20 / 22
20 魔女
あれからロザリーは大人しくなり、不気味なほど静かだった。
ロザリーは食事はいつも一人で食べたいから客室に運ぶようにメイドに頼んでいたので、アルスターに色目を使ったことが彼の逆鱗に触れ懲りたのだろうとクラリスは思っていた。
クラリスは料理長と今夜のディナーの準備にいそしんでいた。今日はアルスターの誕生日なのだ。アルスターは王宮で国防の全体会議に参加してから、夕方帰宅する予定だった。
ロザリーがいるのは不本意だけど、仕方ないわ。
アルスター様のために、うんとご馳走を準備しなくちゃ。
クラリスが食堂のテーブルに花を飾っていると、珍しく客室から出てきたロザリーが微笑みながら話しかけてきた。
「ねえ、お姉様」
「……ロザリー、どうしたの。何か用?」
クラリスは飾りつける手を止めないまま、ロザリーを一瞥した。
「お姉様とアルスターお義兄様って、真の夫婦になれているのかしら?」
ぴたりとクラリスの手が止まった。
え……何?
ロザリーの問いかけに、クラリスの思考が止まった。言い淀んだクラリスの様子からロザリーはまだ二人が夫婦の契りを交わしていないと察した。
「もう結婚して数ヶ月が経つわよね。でもおかしいの。二人の様子を見ていると、どうにも夫婦の契りを結んだ感じがしないのよね」
「どうしてあなたにそんなこと言われなくちゃいけないの!?」
クラリスは振り向きざま、思わず叫んでいた。妹のそんな失礼な質問に答える義理はない。
「図星のようね」
「な──っ!」
ロザリーはクラリスの動揺に、にたりと口の端を上げた。
「よかったあ。私、アルスターお義兄様の最初の女になりたいの」
「何を馬鹿なことを言ってるの!?アルスター様は私の夫なのよ!?」
非常識なロザリーの言葉にクラリスは怒りで爆発しそうになった。
「それに、アルスター様はそもそもあなたのことなんて相手にしないわ!この前だって拒絶されたじゃない!」
ロザリーはふと黙ってクラリスを冷たい目で眺めた。
「何よ……」
その目がぞっとするほど冷たく、クラリスは背筋が凍るような寒さを感じた。
「怖いの?私の方が美しいから、お義兄様を盗られるんじゃないかって」
「は!?怖くなんてないわよ!」
「まあ、いいわ。今夜が楽しみね」
ロザリーは笑みをたたえたまま、食堂から去っていった。
何よ!
ロザリーったら、失礼なことばかり言って……!
アルスター様に手を出したら、ただじゃおかないんだから!
クラリスはロザリーへの憤りがいつまでも消えなかった。
晩餐会が始まった。
食卓の上には、アルスターがリクエストした料理が溢れんばかりに並んでいた。
「美味しい……とても美味しいよ!」
アルスターが感嘆の声を上げた。全てクラリスが手を加えたので、アルスターは料理を凍らないまま口に運ぶことができた。
「私のために、こんなにたくさん準備してくれたんだね。ありがとう、クラリス」
アルスターはクラリスの髪にキスをした。
「喜んでいただけて、私も嬉しいわ」
「妹君は?せっかくだし、呼ばなくていいのか?」
「食事は一人で食べたいみたいなの。妹にはちょっと難しいところがあって……」
「そう。なら仕方ないね。そっとしておこう」
このまま何もなく、ロザリーが実家に帰ってくれたらいいのだけど。
クラリスは昼間のロザリーの不躾な言葉を思い出し、暗い気持ちになった。
客間のテーブルに何皿か料理が置かれていた。ロザリーは立ったまま料理を見下ろしている。
ふっと息をかけると、料理が瞬く間に凍りついた。指を鳴らすと、凍った料理が粉々に砕け消えた。
「早くアルスターと一つになって、真の復活を遂げたいわ」
瞳には冷たい青い光がゆらめいていた。
真夜中。
クラリスとアルスターが口付けのあと、抱き合って眠っていた時、寝室の扉を開く者がいた。
冷気が音もなく蛇のように這い床を覆い尽くした。その者が足を運ぶたび、床に霜が生まれ白い跡を残していく。部屋の温度はみるみる氷点下になった。
<アルスター、約束の日だよ。お前は私の夫になるのだ>
白い髪のロザリーがふたりを見下ろしていた。
ロザリーは食事はいつも一人で食べたいから客室に運ぶようにメイドに頼んでいたので、アルスターに色目を使ったことが彼の逆鱗に触れ懲りたのだろうとクラリスは思っていた。
クラリスは料理長と今夜のディナーの準備にいそしんでいた。今日はアルスターの誕生日なのだ。アルスターは王宮で国防の全体会議に参加してから、夕方帰宅する予定だった。
ロザリーがいるのは不本意だけど、仕方ないわ。
アルスター様のために、うんとご馳走を準備しなくちゃ。
クラリスが食堂のテーブルに花を飾っていると、珍しく客室から出てきたロザリーが微笑みながら話しかけてきた。
「ねえ、お姉様」
「……ロザリー、どうしたの。何か用?」
クラリスは飾りつける手を止めないまま、ロザリーを一瞥した。
「お姉様とアルスターお義兄様って、真の夫婦になれているのかしら?」
ぴたりとクラリスの手が止まった。
え……何?
