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5 秘めた想い
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「覚悟はあるのか」
昨年。
私室にて陛下が15歳のルアージュに問うた。
「お前の望み通りルピノ家の伯爵昇格を早めれば、貴族たちの反発を招く。私としてはもう少し時間をかけて、貴族たちに根回しをしたいところだったのだが」
「それでは遅いのです」
ルアージュは苦悶の表情で父に訴えた。
「僕が来年16の誕生日を迎えれば、婚約申し出が解禁となり、公爵家を筆頭に婚約の打診が来るでしょう。そうすれば、王家の縁戚であるソフィアの申し出を断るのは至難の業となります」
ソフィアの実家エアン=レッドグレイヴ公爵家は、本家コラン=レッドグレイヴ王家と強い血の繋がりを持っていた。
三代前の王の時代、どうしても男子が生まれなかったことから、一代限りの王を輩出したのが、分家であるソフィアのエアン=レッドグレイヴ家だ。
レッドグレイブ公爵家は古来より建築工事を一手に引き受け、常に国土院を牛耳ってきた。
だが、近年、この国では地震が頻発しており、これまでの建築法では耐えることができず、倒壊する建物が増えていた。
耐震工事による補強を急ぐ必要があったのだが、レッドグレイヴ公爵家がなかなか動かず、工事が進まないのが現状だった。
「レッドグレイブ公爵家はこれまでの手抜き工事を隠蔽しているはずです」
ルアージュは兄が補修工事中だった離宮への視察中に倒壊事故で亡くなった原因も、レッドグレイブ公爵家の手抜き工事が原因だとにらんでいた。
当時、陛下はかなり綿密に調査を命じたが、レッドグレイブ公爵家を恐れる関係者からは確たる証拠が上がってこなかった。
「だからこそ父上はこの国で最も優れた建設技師であるシャロンの父への叙爵を考えたのでしょう?
そうすれば、国土院で責任と実行力のある地位にシャロンの父をつけることができるから」
「確かにそれはそうだが」
陛下は言葉を濁した。
シャロンの父、ケビンは陛下自身が目をかけた人材だった。ケビンは王国の奨学金で地震の多い東方の大学へ留学し、最先端の耐震技術をおさめた苦学生だった。
厳しい身分社会の王国では、陛下が国土院にスカウトしなければ、ケビンの能力は埋もれたままだったろう。
「お前の気持ちはよくわかる。ケビンの資質をよく受け継いでいるのがシャロンだと私も聞いている。お前がずっと前からシャロンを好いていることも。だが」
陛下はじっと自分の言葉を待つ息子に言い聞かせるように言葉を続けた。
「根回しが不十分なまま平民のケビンを貴族に加えれば、貴族の令嬢として王立学園に入学してくるシャロンへの風当たりは相当強いものになるだろう。
それでも、お前はシャロンを守ろうと過度に彼女に肩入れすることはできない。他家の令息令嬢から反発を招けば、それはそのまま親の貴族たちの不満となり、王家への反発に変わるだろう。
お前はそれを承知の上で、シャロンと周囲の令息令嬢たちとの間で、どちらの側にもつかないようバランスをとらなければならない」
陛下の重い言葉に、ルアージュは真っすぐ父の目を見返して答えた。
「覚悟の上です」
こうして、ケビンは平民から伯爵という異例の昇格を遂げ、娘のシャロンは一夜にして伯爵令嬢となったのだ。
それから間髪いれず、王家からシャロンにルアージュとの婚約話が届けられたのだった。
ルアージュへの婚約の打診を持ちかけようとしていた貴族たちは騒然となった。
「平民出のケビンとう男が伯爵に叙せられたらしいぞ」
「準男爵でもなく、いきなり伯爵!?陛下は何を考えてらっしゃるのかしら」
「しかも、娘のシャロンがルアージュ様と婚約するそうだ」
