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2 捨てた日 優斗視点
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やっと沙耶に別れを切り出せた。
せいせいした。
ちらほら結婚を匂わす会話を沙耶がするようになっていたから、沙耶にごねられなくてよかった。
別れた後、出社するのは気まずいから、沙耶が退社してくれて助かった。
沙耶に「仕事でどうしても必要になって」と嘘を言ってもらった200万円は全部競馬で擦ってしまったが、あれから沙耶から何も言ってこない。
うまく忘れてくれたらしい。
蘭は金遣いが荒く、俺の貯金が日に日に減っていっているが、大丈夫だろう。
彼女が言うには、蘭の実家は資産家らしい。
それにしても、蘭が両親になかなか会わせてくれないのはなぜだ?
急に妊娠してバタバタしてるからそのうちね、と蘭が言っていたが。
まあ、いい。
金に困れば、かわいい娘のために支援してくれるはずだ。
蘭のお腹には俺の子もいる。
気をつけていたはずなのに妊娠は思いがけなかったが、できてしまったからには仕方がない。
籍も入れたことだし、あまりガキは好きではないが、父親らしく振る舞わなければならない。
昨日、営業事務の社員たちが廊下の隅で話しているのが聞こえてきた。
「天岸さん優秀だったのに残念だったわね」
「黒木部長、天岸さんを社員に登用しようと声をかけていたらしわよ」
「性格も穏やかだったし、何でも手際よく書類をさばいてくれて、ほんと助かってたのに」
「西君、実は破局を知って、天岸さんのこと狙ってたらしいわよ」
「えー!あの営業部のイケメンエースが!?」
「納得よね~清楚で綺麗だもの。メイクも薄いのに、元がいいからよね」
沙耶、評判よかったんだ……
天岸とは沙耶のことだ。
つい足を止めて柱の陰で立ち聞きしていたが、黒木部長がその話題に合流してきたところで、俺は皆に気づかれないよう、その場からあわてて去った。
なんで俺が逃げなきゃならないんだ?
その後、妙に腹立たしくなったが、なんだか沙耶と別れたことが、少しだけ残念に思えてきた。
家に帰れば、沙耶と入れ替わるように俺の部屋に住み始めた蘭が、家中を散らかしっぱなしにしている。
夕飯の準備もしていない。
朝も俺が出社の準備を終えて家を出る頃にようやく起きてくる。
「つわりがきついから」
と言っているが、そういえば沙耶に隠れて付き合っていた間、蘭の手料理は一度も食べたことがなかった。
ある時、蘭に「夜は仕事で疲れているから、せめて夕飯くらい作ってくれ」と口うるさく言ったら、翌日、夕飯が準備されていた。
だが、あれは食べ物ではない。
焦げて硬く縮んだ目玉焼き。
黒焦げになって原形をとどめていないベーコン。
水の分量が足りず、硬く芯が残った白米。
インスタントの味気ない味噌汁。
俺はキッチンのテーブルの前でしばらく立ち尽くした。
ベーコンって、小学生でも上手に焼けるんじゃないのか?
「なあ、蘭、これはいくらなんでもさ」
「文句があるなら捨てていいわよ」
俺の抗議に、蘭はソファに寝転んで俺に背を向けたまま速攻で切り返した。
沙耶だったら──
俺は硬い白米を苦々しく口に入れながら、蘭と比較するように沙耶の手料理を思い出していた。
沙耶は手の込んだうまい料理を毎日準備してくれていた。
汁物も毎回出汁をちゃんと取り、料亭で食べるレベルのうまさだった。
いつだったか、歓迎会の流れで会社の後輩たちが俺の部屋に来た時、沙耶が急遽作ってくれた料理に後輩たちがやけにびっくりしていた。
「沙耶さあん、三橋先輩なんかと別れて~、俺のお嫁さんになってくださあい」
そういえば西が、酔った勢いで沙耶にからんでいたな。
沙耶は困った顔で笑っていたけど、もしかして西は本気だったのか。
もし沙耶が退社せずに、まだ会社に残っていたら……
いや、沙耶とは別れたんだ。
俺は前を向かなければ。
生まれてくる子供のために、しばらく競馬は控えよう。
週一で通っているあの店にも当面顔を出さないようにしよう。
ママがヘソを曲げるかもしれないが、ツケが溜まっているからちょうどいい。
来月は蘭の誕生日だから、最初だけ奮発して、欲しがっているバッグを買ってやろう。
貯金の残高が急激に減ってきて不安だが、蘭の実家は資産家だから大丈夫。
俺は幸せになれる。
この先もずっと。
せいせいした。
ちらほら結婚を匂わす会話を沙耶がするようになっていたから、沙耶にごねられなくてよかった。
別れた後、出社するのは気まずいから、沙耶が退社してくれて助かった。
沙耶に「仕事でどうしても必要になって」と嘘を言ってもらった200万円は全部競馬で擦ってしまったが、あれから沙耶から何も言ってこない。
うまく忘れてくれたらしい。
蘭は金遣いが荒く、俺の貯金が日に日に減っていっているが、大丈夫だろう。
彼女が言うには、蘭の実家は資産家らしい。
それにしても、蘭が両親になかなか会わせてくれないのはなぜだ?
