう、じゃあいっちょ俺の能力を当ててみな」
「では、少し失礼します」
「お?なんだなんだ??」
いかるが堂馬の頭に指を突きつけた時、白友の「これだぁ!俺がやられたのこれだぁ!」という声が辺りに響いた。
「うお・・・なんだこれ」
「あなたの能力は・・・超常的な視力を用いた射撃能力ですね。年齢は25、彼女は今いませんね」
「わかったわかったもういい!」
「あ、すいませんつい」
「まぁアンタの能力はわかった、ってこたぁまぁ違うか・・・一応この老人の名前を聞いていいか?」
「まぁ名前くらいであれば・・・古畑恭四郎さんですね」
「古畑恭四郎ね。名前からして爺さんか」
「えぇ」
「仮に変身の能力があったとして何処まで化けることが出来ると思う?」
「そう・・・ですね・・・」いかるの眉間の皺が深くなっていく。「んん・・・なんとも言えないですが・・・対象をよく観察できれば見た目は見分けつかないくらいには出来るかと」
「化けた相手が能力者だった場合、そいつの能力を使うのは可能か?」
「いや、それは出来ないかと・・・」
「なぁ白友さん」「はい」「さっきアンタ、俺が頭探られてる時“俺がやられたのはこれだ”って言ったよな?」
「あぁ、そうだよ」
「斑鳩さん、同じことを白友さんにやってみてくれ」
「はぁ」
いかるは先程と同じく白友の頭に指を当て、スキャンを開始した。
「ぁぁぁぁあああぁあぁこれだよおおおぉぉこの頭の中にナメクジがいる感じいいぃぃぃいいい」
「えっそんな感じだったの、なんかごめんなさい」
「はーいストップ!もしさっきの人物が斑鳩さんじゃあなければ変身したら能力が使える可能性が高いよな?どうだ?」
「確かに可能性はありますが・・・本当に能力を使えているかどうかまでは・・・」
「よし、じゃあこう考えよう、仮に彼女に変身してアンタの脳を探ったとして何が目的だと思う?」
「目的・・・」
そんなこと聞かれてもというあからさまないかるの表情を見て堂馬はさらに続けた。
「アンタ、頭に手を当てて何が出来るんだ?」
「えぇ?えーっと・・・まずこの能力の症状の緩和、表面的な思考の読み取り、あと・・・あ!」
「なんだ?」
「記憶を部分的に消去出来ます」
「それだ!」
「あーっ!そう言えば!」白友の後輩が思い出したように大声を上げた。「先輩この数時間の記憶が無いんです!この女に」
「私じゃない!!」
「∇◆$⁉︎×∀~・・・この人の姿をした奴に頭やられた後先輩気失って!で目覚めたら記憶も消えてて!」
「んなるほどな大体わかった!つまりだ、アンタの姿をした何者かは自分が目撃された事を消したかったわけだ!」
「私の姿だったら見られても構わなくないですか?私は困るけど」
「能力を使うためにアンタに変身したんだ。という事はこの人は誰かを見つけてそいつに近づいたはずだ・・・なぁ後輩さん、この先輩は誰を追っていたんだ?」
「えーっと・・・あれ、写真・・・」
「それはひょっとしてこの男じゃあないか?」
堂馬が取り出した写真には立里アズマが写っていた。
「あー!こいつです!先輩、こいつを見つけたら走り出したんですよ!ですよね先輩?!」
「・・・・・あ?あぁこいつか、こいつがいたのか?」
「いたからこうなってるんじゃないですか」
「立里アズマ自体の記憶は消えてねぇみたいだな」
「あのぉすいません」
「あぁ蒲田さん久しぶり」
彼らのマシンガントークに入れずにいた蒲田がやっとこさ介入してきた。
「今なに話してるんですか?全然状況がわからなくて」
「あー?お前ちゃんと聞いとけよ仮にも準公にいるんだからさぁ!」
「すいません・・・」
「俺たちはこの男(立里アズマ)の手がかりを探るためにここに来た。
そしたら立里アズマに近づいてこのねーちゃんに記憶を消されたおやっさんが来た、以上!」
「だからアタシじゃないって!!!」
「もういいだろよーじゃあなんて言ったらいいんだ?ねーちゃん2号か?」
「なんでもいいからとにかくアタシと関係ない感じのやつにしてください!」
堂馬は少し考えて
「よし、コード:ロキにしよう。昔なんかの映画でそんな奴が変身してたのを見たんだ」とさっくり呼び名を決めた。
「でだ、さっきあんたがあの男に会った時コード:ロキもいたということになるが・・・後輩くんは見てねぇのか?」
「うーん・・・アズマでしたっけ?多分アズマひとりだったと思うんですよね」
「そうか・・・思った以上に厄介な事になってるなこれは・・・」
「なんでですか?」
「我々は今この男を追っているわけだがこの立里アズマという男はどうやら時間を止める能力を持っているらしい」
「は?」
「えっ」
「・・・・・」
「そのせいでとにかく痕跡を残さない。街頭のカメラにも映っていないんだ。
ただ、女と歩いている姿を目撃されていることからこいつ一人ではないことが推測できる。以上を踏まえてオレが今考えていることだが」
堂馬は立里アズマの写真をいかるの顔の横に持っていった。「アズマとコード:ロキは行動を共にしている」
いかるは堂馬の腕をはたき落とした。
「おっ、公務執行妨害。それはさておき斑鳩さん、アズマが時間を止めている間他のやつが動くことは可能か?」
「いや、多分時が止まった事にすら気付けないと思います」
いかるは以前時間停止を目の当たりにした時のことを思い出した。食らっただけで目の当たりには出来てはいないが。
「んじゃあもう一つ質問、ここのメモの中に”停止した時間を感知可能。尚、停止した時間における行動は不可能“とある。コード:ロキがこの症状である可能性は?」
「症状・能力は一人一つです。すでに変身能力があれば・・・・・あっ」
「そうだ、コード:ロキが変身したやつの能力まで使えていたとしたら、あんたら偽探偵さんは最初からアズマに化けていた餌に引っかかったって事だ」
「ど・・・どういう事ですか」
「おめえらが引っ付いたのは偽物だったって事だよ。そしておそらく、最悪のパターンかもしれないがアズマとコード:ロキは行動を共にしている。
オレたちはアズマを見つけても迂闊に近づけねぇってこった」
沈黙、時刻は午後7時を回っていた。
「おっとすまねぇもうこんな時間だ。だいぶ長居しちまったな。今日はもう引き上げるぜ。おい、いくぞ」
手がかりそのものは掴めなかったがヒントとしてはかなりの収穫があった。これ以上ここにいるのも時間の浪費だろうと判断し、持ち帰る事にした。
「あ、そうだ。あんたら・・・はまぁいいか。斑鳩さん、合言葉を決めておきましょうや」
客人が全て帰り、いかるはどっと疲れソファーに伏せていた。限りなく警戒心ゼロの状態である。
「あのー・・・僕たちもう帰って大丈夫ですか?」
今日のデータ入力や閉店業務も終わり、バイト二人はいつでも帰れる状態だった。
「いいよー・・・また明日ー・・・」
大和と鶴野はシンリョウジョを後にした。
外はすっかり暗くなっていた。
「いかるさん死んでましたね」
「ただでさえ忙しいのに最後の方ほとんど取り調べだったもんね」
「この後どーします?」
「うーん時間も時間だし・・・あれ?どこ住んでるんだっけ」
「近くっす」
「今からどっか行くにしてもだし、カラオケでも行く?」
「お!いいっすねぇ!俺めっちゃ好きっすよカラオk、ん?ちょっちすいません」
鶴野はスマートフォンを取り出して画面を見た。
「あ、すいません大和さん、急用が入っちゃいました、ほんとすいません!」
「お、彼女?」
「・・・まぁそんなもんです!失礼します!」
若いっていいなと思いながら大和は帰路に着いた。
終業後、気分転換に映画でも見に行こうとしていたがいかるにはもはやその体力もなかった。
「・・・・・・ごはん」
映画代が浮いた分デリバリーを多めに注文した。
この館、シンリョウジョとして開放されているのは一部であり、大部分は自宅である。しかし自宅部分に行くには一度外を経由する必要があった。なので自宅とシンリョウジョの鍵は完全に分けられている。
そのためデリバリーや宅配便の配達員は玄関を探すのに一苦労であった。といっても最近は置き配ができるようになったので以前よりは配りやすくなったようだ。
「あー疲れたーもー今日はゲームしちゃお」
気合いを入れメイクを落とし部屋着に着替えたいかるはクリアしていないまま放置していたアドベンチャーゲームを再開するも疲れすぎて集中力がもたないのでパズルゲームに切り替えた。
「パズルゲームしかできないよ~」などと独り言をブツクサ言いながらプレイしているとデリバリーの到着を知らせるチャイムが鳴った。
「うあーめんどくさいー」
バイト二人を残業代で釣っておけばよかったと思いながら夕食を受け取り、片っ端から一気に貪るように口に入れ始めた。
本日の夕食のメニュー
ケバブライス・サラダ・ドリンクのセット、3種のカレー・ナン、トマトスープ、クラムチャウダー、4種のピッツァ、フライドチキンetc…を1/5ほど食べたところでギブアップ、残りを冷蔵庫へとしまった。空腹の時にメニューを見るのは本当に良くない。
「これで数日持つぞ、と」
栄養を摂り、集中力が回復したところで再びクリアしていないアドベンチャーゲームを開始した。
新宿某所ーーー
「どうだった?」
「アンタの姿でうろついたら刑事みたいなおっさんが走ってきた」
アズマと真希奈は二人の根城で夕食をとっていた。
「で?どーしたの?」
「あの医者になって数時間分の記憶消しといた」
「おつかれ」
「ねぇ、あんたに変身してから食べる時なんか気持ち悪いんだけど」
真希奈はたまに変身した相手の精神状態を引きずることがあった。そして、アズマに変身した時にこの状態が強く出ていた。
「あー・・・食べるの苦痛だったからね、昔」
「なんで?アレルギー?」
「未熟児で生まれてさ、食道が未発達でさ、全然飲み込めなくて食事が苦痛だったんだ」
「今ふつーに食べてるじゃん」
「手術したからね」
「いやだから、克服してんじゃん」
「20年この状態だったからね、べっっっとりこびりついたシミはそう簡単に落とせないよ」
「ふーん」
「早く食べようとして口にいっぱい物入れちゃうから食事の時喋れなくてさ、好きな子とデートにも行けなかったんだ」
「ふーん、ハムスターみたいじゃん」
「人間以外に生まれたかったね」
「てか、だからそんな細いんだ」
「おかげで力もない。時を止めたとこでせいぜい盗みしか出来ない」
「いいじゃん、盗みだけできれば生きていけるよ」
「漫画じゃボスクラスの能力なのにな。いざ自分が使うとこんなもんかってなるね」
「真希奈の方が絶対上手く使えると思う」
「そりゃ変身できるからだろ?チートだよお前」
「いーえ!能力使えるようになったのは努力の賜物ですー!」
「斑鳩いかるの能力のおかげだろ」
「てかさー時止められるんなら戻したり進めたりも出来るんじゃない?それ出来るようになったら強いよ?」
「過去に戻りたくもないし時間進めたところで何にもならないよ。止まった時間の中にいるが一番楽しいよ。落ち着くし」
「ふーん、まぁいっか。てかこれからどーすんの?」
「とりあえずオレを探っているやつを片っ端から殺そうかな」
「えー人殺すのーいやなんだけど」
「じゃあ記憶を消すだけにしとこうか。誰も俺たちのことを覚えていない、誰の記憶にも残らないほど鮮やかに消え」
