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21 渡さない
最初に目を覚ましたのはクラリスだった。
寒い……。
けれど、これはアルスター様の清廉な冷気とは違う。
うっすらと目を開けると、白い髪のロザリーが自分を見下ろしていた。
<おや。なぜ動ける? 普通は冬眠状態になり、指一本動かせぬはずだが>
何、この声──。
耳からではない。
脳に、魂に直接響くような、歪んだ残響。
この人は、誰……!?
臓腑を直に掴まれるような死の気配に、クラリスの全身が総毛立った。
ロザリーじゃない!
まさか、この禍々しい冷気は──。
「あなた……氷の魔女なの!?」
<ああ、そうだ。アルスターを貰いに来た>
ロザリーの皮を被った魔女は、好奇の目をクラリスに向けたまま、眠っているアルスターへ手を伸ばそうとした。
「やめて!!」
クラリスがその手を弾き飛ばす。
「魔女のあなたに、アルスター様を渡したりしない!」
魔女に触れた左手の甲から、一気に霜が侵食してきた。
「くっ……」
霜は猛烈な勢いで腕を駆け上がり、自由を奪っていく。のっそりと、魔女がクラリスを睨み据えた。
<小娘が。私の邪魔をする気か>
ドォン!
「きゃあ!!」
魔女の手から放たれた氷塊が、クラリスを壁へと縫い付けた。
「う……動けない……」
必死にもがくが、氷は鉄のように固く、指先一つ動かせない。まるで十字架に磔にされているようだった。
パリパリ──
体を覆う氷は生き物のように這い回り、クラリスの首筋から顎へと迫る。
このままでは、氷に飲み込まれてしまう!
<そこで、私とアルスターの夫婦の契りを見ていろ。絶望したお前は後でじっくり殺してやる。……ああ、その前に凍死しているかもしれないがな>
くっくっと不気味な笑い声を残し、魔女は布団を跳ね除け、アルスターの隣に滑り込んだ。
「やめて……!」
魔女はアルスターの頬に細い指を添え、顔を近づけていく。
「やめてったら!!」
クラリスの目に涙が溜まる。いくら叫ぼうと、魔女は一顧だにしない。
「アルスター様ぁ!!」
絶叫に、アルスターがふと目を覚ました。
「やめ──」
彼が言葉を発するより早く、魔女がその顔にふうと息を吹きかける。刹那、アルスターの全身が霜に覆われ、凍りついた。
「うあ……!」
<そのまま、いい子にしているんだよ>
魔女の唇がアルスターに重なろうとした、その時。
「ふざけないでよ……」
底冷えのする低い声が響いた。クラリスを飲み込もうとしていた氷が、顎の先でぴたりと止まる。
<ん?>
違和感に、魔女が振り返った。
「ロザリー。あなた、何度私から大事なものを奪えば気が済むの?」
──ピキ
クラリスを拘束していた氷に、亀裂が入る。
「小さい頃から、どれだけ私が我慢してきたか……あなたにわかる!?」
パリ、パリパリッ!
<こ、氷にヒビが……!? 私の魔力を人間ごときの力で解除しようというのか!? ありえん!>
魔女は仰天してベッドから飛び起きた。相手は魔女。だが肉体はロザリーだ。クラリスは、これまでのロザリーへの積年の恨みを、魔女ごとぶつけた。
「婚約者だったマテウスも譲った。後継の座さえ譲った! それなのに、この期に及んでアルスター様まで寄こせだなんて……っ!」
バリンッ!!
凄まじい音と共に、両腕の氷が弾け飛んだ。
<おのれ……!>
魔女が両手を突き出し、さらなる氷塊を放つ。
バシンッ!
飛来した氷塊を、クラリスは素手で叩き落とした。
<う、嘘だろう……!?>
魔女は青ざめた。並の人間が、魔女の魔力に抗えるはずがないのだ。
「ふざけるんじゃないわよ!!」
ビキビキ……!
クラリスの全身を覆う氷が、内側からの圧力に耐えかねて悲鳴を上げる。
「生まれてからずっと、私には選択権なんてなかった!私の誕生日なのに、ケーキの味を決めるのはあなた。私のドレスなのに、色を決めるのはあなた!辛子色や茶色のドレスを、私が喜んで着ていたとでも思ってるの!?」
<ちょ、ちょっと待て! それは魔女の私には関係ないはず──>
あまりの迫力に、魔女は顔色を失って後ずさった。
「私はアルスター様が、大大大好きなのっ!! この世界で一番大切なの! 自分の命より、誰の命よりも!!」
バキャン!!!
