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31 疑念 沙耶視点
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おばあ様が、私が身を寄せているマンションを訪ねてきた。
リビングで一緒にケーキを食べていた時、おばあ様が話を切り出した。
「実は折り入って、沙耶に相談があるの」
「なんでしょう?」
都内の観光めぐりをしたいとか、何かかな?
私は軽い考えで、おばあ様に聞き返した。
「うちの後継者になってもらいたいの」
……………
「ええっ!!」
私は数秒経ってから、ようやく反応した。
「後継者って」
「天岸グループのよ」
そんな。
あんな大企業の!?
時価総額、数兆円規模の──
企業情報が頭に入っている私はめまいを覚えた。
「私にはとても──」
断ろうとした私に、おばあ様は真剣な顔で話し始めた。
「実はね。出版社であなたと引き合わせてもらう前に、沙耶の講演会に私、行ったの」
「え? 講演会って投資関係の……?」
私は証券会社から声をかけてもらい、投資についての講演会を何度か行っていた。
知らなかった。
おばあ様が来ていたなんて。
「私、沙耶の講演を聞いて確信したの。あなたは夫の才を継いでるって」
「おじい様の──?」
おばあ様の声に熱がこもり始めた。
「美奈は私に似て文系だったけど、もしかして沙耶は数学得意だったんじゃない?」
確かに私は数学が得意で、塾に行かなくてもトップの成績を取っていた。
担任の先生がお金がなくて大学に進学できない私のことを残念がってくれてたっけ。
「夫は理系でね。数字や情報を分析するのが得意だったの。夫の代で天岸食品は大きく業績を伸ばしたのよ」
おばあ様は私の手を握って言った。
「天岸グループはこれまで親族が後継者になってきたの。夫と私の間には子供は美奈しかいなかった。つまり、天岸家にとって、あなたが唯一の後継なのよ」
私はすぐに返事ができなかった。
投資は自分の責任の範囲でやってこれた。
でも、会社の経営は違う。
たくさんの社員や関係者たちの生活に責任を持たなければならない。
「すぐに返事がほしいわけじゃないの。あくまでも決めるのは沙耶、あなただから」
おばあ様はそう言い残し、仕事に戻るため、飛行機で東京を発った。
おばあ様が去った後も、私は頭の整理がつかなかった。
後継者だなんて荷が重すぎる。
どうしよう。
おばあ様が私の手をぎゅっと握った感触が今でも残っていた。
おばあ様は本気だわ。
大企業のTOPだったおじい様を支えてきた人だもの。
一時の情だけで言っているとは思えない。
でも──
頭を抱えた私は、ふと西くんを思い出した。
そうだ。
西くんは大手保険会社の後継者になろうと頑張ってる。
少し似た境遇だから、話を聞いてもらおう。
夜連絡を入れると、西くんはすぐに電話に出てくれた。
『天岸グループの後継なんて、すごいじゃないっすか!!』
「まだ決めた訳じゃないの。急すぎて。おばあ様に頼まれて迷ってて」
西くんは迷う私に穏やかな声で言った。
『迷えるって、幸せですよ』
「幸せ?」
私が聞き返すと、西くんは言葉を続けた。
『選ぶ余地もない。そんな厳しい境遇も世の中にはありますから』
そうだ。
私だって、幼い頃、父親が家を出て母と貧しい暮らしをしてきたんだった。
高校の友達が休みの日につけているネイルを買うお金もなかった。
「そうだね。きっと贅沢な悩みだよね」
それにしても、私はさっきの西くんの言葉が気になった。
選ぶ余地もない境遇って……
「西くん、昔何かあったの?」
少し間を置いてから、西くんが告白を始めた。
『実は俺、養子なんです。交通遺児で。3歳ごろ、事故で両親と兄弟いっぺんに亡くしちゃって』
「!」
驚いて声が出ない私に西くんは続けた。
『しばらく養護施設にいました。嫌な奴がいて、いじめられたな』
「そんな……大変だったんだね」
