婚約破棄よ、こんにちは─妹に婚約者と後継の座を奪われた私は氷の辺境伯に溺愛され幸せになりました

nanahi

文字の大きさ
4 / 22

4 デートのお誘い

夫に触れられもせず、さんざんな初夜となったが、クラリスは一晩泣いてすっきりしていた。

朝食を一人で取り、昼食も一人で取った。そして思った。

ここ、なんて楽なの!

実家にいた頃のクラリスは、家の差配や領地運営、会計仕事など毎日仕事に追われていた。ところが、グラシエ家の執事たちは優秀で領地の経営も諸事もテキパキとこなしてくれる。

「ここは楽園よ!」

クラリスは両手を空に広げ、微笑んだ。


「奥様、こちらに来て、何かお辛いことはありませんか?」

執事が気を利かせてクラリスに聞いてきた。

「ないわ」
「ええ?」

執事が意外そうにクラリスを見た。

「だって思ったの。ここには素晴らしいことがいくつもあるの。まず、ものが腐らない!」
「え?」
生物なまものの保管にどれだけ私たちが苦労してきたと思ってるの?王都にある氷室は王族しか使えないし、グラシエ辺境伯家の冷蔵スキル最高!」
「お、おお……」

執事が戸惑いながらも頷いた。

クラリスが言うように、夏でも寒いこの屋敷では、アルスターの魔力で勝手に食料が凍り、わざわざ冷蔵設備を整える必要がなかった。

「まだあるわ。氷の呪いを恐れて盗賊がやってこない!」
「た、確かに……!」

執事がうんうんと頷いた。

「そしてこれが一番大事なのよ。氷の呪いのおかげで旦那様に変な虫がつかない!」
「お、おお~!」

執事がさらに激しく同意した。

クラリス様は物事を引きずらない性格をお持ちのようだ。
頼もしい奥様だ。

得意げに笑っているクラリスを眺めながら、執事は内心、感心していた。

どんな方がお越しになるのか不安もあったが、前向きでとても良い方が来てくださったのかもしれない。
旦那様、よかったですな。

孤独な主人を知る執事はクラリスの笑顔に心があたたまる心持ちだった。

「そういえば、アルスター様は?」
「おそらく書庫にいらっしゃるかと」
「そう、わかったわ。確か一階の奥よね」
「書庫に行かれるのですか!?」

執事は事情があるものの夫から距離を取られクラリスが傷ついているのではないかと思っていたので、クラリスの行動にふと不安がよぎった。

「な、何をされるおつもりで?」

旦那様に怒りをぶつけに行かれるのではないか。

執事はクラリスを止めた方がいいのではと焦った。

「デートのお誘いよ」
「へ?」

執事は一瞬、ぽかんとした。

「だって私暇なの。あなた達が優秀すぎてやることがないし、体も動かしたいの。恋愛感情がなくても、アルスター様は旦那様なんだし、妻とお出かけするくらいしてくれるでしょ?」

執事の心配をよそに、クラリスはアルスターを誘いに書庫へと向かった。


昼下がりの光が差す書庫は書物の匂いで満ちていた。ずらりと書物が並び壁一面を覆う背の高い本棚の前でアルスターは緋色の表紙の重厚な本を開いていた。歴代の名戦を記した軍事本だ。

その足元の床には霜が広がり、手が本に触れている箇所には冷たい霜がついていた。ページをめくるたびに、霜がパラパラと床に落ちる。

それでもアルスターの銀眼は熱心に本を見つめていた。

本は裏切らない。
凍りついても読めるし、私から離れていくこともない。

でも人は──

ページをめくるアルスターの指がふと静止する。

怖い。

アルスターは唇を僅かに噛んだ。せっかくクラリスがこの家に来てくれたのに、アルスターは妻に近づく勇気がなかった。

私の呪いを恐れて、私を嫌になって、離れていってしまうかもしれない。

みんなそうだった。4歳で魔女から呪いを受けた後、はじめてできた友達と手を繋ごうとした時、友達が突然叫んだ。彼の手が凍り始めていた。友達は痛みと冷たさに泣き叫び、病院で治療を受けることになった。