怒りによって覚醒した力が、氷の十字架を粉々に粉砕した。
<私の魔氷を完全に破壊しただと……!? 馬鹿な!>
「ク、クラリス──っ!?」
目の前で繰り広げられたあまりに情熱的な告白に、アルスターは顔を真っ赤に染めている。
「そんなアルスター様を、あなたなんかに渡すはずないじゃない!!!」
バキッ!!
クラリスの怒りの鉄拳が、魔女の顔面にのめり込んだ。
ドォン!
<ギャアアアア!!>
衝撃とともに、ロザリーの体内から魔女の魂が剥離し、弾け飛んだ。器としての役目を終えたロザリーは、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
<あわ……あわわわ>
床を這い回り、必死に逃げようとする青い魂。
<次の宿体を探さねば……!>
「そうはさせないわ」
ギクリと、魔女の魂が凍りついた。 背後に立つクラリスが、逃げ道を塞ぐようにその魂を左足で踏みつける。
<離せ! 離せぇぇ!!>
「あ、これは返してもらうわね」
<え、ちょっと……!>
クラリスは魔女の魂から、強引に魔力を引き抜いた。抽出された青い光の球を、そのままアルスターへと放り投げる。
「わわっ!」
光がアルスターに吸い込まれると、それが追加魔力となり、彼を縛っていた氷が内側から弾け飛んだ。
「魔女よ、滅びなさい!」
ドギュッ!
クラリスは右足に全体重を乗せ、魂を容赦なく踏み抜いた。
<グアアアアアアア!!!>
鼓膜を突き刺すような絶叫を残し、魔女の魂は青い欠片となって、霧のように霧散した。
「ク、クラリス……君は一体……」
なぜか魔女を退治してしまったクラリスをアルスターが呆然と見つめている。クラリスははっと我に返り、勇ましく床に踏みつけていた足を引っ込めた。
「す、少し男まさりだったかしら……私のこと、嫌いにならないでください……」
恥じらって背中を向けうつむいた妻をアルスターは後ろから抱きしめた。
「嫌いになんて、なるはずない。ありがとう。君は私の最愛の人だ。それに」
アルスターはクラリスの豊かな髪深くに唇を埋めた。
「あ、あんなに私のことを深く想っていてくれたなんて──臆病だった自分を殴りたい……」
「アルスター様……」
アルスターの熱い息がクラリスにかかった。後ろから包み込む彼の手のひらが熱を帯びてくるのがわかった。
クラリスが後ろを見上げると、アルスターはそのままクラリスの唇を塞いだ。
寒い……。
けれど、これはアルスター様の清廉な冷気とは違う。
うっすらと目を開けると、白い髪のロザリーが自分を見下ろしていた。
<おや。なぜ動ける? 普通は冬眠状態になり、指一本動かせぬはずだが>
何、この声──。
耳からではない。
脳に、魂に直接響くような、歪んだ残響。
この人は、誰……!?
臓腑を直に掴まれるような死の気配に、クラリスの全身が総毛立った。
ロザリーじゃない!
まさか、この禍々しい冷気は──。
「あなた……氷の魔女なの!?」
<ああ、そうだ。アルスターを貰いに来た>
ロザリーの皮を被った魔女は、好奇の目をクラリスに向けたまま、眠っているアルスターへ手を伸ばそうとした。
「やめて!!」
クラリスがその手を弾き飛ばす。
「魔女のあなたに、アルスター様を渡したりしない!」
魔女に触れた左手の甲から、一気に霜が侵食してきた。
「くっ……」
霜は猛烈な勢いで腕を駆け上がり、自由を奪っていく。のっそりと、魔女がクラリスを睨み据えた。
<小娘が。私の邪魔をする気か>
ドォン!
「きゃあ!!」
魔女の手から放たれた氷塊が、クラリスを壁へと縫い付けた。
「う……動けない……」
必死にもがくが、氷は鉄のように固く、指先一つ動かせない。まるで十字架に磔にされているようだった。
パリパリ──
体を覆う氷は生き物のように這い回り、クラリスの首筋から顎へと迫る。
このままでは、氷に飲み込まれてしまう!