「いいよー。あ、ごめん今から友達んとこ行ってくる」「急だね」「呼び出し」
真希奈が出ていき、部屋にはアズマ一人になった。
天井を見上げるとかつて首を吊ってみたロープがそのままにしてある。
「あの時ちゃんと楽になっとけばよかったなー」
そのままアズマは寝っ転がった。
準公安部特殊能力特別対策室
海野・風道院、堂馬・蒲田の4人はそれぞれ持ち帰った情報を迫水室長はじめその他のメンバーへ伝えた。
「一応調べたが古畑恭四郎という人物はいるにはいるが全く無関係の人間だ」
「変身の能力か・・・しかも変身したやつの能力まで使えるとは」
「非常に厄介かもしれねぇっすよ室長」
「だろうな、我々の誰かに変身されると厄介だ。合言葉を作っておくか」
「合言葉だけでは心許ないかと思われますが」無口な大男、井出が珍しく喋った。
「まぁ・・・そこは私の能力で」
「最終手段ですね」
「そーいえば室長と隊長の能力ってなんなんすか?」堂馬銃瑠は割と遠慮がない。
「その時になればわかる。ちなみに井出の能力は・・・キレさせたら大変」
「・・・・・・・それが能力ですか?」
「四捨五入してそんな感じだ」
「はは・・・あぁそうだ、それとこの薬物?の出処と成分だが・・・
まず出処から行こう。わかっている情報では立里アズマが電脳街、旧九龍城砦だな、この電脳街の中心部にある”虚兎商店“という店で買い付けて国内になんらかの手法で密輸しているらしい。物が新しく今はまだ規制対象にされてないから堂々と持ち運んでるのかもしれないがな
で、次にこの成分だがえーっと・・・まぁなんか色々毒物、それも神経毒が何種類も入っていてさらに人間のタンパク質らしきものも入っていたそうだ。成分についてのより詳しい話はこのメモで連名になっている鳳麗麗女史だ。彼女にも情報の提供を頼みに行った方がいいだろう」
「そうだな、では玉那覇と阿部、この鳳麗麗女史の元へ行ってくれ」
「「はっ!」」
「さて、それはともかくとしてコード:ロキについてだ」
迫水室長はこれからの準公の作戦をコード:ロキ中心に決めていく方針に固めた。
「立里アズマとコード:ロキ、今聞いた情報を鑑みると時間を止められる人間が2人いる事になる」
「流石に我々の手に負えるかどうかわからなくなってきましたね。更なる人員の確保も必要かと」風道院だ。
「そうだな、上のものに掛け合ってみよう。時間に関する能力者がいるのがベストだが」
迫水室長は再び写真の男を見た。
「そして何よりこの立里アズマは目的もない、いわゆるただの無敵の人間のようだ。長時間放っておくのも良くはないだろう、こちらの人員が確保でき次第行動を開始したい。それまでは各自各々の任務遂行しつつ彼らの情報収集を行なってくれ。それでは本日は解散!」
「あのー電脳街の方は?」
「そっちは国際問題を孕んでいる可能性がある。我々ではなく上層部が行ったほうがいいだろう」
「んなぁ~るほど」
「では改めて、解散!」
迫水凛桜は上層部に更なる人員の確保を申請した。彼女が連絡を取り合っている相手は直属の上司になるが、公安の人物故に連絡は必要最低限でありどのような人物かも不明。性別は声を聞けば男なのは確実だが、年齢は話し方からしても30代半ば辺りだろう。そして名前もハセガワ・シロウと言い、おそらく偽名だろう。一方でこちらの素性は隠す必要がないため半ば不公平に感じるが、これが公安と準公安の差なのだと自分に言い聞かせた。
時刻は午後7時半、長谷川との通話が可能な時間帯であるのを確認し、通話を開始した。
「おつかれさまです、迫水です」
「どうしました?」
落ち着いた男の声がスピーカーから聞こえてくる。「人員の確保をしたいのですが」
「わかりました、手配しましょう。要望はありますか?」
「時を止める能力に対応できそうな人材だといいのですが」
「時を止める・・・なるほど。急を要しますか?」
「できれば早くに」
「了解いたしました。少々お待ちください」
「あ、それと」
「はい」
「先ほどの会議の音声をそちらに送ります。それを聞いた上で判断していただきたいのですが、電脳街への調査は国際問題に発展する可能性があるので公安内で調査して頂けますか?」
「・・・わかりました。いいでしょう」
「よろしくお願いします。あと最後に、この間送られてきた資料はどこで入手し、あ、切れた」
ハセガワとの通話を終了し、本日の仕事を全て終えた。
仕事用のスマートフォンをしまい、プライベート用のスマホの画面を見ると、高校時代からの友人、大瀧美奈から2時間前にメッセージが入っていた。
“りおー!今日空いてる?”
“遅くなってごめん、今仕事終わった”
2時間遅れで返信した途端、爆速で既読の文字がつき、即レスが帰ってきた。
“おつかれー!今からご飯いかない?”
“いいよ、場所は?”
“ごめん決めてなかった(emoji)あ、じゃあここどお?”
URLと地図が送られてきて場所を確認すると有楽町にある居酒屋だった。有楽町ならここから近い。
有楽町の居酒屋へ到着すると大瀧美奈は既に酒を3杯呑んでいた。
「おつかれーーー!」
「おつかれ、もうだいぶ呑んでんじゃん」
「ねえー最近どおー?」
どうやら自分が来なくても一人でしこたま呑んでいたようだ。
「ちょっと面倒ごと溜まっててさー今日はめっちゃ呑むわ」
「いえーい!」
どうせ明日には記憶も残っていないようなサシのみになるだろう、迫水はとりあえず日本酒を注文した。
「で?どうしたの急に。彼氏にでもフラれた?」
「彼氏欲しー」
「あれ?いなかったっけ?」
「3ヵ月いませーん」
「アプリとかやれば?」
「やってるけど1、2回で終わるんだよねー」
「なんとなくわかるわ」
「お待たせ致しましたー大串の盛り合わせ、馬刺しの3種盛り、じゃがバター、白海山でーす。」
「「かんぱーい !」」
「で?何があったの」
「何って?」
「美奈が呼び出す時は大体なんかあった時でしょ」
「あ!そうそう!こないだね!お祓い行ったんだけど」
「えっ、美奈ついに壺とか水晶売り出した?」
「え?なんも売ってないけど?」
「ごめん冗談」
「ん?なに?」
「ごめん続けて、で?」
「で!こないだお祓い行ったんだけど!すごい気分が軽くなったの!」
「・・・・それだけ?」
「それだけ!」
「変な宗教勧誘されると思ったわ」
「するわけ無いじゃん捕まるかもしれないのに」
「いや別に捕まりはしないけど」
「えっそーなの?」
「ケースバイケースね」
「ふーん、りおの仕事って大変そー」
「大変に決まってんじゃんこちとら警察だぞ」
「だよねー」
「けどまさかお祓い行ってよかったで呼び出されるとは思わなかったわ」
「そっちが勝手に話大きくしたんじゃん」
「そーだっけ?そもそもなんでお祓い行ったの」
「最近仕事終わって帰ったら体力残ってなくてさー何にもできないわけ」
「わかる」
「でさー結局YouTubeでダラーっと流し見できる動画見たりしてんの」
「あーね」
「で最近実話怪談っていうの?怖い話をする動画ずーっと流してたの」
「え、なんで」
「激しい音とか無いからストレスないんだー」
「相当疲れてんじゃん・・・メンタル大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!で、そーいうのずーっと見てたから家で怪現象起きるようになっちゃって」
「はぁ~?どんなの?」
「寝てる時にぃ~誰かの息が耳元でしたりぃ~鏡見たら知らない人が映ったりぃ~消えたりぃ~友達と通話してる時に部屋に誰かいる?って聞かれたりぃ~」
「家賃下げてもらいな」
「だからお寺にお祓いに行ってお祓いしてもらったんだぁ」
「ん?寺?」「お寺」「神社じゃなくて?」
「お寺」「珍し」「珍しいの?」
「お祓いって普通神社でしょ」
「そうなんだ」
「お待たせ致しましたー高千代とレモンサワーでーす」
「でねでね、そのお祓いに行った日からすっごい体が軽くなってー!」
「え、今私お祓いおすすめされてる?」
「行ってみない?」
「えぇー・・・」
「ちょっと場所送っとくね。送った!」
「美奈、あたしの目見て」
「なに?」
「そのレモンサワーを飲み終わったら今日は帰る」
迫水凛桜室長・症状:洗脳
能力の使いどきは彼女次第。
一時間前、池袋
橘結羅は尾張真希奈へメッセージを送っていた。池袋で落ち合う事にし、集合場所のいけふくろう前で真希奈を待っていた。
『いけふくろうってこんなだったっけ』
サイケデリックにデコレーションされたいけふくろうをまじまじと見ていると「ゆーらちゃん」と言う声がした。
「久しぶりです、って・・・え!?」
振り返ると、自分がいた。
「どお?結羅ちゃんの姿になってみた[#「結羅ちゃんの姿になってみた」に傍点]んだけど」
「す・・・すごい・・・ですね」
結羅は言葉が詰まって出てこなかった。
「あははーびっくりした?私ねー、変身できるようになったんだー」
結羅は数ヶ月前までアズマ以外に真希奈とよく一緒に遊び歩いていた。しかしアズマに捨てられて以来自宅に引き篭もり、外部との接触を一切経っていた。
いかるに呼び出され謎の僧侶の謎の力で能力を完全に消失=完治してから精神的にも安定したのを機に再び高校に行き始め、本格的な復帰に向かっていた。
近況を報告するついでに久しぶりに遊びたいなと思って真希奈を呼び出したのだ。
が、以前行動を共にしていた時から明らかに何かが変わっている。見た目もありえないほど変わっているのだが。
「変・・・身・・・・?」
変身というよりは擬態といった方が正しい気もするが、結羅にとってはかなりのショックを受けていた。
「他にも、ほら!ほら!ほら!」
目の前にいた自分の姿が斑鳩いかるへ、しらないおじさんへ、立里アズマへと次々に変身した。
次々と姿が変わっていく様子はなんと気持ち悪い光景だろうか。最初に自分の姿をされたからたまったもんじゃない。
そして着ているものは変わらないので一層不気味な存在が目の前にいた。
「やめて・・・ください・・・真希奈さん自身の姿に戻ってください」
人と会ってこんなにすぐに泣きそうになったのは初めてだ。目の前の相手はまだグニグニと姿を変えている。
「何しているんですか・・・はやく元の姿に」
「アタシってどんな感じだったっけ?」
「えっ・・・」
「しばらく自分の姿に戻ってないからわかんなくなっちゃってさー」
姿だけでなく声も壊れたラジオのように変わり続けた。結羅は泣きそうを通り越して吐きそうだった。最悪の再会だった。
「これです!」
結羅がスマートフォンを取り出し二人で撮った写真を突きつけると
「あぁーこんな顔だったっけ、あ、これだこれだ。どお?」
「・・・・合ってます」結羅はもうほとんど涙声になっていた。せっかく快方に向かっていた精神が揺り戻されそうだ。
「で?今日はどーするの?」
「とりあえず・・・サンシャイン行きましょう・・・」
よく知っているはずなのに何かが違うこの感覚、そんな感じの漫画を読んでいることもあって本物の真希奈は死んでしまっているのではないかとすら思った。
「ずいぶん久しぶりじゃ~ん元気だったぁ?」
「は、はい・・・元気だったというか元気になったっていうか・・・」
