婚約破棄よ、こんにちは─妹に婚約者と後継の座を奪われた私は氷の辺境伯に溺愛され幸せになりました

nanahi

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17 王女の茶会

王立宮殿の庭園では咲き誇る薔薇にうっすらと白い霜が降りていた。白亜のガゼボで、エイダ王女に招かれた令嬢たちがコートに身を包んで思い思い話に花を咲かせていた。

「王女殿下、この度は御招きに預かり、心より感謝申し上げます。リズモンド伯爵が娘、そしてアルスター・グラシエ辺境伯が妻、クラリスでございます」
「あら、いらっしゃい。辺境の地からようこそ。あなたには一度会ってみたかったの」

王女は扇の隙間から、挨拶をしたクラリスを嘲笑うように見た。クラリスの隣には、夫であるアルスターが立っている。だが、彼はいつものように彼女の隣に座ることを許されず、王女の椅子の斜め後ろに直立不動で立つよう命じられていた。王女のトレードマークの美麗な護衛騎士がさらに後ろに整然と並び控えている。

「あなたはどなたがお好み?」
「私は右から二番目のマクニコル子爵家の次男ね」
「あら、私はグラシエ辺境伯よ。初めてお近くで拝見したけれど、とても素敵だわ。寒いけれど」

冷気で毛皮のコートを手繰り寄せながら令嬢たちはひそひそと男たちの値踏みをしている。

「ワーラ侯爵家の後継であるジルヴァ様も素敵よ。無理やり王女殿下が専属騎士にねじこんだらしいわよ」
「将来の軍の重鎮候補でいらっしゃる方なのに。本当はお嫌でしょうね」

騎士の顔ぶれは、王女の強引さの表れだった。普通なら王族の専属騎士に命じられるのは非常に名誉であり、若き令息たちにとってエリートコースであった。だが、ことにエイダ王女の我儘ぶりは有名で、専属騎士に選ばれてしまった令息は「貧乏くじを引いてしまった」と割り切るしかなかった。

なんだかおかしいわ。

クラリスはこの場の異様さに楽しみにしていた気持ちが消え失せていた。ここに呼ばれている令嬢たちは、騎士やアルスターたちを品定めするように眺めている。皆、外見ばかりに注目し、令嬢たちの目の保養のために準備された美しい人形のようであった。

アルスター様の様子がどこかおかしかったのも、もしかしてこういう環境だと分かっていたから……?

クラリスは夫からもっとよく話を聞いてあげるべきだったと後悔にさいなまれた。

「王女殿下、夫を座らせてはいただけないでしょうか。彼は私の……」
「黙りなさい」
「え?」

招待客であるはずなのに王女の後ろに立ちっぱなしで放置されている夫を気遣って、クラリスが許しを得ようとかけた言葉が終わらないうちから、王女は拒絶した。

「彼は今日、私の『特別護衛』として呼んだのよ。王族の命は、あなたの私情より優先される。当然のことでしょう?」

そんなこと、招待状には一言も書いてなかったのに……!?

クラリスの困惑した様子を見て王女は勝ち誇ったように笑い、アルスターを顎でしゃくった。

「アルスター、喉が渇いたわ。お茶を淹れてちょうだい。私の好みの温度で、ね」

え──?

クラリスは耳を疑った。公衆の面前で夫を呼び捨てにしている。これは貴族としての矜持を傷つけるような、召使い同然の扱いだった。周囲の令嬢たちはクスクスと忍び笑いを漏らした。

「凍ってしまいますが」

アルスターは無表情のまま、拒絶を含んだ返答をした。

「やりなさい」

王女は問答無用に再度命じた。

場が、しん、と静まり返った。

アルスター様……!

クラリスはおろおろしてどうすることもできないまま、体が硬直したように動けなかった。本当は夫の手を引いて、こんな場からすぐに立ち去りたかった。

けれども王族に睨まれれば夫の立場が悪くなる。アルスターは逡巡しているように無言で一点を見つめていた。

「いつまで待たせるの」

王女が苛立ちの言葉を投げた。

そんな言い方、しなくても……!

クラリスはアルスターの苦痛を想像し、胸がぎゅっと締め付けられた。アルスターは諦めたように手でティーポットを取った。

パキ。

「凍ったわ!」
「呪いの力ってすごいのね!」

令嬢たちの歓喜の声にクラリスは凍りついた。彼女たちは興奮したように、霜に覆われ凍って亀裂が入ったティーポットを見て喜んでいる。

これではまるで、見せ物だわ!!

クラリスは怒りで顔を歪ませた。アルスターが仕方なく従っているのは、相手が王族だからだと予想できた。

こんなくだらないことで、夫の大切な能力を使うなんて──!!

クラリスはこれまで体を張って王家に尽くしてきた夫の献身を無碍にするような王女の横暴に、怒りではち切れそうだった。

「見て、クラリス様。彼は私の言うことなら何でも聞くの。とても従順な臣下なのよ?褒めて差し上げてね」
「────」

クラリスは押し黙ったまま答えなかった。

私たちは王女に余興のために招かれたのだ。
王女は忠臣を敬う態度もその妻をねぎらう態度も、欠片も持ち合わせていない。

そう考えるとあまりの屈辱で噛み締めた唇からうっすらと血が滲んだ。

「まあ、そのブローチとても素敵ね」

王女はクラリスの様子を愉快げに眺めながら、胸元で光るスノードロップのブローチに目を止めた。

「あなたの実家の財力ではとても買えない高価な大粒のダイヤね。よかったわね、甲斐性のある夫に嫁げて。この前の戦果でお父様から報奨金をたっぷりもらえたんでしょう?よかったわね」
「────っ!」

こんなところに、付けてくるんじゃなかった……!

クラリスはの目にじわっと涙が浮かんできた。わなわなと震える拳をぎゅっと握りしめ、怒鳴りたくなるのを必死に耐えた。アルスターと一緒の初めての茶会だからと嬉しくて大切なブローチを付けてきたのだが、こんな場所で夫の気持ちがこもった贈り物を汚されることなど思いもしなかった。

しかしそれでも、夫の立場を考えれば、自分の私情で王家に刃向かうことなどできなかった。クラリスは悔しくて今にも涙がこぼれそうになっていた。

「怒ってるのかしら。まあ怖い」

王女が意地悪く、クラリスを見下した時だった。


ズバン!!

「きゃあ!!」

突然、鋭い氷柱が地中から突き出した。

「な、何これはっ!?」

王女は自分のすぐそばでそびえている氷柱を見上げ、青ざめた。

「アルスター、あなたの仕業なの!?」

王女がアルスターを睨んだ。

「害虫がおりましたので駆除したまで。驚かせてしまい失礼いたしました、王女殿下」

普段は彫像のように表情を変えない護衛騎士たちが目を丸くしてアルスターを見ていた。彼らはわかっていた。アルスターは妻を侮辱され、とうとう 堪忍袋の尾が切れたのだと。そして内心「さすがはグラシエ辺境伯。かっこいいな」と感心していた。

「お前、この私に歯向かったわね?」

王女は今まで誰かに反抗されたことがなかった。王女は怒りに満ちた目でアルスターをギッとねめつけた。

「お父様に言いつけてやるわ!覚悟なさい!!」

王女を怒らせてしまった──

その場の誰もが凍りついた。グラシエ辺境伯はもうお終いなのではないかと、誰もが危惧していた。

クラリスは心配のあまり、夫を見た。アルスターは怒気をにじませた顔で王女に臆することもなく、彼女を見下ろしていた。



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