学園の華たちが婚約者を奪いに来る

nanahi

文字の大きさ
6 / 30

6 馬車の中で

しおりを挟む
寝起きの私が洗面台の前に立つ。
メガネを外して顔を洗う。
タオルで顔を拭いて鏡を眺める。

ぼんやりと焦点が合わず、自分の顔もよく見えない。

私はどんな顔をしてるのか、よくわからない。
学園でみんなに馬鹿にされるから、きっとみっともない顔なのだろう。

「まあ。シャロンお嬢様、今日も可愛らしいですわ」

平民時代から父が雇っていたメイド、マーサが私に声をかけてきた。
優しいマーサは私のことをよく可愛らしいと言ってくれるが、きっとお世辞だろう。
こんなにぼんやりした顔なのだから。

うちには母がいない。
私を産んですぐ、亡くなったからだ。
母の写真があれば私の顔の想像も少しはつくのだろうけど、父と母が結婚した当初は父はまだ貧しく、記念写真を撮るお金もなかったらしい。

父は設計図を書くのはすこぶる上手だけど、人の絵となるとからきしダメで、いつか描いてくれた私の顔は丸い顔にバランスの崩れた目鼻が散らばっている、不気味な絵だった。

私は気を取り直して、メガネをかける。レンズは分厚く、レンズの奥の目はとても小さい。

きっとまた学園で馬鹿にされる。
からんでくる令嬢たちには付き合いきれないが、それでも私は学園で生きていかなければならない。

昨日、パパは仕事で国土院に泊まり込みでまだ帰ってきていない。
今春、建築技官の主任に抜擢されてからさらに忙しくなったみたいだ。
私は制服に着替えて朝食をすませ、スクールバッグを手に馬車に乗り込んだ。

「いってらっしゃいませ」

マーサが微笑んで見送ってくれる。

「行ってきます」

ママがいたら、こんな感じなのかな。

御者が馬を鞭打つ音がして馬車が動き始める。だんだんと遠ざかるマーシャの姿に私は少しだけ寂しさを覚えた。




馬車が学園に近づくにつれ、気が重くなっていく。
学園でイビられていることは、パパやマーサには話せていない。この前ウォルターにはつい言ってしまったけど、家族にはまだ言わないでほしいと頼んである。

パパの負担になりたくない。
マーサにも心配かけたくない。
私さえ我慢していれば、あと3年やり過ごせば、この世界から抜け出せるはずだから。

結婚は……
私は本当にルアージュ様と結婚するんだろうか?

その時の私には未来がよく見えなかった。

私の馬車が学園の馬車広場に到着すると、先に到着していたルアージュ様が王家専用の馬車から降りる様子が小窓のレースの隙間から見えた。
ルアージュ様がこちらを見た。

「!」

私はとっさに顔を引っ込めた。

見つかりませんように。

数秒してもう一度小窓から外を眺めようとした時、ガチャっといきなり馬車の扉が開き、誰かが入ってきた。

「えっ」

ルアージュ様だった。

「ごめん、驚かせて。どうしても君と話したくて」

急いできたのだろうか。
少し息の上がったルアージュ様はそう言って私の目の前に腰掛けた。

私は体がちょっと強張った。
誰かに見られたら。
華たちにまた何か言われるな。

そんな心配ばかりが先に来た。

「な、なん、で、しょうか」

たどたどしく私は口を開いた。なにせ、滅多に会話などしたことのない相手だ。

「この前のポーチでのことだけど──」
「そのことはもういいですっ」

私は反射的に叫んでいた。
偏差値が一点足りず、喉から手が出るほど欲しかった地図が手に入らなかった悲しみを思い出してしまった。
私は耳を塞いで震え出した。

「シャロン!すまなかった、僕は君のことを」
「もういいんですっ!何も聞きたくないのでっ!」

私はたまらず扉を開け、外に飛び出していた。

「シャロン、待って!」
「ルアージュ様、こちらにいらしたの?」
「さあ、教室までご一緒しましょう」

私の馬車から慌てて降りてきたルアージュ様をいつもの如く令嬢たちがあっという間に囲い込む。

「通してくれ、シャロン!シャロン!」

ルアージュ様が悲痛な顔をしていたことなんて、自分のことで精一杯の私が気づくはずがなかった。



「シャロン、これルアージュ様から預かったわよ。あなたに渡してほしいって」

カリンが私のスクールバッグを差し出した。

そうだった。慌てて逃げ出したから、バッグを馬車の中に忘れたままだったんだ。

「ありがとう……」
「お礼ならルアージュ様にね」
「……」

黙りこくった私を心配そうにカリンが見守っていた。

これはなかなか前途多難ね。

カリンはため息をつく。
カリンはルアージュから個人的にシャロンのことで相談を受けていた。
シャロンを心から思いやり、ルアージュがシャロンを好きでいることを知る学園で唯一の人物なのだ。

カリンはふたりのためにできることは全部やるつもりだった。
この前、シャロンが室内靴をぼろぼろにされたときも、新しい靴を買いにいこうデパートに誘ったが、シャロンに断られた。

「この靴……パパが王立学園に通うために、忙しいのに一緒に買い物につきあってくれたんだ。だから」
「そう。そんなに大切なものだったのね」

なのでシャロンはまだ、片方がぼろぼろになったままの室内靴を履いている。




遠くからルアージュがそんなシャロンを切ない瞳で見つめていた。

シャロンとの心の距離が日に日に離れていっている気がする。

僕たちは婚約者のはずなのに。
確かに記された婚約成立の契約書なんか、何の力もないみたいだ。

どうしたらいいのだろう。
僕が急ぎすぎたのだろうか。
いや。

そもそも僕は間違っていたのだろうか……?

シャロンが遠くなっていく感覚に、ルアージュはしばらく抗っていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら

柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。 「か・わ・い・い~っ!!」 これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。 出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

平凡な伯爵令嬢は平凡な結婚がしたいだけ……それすら贅沢なのですか!?

Hibah
恋愛
姉のソフィアは幼い頃から優秀で、両親から溺愛されていた。 一方で私エミリーは健康が取り柄なくらいで、伯爵令嬢なのに贅沢知らず……。 優秀な姉みたいになりたいと思ったこともあったけど、ならなくて正解だった。 姉の本性を知っているのは私だけ……。ある日、姉は王子様に婚約破棄された。 平凡な私は平凡な結婚をしてつつましく暮らしますよ……それすら贅沢なのですか!?

私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?

睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。 ※全6話完結です。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

妹に婚約者を奪われましたが、私の考えで家族まとめて終わりました。

佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・フォンテーヌ公爵令嬢は、エドガー・オルレアン伯爵令息と婚約している。セリーヌの父であるバラック公爵は後妻イザベルと再婚し、その娘であるローザを迎え入れた。セリーヌにとって、その義妹であるローザは、婚約者であり幼馴染のエドガーを奪おうと画策する存在となっている。 さらに、バラック公爵は病に倒れ寝たきりとなり、セリーヌは一人で公爵家の重責を担うことになった。だが、イザベルとローザは浪費癖があり、次第に公爵家の財政を危うくし、家を自分たちのものにしようと企んでいる。 セリーヌは、一族が代々つないできた誇りと領地を守るため、戦わなければならない状況に立たされていた。異世界ファンタジー魔法の要素もあるかも

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!

ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。 ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~ 小説家になろうにも投稿しております。

処理中です...