「へぇ~あのカスから離れたから?」
「カス?」
「アズマだよアズマ」
「あ、あぁ・・・はい・・・たぶん」
「よかったじゃーん離れられて、あいつに振り回されんのマジめんどいよねー目的もないくせにさー」
「あの人のこと、嫌いなんですか?」
「嫌いだよー」
「でも一緒にいるんじゃ・・・」
「一緒にいるよー」
「なんで、ですか・・・?」
「なりゆき、あ!ねぇねぇ!ここ見よここ!」
いつのまにかサンシャインの中へ入っていた。結羅は今脳の処理が追いついていない。
「じゃあ快気祝いになんか買ってあげる!」
「えっいいですよそんな!私から呼んだんだし」
「・・・・・」真希奈が急に真顔になり見つめてきた。よく知っていた顔だ。
「な、なんですか?なんかついてますか?」
「ううん、結羅ちゃん明るくなったなーって思って」
「そう、ですか」
「やっぱあの男といると病むよねー。ん?なんか向こうで始まったみたいだよ!あっち行こ!」
サンシャインの地下1階から3階まで吹き抜けになっている広場のステージでイベントが始まっていた。
どうやらアイドルゲームのイベントのようだ。男性声優かと思われる人たちが歌を歌って踊っている。
「やっぱさー一緒にいるならあんな感じのキラキラした男子といたいよねぇ」
「はぁ・・・」結羅はまともに返事を返す気力すらなくなりつつあった。
「なんであんな疫病神みたいなやつといないといけないんだろ、殺しちゃおっかな」
「えっ!?」
素っ頓狂な結羅の声はイベントの大音量にかき消えた。
「お腹すいたねー」
イベントを抜け出し、サンシャイン内の店舗を片っ端から周って十分にショッピングを楽しんだ。気がつけば大荷物になっていた。
さすがに歩くのも疲れたので3階まで上り、イタリア料理のレストランへ入った。
それぞれパスタとドリンクセットを注文しひと段落すると「で、最近何があったの?」という真希奈の質問が飛んできた。
「えっと・・・前に火が出る病気を見てもらった時があって・・・その人からまた呼び出されて」
「その人ってこの人?」
真希奈の姿がいかるになった。
「・・・・そうです。それで」
結羅はシンリョウジョに行ったらお坊さんがいたこと、そのお坊さんが念仏を唱えたら火の能力が完全に消えたこと、それから気持ちが楽になって高校にもまた通えるようになったことなどをなんとか口から絞り出した。
「へぇ~!よかったねぇ~!」
真希奈はいかるの姿になったままだった。そのせいか店員が「あれ?」と言って不思議な顔をしながら注文した品を置いていった。
「あの・・・いかるさんになってます」
「うん、だってこの人美人だし」
「・・・元の顔だって綺麗で可愛いじゃないですか・・・嫌いなんですか?」
「自分の顔は好きだよ?でもそのせいで散々嫌な目にあったからさ・・・今のあいつもそう。セックスするためだけにいるような感じ」
「・・・好きだからするんじゃないんですか?」
「好きでもないカスとやることの方が多かったんだ。だから自分の体が嫌いになっちゃった」
「なんでアズマさんと一緒にいるの」
「なんでかな・・・なんでだろ・・・」
真希奈は静かに泣き出した。
「・・・・ごめんなさい。嫌なこと聞いて」
「ううん。だいじょうぶ」
結羅の中から恐怖心が消え去り、なんとかしてあげたい気持ちが沸々と湧いてきた。
「あの・・・」
「なあに?」
「ただの気休めになるだけかもしれないですけど・・・私が受けた治療、っていうかお祓い・・・受けて・・・みませんか?」
「・・・・・ありがとね」
「いえっあのっ・・・これは聞いたことをそのまま話すんですけどっ
私の火の病気と同じなら多分、治ると思うんです」
「治る・・・?」
「この病気は脳と心の病みたいなものらしくて・・・お坊さんのお経でそれが治ったみたいで・・・」
「結羅ちゃん、いいよ。だいじょうぶ。
多分ね、結羅ちゃんはそれで治せたけど私は多分治らないと思う。私は能力が出る前から病んでたから」
真希奈はカフェモカを口に流し込んだ。
「それに、今の私の能力が無くなったら何もなくなっちゃう。同じ病みならなんかできる病みの方がいいじゃん?」
「ごめん・・・なさい・・・」
「その気持ちだけでうれしい」
真希奈は結羅に穏やかな眼差しを向けた。
「結羅ちゃんは能力自体が心の病みだったかもしれないけど、私は能力が心の病みに瘡蓋をしてくれるの。だからこのままでいいの」
結羅には彼女のその言葉が「このまま突き進むしかないの」といっているように聞こえた。
池袋駅ーーーー
「結羅ちゃん!今日はありがとね!」
「いえ、私も真希奈さんに会えてよかったです」
「結羅ちゃん」
真希奈は結羅に強く抱きついた。姿は本来の彼女の姿に戻っていた。
「また、今度ね」
「・・・はい、絶対ですよ」
結羅は、真希奈とはもう会えない気がした。
「じゃあね!」
真希奈は改札へ向かう人混みに吸い込まれていった。
結羅は帰路につき自宅へ戻ると、弟の燕太を泣きながら抱きしめた。
日付変更線を超えて翌日ーーーー
玉那覇アレックス・症状:剛力
阿部日向・症状:幻覚
2人の準公捜査員は外房線に揺られながら帝北大学千葉キャンパスにある鳳研究室へ向かっていた。
「遠いな」「ああ」「車で来ればよかったな」「ああ」
本校は都内にあるが、薬学部のキャンパスは千葉の南部に位置している。鳳麗麗はそこの講師を勤めており、かつ研究所も構えている。
なんだかんだ外房の景色を満喫しているとキャンパス最寄りの駅に到着した。
「着いた」「着いたな」
駅から徒歩15分歩き、太陽光を反射する白い建物が見えてきた。
「着いた」「着いたな」「失礼、鳳研究室はどこですか」
千葉キャンパスの受付は突如現れた大柄の二人の男に横転しそうになるも踏ん張って堪えた。
「アポは取られていますか」
「玉那覇で取っているはずだ」日向が答える。
「タマナハ様ですね。えーっとタマナハタマナハ玉那覇・・・あ、確認できました。一度外に出ていただいてですね・・・」
渡された地図の印のついた場所に向かうと高身長の女が一人現れた。玉那覇と身長のさほど変わらないがヒールを脱いでも日向くらいのし背丈がありそうだ。金髪のボブヘアーに白衣を纏っているその姿は一歩間違えればマッドサイエンティストの印象があった。
「鳳麗麗さんですか?」
「話は伺ってます。こちらへどうぞ」二人は研究室へ通された。
「こちらがラクガンの」「ラクガン?」「この飴玉状の薬物の名称です。で、ラクガンに入っている成分表ですが、それぞれが人体に及ぼす影響は」
「失礼」日向が麗麗の話を遮り、「これより録音させていただいてもよろしいでしょうか」
「構いません、どうぞ」
ボイスレコーダーの録音ボタンが押された。
玉那覇と日向の表情を見る限りおそらく理解できていないが、レコーダーで録音していれば大丈夫だろうと、麗麗はそれぞれの成分の人体への影響を一通り説明した。
「ここまでで何か質問はありますか?」
「いえ」「自分も」
まるで感情のないサイボーグのような二人だなぁと思いながらさらに話を続けた。
「私が今回特に気になっているのがここです。成分の中にヒト由来のタンパク質が見つかっているのですが・・・」
「つまりどういうことです?」
「経緯はわからないですが人体の一部が成分として使われているということになります」
「・・・・・なるほど」
「人体実験が行われている可能性があること、そしておそらくこの薬物が作られたのは私の故郷の可能性があります」
「出身はどちらで?」
「黒龍江省の田舎の方です」
「なぜそこで製造していると思うのですか?」
「この地にしか生息していない植物の成分が入っていたんです。ごく限られた場所にしか生息していないので地元民にしか知られておらず世間的には未発見、と言うより新種のものかもしれません」
「なるほど。しかしこの資料によればこれが売られているのは電脳街の虚兎商店・・・電脳街というとかなり黒龍江から離れていいるように思いますが」
「そうですね。私はあくまで成分から製造場所を予想したに過ぎません。なのでここからは全くの推測ですが、虚兎商店はあくまで販売ルートの一つであろうことを踏まえると、黒龍江から電脳街までを一本の線で結び、そこからこのように枝分かれして流通させている、この辺りでどうでしょう?」
「妥当な予測かと」
「素人の推測ですからあまりあてにしないで下さい。ただどちらにしても黒龍江省に何かしらのヒントはあるかと思います」
「ちなみに出身は黒龍江のどのあたりですか」
「省都のハルビンからかなり離れた・・・この辺りです」
「ほとんどロシアですね」
「はい。あぁ、この間里帰りした際にその植物を一つ持ち帰りました。これがその写真です」
「写真・・・」
「実物は検査のために解剖してしまったので。他に何か質問はありますか?」
「電脳街の虚兎商店に行ったことは?」
「そちらにも里帰りしたついでに」
「ついででいけるような場所ではないのでは?」
「大変でした」
「虚兎商店について教えて頂きたい」
「そうですね・・・梁蓝莓(リャン・ランメイ)、梁草莓(リャン・ツァオメイ)という二人の姉妹が経営している電脳街の観光客向けのギフトショップといった感じでしたねぇ。今思えば電脳街のど真ん中で経営してたんでもしかしたら電脳街を掘るだけでも色々出てくるんじゃないですか?」
「ふむ、わかりました。アレックス、何か聞きたいことは」
「特にない」
「では、我々は以上で」
「遠路はるばるおつかれさまでした。あぁ、コーヒーいります?」
「そういったものの受け取りは禁止されています」
「あらま」
「お気遣いサンクス」「それでは」
大男二人が帰り、研究室は再び静かになった。そろそろ生徒たちが授業を終えてこちらにくるので片付けと準備を粛々と始めた。
時刻は午後3時を過ぎていた。
「何か食べないか」「あぁ、食べよう」
最寄りの駅の近くに外房らしい食事ができそうな食事処があった。
「マグロ丼の定食を特盛で」
「刺身と天ぷらの盛り合わせ定食をお願いします」
卓上から溢れそうな程の量の定食が来た。遅い昼食にありついた二人は黙々と無心で食べていた。
大男二人が黙々と大食らいする様子は実に見事であった。動画に収めていなかったことが悔やまれる。
完食後二人はさらにもう一品ずつ頼み、無事完食した二人はこれ以上ないくらいの満足感に満たされた。
外房線の車内で無口の大男二人が座っている光景はまぁまぁの珍百景かもしれない。
準公安部特殊能力特別対策室
迫水凛桜の元に、日向から音声のファイルと資料のデータが送られてきていた。
確認後、受け取ったファイルをハセガワへと転送すると、ホワイトボードに向かって状況を整理し始めた。
「大事になってきたなー・・・」
ふと、なんの脈絡もなく、昨日美奈が言っていたことを思い出した。
“お寺でお祓いしてもらったんだぁ”
凛桜は思った、というより独り言として呟いた。
「もしこの”お祓い”というのが能力によるものだとしたら・・・能力を打ち消す能力・・・ありえないことじゃない、場所は・・・」
しまった、と思った。ただの与太話だろうと思って場所を聞く前に話を終わらせてしまった。
“場所送っとくねー!”