私は父に激しく叱られた。私は泣きながら、自分は人に触れてはならないのだと強く言い聞かせた。もうその頃から両親に抱きしめられた記憶がない。着替えも、寝る準備も、勉強も、一人でこなすことが当然となった。今現在、屋敷にメイドがいても私に直接触れることは絶対にないのだ。

執事やメイドたちは離れずにいてくれるが、きっと仕方なくここにいてくれているにすぎないのだろう。だったらクラリスとは最初から距離をとっておいた方がいい。

「嫌われたく、ない」

アルスターがぽつりと呟いた時、背後からクラリスの声が響いた。

「アルスター様!」

びくりとアルスターは肩をすぼめた。

「くく、クラリス!どうしてここへ!?」
「どうしてって私、あなたの妻ですから。一緒にスケートに行きませんか?」

クラリスはあっという間にアルスターのすぐ前まで歩いてきた。

これ以上近づいたらクラリスが凍るかもしれない!

「ちょ、待っ!」

アルスターは背を向け、慌てて離れようとした。

「はい、行きますわよ」

クラリスにアルスターは袖をがちっと掴まれた。

「え?」

そしてそのままクラリスにぐいぐいと外に引っ張っられていった。


あなたにおすすめの小説

第一王子様が最後に選んだのは、妹ではなく私だったようです

睡蓮
恋愛
姉であるオルシナと、妹のマリーシア。マリーシアは小さな時から周囲の人物を次々と味方につけ、オルシナの事を孤立させていった。マリーシアに対しては誰もがちやほやと接してくるのに、オルシナに対しては冷たい態度を取る者がほとんどで、それがこれから先も続くものと思われていた。そんな中、二人のもとに一通の手紙が届く。差出人はフォルグ第一王子であり、二人のうちのいずれかを婚約者として迎え入れるということが書かれていた…。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

完結 この手からこぼれ落ちるもの   

ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。 長かった。。 君は、この家の第一夫人として 最高の女性だよ 全て君に任せるよ 僕は、ベリンダの事で忙しいからね? 全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ 僕が君に触れる事は無いけれど この家の跡継ぎは、心配要らないよ? 君の父上の姪であるベリンダが 産んでくれるから 心配しないでね そう、優しく微笑んだオリバー様 今まで優しかったのは?

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。

たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。 彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。 『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』 「……『愛している』、ですか」 いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。

【完結】ハーレム構成員とその婚約者

里音
恋愛
わたくしには見目麗しい人気者の婚約者がいます。 彼は婚約者のわたくしに素っ気ない態度です。 そんな彼が途中編入の令嬢を生徒会としてお世話することになりました。 異例の事でその彼女のお世話をしている生徒会は彼女の美貌もあいまって見るからに彼女のハーレム構成員のようだと噂されています。 わたくしの婚約者様も彼女に惹かれているのかもしれません。最近お二人で行動する事も多いのですから。 婚約者が彼女のハーレム構成員だと言われたり、彼は彼女に夢中だと噂されたり、2人っきりなのを遠くから見て嫉妬はするし傷つきはします。でもわたくしは彼が大好きなのです。彼をこんな醜い感情で煩わせたくありません。 なのでわたくしはいつものように笑顔で「お会いできて嬉しいです。」と伝えています。 周りには憐れな、ハーレム構成員の婚約者だと思われていようとも。 ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎ 話の一コマを切り取るような形にしたかったのですが、終わりがモヤモヤと…力不足です。 コメントは賛否両論受け付けますがメンタル弱いのでお返事はできないかもしれません。

短編 政略結婚して十年、夫と妹に裏切られたので離縁します

ヨルノソラ
恋愛
政略結婚して十年。夫との愛はなく、妹の訪問が増えるたびに胸がざわついていた。ある日、夫と妹の不倫を示す手紙を見つけたセレナは、静かに離縁を決意する。すべてを手放してでも、自分の人生を取り戻すために――これは、裏切りから始まる“再生”の物語。