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1 捨てられた日 沙耶視点
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もうこれが最後だというのに、あなたは私の目をろくに見ようとしなかった。
カフェの椅子に座ってから、ずっと視線を外したままだ。
後ろめたさもあるのかもしれないが、その不誠実な態度が私をより深く傷つけた。
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いに、あなたはしばらく無言だった。
でも私は知っている。
彼の大学生時代の元カノだ。
「もういい」
沈黙に耐えられなくなった私がやっとしぼり出した言葉のあと、あなたは目をそらしたまま、最後に言った。
「じゃあ。元気で」
それだけ?
謝罪さえなかった。
私はあなたの何だったの?
今まであなたに尽くしてきた時間は何だったの?
彼が去ってすぐに、私の目からずっと耐えていた涙が一気にこぼれ落ちた。
存在を否定された気がした。
以前見かけた彼と元カノの笑顔が頭によぎり、私の胸をさらにえぐった。
「く……」
下を向き、私はただ涙を流した。
あの人たちよりも幸せになってやる──
打ちひしがれた私には、そんなリベンジを考える気力すらわかなかった。
私の姿を見るに見かねたカフェの店員が声をかけてくれるまで、私は泣き続けた。
”土曜の午前中出かけるから、その間に荷物移動させといて”
スマホに届いた、最後の彼からのメッセージだった。
彼と同棲していた私は荷物をまとめ、彼の部屋から去った。
20代の女性にしては荷物が少ない方だろう。彼の部屋と急きょ見つけた新居を2回往復しただけで、全ての荷物が運べたのだから。
彼からのプレゼントは全て処分した。付き合いたてのころは、センスのいいアクセサリーを何度かプレゼントしてくれていた。
だが、数ヶ月前くらいから、次第にプレゼントは無難なものになっていった。
さらに一月前の私の誕生日では、とうとうプレゼントはおろか、お祝いのケーキも食事も、誕生日の話題すら、彼の口から出なかった。
思い出の品を処分する中で、最後に、文庫本に挟んであった綺麗な紅葉の葉が出てきた。
紅葉にそっと触れると、彼と初めての温泉旅行が走馬灯のように思い出された。
その紅葉は、旅館の庭で見事に色づいた葉に見惚れていた私に、彼が拾って手渡してくれたものだった。
実は、これが今までで一番嬉しい贈り物だった。
「枯葉一枚で?」と、笑う人もいるだろう。
でも、ささいなことでよかったのだ。
私の気持ちをくんで、手渡してくれた紅葉。
そんな繊細さを持つ彼と、一緒に穏やかな時間を過ごせれば、それで幸せだった。
でも。
もう彼は戻らない。
あの派手な元カノに奪われてしまった。
涙が一筋、私の頬を流れた。
私はそっと紙に包んで、思い出の紅葉を捨てた。
それから私は勤めていた会社をやめた。
彼と私は同僚同士だった。
彼の方が2年先輩で入社し、私はその後、派遣で会社に入った。
入社して間もなく、彼が私を食事に誘ってきた。
営業事務のアシスタントをしていた私と営業担当だった彼は、仕事で何度かやりとりをしていたが、定時で帰る私とは、じっくり話をする機会はなかった。
どうして私なんかに声をかけてきたのだろう。
そのときの私は自分に自信がなかったし、メイクも服も最低限の力しか注いでおらず、自分に魅力があるなんて思ったこともなかった。
最初、私は食事の誘いを丁重に断った。
私は去年母が亡くなってから、女が自分一人で生きていく厳しさをまざまざと感じ、外食するよりも貯金をしたかったからだ。
それでも、なぜか彼は繰り返し私を食事に誘ってきた。
私が断るたびに気落ちする彼がなんだか気の毒になってきて、
「一度だけなら」
と、ある日とうとう私は承諾した。
それから強引な彼に押される形で、同棲までするようになった。
幼い頃、両親が離婚し、父のぬくもりをほとんど知らない私にとって、ぐいぐいと来る彼の強引さも、頼もしい男性として目に映っていた。
いつの頃からか、結婚相手として、彼のことを考えるようになっていた。
それが、こんなヒリつくような気持ちを抱えて破局を迎えるなんて。
私は、しばらく彼との別れを引きずりながらも、新しい就職先を見つけ、前に進み始めた。
「しっかりしないと」
そう自分に毎日言い聞かせ、昨晩泣いて少し腫れた目元をメイクで隠しながら、仕事へと向かった。
その後、淡々と仕事をこなす日々が続いた。
私は節約してたまった貯金を投資にまわすようになった。
最初は何をどうすればいいのか、不安ばかりでよくわからなかった。
だが、投資雑誌や動画などで勉強するうちに、お金が増えていく楽しさを覚え、私はどんどん投資スキルを身につけていった。
そして──
ちょうど2年後の冬、私はかつての恋人、優斗と再会することになる。
カフェの椅子に座ってから、ずっと視線を外したままだ。
後ろめたさもあるのかもしれないが、その不誠実な態度が私をより深く傷つけた。
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いに、あなたはしばらく無言だった。
でも私は知っている。
彼の大学生時代の元カノだ。
「もういい」
沈黙に耐えられなくなった私がやっとしぼり出した言葉のあと、あなたは目をそらしたまま、最後に言った。
「じゃあ。元気で」
それだけ?