急に妊娠してバタバタしてるからそのうちね、と蘭が言っていたが。
まあ、いい。
金に困れば、かわいい娘のために支援してくれるはずだ。
蘭のお腹には俺の子もいる。
気をつけていたはずなのに妊娠は思いがけなかったが、できてしまったからには仕方がない。
籍も入れたことだし、あまりガキは好きではないが、父親らしく振る舞わなければならない。
昨日、営業事務の社員たちが廊下の隅で話しているのが聞こえてきた。
「天岸さん優秀だったのに残念だったわね」
「黒木部長、天岸さんを社員に登用しようと声をかけていたらしわよ」
「性格も穏やかだったし、何でも手際よく書類をさばいてくれて、ほんと助かってたのに」
「西君、実は破局を知って、天岸さんのこと狙ってたらしいわよ」
「えー!あの営業部のイケメンエースが!?」
「納得よね~清楚で綺麗だもの。メイクも薄いのに、元がいいからよね」
沙耶、評判よかったんだ……
天岸とは沙耶のことだ。
つい足を止めて柱の陰で立ち聞きしていたが、黒木部長がその話題に合流してきたところで、俺は皆に気づかれないよう、その場からあわてて去った。
なんで俺が逃げなきゃならないんだ?
その後、妙に腹立たしくなったが、なんだか沙耶と別れたことが、少しだけ残念に思えてきた。
家に帰れば、沙耶と入れ替わるように俺の部屋に住み始めた蘭が、家中を散らかしっぱなしにしている。
夕飯の準備もしていない。
朝も俺が出社の準備を終えて家を出る頃にようやく起きてくる。
「つわりがきついから」
と言っているが、そういえば沙耶に隠れて付き合っていた間、蘭の手料理は一度も食べたことがなかった。
ある時、蘭に「夜は仕事で疲れているから、せめて夕飯くらい作ってくれ」と口うるさく言ったら、翌日、夕飯が準備されていた。
だが、あれは食べ物ではない。
焦げて硬く縮んだ目玉焼き。
黒焦げになって原形をとどめていないベーコン。
水の分量が足りず、硬く芯が残った白米。
インスタントの味気ない味噌汁。
俺はキッチンのテーブルの前でしばらく立ち尽くした。
ベーコンって、小学生でも上手に焼けるんじゃないのか?
「なあ、蘭、これはいくらなんでもさ」
「文句があるなら捨てていいわよ」
俺の抗議に、蘭はソファに寝転んで俺に背を向けたまま速攻で切り返した。
沙耶だったら──
俺は硬い白米を苦々しく口に入れながら、蘭と比較するように沙耶の手料理を思い出していた。
沙耶は手の込んだうまい料理を毎日準備してくれていた。
汁物も毎回出汁をちゃんと取り、料亭で食べるレベルのうまさだった。
いつだったか、歓迎会の流れで会社の後輩たちが俺の部屋に来た時、沙耶が急遽作ってくれた料理に後輩たちがやけにびっくりしていた。
「沙耶さあん、三橋先輩なんかと別れて~、俺のお嫁さんになってくださあい」
そういえば西が、酔った勢いで沙耶にからんでいたな。
沙耶は困った顔で笑っていたけど、もしかして西は本気だったのか。
もし沙耶が退社せずに、まだ会社に残っていたら……
いや、沙耶とは別れたんだ。
俺は前を向かなければ。
生まれてくる子供のために、しばらく競馬は控えよう。
週一で通っているあの店にも当面顔を出さないようにしよう。
ママがヘソを曲げるかもしれないが、ツケが溜まっているからちょうどいい。
来月は蘭の誕生日だから、最初だけ奮発して、欲しがっているバッグを買ってやろう。
貯金の残高が急激に減ってきて不安だが、蘭の実家は資産家だから大丈夫。
俺は幸せになれる。
この先もずっと。
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