<そこで、私とアルスターの夫婦の契りを見ていろ。絶望したお前は後でじっくり殺してやる。……ああ、その前に凍死しているかもしれないがな>
くっくっと不気味な笑い声を残し、魔女は布団を跳ね除け、アルスターの隣に滑り込んだ。
「やめて……!」
魔女はアルスターの頬に細い指を添え、顔を近づけていく。
「やめてったら!!」
クラリスの目に涙が溜まる。いくら叫ぼうと、魔女は一顧だにしない。
「アルスター様ぁ!!」
絶叫に、アルスターがふと目を覚ました。
「やめ──」
彼が言葉を発するより早く、魔女がその顔にふうと息を吹きかける。刹那、アルスターの全身が霜に覆われ、凍りついた。
「うあ……!」
<そのまま、いい子にしているんだよ>
魔女の唇がアルスターに重なろうとした、その時。
「ふざけないでよ……」
底冷えのする低い声が響いた。クラリスを飲み込もうとしていた氷が、顎の先でぴたりと止まる。
<ん?>
違和感に、魔女が振り返った。
「ロザリー。あなた、何度私から大事なものを奪えば気が済むの?」
──ピキ
クラリスを拘束していた氷に、亀裂が入る。
「小さい頃から、どれだけ私が我慢してきたか……あなたにわかる!?」
パリ、パリパリッ!
<こ、氷にヒビが……!? 私の魔力を人間ごときの力で解除しようというのか!? ありえん!>
魔女は仰天してベッドから飛び起きた。相手は魔女。だが肉体はロザリーだ。クラリスは、これまでのロザリーへの積年の恨みを、魔女ごとぶつけた。
「婚約者だったマテウスも譲った。後継の座さえ譲った! それなのに、この期に及んでアルスター様まで寄こせだなんて……っ!」
バリンッ!!
凄まじい音と共に、両腕の氷が弾け飛んだ。
<おのれ……!>
魔女が両手を突き出し、さらなる氷塊を放つ。
バシンッ!
飛来した氷塊を、クラリスは素手で叩き落とした。
<う、嘘だろう……!?>
魔女は青ざめた。並の人間が、魔女の魔力に抗えるはずがないのだ。
「ふざけるんじゃないわよ!!」
ビキビキ……!
クラリスの全身を覆う氷が、内側からの圧力に耐えかねて悲鳴を上げる。
「生まれてからずっと、私には選択権なんてなかった!私の誕生日なのに、ケーキの味を決めるのはあなた。私のドレスなのに、色を決めるのはあなた!辛子色や茶色のドレスを、私が喜んで着ていたとでも思ってるの!?」
<ちょ、ちょっと待て! それは魔女の私には関係ないはず──>
あまりの迫力に、魔女は顔色を失って後ずさった。
「私はアルスター様が、大大大好きなのっ!! この世界で一番大切なの! 自分の命より、誰の命よりも!!」
バキャン!!!
怒りによって覚醒した力が、氷の十字架を粉々に粉砕した。
<私の魔氷を完全に破壊しただと……!? 馬鹿な!>
「ク、クラリス──っ!?」
目の前で繰り広げられたあまりに情熱的な告白に、アルスターは顔を真っ赤に染めている。
「そんなアルスター様を、あなたなんかに渡すはずないじゃない!!!」
バキッ!!
クラリスの怒りの鉄拳が、魔女の顔面にのめり込んだ。
ドォン!
<ギャアアアア!!>
衝撃とともに、ロザリーの体内から魔女の魂が剥離し、弾け飛んだ。器としての役目を終えたロザリーは、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
<あわ……あわわわ>
床を這い回り、必死に逃げようとする青い魂。
<次の宿体を探さねば……!>
「そうはさせないわ」
ギクリと、魔女の魂が凍りついた。 背後に立つクラリスが、逃げ道を塞ぐようにその魂を左足で踏みつける。
<離せ! 離せぇぇ!!>
「あ、これは返してもらうわね」
<え、ちょっと……!>
クラリスは魔女の魂から、強引に魔力を引き抜いた。抽出された青い光の球を、そのままアルスターへと放り投げる。
「わわっ!」
光がアルスターに吸い込まれると、それが追加魔力となり、彼を縛っていた氷が内側から弾け飛んだ。
「魔女よ、滅びなさい!」
ドギュッ!
クラリスは右足に全体重を乗せ、魂を容赦なく踏み抜いた。
<グアアアアアアア!!!>
鼓膜を突き刺すような絶叫を残し、魔女の魂は青い欠片となって、霧のように霧散した。
「ク、クラリス……君は一体……」
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恥じらって背中を向けうつむいた妻をアルスターは後ろから抱きしめた。
「嫌いになんて、なるはずない。ありがとう。君は私の最愛の人だ。それに」
アルスターはクラリスの豊かな髪深くに唇を埋めた。
「あ、あんなに私のことを深く想っていてくれたなんて──臆病だった自分を殴りたい……」
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