謝罪さえなかった。
私はあなたの何だったの?
今まであなたに尽くしてきた時間は何だったの?
彼が去ってすぐに、私の目からずっと耐えていた涙が一気にこぼれ落ちた。
存在を否定された気がした。
以前見かけた彼と元カノの笑顔が頭によぎり、私の胸をさらにえぐった。
「く……」
下を向き、私はただ涙を流した。
あの人たちよりも幸せになってやる──
打ちひしがれた私には、そんなリベンジを考える気力すらわかなかった。
私の姿を見るに見かねたカフェの店員が声をかけてくれるまで、私は泣き続けた。
”土曜の午前中出かけるから、その間に荷物移動させといて”
スマホに届いた、最後の彼からのメッセージだった。
彼と同棲していた私は荷物をまとめ、彼の部屋から去った。
20代の女性にしては荷物が少ない方だろう。彼の部屋と急きょ見つけた新居を2回往復しただけで、全ての荷物が運べたのだから。
彼からのプレゼントは全て処分した。付き合いたてのころは、センスのいいアクセサリーを何度かプレゼントしてくれていた。
だが、数ヶ月前くらいから、次第にプレゼントは無難なものになっていった。
さらに一月前の私の誕生日では、とうとうプレゼントはおろか、お祝いのケーキも食事も、誕生日の話題すら、彼の口から出なかった。
思い出の品を処分する中で、最後に、文庫本に挟んであった綺麗な紅葉の葉が出てきた。
紅葉にそっと触れると、彼と初めての温泉旅行が走馬灯のように思い出された。
その紅葉は、旅館の庭で見事に色づいた葉に見惚れていた私に、彼が拾って手渡してくれたものだった。
実は、これが今までで一番嬉しい贈り物だった。
「枯葉一枚で?」と、笑う人もいるだろう。
でも、ささいなことでよかったのだ。
私の気持ちをくんで、手渡してくれた紅葉。
そんな繊細さを持つ彼と、一緒に穏やかな時間を過ごせれば、それで幸せだった。
でも。
もう彼は戻らない。
あの派手な元カノに奪われてしまった。
涙が一筋、私の頬を流れた。
私はそっと紙に包んで、思い出の紅葉を捨てた。
それから私は勤めていた会社をやめた。
彼と私は同僚同士だった。
彼の方が2年先輩で入社し、私はその後、派遣で会社に入った。
入社して間もなく、彼が私を食事に誘ってきた。
営業事務のアシスタントをしていた私と営業担当だった彼は、仕事で何度かやりとりをしていたが、定時で帰る私とは、じっくり話をする機会はなかった。
どうして私なんかに声をかけてきたのだろう。
そのときの私は自分に自信がなかったし、メイクも服も最低限の力しか注いでおらず、自分に魅力があるなんて思ったこともなかった。
最初、私は食事の誘いを丁重に断った。
私は去年母が亡くなってから、女が自分一人で生きていく厳しさをまざまざと感じ、外食するよりも貯金をしたかったからだ。
それでも、なぜか彼は繰り返し私を食事に誘ってきた。
私が断るたびに気落ちする彼がなんだか気の毒になってきて、
「一度だけなら」
と、ある日とうとう私は承諾した。
それから強引な彼に押される形で、同棲までするようになった。
幼い頃、両親が離婚し、父のぬくもりをほとんど知らない私にとって、ぐいぐいと来る彼の強引さも、頼もしい男性として目に映っていた。
いつの頃からか、結婚相手として、彼のことを考えるようになっていた。
それが、こんなヒリつくような気持ちを抱えて破局を迎えるなんて。
私は、しばらく彼との別れを引きずりながらも、新しい就職先を見つけ、前に進み始めた。
「しっかりしないと」
そう自分に毎日言い聞かせ、昨晩泣いて少し腫れた目元をメイクで隠しながら、仕事へと向かった。
その後、淡々と仕事をこなす日々が続いた。
私は節約してたまった貯金を投資にまわすようになった。
最初は何をどうすればいいのか、不安ばかりでよくわからなかった。
だが、投資雑誌や動画などで勉強するうちに、お金が増えていく楽しさを覚え、私はどんどん投資スキルを身につけていった。
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