ロザリーの問いかけに、クラリスの思考が止まった。言い淀んだクラリスの様子からロザリーはまだ二人が夫婦の契りを交わしていないと察した。
「もう結婚して数ヶ月が経つわよね。でもおかしいの。二人の様子を見ていると、どうにも夫婦の契りを結んだ感じがしないのよね」
「どうしてあなたにそんなこと言われなくちゃいけないの!?」
クラリスは振り向きざま、思わず叫んでいた。妹のそんな失礼な質問に答える義理はない。
「図星のようね」
「な──っ!」
ロザリーはクラリスの動揺に、にたりと口の端を上げた。
「よかったあ。私、アルスターお義兄様の最初の女になりたいの」
「何を馬鹿なことを言ってるの!?アルスター様は私の夫なのよ!?」
非常識なロザリーの言葉にクラリスは怒りで爆発しそうになった。
「それに、アルスター様はそもそもあなたのことなんて相手にしないわ!この前だって拒絶されたじゃない!」
ロザリーはふと黙ってクラリスを冷たい目で眺めた。
「何よ……」
その目がぞっとするほど冷たく、クラリスは背筋が凍るような寒さを感じた。
「怖いの?私の方が美しいから、お義兄様を盗られるんじゃないかって」
「は!?怖くなんてないわよ!」
「まあ、いいわ。今夜が楽しみね」
ロザリーは笑みをたたえたまま、食堂から去っていった。
何よ!
ロザリーったら、失礼なことばかり言って……!
アルスター様に手を出したら、ただじゃおかないんだから!
クラリスはロザリーへの憤りがいつまでも消えなかった。
晩餐会が始まった。
食卓の上には、アルスターがリクエストした料理が溢れんばかりに並んでいた。
「美味しい……とても美味しいよ!」
アルスターが感嘆の声を上げた。全てクラリスが手を加えたので、アルスターは料理を凍らないまま口に運ぶことができた。
「私のために、こんなにたくさん準備してくれたんだね。ありがとう、クラリス」
アルスターはクラリスの髪にキスをした。
「喜んでいただけて、私も嬉しいわ」
「妹君は?せっかくだし、呼ばなくていいのか?」
「食事は一人で食べたいみたいなの。妹にはちょっと難しいところがあって……」
「そう。なら仕方ないね。そっとしておこう」
このまま何もなく、ロザリーが実家に帰ってくれたらいいのだけど。
クラリスは昼間のロザリーの不躾な言葉を思い出し、暗い気持ちになった。
客間のテーブルに何皿か料理が置かれていた。ロザリーは立ったまま料理を見下ろしている。
ふっと息をかけると、料理が瞬く間に凍りついた。指を鳴らすと、凍った料理が粉々に砕け消えた。
「早くアルスターと一つになって、真の復活を遂げたいわ」
瞳には冷たい青い光がゆらめいていた。
真夜中。
クラリスとアルスターが口付けのあと、抱き合って眠っていた時、寝室の扉を開く者がいた。
冷気が音もなく蛇のように這い床を覆い尽くした。その者が足を運ぶたび、床に霜が生まれ白い跡を残していく。部屋の温度はみるみる氷点下になった。
<アルスター、約束の日だよ。お前は私の夫になるのだ>
白い髪のロザリーがふたりを見下ろしていた。
あなたにおすすめの小説
幼馴染が最優先な婚約者など、私の人生には不要です。
たると
恋愛
シュタイン伯爵家の長女エルゼは、公爵子息フィリップに恋をしていた。
彼の婚約者として選ばれた時は涙を流して喜んだが、その喜びもいまは遠い。
『君は一人でも大丈夫だろう。この埋め合わせは必ずする。愛している』
「……『愛している』、ですか」
いつも幼馴染を優先するアルベルトに、恋心はすっかり冷めてしまった。
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。
虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。
妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。
その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。
家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。
ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。
耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
婚約解消しろ? 頼む相手を間違えていますよ?
風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングは元婚約者から婚約破棄をされてすぐに、ラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、新たな婚約者が出来ました。そんなラルフ様の家族から、結婚前に彼の屋敷に滞在する様に言われ、そうさせていただく事になったのですが、初日、ラルフ様のお母様から「嫌な思いをしたくなければ婚約を解消しなさい。あと、ラルフにこの事を話したら、あなたの家がどうなるかわかってますね?」と脅されました。彼のお母様だけでなく、彼のお姉様や弟君も結婚には反対のようで、かげで嫌がらせをされる様になってしまいます。ですけど、この婚約、私はともかく、ラルフ様は解消する気はなさそうですが?
※拙作の「どうして私にこだわるんですか!?」の続編になりますが、細かいキャラ設定は気にしない!という方は未読でも大丈夫かと思います。
独自の世界観のため、ご都合主義で設定はゆるいです。
そちらから縁を切ったのですから、今更頼らないでください。
木山楽斗
恋愛
伯爵家の令嬢であるアルシエラは、高慢な妹とそんな妹ばかり溺愛する両親に嫌気が差していた。
ある時、彼女は父親から縁を切ることを言い渡される。アルシエラのとある行動が気に食わなかった妹が、父親にそう進言したのだ。
不安はあったが、アルシエラはそれを受け入れた。
ある程度の年齢に達した時から、彼女は実家に見切りをつけるべきだと思っていた。丁度いい機会だったので、それを実行することにしたのだ。
伯爵家を追い出された彼女は、商人としての生活を送っていた。
偶然にも人脈に恵まれた彼女は、着々と力を付けていき、見事成功を収めたのである。
そんな彼女の元に、実家から申し出があった。
事情があって窮地に立たされた伯爵家が、支援を求めてきたのだ。
しかしながら、そんな義理がある訳がなかった。
アルシエラは、両親や妹からの申し出をきっぱりと断ったのである。
※8話からの登場人物の名前を変更しました。1話の登場人物とは別人です。(バーキントン→ラナキンス)