「そうか!」凛桜は美奈とのメッセージのやり取りを見返すと、その寺の住所とマップが送られてきていた。「透庵寺・・・?」
住所を見て検索するとここからそう遠くない場所にあった。地図を見た限りでは小さくて見逃してしまいそうだ。
「井出」
「はい」
「今から出る、お前も来い」
「承知」
対策室はがらんとなった。
「ふーっ・・・この男こんだけ探しても全然見つかんねぇなぁ」
自称探偵本職フリー記者の白友和巳は立里アズマの写真を睨みつけていた。あの後斑鳩シンリョウジョから参考までに受け取った写真だ。
「大体よー目撃証言あんのになーんでこんなどこにもいねぇんだよー」
「ちょっとー吸うなら開けてくださいよー」
車内がタバコの煙で充満していたので助手もとい後輩の円城寺が排煙のために窓を開けた。
「あっおい」
「どーもーこんにちは~ちょーっとお話いいですかぁ?」
2人の男が窓の外から挨拶をしてきた。両方とも派手な髪色をしており、背の高い方は癖っ毛のブルー、もう一人はピンクの髪色だった。
「だーから閉めてたのによー・・・あーちょっと今張り込み中で・・・」
「張り込み中?事件ですかぁ?」ピンク髪は性別がわかりづらいがおそらく男だろう、たぶん。
「あぁーまぁそんなとこだ」
「偽証の現行犯でじっくりお話聞いてもいいんですけどぉ?」男二人は揃って警察手帳を見せてきた。
「・・・・嘘だろ」こんな見た目で警察かよと口に出そうになった。「なんですか?警察に話すことなんて何も」
「この男性、知っていますよね?」
「あん?・・・あっ」
白友はしまったと思った。面倒ごとに巻き込まれるのは避けたかった。
「私たちもこの男追ってるんですよー!」
「何か知っている反応だな」今まで黙っていた方が口を開いた。「詳しくお聞かせ願いましょうか」
「い、いや、確かにこの男を探してるが詳しくは知らねぇんだ・・・あんたらはこいつが誰か知ってんのか?」
長身癖っ毛ブルーがピンク髪に「どうだ?」と聞いた。当のピンク髪は「嘘はついてない」と小声で返していた。
「てか、あんたらもこいつ追ってんのか」
「えぇ、まぁ」
「じゃあ俺の方が教えて欲しいくらいだぜ、警察ならもっと知ってんだろ?俺に聞いても知ってることだけだぜ?その感じだとあのシンリョウジョのねーちゃんからも情報もらってんだろ?」
「あの診療所・・・?」
「きっと堂馬が向かったとこだろう」
「あぁ、じゃあ質問を変えましょう。この男について“何を知っていますか?”」
「何って・・・」頭をばりぼり掻きながらメモを取り出す。「あー、薬の売人でこの辺りを拠点にしていて常に女連れ、で、女の方はよくわからん」
「・・・その薬についてはどこまで知っています??」
「新種の薬って事くらいだな」
「うん、嘘は言っていないみたいですね」
「偽証罪でぶち込まれたくないんでね」
「ではもし何かありましたらこちらまでご連絡下さい」
「あん?」受け取った名刺には『警視庁捜査二課・海野橙里巡査』とあった。
「・・・・」
もう一人の男が無言で名刺を差し出してきた。海野と同じく『警視庁捜査二課・風道院 翔』とあった。
「どっちに連絡すりゃいいの?」
「どちらでも構いませんよ」
「あっそぉ、しっかしアレだねぇ?今はお巡りさんも多様性の時代ってやつ?なんだねぇ」
「・・・この方が警戒されないんですよ。
この度はご協力いただき誠にありがとうございました!捜査[#「捜査」に傍点]、頑張ってくださいね!それでは!」
二人の刑事はそのままどこかへ行ってしまった。
「ちっ、嫌味かよ」「せいぜい頑張ってくださいって意味ですよ」「嫌味じゃねぇか」
海野と風道院はフリージャーナリストの車から距離を取った。
「嘘はついてなかったか?」
「ついてませんでしたね」
海野の症状は超的な共感力である。思考を完全に読めるわけではないが、対象の心情を読み取り相手がどのような感情下にあるかを感じ取ることができる。
「いや、そっちじゃなくて」
「あぁ、もう一人の方は仕方なく一緒にいるみたいな感じでした。ただ・・・」
「なんだ?」
「あの場にいる時・・・離れた距離からの意識を察知しました」
「・・・探偵気取りの仲間か?」
「だとしたらあの二人からそっちにも意識が向いていたはず、なので無関係の人物ですね」
「今そいつの意識は向けられているか?方向さえわかれば」
風道院はこちらを見張る何者かを捕まえようとした。彼の能力は超的移動だが、方向が完全に定まっていないと大きく的を外してしまう。
「・・・・・ダメですね」海野の能力虚しく、何者かは雑多の意識の海に紛れ混んでしまった。「もう持ち場を離れたかそれか意識を逸らしたか・・・」
「そんなことが可能なのか?」
「これだけ人がいるんです。完全に意識を向けられていればまだ見つけやすいですけど・・・意識のベクトルが逸れるか分散したらもうわかりませんね。一人の意識を探すだけでも大変ですし」
「木を隠すなら森の中ってやつか」
「どうしましょう?斑鳩シンリョウジョってやつ、行ってみます?」
「堂馬が向かっているはずだ、そっちはあいつに任せておけ。とりあえず室長に報告しておこう」
「りょーかい!」
「・・・たく、変な繋がりが出来ちまった」
「まぁいいじゃないですか。捜査とやらが進むかもしれませんよ?」
「よくねぇヨォ!特ダネだぞぉ?!あっちこっちに売り込んだらいくらになると思ってんだ!」
「・・・・・先輩」
「あん?なんだよ」
「あそこ・・・」
後輩円城寺が指差した先に、写真の男・立里アズマがいた。
「おいおいおいおいおいおいおいおいマジかよォ!おい、行くぞ!」
「ちょっと様子みた方が」
「バカ!んな呑気なこと言ってたら金が逃げる!」
「命大事にですよ!」
「るせぇ!こーいう時はガンガン行こうぜ一択なんだよォ!」
白友は一目散に走って行った。
「お兄さんお兄さん!すいませぇ~ん!ちょっとお話聞きたいんですがァ!」
男の姿が消えた。
「動くな」
男が消えたと思ったら背後から女の声がした。
「振り向くな、振り向いたら殺す」
白友は両手を上げた。自分の頭に10の銃口が当てられているように感じた。
「あんた・・・聞いたことある声だな」
途端、脳に電流が走った。「がぁっ・・・」
中身を探られている感覚、脳の中を寄生虫が暴れているような感覚に襲われた。
「ん・・・・」
白友の意識がゆっくりと戻ると、後輩である円城寺が頬をこれでもかとビンタした。また気を失うところである。
「先輩!大丈夫ですか!?先輩!!!」
「んん・・・あぁ・・・?あれ・・・?」
白友は一定時間気を失っていたようだ。
「あぁ気がついた・・・」
「・・・・・・・?あれ?ここどこだ?」
「どこって新宿じゃないですか」
「あぁ新宿かぁ・・・俺何してたんだっけ?」白友は見るからに意識が朦朧としていた。
「こいつを探してたんでしょうが!見つけたからって捕まえに行ったら・・・なんか男が消えて女に捕まって」
「待て待て待て待て、なんつってるかわかんねぇ・・・誰を・・・探してたって?」
「こいつですよ!この男!!」
白友は円城寺が突きつけてきた写真の男を見た。
「あぁ???あの男がいたのか???」
「マジっすか・・・」
白友はこの数時間の記憶が飛んでいるようだった。
「なんてこった・・・俺のせいでさらに記憶が」
「・・・なんか・・・聞いたことある声がしたんだよなぁ・・・」
「・・・・・あっ」
円城寺は白友の背後にいた女の姿を思い出した。
「あの女いましたよ!シンリョウジョの!!」
「あ・・・?あぁ~・・・あの声だ」
二人の中で共通の姿が浮かび上がった。二人は少し回復を待って斑鳩シンリョウジョへと向かった。
斑鳩シンリョウジョ
「えーっと・・・玉ノ井さーんお入りくださーい」
本日の総患者数は25人と当シンリョウジョにしては多めだった。いつもは閑散としている待合室も珍しく半分近く埋まっていた。
そのため本日はバイトを大和と鶴野の2人体制にしていた。
「えーっと次は矢鱈目さーん、ん?」
鶴野が患者を呼び入れた時、シンリョウジョ入口が開き、2人の男が立っていた。
「こんにちは、えーっと・・・ご予約の方ですか?」
「えっ、あーいや、以前こちらで診てもらったのですがそのー・・・」
「あ!再診の方ですか!本日ご予約されてますか?お名前は?」
「蒲田慎司・・・です」
鶴野は今日の予約一覧に目を通すものの
「カマタシンジ様ですね、えーっとカマタカマタかまだカマタ・・・」彼の名前は無かった。
「本日ご予約はされていないようですね。少々お待ちください。そちらも再診の方ですか?」
「いやえーっと、こちらの方は・・・」
「堂馬銃瑠、こういうものだ!」
鶴野は堂馬がどこぞの印籠の如く突きつけた警察手帳を一瞥した。
「・・・・警察の方でしたか!捜査か何かですか?」
「まぁそんな感じだ!ちょっち話聞かせてもらうぜ!」
『ドウマジュウル・・・か』鶴野は彼らの侵入を横目で見送った。
「斑鳩さーん!ちょっと話聞かせてもらうぜー!」
「ちょちょちょっと!誰ですかあなた!あ、えーっと水の方」大和は慌てて彼らの対応に赴いた。「鶴野くん!ダメじゃないかちゃんと止めてなくちゃ!」
「えっ、すいません、再診の方っぽかったのでつい」
「ついじゃないよォ!