「ええっ!?少し前まで平民だった娘と?王家はその家にはめられたんじゃないの?」
学園に入学してきたシャロンに厳しい目が向けられるのは必然のことだった。
シャロンが辛い目にあうかもしれない。
それでも、シャロンを未来の王妃として迎えるために、この決断は絶対に必要なんだ。
国のため、というのは理由のひとつではあったが、正直なところ、シャロン以外の令嬢と結婚することなど、ルアージュは考えられなかった。
自分だけが彼女のうつくしさと素晴らしさを知っている。
ルアージュは密かにその心に熱い想いを秘めていた。彼女を独占したかった。
だから、入学式当日、シャロンと再会したルアージュは、「人前で絶対にメガネを外さないこと」と「異性と必要以上に会話しないこと」という指令をシャロンに出したのだ。
ルアージュの想いとは裏腹にシャロンはネガティブに捉えてしまったようだったが。
ルアージュの気持ちはまだ一方的でシャロンには届いていない。
自分の考えをシャロンに話したい衝動に駆られることがあるが、国に関わる重要なことを話したところでシャロンの重荷になると思うと、なかなか言葉にもできなかった。
もどかしい。
全て打ち明けて、一緒に未来について考えてみたい。
シャロンは入学試験で首席だったと王家に報告が来ていた。
だが、入学式の日、新入生代表として宣誓文を読んだのは、レッドグレイブ公爵家のソフィアだった。これまでの通例では、試験で首席をとった生徒が読む誉とされていた。
レッドグレイブ公爵家が筆頭となり「平民出のシャロンに宣誓文を読ませるのなら、自分たちは入学を取りやめる」と、仲間の貴族たちの署名を集め、学園長に直談判をしたのだ。
あきらかに、シャロンへの牽制だった。
学園長は公平な人物ではあったが、学園全体の秩序を保つため、高位貴族たちを敵に回す判断を避けた。
シャロンを王太子妃として迎えるには、ルアージュの前にはまだまだ厳しい試練が立ち塞がっている。
いつか、シャロンと心置きなく語り合える日が来るのだろうか。
ルアージュは、シャロンとの遠い未来を夢見るのだった。
昨年。
私室にて陛下が15歳のルアージュに問うた。
「お前の望み通りルピノ家の伯爵昇格を早めれば、貴族たちの反発を招く。私としてはもう少し時間をかけて、貴族たちに根回しをしたいところだったのだが」
「それでは遅いのです」
ルアージュは苦悶の表情で父に訴えた。
「僕が来年16の誕生日を迎えれば、婚約申し出が解禁となり、公爵家を筆頭に婚約の打診が来るでしょう。そうすれば、王家の縁戚であるソフィアの申し出を断るのは至難の業となります」
ソフィアの実家エアン=レッドグレイヴ公爵家は、本家コラン=レッドグレイヴ王家と強い血の繋がりを持っていた。
三代前の王の時代、どうしても男子が生まれなかったことから、一代限りの王を輩出したのが、分家であるソフィアのエアン=レッドグレイヴ家だ。
レッドグレイブ公爵家は古来より建築工事を一手に引き受け、常に国土院を牛耳ってきた。
だが、近年、この国では地震が頻発しており、これまでの建築法では耐えることができず、倒壊する建物が増えていた。
耐震工事による補強を急ぐ必要があったのだが、レッドグレイヴ公爵家がなかなか動かず、工事が進まないのが現状だった。
「レッドグレイブ公爵家はこれまでの手抜き工事を隠蔽しているはずです」
ルアージュは兄が補修工事中だった離宮への視察中に倒壊事故で亡くなった原因も、レッドグレイブ公爵家の手抜き工事が原因だとにらんでいた。
当時、陛下はかなり綿密に調査を命じたが、レッドグレイブ公爵家を恐れる関係者からは確たる証拠が上がってこなかった。
「だからこそ父上はこの国で最も優れた建設技師であるシャロンの父への叙爵を考えたのでしょう?