私が同情の声を出すと、西くんは気持ちを切り替えるように明るいトーンで言った。
『5歳の時に西夫妻が俺を引き取ってくれたんです。ちょうど同い年の男の子を亡くしたらしくて。ひいおじいちゃんも豪快でいい人で。養子だって関係ない。後継者になりたいと思うなら目指してみなさい、って言ってくれたんです』
「すごいね。会長も、西くんも」
私は感動して涙ぐんでしまった。
「あっ! すみません、俺、こんな話するつもりじゃなかったんだけど……天岸グループの件、大変な選択だと思うんで、沙耶さんが納得がいくまでじっくり考えてくださいね!」
西くんはちょっと慌てながら私に言った。
陽キャの西くんからは想像もつかない話だったけど、つらい境遇を乗り越えて今があるんだね。
私もくよくよ悩むのはやめて真剣に考えよう。
「西くん、相談にのってくれてありがとう。何だか気持ちが軽くなった」
「よかったです! 俺の方こそこんな大事な相談を沙耶さんからしてもらえて嬉しかったです」
電話越しで見えなかったけれど、西くんの陽だまりのような笑顔が浮かんだ。
電話を切った後、私は西くんに言い忘れていたことを思い出した。
”私今、専務が所有してるマンションの一つに匿ってもらってるの。この前、優斗がまた現れて”
そうメッセージを送ると、西くんからすぐに返事が来た。
”専務には気をつけてください”
え???
どうしてそんなこと言うの?
専務は悪い人じゃないわ。
私が、
”どうして?あんなにいい人なのに”
と返信すると、
”会って話します”
と返事がきた。
どうしよう。
西くん、人のこと悪く言うような人だった?
でも気になる。
その時、一条専務から着信があった。
『もしもし。ちょっと心配で電話してみたんだ。迷惑だったらごめん』
「そんなことないです!気にかけてくださってありがとうございます」
『何か異変があったら、いつでも僕に連絡するんだよ』
「はい」
やっぱりいい人じゃない。
でも、ちょっと後ろめたくて、西くんのことは切り出せなかった。
ごめんなさい、専務。
私も西くんの話を聞けば気が済むはずだ。
私は西くんと会うことにした。
リビングで一緒にケーキを食べていた時、おばあ様が話を切り出した。
「実は折り入って、沙耶に相談があるの」
「なんでしょう?」
都内の観光めぐりをしたいとか、何かかな?
私は軽い考えで、おばあ様に聞き返した。
「うちの後継者になってもらいたいの」
……………
「ええっ!!」
私は数秒経ってから、ようやく反応した。
「後継者って」
「天岸グループのよ」
そんな。
あんな大企業の!?
時価総額、数兆円規模の──
企業情報が頭に入っている私はめまいを覚えた。
「私にはとても──」
断ろうとした私に、おばあ様は真剣な顔で話し始めた。
「実はね。出版社であなたと引き合わせてもらう前に、沙耶の講演会に私、行ったの」
「え? 講演会って投資関係の……?」
私は証券会社から声をかけてもらい、投資についての講演会を何度か行っていた。
知らなかった。
おばあ様が来ていたなんて。
「私、沙耶の講演を聞いて確信したの。あなたは夫の才を継いでるって」
「おじい様の──?」
おばあ様の声に熱がこもり始めた。
「美奈は私に似て文系だったけど、もしかして沙耶は数学得意だったんじゃない?」
確かに私は数学が得意で、塾に行かなくてもトップの成績を取っていた。
担任の先生がお金がなくて大学に進学できない私のことを残念がってくれてたっけ。
「夫は理系でね。数字や情報を分析するのが得意だったの。夫の代で天岸食品は大きく業績を伸ばしたのよ」
おばあ様は私の手を握って言った。
「天岸グループはこれまで親族が後継者になってきたの。夫と私の間には子供は美奈しかいなかった。つまり、天岸家にとって、あなたが唯一の後継なのよ」
私はすぐに返事ができなかった。
投資は自分の責任の範囲でやってこれた。
でも、会社の経営は違う。
たくさんの社員や関係者たちの生活に責任を持たなければならない。