あ、お久しぶりです。えーっと」
「蒲田慎司です」
「あぁそーだ!蒲田さんだ!で、そちらの方は」
「この方は」「オレは堂馬銃瑠!こういうもんだ!」
「え!警察?!あ、同僚か上司の方ですか?」
「そんなもんだ!で!今日は捜査の一環で来た!協力してくれ!」
「えぇっと・・・もう2時間ほど待っていただけませんか?本日診察の予約がいっぱいでして・・・」
「2時間か、このあたりで時間潰せそうな場所はあるか?」
「えーっと・・・」
「どうした?」
家主、もとい院長のいかるが診察室から現れた。堂馬のでかい声が診察室まで届いていた。
「あぁ、蒲田さん。その後どうですか症状は」
「え、えぇまぁ、落ち着いています」
「そちらは?」
「オレは堂馬銃瑠!こういうもんだ」
「どまんじゅう?」
「堂馬銃瑠だ!」
「あぁ、蒲田さんの同僚ですか」
「捜査で話を聞きたいそうです」大和が口を挟んだ。
「なるほど。もしよければ裏で待ちますか?」
「2時間潰せるのかい?」
「資料でも見ているといい。そうすれば話もすぐ済む」
いかるは時間外労働を許さない。
「わかった、では資料を見せてもらおう」
「大和くん、二人をよろしく。鶴野くんは受付をよろしく、ではまた後ほど」
「ではこちらへどうぞ」
「はいよぉ!」
『うるさいなこの人』
そう思いながら大和は彼らに資料とお茶、菓子を出した。なお資料はいかるがこんな事もあろうかと事前にまとめていたものである。
「・・・・ふーんなるほど。ほとんどうちにあるようなデータだな」
「あのー堂馬さん」
「ん?」
「この事件絡みの情報ってどこから来てるんですか?」
「さーな、室長は上から情報がーってよく言ってるけどなー・・・ん?」特に目新しい情報がない中、一つの資料に目が行った。
「”新型症状及び特殊能力と薬物についての記録と推察メモ”?」
営業時間後
「お待たせ致しました。何かご質問は?」
いかるは残業を許さないので一刻も早く話を切り上げたかった。
「資料は一通り見せてもらいましたが一つ気になるのがありました。この資料なんですがねぇ?」
つい先日いかるが麗麗と共同で作成した資料だった。
「この資料、斑鳩さんと鳳麗麗という方が連名になってますが・・・どちら様で?」
「あぁりんりn・・・失礼、鳳麗麗は私の知り合いです。大学では薬学を専攻していまして今は研究室を開いているみたいですね」
「ほう、先ほどの感じだと親しい友人でもあるように思えましたが?」
「え、えぇ・・・まぁ・・・それで?彼女の連絡先であればお教えいたしますが」
「ありゃ?いいんですか?んじゃあおねがいしましょーかね、あぁそれと」堂馬は資料の中間部と最後の方を指して尋ねた。「この症状とやらの発生がウイルスかもっていうのと・・・薬の製造目的・・・なぜこう思うんだ?」
「あらゆる可能性を考慮しただけのものです。これと言った証拠は・・・特には・・・」
「まぁ確かに症状とやらの発生具合はあの時の感じに似ているが・・・」
かつて、新型のウイルスが世界規模で猛威を振るった。それから世界は形を変えながら緩やかに元に戻ろうとしている。
「この鳳さんに聞けばもっとわかることがあるかねぇ?」
「えぇまぁ。といってもこれよりも詳しいくらいで新しいネタはないかと思いますよ」
「ふーむ・・・あ、そうだ。今日の本題を忘れるとこだった」
「えぇ・・・」
「この男、立里アズマが自殺者に薬を握らせていた理由は知っているか?」
「あぁ、それは・・・」
かつて立里アズマと行動をともにしていた少女、橘結羅から聞いていた情報を伝えた。
「自殺志願者に救いのチャンスねぇ~・・・よくわかんねぇなぁほんとにそれだけかぁ~?サイコ野郎の考えてることはわからんね」
「えぇ、私も一度対面しましたが出来れば関わりたくない人物でしたね。いわゆる無敵の人間です」
「無敵超人だねぇ」
「さて、もういいですか?」
「この資料コピーとっても?」
「構いませんよ。警察関係者であればこちらも協力したいですし」
「嬉しいこといってくれるじゃないの!あ、なんかあったらこちらに連絡してくれよな!じゃ!」
堂馬単体で現れていたら絶対に警察関係者だとは思わなかっただろう。蒲田がいたおかげで幾分かスムーズになっていた。いかるは名刺に書かれた役職で完全に堂馬を信用した。
堂馬と蒲田がシンリョウジョを出ると門の外に一台の車が止まっていた。
「あの車は・・・海野と風道院が追ってるやつじゃねぇか?」
彼らの間である程度の情報は共有されている。
車から二人の男が降りてきた。
「おい!あんたらこの診療所のやつか?」
「あん?俺らは刑事だよ、一応」
「なんだよまたかよ・・・今日は本職によく会うなぁ」
「海野と風道院に会ったっぽいな」
「それよりあんた、ここのねーちゃん!いるだろ?!」
「あ?今会って話聞いてきたところだ」
「あのねーちゃん、俺を殺そうとしやがったんだ」
「んあ?」
堂馬は急にこいつはなにを言い出すのかと思った。
「脅されたんだよ!頭になんか突きつけられてな!だよな?」
「え、えぇ。彼は先ほどここの女に脅されたんです!」
「ちょっと待て、先ほどっていつだ」
「えーっと白友さんが眠っていたのが1時間前だから・・2時間くらい前だ!」
「どっちにしても今日なんだな、じゃあ違う。ここの女はずっと患者を見てたっぽいからな」
「なんだ、あんたら帰ってなかったのか」
どこかへ出かけるような格好をしたいかるが現れた。
「この女だ!お前ぇっ!さっきは俺に何をしたぁっ!」
「えっちょっ・・・やめろ触んな!」
「お巡りさんさんこいつです!この女が先輩の背後に立ったら先輩が気を失って・・・」
「待て待て待て待て、あんたら何の話してるんだ」
「さっきいただろ!新宿に!」
「はぁ?今から新宿行くんだけど?!」
「まぁ待てお前ら!ちょっと落ち着け!な?一旦話を整理しよう」
言い争いになる寸前で堂馬が割って入り、場を収めた。
「つまりこのおっさんは立里アズマに遭遇したと思ったら後ろにこのねーちゃんがいて脅されたんだな?んで助手のあんたも見てたと」
「そーです!」
「だから違うって!私はここにいたって証明できてんだろ!」
「じゃあ他に誰がいるんですか!」
「あーあーあー一旦黙れ!ねーちゃんも冷静になれって」
「ねーちゃんっていうのやめてくれる?うわってなるんだけど」
「わーったよしゃーねぇ、で?いかるさんはどう思う」
「どうって・・・」
「あんた兄弟は」
「いません」
「じゃあちょっとさっきの資料見ますよー・・・今まで見た中で変身の能力・・・これだ」
堂馬が指した箇所はメモの中の変形の項目だった。
「この変形の症状のやつがアンタに化けたって事は?」
「えっ、変形と変身はだいぶ違うかと・・・それにその方はご高齢でしたし」
「変身出来りゃ爺さん婆さんにもなれるだろ」
「あぁいえ、私はこちらで症状を見る際ほんのわずかですが相手の思考を読むことができるんです」
「ほう、じゃあいっちょ俺の能力を当ててみな」
「では、少し失礼します」
「お?なんだなんだ??」
いかるが堂馬の頭に指を突きつけた時、白友の「これだぁ!俺がやられたのこれだぁ!」という声が辺りに響いた。
「うお・・・なんだこれ」
「あなたの能力は・・・超常的な視力を用いた射撃能力ですね。年齢は25、彼女は今いませんね」
「わかったわかったもういい!」
「あ、すいませんつい」
「まぁアンタの能力はわかった、ってこたぁまぁ違うか・・・一応この老人の名前を聞いていいか?」
「まぁ名前くらいであれば・・・古畑恭四郎さんですね」
「古畑恭四郎ね。名前からして爺さんか」
「えぇ」
「仮に変身の能力があったとして何処まで化けることが出来ると思う?」
「そう・・・ですね・・・」いかるの眉間の皺が深くなっていく。「んん・・・なんとも言えないですが・・・対象をよく観察できれば見た目は見分けつかないくらいには出来るかと」
「化けた相手が能力者だった場合、そいつの能力を使うのは可能か?」
「いや、それは出来ないかと・・・」
「なぁ白友さん」「はい」「さっきアンタ、俺が頭探られてる時“俺がやられたのはこれだ”って言ったよな?」
「あぁ、そうだよ」
「斑鳩さん、同じことを白友さんにやってみてくれ」
「はぁ」
いかるは先程と同じく白友の頭に指を当て、スキャンを開始した。
「ぁぁぁぁあああぁあぁこれだよおおおぉぉこの頭の中にナメクジがいる感じいいぃぃぃいいい」
「えっそんな感じだったの、なんかごめんなさい」
「はーいストップ!もしさっきの人物が斑鳩さんじゃあなければ変身したら能力が使える可能性が高いよな?どうだ?」
「確かに可能性はありますが・・・本当に能力を使えているかどうかまでは・・・」
「よし、じゃあこう考えよう、仮に彼女に変身してアンタの脳を探ったとして何が目的だと思う?」
「目的・・・」
そんなこと聞かれてもというあからさまないかるの表情を見て堂馬はさらに続けた。
「アンタ、頭に手を当てて何が出来るんだ?」
「えぇ?えーっと・・・まずこの能力の症状の緩和、表面的な思考の読み取り、あと・・・あ!」
「なんだ?」
「記憶を部分的に消去出来ます」
「それだ!」
「あーっ!そう言えば!」白友の後輩が思い出したように大声を上げた。「先輩この数時間の記憶が無いんです!この女に」
「私じゃない!!」
「∇◆$⁉︎×∀~・・・この人の姿をした奴に頭やられた後先輩気失って!で目覚めたら記憶も消えてて!」
「んなるほどな大体わかった!つまりだ、アンタの姿をした何者かは自分が目撃された事を消したかったわけだ!」
「私の姿だったら見られても構わなくないですか?私は困るけど」
「能力を使うためにアンタに変身したんだ。という事はこの人は誰かを見つけてそいつに近づいたはずだ・・・なぁ後輩さん、この先輩は誰を追っていたんだ?」
「えーっと・・・あれ、写真・・・」
「それはひょっとしてこの男じゃあないか?」
堂馬が取り出した写真には立里アズマが写っていた。
「あー!こいつです!先輩、こいつを見つけたら走り出したんですよ!ですよね先輩?!」
「・・・・・あ?あぁこいつか、こいつがいたのか?」
「いたからこうなってるんじゃないですか」
「立里アズマ自体の記憶は消えてねぇみたいだな」
「あのぉすいません」
「あぁ蒲田さん久しぶり」
彼らのマシンガントークに入れずにいた蒲田がやっとこさ介入してきた。
「今なに話してるんですか?全然状況がわからなくて」
「あー?お前ちゃんと聞いとけよ仮にも準公にいるんだからさぁ!」
「すいません・・・」
「俺たちはこの男(立里アズマ)の手がかりを探るためにここに来た。
そしたら立里アズマに近づいてこのねーちゃんに記憶を消されたおやっさんが来た、以上!」
「だからアタシじゃないって!!!」
「もういいだろよーじゃあなんて言ったらいいんだ?ねーちゃん2号か?」
「なんでもいいからとにかくアタシと関係ない感じのやつにしてください!」
堂馬は少し考えて
「よし、コード:ロキにしよう。昔なんかの映画でそんな奴が変身してたのを見たんだ」とさっくり呼び名を決めた。
「でだ、さっきあんたがあの男に会った時コード:ロキもいたということになるが・・・後輩くんは見てねぇのか?」
「うーん・・・アズマでしたっけ?多分アズマひとりだったと思うんですよね」
「そうか・・・思った以上に厄介な事になってるなこれは・・・」
