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nanahi

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40 私の部屋 沙耶視点

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西くんが付き添ってくれて私はマンションまで帰ってきた。すると門の前で待っている一条専務が見えた。

西くんはとっさに私の手を握った。


え?


私が西くんを見上げると、西くんは見たこともないような固い表情で専務を見ていた。

「西くん……ど、どうしたの?」

専務がこちらに気づいた。それでも西くんは私の手を離すまいとするかのように強く握ったままだった。

「あ、ああ、すみません。俺、つい──」

ようやく西くんが私の手を離した。

「じゃあ、俺はこれで」

お礼を言う間もなく、西くんはきびすを返し足早で去って行った。私はそのとき、なぜか西くんを帰してはいけないような予感がした。


何、この感じ……
私もう少し西くんと一緒にいたかったのかな……?


解決できない気持ちを抱えたまま私は門に向かった。

「専──」

声をかけようとしたとき、専務がぐんぐん私に近づいて来て私をいきなり抱きよせた。

「!」

驚く私に専務が耳元で言った。

「どこに行ってたんだい? すごく心配したんだよ……」

専務はさらに強く私を抱きしめた。通行人がチラチラこちらを見て微笑んでいる。私は顔を赤らめながら専務の腕の中にいた。


そうか。
私、スマホ、部屋に置いたまま散歩に出ちゃったんだ。


「もしかしてスマホに連絡くれてたんですか? ごめんなさい……熱があったのに何も持たずに散歩に出ちゃったんです」

専務はようやく私を離してくれた。

「何かあったとき心配だからスマホは忘れずに持っていくんだよ」
「はい」

私はこくんとうなずいた。


何だか一条専務、彼氏みたい……


専務に背中に手を添えられながら私はマンションに入っていった。




専務は私を心配して部屋まで着いて来てくれた。

「すみません。心配ばかりおかけして。優斗のこともありがとうございました」

私が頭を下げると専務は穏やかな顔で答えた。

「そんなこといいんだよ。少しでも君の力になれたのなら嬉しいよ。さ、熱があるんだろう? 寝室で休んだほうがいい」

私は専務に言われるまま寝室に向かった。

「何か欲しいものあったら買ってくるよ」

専務がそう言ってくれたけど、実はさっき西くんがゼリーや風邪薬を私に渡してくれていた。

「いえ。大丈夫です。ひとりで何とかできます」

専務は私をじっと見たあと、

「君はそうやってひとりで抱え込む。悪い癖だ」

と言って私の頬に手を添えた。

「!」

私の心臓が飛び跳ねた。

「せん、せんむ」

私がしどろもどろになっていると、専務の顔が徐々に私に近づいてきた。私は思わず目をつむった。

その瞬間、私の脳内に稲妻のように声が降ってきた。



──”気をつけろ”



”一条専務に気をつけろ”!!!



旗を振る優斗と西くんの顔がフラッシュバックのように脳裏をよぎった。


「!!!」

私は目を見開いた。

「ごめんなさい!!」

思わず顔を背けて専務のキスをかわしていた。

「……どうしたんだい? 嫌だった?」

専務が少し傷ついたような顔をしたので私は胸が痛んだ。

「す、すみません。まだ、その──」
「ごめん。こちらこそ急ぎすぎたみたいだ。僕はいつでも君を待ってるから」

察してくれたのか専務は大人の対応で私を許してくれた。


どうしよう。
専務に失礼なことしちゃった。

でも……

西くん、これでよかったんだよね?


なぜか私は疑いを持っているはずの西くんに心の中で語りかけていた。




その頃、西くんが自室のパソコンルームで何かを必死に調べていたことなど私は知る由もなかった。





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