「すぐに返事がほしいわけじゃないの。あくまでも決めるのは沙耶、あなただから」
おばあ様はそう言い残し、仕事に戻るため、飛行機で東京を発った。
おばあ様が去った後も、私は頭の整理がつかなかった。
後継者だなんて荷が重すぎる。
どうしよう。
おばあ様が私の手をぎゅっと握った感触が今でも残っていた。
おばあ様は本気だわ。
大企業のTOPだったおじい様を支えてきた人だもの。
一時の情だけで言っているとは思えない。
でも──
頭を抱えた私は、ふと西くんを思い出した。
そうだ。
西くんは大手保険会社の後継者になろうと頑張ってる。
少し似た境遇だから、話を聞いてもらおう。
夜連絡を入れると、西くんはすぐに電話に出てくれた。
『天岸グループの後継なんて、すごいじゃないっすか!!』
「まだ決めた訳じゃないの。急すぎて。おばあ様に頼まれて迷ってて」
西くんは迷う私に穏やかな声で言った。
『迷えるって、幸せですよ』
「幸せ?」
私が聞き返すと、西くんは言葉を続けた。
『選ぶ余地もない。そんな厳しい境遇も世の中にはありますから』
そうだ。
私だって、幼い頃、父親が家を出て母と貧しい暮らしをしてきたんだった。
高校の友達が休みの日につけているネイルを買うお金もなかった。
「そうだね。きっと贅沢な悩みだよね」
それにしても、私はさっきの西くんの言葉が気になった。
選ぶ余地もない境遇って……
「西くん、昔何かあったの?」
少し間を置いてから、西くんが告白を始めた。
『実は俺、養子なんです。交通遺児で。3歳ごろ、事故で両親と兄弟いっぺんに亡くしちゃって』
「!」
驚いて声が出ない私に西くんは続けた。
『しばらく養護施設にいました。嫌な奴がいて、いじめられたな』
「そんな……大変だったんだね」
私が同情の声を出すと、西くんは気持ちを切り替えるように明るいトーンで言った。
『5歳の時に西夫妻が俺を引き取ってくれたんです。ちょうど同い年の男の子を亡くしたらしくて。ひいおじいちゃんも豪快でいい人で。養子だって関係ない。後継者になりたいと思うなら目指してみなさい、って言ってくれたんです』
「すごいね。会長も、西くんも」
私は感動して涙ぐんでしまった。
「あっ! すみません、俺、こんな話するつもりじゃなかったんだけど……天岸グループの件、大変な選択だと思うんで、沙耶さんが納得がいくまでじっくり考えてくださいね!」
西くんはちょっと慌てながら私に言った。
陽キャの西くんからは想像もつかない話だったけど、つらい境遇を乗り越えて今があるんだね。
私もくよくよ悩むのはやめて真剣に考えよう。
「西くん、相談にのってくれてありがとう。何だか気持ちが軽くなった」
「よかったです! 俺の方こそこんな大事な相談を沙耶さんからしてもらえて嬉しかったです」
電話越しで見えなかったけれど、西くんの陽だまりのような笑顔が浮かんだ。
電話を切った後、私は西くんに言い忘れていたことを思い出した。
”私今、専務が所有してるマンションの一つに匿ってもらってるの。この前、優斗がまた現れて”
そうメッセージを送ると、西くんからすぐに返事が来た。
”専務には気をつけてください”
え???
どうしてそんなこと言うの?
専務は悪い人じゃないわ。
私が、
”どうして?あんなにいい人なのに”
と返信すると、
”会って話します”
と返事がきた。
どうしよう。
西くん、人のこと悪く言うような人だった?
でも気になる。
その時、一条専務から着信があった。
『もしもし。ちょっと心配で電話してみたんだ。迷惑だったらごめん』
「そんなことないです!気にかけてくださってありがとうございます」
『何か異変があったら、いつでも僕に連絡するんだよ』
「はい」
やっぱりいい人じゃない。
でも、ちょっと後ろめたくて、西くんのことは切り出せなかった。
ごめんなさい、専務。
私も西くんの話を聞けば気が済むはずだ。
私は西くんと会うことにした。
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