「なんでですか?」
「我々は今この男を追っているわけだがこの立里アズマという男はどうやら時間を止める能力を持っているらしい」
「は?」
「えっ」
「・・・・・」
「そのせいでとにかく痕跡を残さない。街頭のカメラにも映っていないんだ。
ただ、女と歩いている姿を目撃されていることからこいつ一人ではないことが推測できる。以上を踏まえてオレが今考えていることだが」
堂馬は立里アズマの写真をいかるの顔の横に持っていった。「アズマとコード:ロキは行動を共にしている」
いかるは堂馬の腕をはたき落とした。
「おっ、公務執行妨害。それはさておき斑鳩さん、アズマが時間を止めている間他のやつが動くことは可能か?」
「いや、多分時が止まった事にすら気付けないと思います」
いかるは以前時間停止を目の当たりにした時のことを思い出した。食らっただけで目の当たりには出来てはいないが。
「んじゃあもう一つ質問、ここのメモの中に”停止した時間を感知可能。尚、停止した時間における行動は不可能“とある。コード:ロキがこの症状である可能性は?」
「症状・能力は一人一つです。すでに変身能力があれば・・・・・あっ」
「そうだ、コード:ロキが変身したやつの能力まで使えていたとしたら、あんたら偽探偵さんは最初からアズマに化けていた餌に引っかかったって事だ」
「ど・・・どういう事ですか」
「おめえらが引っ付いたのは偽物だったって事だよ。そしておそらく、最悪のパターンかもしれないがアズマとコード:ロキは行動を共にしている。
オレたちはアズマを見つけても迂闊に近づけねぇってこった」
沈黙、時刻は午後7時を回っていた。
「おっとすまねぇもうこんな時間だ。だいぶ長居しちまったな。今日はもう引き上げるぜ。おい、いくぞ」
手がかりそのものは掴めなかったがヒントとしてはかなりの収穫があった。これ以上ここにいるのも時間の浪費だろうと判断し、持ち帰る事にした。
「あ、そうだ。あんたら・・・はまぁいいか。斑鳩さん、合言葉を決めておきましょうや」
客人が全て帰り、いかるはどっと疲れソファーに伏せていた。限りなく警戒心ゼロの状態である。
「あのー・・・僕たちもう帰って大丈夫ですか?」
今日のデータ入力や閉店業務も終わり、バイト二人はいつでも帰れる状態だった。
「いいよー・・・また明日ー・・・」
大和と鶴野はシンリョウジョを後にした。
外はすっかり暗くなっていた。
「いかるさん死んでましたね」
「ただでさえ忙しいのに最後の方ほとんど取り調べだったもんね」
「この後どーします?」
「うーん時間も時間だし・・・あれ?どこ住んでるんだっけ」
「近くっす」
「今からどっか行くにしてもだし、カラオケでも行く?」
「お!いいっすねぇ!俺めっちゃ好きっすよカラオk、ん?ちょっちすいません」
鶴野はスマートフォンを取り出して画面を見た。
「あ、すいません大和さん、急用が入っちゃいました、ほんとすいません!」
「お、彼女?」
「・・・まぁそんなもんです!失礼します!」
若いっていいなと思いながら大和は帰路に着いた。
終業後、気分転換に映画でも見に行こうとしていたがいかるにはもはやその体力もなかった。
「・・・・・・ごはん」
映画代が浮いた分デリバリーを多めに注文した。
この館、シンリョウジョとして開放されているのは一部であり、大部分は自宅である。しかし自宅部分に行くには一度外を経由する必要があった。なので自宅とシンリョウジョの鍵は完全に分けられている。
そのためデリバリーや宅配便の配達員は玄関を探すのに一苦労であった。といっても最近は置き配ができるようになったので以前よりは配りやすくなったようだ。
「あー疲れたーもー今日はゲームしちゃお」
気合いを入れメイクを落とし部屋着に着替えたいかるはクリアしていないまま放置していたアドベンチャーゲームを再開するも疲れすぎて集中力がもたないのでパズルゲームに切り替えた。
「パズルゲームしかできないよ~」などと独り言をブツクサ言いながらプレイしているとデリバリーの到着を知らせるチャイムが鳴った。
「うあーめんどくさいー」
バイト二人を残業代で釣っておけばよかったと思いながら夕食を受け取り、片っ端から一気に貪るように口に入れ始めた。
本日の夕食のメニュー
ケバブライス・サラダ・ドリンクのセット、3種のカレー・ナン、トマトスープ、クラムチャウダー、4種のピッツァ、フライドチキンetc…を1/5ほど食べたところでギブアップ、残りを冷蔵庫へとしまった。空腹の時にメニューを見るのは本当に良くない。
「これで数日持つぞ、と」
栄養を摂り、集中力が回復したところで再びクリアしていないアドベンチャーゲームを開始した。
新宿某所ーーー
「どうだった?」
「アンタの姿でうろついたら刑事みたいなおっさんが走ってきた」
アズマと真希奈は二人の根城で夕食をとっていた。
「で?どーしたの?」
「あの医者になって数時間分の記憶消しといた」
「おつかれ」
「ねぇ、あんたに変身してから食べる時なんか気持ち悪いんだけど」
真希奈はたまに変身した相手の精神状態を引きずることがあった。そして、アズマに変身した時にこの状態が強く出ていた。
「あー・・・食べるの苦痛だったからね、昔」
「なんで?アレルギー?」
「未熟児で生まれてさ、食道が未発達でさ、全然飲み込めなくて食事が苦痛だったんだ」
「今ふつーに食べてるじゃん」
「手術したからね」
「いやだから、克服してんじゃん」
「20年この状態だったからね、べっっっとりこびりついたシミはそう簡単に落とせないよ」
「ふーん」
「早く食べようとして口にいっぱい物入れちゃうから食事の時喋れなくてさ、好きな子とデートにも行けなかったんだ」
「ふーん、ハムスターみたいじゃん」
「人間以外に生まれたかったね」
「てか、だからそんな細いんだ」
「おかげで力もない。時を止めたとこでせいぜい盗みしか出来ない」
「いいじゃん、盗みだけできれば生きていけるよ」
「漫画じゃボスクラスの能力なのにな。いざ自分が使うとこんなもんかってなるね」
「真希奈の方が絶対上手く使えると思う」
「そりゃ変身できるからだろ?チートだよお前」
「いーえ!能力使えるようになったのは努力の賜物ですー!」
「斑鳩いかるの能力のおかげだろ」
「てかさー時止められるんなら戻したり進めたりも出来るんじゃない?それ出来るようになったら強いよ?」
「過去に戻りたくもないし時間進めたところで何にもならないよ。止まった時間の中にいるが一番楽しいよ。落ち着くし」
「ふーん、まぁいっか。てかこれからどーすんの?」
「とりあえずオレを探っているやつを片っ端から殺そうかな」
「えー人殺すのーいやなんだけど」
「じゃあ記憶を消すだけにしとこうか。誰も俺たちのことを覚えていない、誰の記憶にも残らないほど鮮やかに消え」
「いいよー。あ、ごめん今から友達んとこ行ってくる」「急だね」「呼び出し」
真希奈が出ていき、部屋にはアズマ一人になった。
天井を見上げるとかつて首を吊ってみたロープがそのままにしてある。
「あの時ちゃんと楽になっとけばよかったなー」
そのままアズマは寝っ転がった。
準公安部特殊能力特別対策室
海野・風道院、堂馬・蒲田の4人はそれぞれ持ち帰った情報を迫水室長はじめその他のメンバーへ伝えた。
「一応調べたが古畑恭四郎という人物はいるにはいるが全く無関係の人間だ」
「変身の能力か・・・しかも変身したやつの能力まで使えるとは」
「非常に厄介かもしれねぇっすよ室長」
「だろうな、我々の誰かに変身されると厄介だ。合言葉を作っておくか」
「合言葉だけでは心許ないかと思われますが」無口な大男、井出が珍しく喋った。
「まぁ・・・そこは私の能力で」
「最終手段ですね」
「そーいえば室長と隊長の能力ってなんなんすか?」堂馬銃瑠は割と遠慮がない。
「その時になればわかる。ちなみに井出の能力は・・・キレさせたら大変」
「・・・・・・・それが能力ですか?」
「四捨五入してそんな感じだ」
「はは・・・あぁそうだ、それとこの薬物?の出処と成分だが・・・
まず出処から行こう。わかっている情報では立里アズマが電脳街、旧九龍城砦だな、この電脳街の中心部にある”虚兎商店“という店で買い付けて国内になんらかの手法で密輸しているらしい。物が新しく今はまだ規制対象にされてないから堂々と持ち運んでるのかもしれないがな
で、次にこの成分だがえーっと・・・まぁなんか色々毒物、それも神経毒が何種類も入っていてさらに人間のタンパク質らしきものも入っていたそうだ。成分についてのより詳しい話はこのメモで連名になっている鳳麗麗女史だ。彼女にも情報の提供を頼みに行った方がいいだろう」
「そうだな、では玉那覇と阿部、この鳳麗麗女史の元へ行ってくれ」
「「はっ!」」
「さて、それはともかくとしてコード:ロキについてだ」
迫水室長はこれからの準公の作戦をコード:ロキ中心に決めていく方針に固めた。
「立里アズマとコード:ロキ、今聞いた情報を鑑みると時間を止められる人間が2人いる事になる」
「流石に我々の手に負えるかどうかわからなくなってきましたね。更なる人員の確保も必要かと」風道院だ。
「そうだな、上のものに掛け合ってみよう。時間に関する能力者がいるのがベストだが」
迫水室長は再び写真の男を見た。
「そして何よりこの立里アズマは目的もない、いわゆるただの無敵の人間のようだ。長時間放っておくのも良くはないだろう、こちらの人員が確保でき次第行動を開始したい。それまでは各自各々の任務遂行しつつ彼らの情報収集を行なってくれ。それでは本日は解散!」
「あのー電脳街の方は?」
「そっちは国際問題を孕んでいる可能性がある。我々ではなく上層部が行ったほうがいいだろう」
「んなぁ~るほど」
「では改めて、解散!」
迫水凛桜は上層部に更なる人員の確保を申請した。彼女が連絡を取り合っている相手は直属の上司になるが、公安の人物故に連絡は必要最低限でありどのような人物かも不明。性別は声を聞けば男なのは確実だが、年齢は話し方からしても30代半ば辺りだろう。そして名前もハセガワ・シロウと言い、おそらく偽名だろう。一方でこちらの素性は隠す必要がないため半ば不公平に感じるが、これが公安と準公安の差なのだと自分に言い聞かせた。
時刻は午後7時半、長谷川との通話が可能な時間帯であるのを確認し、通話を開始した。
「おつかれさまです、迫水です」
「どうしました?」
落ち着いた男の声がスピーカーから聞こえてくる。「人員の確保をしたいのですが」
「わかりました、手配しましょう。要望はありますか?」
「時を止める能力に対応できそうな人材だといいのですが」
「時を止める・・・なるほど。急を要しますか?」
「できれば早くに」
「了解いたしました。少々お待ちください」
「あ、それと」
「はい」
「先ほどの会議の音声をそちらに送ります。それを聞いた上で判断していただきたいのですが、電脳街への調査は国際問題に発展する可能性があるので公安内で調査して頂けますか?」
「・・・わかりました。いいでしょう」
「よろしくお願いします。あと最後に、この間送られてきた資料はどこで入手し、あ、切れた」
ハセガワとの通話を終了し、本日の仕事を全て終えた。
仕事用のスマートフォンをしまい、プライベート用のスマホの画面を見ると、高校時代からの友人、大瀧美奈から2時間前にメッセージが入っていた。
“りおー!今日空いてる?”
