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ヒデ渡辺

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マウント

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「ガサッ!!!」
突如開いたクレパスに、隊員が滑落した。

マウント〇〇に挑む登山隊。成功すれば、世界最標高への登頂となる。
過酷な訓練の末に選ばれた精鋭たち。
前人未到の世界を観るために、そして自らの極限に挑むために、
命の保証もない頂を目指し、パーティが団結して雪山を登る。

滑落したのは新婚の若き隊員。妻のお腹には新しい生命が宿る。
隊員同志を繋ぐ命綱を必死で手繰り寄せる。

「諦めるな!」「必ず助けてやる!」

クレパスの間でもがく若者と、地上の先輩たち。緊迫の救出劇。

すべては最高峰に辿り着くために。


「何階ですか?」
ここは高層マンションのエレベーター。
気を利かせた優美な主婦が、居合わせた更に優美な主婦に聞く。
「あらすみません。42階をお願いできます?」
自分の住む12階と、42階をタッチする。暫し二人だけの気まずい時間。

「お前は何部だった?」「サッカー部です」
「俺と同じだな…。俺は市の選抜。お前は?」
アクティブ自慢の部長と、面倒が苦手な部下。

「どうぞどうぞ」「いえ、お先にどうぞ。」
ダチョウ倶楽部よろしく譲り合う、親会社のヒラと子会社の役員。


数時間にも感じられた命の綱引きの末に、若者をひきあげたパーティ。
これが結束を固めたか、遂に頂点に到達。


無傷な者などいない。全てを犠牲にし、ただ高みを目指した挑戦。
頂上に国旗をたて、涙を流す。世界記録!
声が震えるのは、寒さのせいだけではない。


上空をキラリと反射する光が通過した。
ご機嫌なパーティは、光を見上げ「おーい!」と手を振る。       



「眼下に見えますのは、マウント〇〇でございます。」

旅客機ではお決まりのアナウンスが、寝静まる客室に響いていた。
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