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23 ホロー辺境伯の想い
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オースト家の客間のソファにエバンジェリンとホロー辺境伯が向かい合って座り紅茶を飲んでいた。目の前に色とりどりの美味しそうなお菓子が並べられていた。だが辺境伯はそのどれにも手をつけていなかった。平静を装っているがエバンジェリンの前で緊張し何も喉元を通らなかったのだ。
「エバンジェリン殿、お会いするのは久しぶりですね」
辺境伯は緊張を悟られないよう自然に話しかけた。
「ええ。私が七つの祝いでゼオマ皇帝陛下にご挨拶に参った日以来ですわ。カイラン様、家督を継がれてますますご立派になられて」
エバンジェリンに名を呼ばれ美しくも精悍な顔立ちの辺境伯はその頬を染めた。
「いや。その。エバンジェリン殿もますますお美しくなられて……あっ、いや、以前からずっとお綺麗でしたが……」
何やら慌てたように赤面した辺境伯はしどろもどろになった。
「あれからお父様のお加減はいかがですか?家督を譲られるとお聞きして随分心配しておりましたの」
「それが。めきめきと回復してもうすっかり元気に。先日も狩りに出かけて鹿を十頭も仕留めて帰ってきましたよ。お前に家督を譲るのを早まったと冗談を言っております」
「まあ、そんなに」
エバンジェリンからころころと美しい鈴の音のような笑い声がこぼれた。そんなエバンジェリンを見つめ辺境伯も微笑んだ。
「よかった。笑ってくださって……今回のことで気落ちされているのではと心配していました」
エバンジェリンはふと笑うのをやめて視線を落とし、
「気にかけてくださり、痛み入ります」
そう切なげに答えた。辺境伯はエバンジェリンの表情を見て傷の深さを察し痛ましくなった。だからといって浮気をしたアダムスという男爵令息を責めるのもきっとエバンジェリンは望んでいないと感じた辺境伯は傍に置いていたヴァイオリンケースを開いた。
「稚拙ながら一曲お聞かせしましょう」
そう言って立ち上がり、ヴァイオリンを構え弾き始めた。辺境伯は武に優れた令息でありながら、ヴァイオリンの名手だった。剣技や戦で鍛え抜かれた均整の取れたたくましい腕が弓を操りながら美しい旋律を奏でた。
その美しい旋律にエバンジェリンの目から涙がこぼれた。エバンジェリンは知らなかったがこれは辺境伯自身が作曲した片想いを綴った曲だった。
気づいて欲しい。
単なる形式ではなく、私はあなたをずっとお慕いしていたことを。
辺境伯は七つの祝いの席で出会ったエバンジェリンをずっと忘れられずにいた。エバンジェリンとの婚姻の申し込みは辺境伯の家からもオースト家に届けられていた。
だがエバンジェリンは婚姻の申し込みを形式的なものだと思っていた。オースト家の令息令嬢が結婚適齢期になると国内の貴族からだけでなく周辺の王侯貴族からもオースト家に申し込みが殺到するからだ。オースト家との婚姻は政治的な意味合いが強いためエバンジェリンもそのことを承知していた。
だからエバンジェリンは辺境伯の秘めた熱い想いになど気づくはずもなかった。涙を拭うエバンジェリンがあまりにも儚くて美しくて辺境伯は演奏をやめて抱きしめたい衝動に駆られた。
だがその演奏を止めることはなかった。それほどエバンジェリンに流れる血統は尊く侵しがたいものだった。歯がゆさを感じながら辺境伯は、せめて自分の演奏で一時でもエバンジェリンの傷ついた心がなぐさめられたらと感じていた。
「エバンジェリン殿、お会いするのは久しぶりですね」
辺境伯は緊張を悟られないよう自然に話しかけた。
「ええ。私が七つの祝いでゼオマ皇帝陛下にご挨拶に参った日以来ですわ。カイラン様、家督を継がれてますますご立派になられて」
エバンジェリンに名を呼ばれ美しくも精悍な顔立ちの辺境伯はその頬を染めた。
「いや。その。エバンジェリン殿もますますお美しくなられて……あっ、いや、以前からずっとお綺麗でしたが……」
何やら慌てたように赤面した辺境伯はしどろもどろになった。
「あれからお父様のお加減はいかがですか?家督を譲られるとお聞きして随分心配しておりましたの」
「それが。めきめきと回復してもうすっかり元気に。先日も狩りに出かけて鹿を十頭も仕留めて帰ってきましたよ。お前に家督を譲るのを早まったと冗談を言っております」
「まあ、そんなに」
エバンジェリンからころころと美しい鈴の音のような笑い声がこぼれた。そんなエバンジェリンを見つめ辺境伯も微笑んだ。
「よかった。笑ってくださって……今回のことで気落ちされているのではと心配していました」
エバンジェリンはふと笑うのをやめて視線を落とし、
「気にかけてくださり、痛み入ります」
そう切なげに答えた。辺境伯はエバンジェリンの表情を見て傷の深さを察し痛ましくなった。だからといって浮気をしたアダムスという男爵令息を責めるのもきっとエバンジェリンは望んでいないと感じた辺境伯は傍に置いていたヴァイオリンケースを開いた。
「稚拙ながら一曲お聞かせしましょう」
そう言って立ち上がり、ヴァイオリンを構え弾き始めた。辺境伯は武に優れた令息でありながら、ヴァイオリンの名手だった。剣技や戦で鍛え抜かれた均整の取れたたくましい腕が弓を操りながら美しい旋律を奏でた。
その美しい旋律にエバンジェリンの目から涙がこぼれた。エバンジェリンは知らなかったがこれは辺境伯自身が作曲した片想いを綴った曲だった。
気づいて欲しい。
単なる形式ではなく、私はあなたをずっとお慕いしていたことを。
辺境伯は七つの祝いの席で出会ったエバンジェリンをずっと忘れられずにいた。エバンジェリンとの婚姻の申し込みは辺境伯の家からもオースト家に届けられていた。
だがエバンジェリンは婚姻の申し込みを形式的なものだと思っていた。オースト家の令息令嬢が結婚適齢期になると国内の貴族からだけでなく周辺の王侯貴族からもオースト家に申し込みが殺到するからだ。オースト家との婚姻は政治的な意味合いが強いためエバンジェリンもそのことを承知していた。
だからエバンジェリンは辺境伯の秘めた熱い想いになど気づくはずもなかった。涙を拭うエバンジェリンがあまりにも儚くて美しくて辺境伯は演奏をやめて抱きしめたい衝動に駆られた。
だがその演奏を止めることはなかった。それほどエバンジェリンに流れる血統は尊く侵しがたいものだった。歯がゆさを感じながら辺境伯は、せめて自分の演奏で一時でもエバンジェリンの傷ついた心がなぐさめられたらと感じていた。
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