“遅くなってごめん、今仕事終わった”
2時間遅れで返信した途端、爆速で既読の文字がつき、即レスが帰ってきた。
“おつかれー!今からご飯いかない?”
“いいよ、場所は?”
“ごめん決めてなかった(emoji)あ、じゃあここどお?”
URLと地図が送られてきて場所を確認すると有楽町にある居酒屋だった。有楽町ならここから近い。
有楽町の居酒屋へ到着すると大瀧美奈は既に酒を3杯呑んでいた。
「おつかれーーー!」
「おつかれ、もうだいぶ呑んでんじゃん」
「ねえー最近どおー?」
どうやら自分が来なくても一人でしこたま呑んでいたようだ。
「ちょっと面倒ごと溜まっててさー今日はめっちゃ呑むわ」
「いえーい!」
どうせ明日には記憶も残っていないようなサシのみになるだろう、迫水はとりあえず日本酒を注文した。
「で?どうしたの急に。彼氏にでもフラれた?」
「彼氏欲しー」
「あれ?いなかったっけ?」
「3ヵ月いませーん」
「アプリとかやれば?」
「やってるけど1、2回で終わるんだよねー」
「なんとなくわかるわ」
「お待たせ致しましたー大串の盛り合わせ、馬刺しの3種盛り、じゃがバター、白海山でーす。」
「「かんぱーい !」」
「で?何があったの」
「何って?」
「美奈が呼び出す時は大体なんかあった時でしょ」
「あ!そうそう!こないだね!お祓い行ったんだけど」
「えっ、美奈ついに壺とか水晶売り出した?」
「え?なんも売ってないけど?」
「ごめん冗談」
「ん?なに?」
「ごめん続けて、で?」
「で!こないだお祓い行ったんだけど!すごい気分が軽くなったの!」
「・・・・それだけ?」
「それだけ!」
「変な宗教勧誘されると思ったわ」
「するわけ無いじゃん捕まるかもしれないのに」
「いや別に捕まりはしないけど」
「えっそーなの?」
「ケースバイケースね」
「ふーん、りおの仕事って大変そー」
「大変に決まってんじゃんこちとら警察だぞ」
「だよねー」
「けどまさかお祓い行ってよかったで呼び出されるとは思わなかったわ」
「そっちが勝手に話大きくしたんじゃん」
「そーだっけ?そもそもなんでお祓い行ったの」
「最近仕事終わって帰ったら体力残ってなくてさー何にもできないわけ」
「わかる」
「でさー結局YouTubeでダラーっと流し見できる動画見たりしてんの」
「あーね」
「で最近実話怪談っていうの?怖い話をする動画ずーっと流してたの」
「え、なんで」
「激しい音とか無いからストレスないんだー」
「相当疲れてんじゃん・・・メンタル大丈夫?」
「大丈夫大丈夫!で、そーいうのずーっと見てたから家で怪現象起きるようになっちゃって」
「はぁ~?どんなの?」
「寝てる時にぃ~誰かの息が耳元でしたりぃ~鏡見たら知らない人が映ったりぃ~消えたりぃ~友達と通話してる時に部屋に誰かいる?って聞かれたりぃ~」
「家賃下げてもらいな」
「だからお寺にお祓いに行ってお祓いしてもらったんだぁ」
「ん?寺?」「お寺」「神社じゃなくて?」
「お寺」「珍し」「珍しいの?」
「お祓いって普通神社でしょ」
「そうなんだ」
「お待たせ致しましたー高千代とレモンサワーでーす」
「でねでね、そのお祓いに行った日からすっごい体が軽くなってー!」
「え、今私お祓いおすすめされてる?」
「行ってみない?」
「えぇー・・・」
「ちょっと場所送っとくね。送った!」
「美奈、あたしの目見て」
「なに?」
「そのレモンサワーを飲み終わったら今日は帰る」
迫水凛桜室長・症状:洗脳
能力の使いどきは彼女次第。
一時間前、池袋
橘結羅は尾張真希奈へメッセージを送っていた。池袋で落ち合う事にし、集合場所のいけふくろう前で真希奈を待っていた。
『いけふくろうってこんなだったっけ』
サイケデリックにデコレーションされたいけふくろうをまじまじと見ていると「ゆーらちゃん」と言う声がした。
「久しぶりです、って・・・え!?」
振り返ると、自分がいた。
「どお?結羅ちゃんの姿になってみた[#「結羅ちゃんの姿になってみた」に傍点]んだけど」
「す・・・すごい・・・ですね」
結羅は言葉が詰まって出てこなかった。
「あははーびっくりした?私ねー、変身できるようになったんだー」
結羅は数ヶ月前までアズマ以外に真希奈とよく一緒に遊び歩いていた。しかしアズマに捨てられて以来自宅に引き篭もり、外部との接触を一切経っていた。
いかるに呼び出され謎の僧侶の謎の力で能力を完全に消失=完治してから精神的にも安定したのを機に再び高校に行き始め、本格的な復帰に向かっていた。
近況を報告するついでに久しぶりに遊びたいなと思って真希奈を呼び出したのだ。
が、以前行動を共にしていた時から明らかに何かが変わっている。見た目もありえないほど変わっているのだが。
「変・・・身・・・・?」
変身というよりは擬態といった方が正しい気もするが、結羅にとってはかなりのショックを受けていた。
「他にも、ほら!ほら!ほら!」
目の前にいた自分の姿が斑鳩いかるへ、しらないおじさんへ、立里アズマへと次々に変身した。
次々と姿が変わっていく様子はなんと気持ち悪い光景だろうか。最初に自分の姿をされたからたまったもんじゃない。
そして着ているものは変わらないので一層不気味な存在が目の前にいた。
「やめて・・・ください・・・真希奈さん自身の姿に戻ってください」
人と会ってこんなにすぐに泣きそうになったのは初めてだ。目の前の相手はまだグニグニと姿を変えている。
「何しているんですか・・・はやく元の姿に」
「アタシってどんな感じだったっけ?」
「えっ・・・」
「しばらく自分の姿に戻ってないからわかんなくなっちゃってさー」
姿だけでなく声も壊れたラジオのように変わり続けた。結羅は泣きそうを通り越して吐きそうだった。最悪の再会だった。
「これです!」
結羅がスマートフォンを取り出し二人で撮った写真を突きつけると
「あぁーこんな顔だったっけ、あ、これだこれだ。どお?」
「・・・・合ってます」結羅はもうほとんど涙声になっていた。せっかく快方に向かっていた精神が揺り戻されそうだ。
「で?今日はどーするの?」
「とりあえず・・・サンシャイン行きましょう・・・」
よく知っているはずなのに何かが違うこの感覚、そんな感じの漫画を読んでいることもあって本物の真希奈は死んでしまっているのではないかとすら思った。
「ずいぶん久しぶりじゃ~ん元気だったぁ?」
「は、はい・・・元気だったというか元気になったっていうか・・・」
「へぇ~あのカスから離れたから?」
「カス?」
「アズマだよアズマ」
「あ、あぁ・・・はい・・・たぶん」
「よかったじゃーん離れられて、あいつに振り回されんのマジめんどいよねー目的もないくせにさー」
「あの人のこと、嫌いなんですか?」
「嫌いだよー」
「でも一緒にいるんじゃ・・・」
「一緒にいるよー」
「なんで、ですか・・・?」
「なりゆき、あ!ねぇねぇ!ここ見よここ!」
いつのまにかサンシャインの中へ入っていた。結羅は今脳の処理が追いついていない。
「じゃあ快気祝いになんか買ってあげる!」
「えっいいですよそんな!私から呼んだんだし」
「・・・・・」真希奈が急に真顔になり見つめてきた。よく知っていた顔だ。
「な、なんですか?なんかついてますか?」
「ううん、結羅ちゃん明るくなったなーって思って」
「そう、ですか」
「やっぱあの男といると病むよねー。ん?なんか向こうで始まったみたいだよ!あっち行こ!」
サンシャインの地下1階から3階まで吹き抜けになっている広場のステージでイベントが始まっていた。
どうやらアイドルゲームのイベントのようだ。男性声優かと思われる人たちが歌を歌って踊っている。
「やっぱさー一緒にいるならあんな感じのキラキラした男子といたいよねぇ」
「はぁ・・・」結羅はまともに返事を返す気力すらなくなりつつあった。
「なんであんな疫病神みたいなやつといないといけないんだろ、殺しちゃおっかな」
「えっ!?」
素っ頓狂な結羅の声はイベントの大音量にかき消えた。
「お腹すいたねー」
イベントを抜け出し、サンシャイン内の店舗を片っ端から周って十分にショッピングを楽しんだ。気がつけば大荷物になっていた。
さすがに歩くのも疲れたので3階まで上り、イタリア料理のレストランへ入った。
それぞれパスタとドリンクセットを注文しひと段落すると「で、最近何があったの?」という真希奈の質問が飛んできた。
「えっと・・・前に火が出る病気を見てもらった時があって・・・その人からまた呼び出されて」
「その人ってこの人?」
真希奈の姿がいかるになった。
「・・・・そうです。それで」
結羅はシンリョウジョに行ったらお坊さんがいたこと、そのお坊さんが念仏を唱えたら火の能力が完全に消えたこと、それから気持ちが楽になって高校にもまた通えるようになったことなどをなんとか口から絞り出した。
「へぇ~!よかったねぇ~!」
真希奈はいかるの姿になったままだった。そのせいか店員が「あれ?」と言って不思議な顔をしながら注文した品を置いていった。
「あの・・・いかるさんになってます」
