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nanahi

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35 一条専務 沙耶視点

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専務が迎えに来てくれて匿ってくれているマンションまで送り届けてくれた。

部屋の玄関の前まで来た時、専務は、

「このマンションは特にセキュリティが厳重だから大丈夫だ。心配ないよ。
何かあればすぐに連絡して。僕はいつでも駆けつけるよ」
「──ッ」

そんな風に言ってもらえて、不安だった私は胸がいっぱいになった。
いつも私を助けてくれる。
なんて頼りがいのある人なんだろう。

私は感動して少しうるんだ目で専務を見送ろうとした。
でも。

「専務」

呼び止めていた。




私は玄関の扉を開き、専務を迎え入れた。

「せめて、お茶でも」

私は心を落ち着かせながら、紅茶をいれた。

リビングのソファーで、隣同士で座る私たち。
専務は優雅に紅茶を一口飲むと、

「アールグレイだね。僕は好きだよ」

と、言った。

「好きです、私も」

私はそう言いながら、妙にドキドキしていた。
私が専務をちらっと見ると、専務は「ん?」という顔で私を見つめ返した。

だけど、何もしてこない。
普通、男性って、こういう時……

専務は紳士なんだわ。

私はますます専務に惹かれ始めた。

専務がティーカップをテーブルに置いた時、品のいい香水が私の鼻をかすめた。
私は胸がぎゅっとなった。

私は専務をじっと見つめた。
専務も無言で私を見つめ返した。

何となく互いが顔を近づけそうになった時──



なぜか西くんの笑顔が浮かんだ。

「!」

急に私にストッパーがかかった。

「ごめんなさいっ!」

私は専務の隣から飛びのいた。

「原稿の締め切りがあるのを忘れてました」

とっさに私は嘘をついた。
専務は何事もなかったのように、

「そう。それは大変だね。頑張って」

と言って、紅茶を飲み干して帰っていった。



「はあああ~」


私、何やってるんだろう。
浮かれてる場合じゃないのに。

恥ずかしい。
私うぬぼれてたのかな。

でも、専務、拒まなかった。


私は残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちでいた。
それに、どうしてさっき西くんの顔が浮かんだのか、その時の私にはわからなかった。




「それにしても今日は怖かったな……」

少し落ち着いた頃、私は公園での出来事を思い出していた。


逃げるのに必死で、ぶつかった人に謝れなかったな。
帽子の──


ぼんやりと私はその男性を思い浮かべていた。


……?
あの顔、どこかで見たような。


私はその男性の口元にあった特徴的なほくろを、以前も見たことがあったような気がしていた。


どこだっけ。
そんなに昔じゃない。


その時、私の記憶と男性の顔がパズルのように合致した。


おばあ様とスイーツビュッフェに行った時だ。
優斗の奥さんに驚いた私がお皿をぶつけそうになった男の人。


偶然?
まあいいか。
都内に住んでたら、こういうことあるよね。


本当は大事な事だったのに、私はこのちょっとした思いつきをすぐに忘れてしまった。




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