婚約破棄の代償

nanahi

文字の大きさ
23 / 32

23 ホロー辺境伯の想い

オースト家の客間のソファにエバンジェリンとホロー辺境伯が向かい合って座り紅茶を飲んでいた。目の前に色とりどりの美味しそうなお菓子が並べられていた。だが辺境伯はそのどれにも手をつけていなかった。平静を装っているがエバンジェリンの前で緊張し何も喉元を通らなかったのだ。

「エバンジェリン殿、お会いするのは久しぶりですね」

辺境伯は緊張を悟られないよう自然に話しかけた。

「ええ。私が七つの祝いでゼオマ皇帝陛下にご挨拶に参った日以来ですわ。カイラン様、家督を継がれてますますご立派になられて」

エバンジェリンに名を呼ばれ美しくも精悍な顔立ちの辺境伯はその頬を染めた。

「いや。その。エバンジェリン殿もますますお美しくなられて……あっ、いや、以前からずっとお綺麗でしたが……」

何やら慌てたように赤面した辺境伯はしどろもどろになった。

「あれからお父様のお加減はいかがですか?家督を譲られるとお聞きして随分心配しておりましたの」
「それが。めきめきと回復してもうすっかり元気に。先日も狩りに出かけて鹿を十頭も仕留めて帰ってきましたよ。お前に家督を譲るのを早まったと冗談を言っております」
「まあ、そんなに」

エバンジェリンからころころと美しい鈴の音のような笑い声がこぼれた。そんなエバンジェリンを見つめ辺境伯も微笑んだ。

「よかった。笑ってくださって……今回のことで気落ちされているのではと心配していました」

エバンジェリンはふと笑うのをやめて視線を落とし、

「気にかけてくださり、痛み入ります」

そう切なげに答えた。辺境伯はエバンジェリンの表情を見て傷の深さを察し痛ましくなった。だからといって浮気をしたアダムスという男爵令息を責めるのもきっとエバンジェリンは望んでいないと感じた辺境伯は傍に置いていたヴァイオリンケースを開いた。

「稚拙ながら一曲お聞かせしましょう」

そう言って立ち上がり、ヴァイオリンを構え弾き始めた。辺境伯は武に優れた令息でありながら、ヴァイオリンの名手だった。剣技や戦で鍛え抜かれた均整の取れたたくましい腕が弓を操りながら美しい旋律を奏でた。

その美しい旋律にエバンジェリンの目から涙がこぼれた。エバンジェリンは知らなかったがこれは辺境伯自身が作曲した片想いを綴った曲だった。

気づいて欲しい。
単なる形式ではなく、私はあなたをずっとお慕いしていたことを。

辺境伯は七つの祝いの席で出会ったエバンジェリンをずっと忘れられずにいた。エバンジェリンとの婚姻の申し込みは辺境伯の家からもオースト家に届けられていた。

だがエバンジェリンは婚姻の申し込みを形式的なものだと思っていた。オースト家の令息令嬢が結婚適齢期になると国内の貴族からだけでなく周辺の王侯貴族からもオースト家に申し込みが殺到するからだ。オースト家との婚姻は政治的な意味合いが強いためエバンジェリンもそのことを承知していた。

だからエバンジェリンは辺境伯の秘めた熱い想いになど気づくはずもなかった。涙を拭うエバンジェリンがあまりにも儚くて美しくて辺境伯は演奏をやめて抱きしめたい衝動に駆られた。

だがその演奏を止めることはなかった。それほどエバンジェリンに流れる血統は尊く侵しがたいものだった。歯がゆさを感じながら辺境伯は、せめて自分の演奏で一時でもエバンジェリンの傷ついた心がなぐさめられたらと感じていた。





あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

【完結】私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

教養が足りない、ですって

たくわん
恋愛
侯爵令嬢エリーゼは、公爵家の長男アレクシスとの婚約披露宴で突然婚約破棄される。理由は「教養が足りず、公爵夫人として恥ずかしい」。社交界の人々の嘲笑の中、エリーゼは静かに会場を去る。

大人しい令嬢は怒りません。ただ二年間、準備していただけです。――婚約解消の申請が受理されましたので、失礼いたします

柴田はつみ
恋愛
婚約者に、誕生日を忘れられた。 正確には、忘れられたわけではない。 エドワード・ヴァルト公爵はちゃんと覚えていた。 記念のディナーも、予約していた。 薔薇だって、一輪、用意していた。 ただ――幼馴染のクロエ・アンセル伯爵令嬢から使いが来た瞬間、全部置いて行ってしまっただけだ。 「すぐ戻る」 彼が戻ったのは、三時間後だった。 蝋燭は溶け切り、料理は冷え、ワインは乾いていた。 それでもリーゼロッテ・フォン・アルテンベルクは、笑顔で座って待っていた。 「ええ、大丈夫でございます。お気遣いなく」 完璧な微笑みで、完璧にそう言った。