「うん、だってこの人美人だし」
「・・・元の顔だって綺麗で可愛いじゃないですか・・・嫌いなんですか?」
「自分の顔は好きだよ?でもそのせいで散々嫌な目にあったからさ・・・今のあいつもそう。セックスするためだけにいるような感じ」
「・・・好きだからするんじゃないんですか?」
「好きでもないカスとやることの方が多かったんだ。だから自分の体が嫌いになっちゃった」
「なんでアズマさんと一緒にいるの」
「なんでかな・・・なんでだろ・・・」
真希奈は静かに泣き出した。
「・・・・ごめんなさい。嫌なこと聞いて」
「ううん。だいじょうぶ」
結羅の中から恐怖心が消え去り、なんとかしてあげたい気持ちが沸々と湧いてきた。
「あの・・・」
「なあに?」
「ただの気休めになるだけかもしれないですけど・・・私が受けた治療、っていうかお祓い・・・受けて・・・みませんか?」
「・・・・・ありがとね」
「いえっあのっ・・・これは聞いたことをそのまま話すんですけどっ
私の火の病気と同じなら多分、治ると思うんです」
「治る・・・?」
「この病気は脳と心の病みたいなものらしくて・・・お坊さんのお経でそれが治ったみたいで・・・」
「結羅ちゃん、いいよ。だいじょうぶ。
多分ね、結羅ちゃんはそれで治せたけど私は多分治らないと思う。私は能力が出る前から病んでたから」
真希奈はカフェモカを口に流し込んだ。
「それに、今の私の能力が無くなったら何もなくなっちゃう。同じ病みならなんかできる病みの方がいいじゃん?」
「ごめん・・・なさい・・・」
「その気持ちだけでうれしい」
真希奈は結羅に穏やかな眼差しを向けた。
「結羅ちゃんは能力自体が心の病みだったかもしれないけど、私は能力が心の病みに瘡蓋をしてくれるの。だからこのままでいいの」
結羅には彼女のその言葉が「このまま突き進むしかないの」といっているように聞こえた。
池袋駅ーーーー
「結羅ちゃん!今日はありがとね!」
「いえ、私も真希奈さんに会えてよかったです」
「結羅ちゃん」
真希奈は結羅に強く抱きついた。姿は本来の彼女の姿に戻っていた。
「また、今度ね」
「・・・はい、絶対ですよ」
結羅は、真希奈とはもう会えない気がした。
「じゃあね!」
真希奈は改札へ向かう人混みに吸い込まれていった。
結羅は帰路につき自宅へ戻ると、弟の燕太を泣きながら抱きしめた。
日付変更線を超えて翌日ーーーー
玉那覇アレックス・症状:剛力
阿部日向・症状:幻覚
2人の準公捜査員は外房線に揺られながら帝北大学千葉キャンパスにある鳳研究室へ向かっていた。
「遠いな」「ああ」「車で来ればよかったな」「ああ」
本校は都内にあるが、薬学部のキャンパスは千葉の南部に位置している。鳳麗麗はそこの講師を勤めており、かつ研究所も構えている。
なんだかんだ外房の景色を満喫しているとキャンパス最寄りの駅に到着した。
「着いた」「着いたな」
駅から徒歩15分歩き、太陽光を反射する白い建物が見えてきた。
「着いた」「着いたな」「失礼、鳳研究室はどこですか」
千葉キャンパスの受付は突如現れた大柄の二人の男に横転しそうになるも踏ん張って堪えた。
「アポは取られていますか」
「玉那覇で取っているはずだ」日向が答える。
「タマナハ様ですね。えーっとタマナハタマナハ玉那覇・・・あ、確認できました。一度外に出ていただいてですね・・・」
渡された地図の印のついた場所に向かうと高身長の女が一人現れた。玉那覇と身長のさほど変わらないがヒールを脱いでも日向くらいのし背丈がありそうだ。金髪のボブヘアーに白衣を纏っているその姿は一歩間違えればマッドサイエンティストの印象があった。
「鳳麗麗さんですか?」
「話は伺ってます。こちらへどうぞ」二人は研究室へ通された。
「こちらがラクガンの」「ラクガン?」「この飴玉状の薬物の名称です。で、ラクガンに入っている成分表ですが、それぞれが人体に及ぼす影響は」
「失礼」日向が麗麗の話を遮り、「これより録音させていただいてもよろしいでしょうか」
「構いません、どうぞ」
ボイスレコーダーの録音ボタンが押された。
玉那覇と日向の表情を見る限りおそらく理解できていないが、レコーダーで録音していれば大丈夫だろうと、麗麗はそれぞれの成分の人体への影響を一通り説明した。
「ここまでで何か質問はありますか?」
「いえ」「自分も」
まるで感情のないサイボーグのような二人だなぁと思いながらさらに話を続けた。
「私が今回特に気になっているのがここです。成分の中にヒト由来のタンパク質が見つかっているのですが・・・」
「つまりどういうことです?」
「経緯はわからないですが人体の一部が成分として使われているということになります」
「・・・・・なるほど」
「人体実験が行われている可能性があること、そしておそらくこの薬物が作られたのは私の故郷の可能性があります」
「出身はどちらで?」
「黒龍江省の田舎の方です」
「なぜそこで製造していると思うのですか?」
「この地にしか生息していない植物の成分が入っていたんです。ごく限られた場所にしか生息していないので地元民にしか知られておらず世間的には未発見、と言うより新種のものかもしれません」
「なるほど。しかしこの資料によればこれが売られているのは電脳街の虚兎商店・・・電脳街というとかなり黒龍江から離れていいるように思いますが」
「そうですね。私はあくまで成分から製造場所を予想したに過ぎません。なのでここからは全くの推測ですが、虚兎商店はあくまで販売ルートの一つであろうことを踏まえると、黒龍江から電脳街までを一本の線で結び、そこからこのように枝分かれして流通させている、この辺りでどうでしょう?」
「妥当な予測かと」
「素人の推測ですからあまりあてにしないで下さい。ただどちらにしても黒龍江省に何かしらのヒントはあるかと思います」
「ちなみに出身は黒龍江のどのあたりですか」
「省都のハルビンからかなり離れた・・・この辺りです」
「ほとんどロシアですね」
「はい。あぁ、この間里帰りした際にその植物を一つ持ち帰りました。これがその写真です」
「写真・・・」
「実物は検査のために解剖してしまったので。他に何か質問はありますか?」
「電脳街の虚兎商店に行ったことは?」
「そちらにも里帰りしたついでに」
「ついででいけるような場所ではないのでは?」
「大変でした」
「虚兎商店について教えて頂きたい」
「そうですね・・・梁蓝莓(リャン・ランメイ)、梁草莓(リャン・ツァオメイ)という二人の姉妹が経営している電脳街の観光客向けのギフトショップといった感じでしたねぇ。今思えば電脳街のど真ん中で経営してたんでもしかしたら電脳街を掘るだけでも色々出てくるんじゃないですか?」
「ふむ、わかりました。アレックス、何か聞きたいことは」
「特にない」
「では、我々は以上で」
「遠路はるばるおつかれさまでした。あぁ、コーヒーいります?」
「そういったものの受け取りは禁止されています」
「あらま」
「お気遣いサンクス」「それでは」
大男二人が帰り、研究室は再び静かになった。そろそろ生徒たちが授業を終えてこちらにくるので片付けと準備を粛々と始めた。
時刻は午後3時を過ぎていた。
「何か食べないか」「あぁ、食べよう」
最寄りの駅の近くに外房らしい食事ができそうな食事処があった。
「マグロ丼の定食を特盛で」
「刺身と天ぷらの盛り合わせ定食をお願いします」
卓上から溢れそうな程の量の定食が来た。遅い昼食にありついた二人は黙々と無心で食べていた。
大男二人が黙々と大食らいする様子は実に見事であった。動画に収めていなかったことが悔やまれる。
完食後二人はさらにもう一品ずつ頼み、無事完食した二人はこれ以上ないくらいの満足感に満たされた。
外房線の車内で無口の大男二人が座っている光景はまぁまぁの珍百景かもしれない。
準公安部特殊能力特別対策室
迫水凛桜の元に、日向から音声のファイルと資料のデータが送られてきていた。
確認後、受け取ったファイルをハセガワへと転送すると、ホワイトボードに向かって状況を整理し始めた。
「大事になってきたなー・・・」
ふと、なんの脈絡もなく、昨日美奈が言っていたことを思い出した。
“お寺でお祓いしてもらったんだぁ”
凛桜は思った、というより独り言として呟いた。
「もしこの”お祓い”というのが能力によるものだとしたら・・・能力を打ち消す能力・・・ありえないことじゃない、場所は・・・」
しまった、と思った。ただの与太話だろうと思って場所を聞く前に話を終わらせてしまった。
“場所送っとくねー!”
「そうか!」凛桜は美奈とのメッセージのやり取りを見返すと、その寺の住所とマップが送られてきていた。「透庵寺・・・?」
住所を見て検索するとここからそう遠くない場所にあった。地図を見た限りでは小さくて見逃してしまいそうだ。
「井出」
「はい」
「今から出る、お前も来い」
「承知」
対策室はがらんとなった。
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