そうすれば、国土院で責任と実行力のある地位にシャロンの父をつけることができるから」
「確かにそれはそうだが」
陛下は言葉を濁した。
シャロンの父、ケビンは陛下自身が目をかけた人材だった。ケビンは王国の奨学金で地震の多い東方の大学へ留学し、最先端の耐震技術をおさめた苦学生だった。
厳しい身分社会の王国では、陛下が国土院にスカウトしなければ、ケビンの能力は埋もれたままだったろう。
「お前の気持ちはよくわかる。ケビンの資質をよく受け継いでいるのがシャロンだと私も聞いている。お前がずっと前からシャロンを好いていることも。だが」
陛下はじっと自分の言葉を待つ息子に言い聞かせるように言葉を続けた。
「根回しが不十分なまま平民のケビンを貴族に加えれば、貴族の令嬢として王立学園に入学してくるシャロンへの風当たりは相当強いものになるだろう。
それでも、お前はシャロンを守ろうと過度に彼女に肩入れすることはできない。他家の令息令嬢から反発を招けば、それはそのまま親の貴族たちの不満となり、王家への反発に変わるだろう。
お前はそれを承知の上で、シャロンと周囲の令息令嬢たちとの間で、どちらの側にもつかないようバランスをとらなければならない」
陛下の重い言葉に、ルアージュは真っすぐ父の目を見返して答えた。
「覚悟の上です」
こうして、ケビンは平民から伯爵という異例の昇格を遂げ、娘のシャロンは一夜にして伯爵令嬢となったのだ。
それから間髪いれず、王家からシャロンにルアージュとの婚約話が届けられたのだった。
ルアージュへの婚約の打診を持ちかけようとしていた貴族たちは騒然となった。
「平民出のケビンとう男が伯爵に叙せられたらしいぞ」
「準男爵でもなく、いきなり伯爵!?陛下は何を考えてらっしゃるのかしら」
「しかも、娘のシャロンがルアージュ様と婚約するそうだ」
「ええっ!?少し前まで平民だった娘と?王家はその家にはめられたんじゃないの?」
学園に入学してきたシャロンに厳しい目が向けられるのは必然のことだった。
シャロンが辛い目にあうかもしれない。
それでも、シャロンを未来の王妃として迎えるために、この決断は絶対に必要なんだ。
国のため、というのは理由のひとつではあったが、正直なところ、シャロン以外の令嬢と結婚することなど、ルアージュは考えられなかった。
自分だけが彼女のうつくしさと素晴らしさを知っている。
ルアージュは密かにその心に熱い想いを秘めていた。彼女を独占したかった。
だから、入学式当日、シャロンと再会したルアージュは、「人前で絶対にメガネを外さないこと」と「異性と必要以上に会話しないこと」という指令をシャロンに出したのだ。
ルアージュの想いとは裏腹にシャロンはネガティブに捉えてしまったようだったが。
ルアージュの気持ちはまだ一方的でシャロンには届いていない。
自分の考えをシャロンに話したい衝動に駆られることがあるが、国に関わる重要なことを話したところでシャロンの重荷になると思うと、なかなか言葉にもできなかった。
もどかしい。
全て打ち明けて、一緒に未来について考えてみたい。
シャロンは入学試験で首席だったと王家に報告が来ていた。
だが、入学式の日、新入生代表として宣誓文を読んだのは、レッドグレイブ公爵家のソフィアだった。これまでの通例では、試験で首席をとった生徒が読む誉とされていた。
レッドグレイブ公爵家が筆頭となり「平民出のシャロンに宣誓文を読ませるのなら、自分たちは入学を取りやめる」と、仲間の貴族たちの署名を集め、学園長に直談判をしたのだ。
あきらかに、シャロンへの牽制だった。
学園長は公平な人物ではあったが、学園全体の秩序を保つため、高位貴族たちを敵に回す判断を避けた。
シャロンを王太子妃として迎えるには、ルアージュの前にはまだまだ厳しい試練が立ち塞がっている。
いつか、シャロンと心置きなく語り合える日が来るのだろうか。
ルアージュは、シャロンとの遠い未来を夢見るのだった。
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