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44 西くんの部屋 沙耶視点
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今、私は西くんの部屋に来ている。
熱で倒れた私を介抱してくれたとき、西くんが一条専務について言ってたことが気になったからだ。
以前、公園で会った時も、優斗が現れて話を聞けずじまいだった。
西くんに「話を聞かせて」と電話すると、彼はこう答えた。
『電話では話せないんで、俺の部屋でいいですか? 沙耶さんがよければですけど。絶対何もしないんで』
絶対何もしない、というのも妙に寂しい気がして、私はそんな自分の気持ちに気づいて「はしたないな」と、ひとり赤くなった。
私の知らない何を西くんは知ってるんだろう?
一条専務とはキス寸前までいってしまって、気持ちの整理がつかないままだ。
「一条専務について教えてくれる?」
私が促すと、西くんは頷いた後、語りはじめた。
それは、にわかには信じがたい事実だった。
「専務が会社の仮想通貨をハッキングして横領──?」
私は思わず口を覆った。
今年、かなり大きなニュースになった事件だ。
しかも、いまだ犯人は捕まっていないらしい。
「俺は一条専務が犯人だと睨んでいます」
「それ、本当なの?」
すぐには信じられない私を西くんはパソコンルームへと案内した。
室内に入ると、壁一面を覆うように設置された複数の大型モニターが青白い光を放っていた。
「すごい……!」
私は本格的な設備に圧倒された。
中央のメインモニターには、リアルタイムのネットワークトラフィックが流れ、左右のモニターには仮想環境のログや社内システムの構成図とアクセス履歴が並んでいる。
「もしかして、西くんて」
頭に浮かんだ言葉を西くんが代わりに答えた。
「俺のもう一つの仕事はハッカーです。といっても、会長に頼まれて会社のセキュリティ部で臨時的に調査の仕事をしているんですけど」
モニター机のそばにクリアガラスで作られたトロフィーが飾られていた。私がトロフィーをじっと見ているのに気づいた西くんが説明してくれた。
「これ、前にハッカーの世界大会に出て準優勝したときにもらったんです」
「すごいんだね、西くん」
「でも専務の不正の決定的な証拠をなかなか掴めなくて。情けないです」
西くんは悔しそうだった。
「会社が貸与した専務のPCを調べたんですが、遠隔では無理でした。このUSBを直接、専務のPCに差し込めたら、俺が作ったプログラムが不正データを復元します。たとえ消去していたとしても」
私はただ感心して、西くんが差し出したUSBを手に取り、眺めていた。
私は西くんを信用し始めていたけど、優斗が言っていた「協力者」という言葉が引っかかって、西くんに尋ねた。
「ねえ。前に優斗が西くんのこと協力者って言ってたけど、あれって?」
「それ、何のことだか俺には見当もつかないんです」
「そう……」
嘘を言っている風でもない。
「沙耶さんの情報を三橋先輩に送ってた人がいるってことですかね。位置情報とか」
「位置情報……!」
私ははっとした。
そうだ。
優斗は行き先を知らせてもいないのに何度も私の前に現れた。
「誰かが私の位置情報を何らかの方法で取得していたってこと?」
誰なの?
そんなことをして何の得があるの?
私の頭がこんがらがってきたとき、ふいに玄関のインターホンが鳴る音がした。
ドア越しに、低く落ち着いた声が響く。
「警察です。西春輝さんですね。サイバー犯罪対策課の者です」
「え?」
「え?」
私と西くんは同時に声を出した。
警察が一体何の用だろう?
その後に続いた言葉に私は凍りついた。
「アストラ保険株式会社への不正アクセスの容疑で、任意の事情聴取にご協力いただきたい。玄関を開けていただけますか?」
アストラ保険って、西くんがいる会社の名前……!
「西、くん?」
私が西くんを見上げると、西くんは深刻な顔をしてつぶやいた。
「もしかして、専務に逆侵入されたか──?」
警察がドアをどんどんと叩いた。
「西さん!開けてもらえますか?」
「令状があります。ご自宅のPC環境について確認させていただきます。抵抗される場合は、強制的に踏み込むことになりますよ」
警察の勢いに、西くんが扉越しに、
「わかりました!今開けます」
と返事をした。
その後、戸惑っている私に真剣な顔でこう言った。
「俺じゃない……違います、信じて沙耶さん、俺じゃない!!」
とうとう警察が大家に鍵を開けさせて、部屋に踏み込んできた。
西くんはそのまま連行されてしまった。
茫然と立っていた私は、手に持ったままだった西くんのUSBをとっさにポケットに隠した。
私は何もすることができないまま、連行されていく西くんを外で見送っていた。
私に気づかれない場所で、一条専務が西くんを愉快そうに眺めていた。
熱で倒れた私を介抱してくれたとき、西くんが一条専務について言ってたことが気になったからだ。
以前、公園で会った時も、優斗が現れて話を聞けずじまいだった。
西くんに「話を聞かせて」と電話すると、彼はこう答えた。
『電話では話せないんで、俺の部屋でいいですか? 沙耶さんがよければですけど。絶対何もしないんで』
絶対何もしない、というのも妙に寂しい気がして、私はそんな自分の気持ちに気づいて「はしたないな」と、ひとり赤くなった。
私の知らない何を西くんは知ってるんだろう?
一条専務とはキス寸前までいってしまって、気持ちの整理がつかないままだ。
「一条専務について教えてくれる?」
私が促すと、西くんは頷いた後、語りはじめた。
それは、にわかには信じがたい事実だった。
「専務が会社の仮想通貨をハッキングして横領──?」
私は思わず口を覆った。
今年、かなり大きなニュースになった事件だ。
しかも、いまだ犯人は捕まっていないらしい。
「俺は一条専務が犯人だと睨んでいます」
「それ、本当なの?」
すぐには信じられない私を西くんはパソコンルームへと案内した。
室内に入ると、壁一面を覆うように設置された複数の大型モニターが青白い光を放っていた。
「すごい……!」
私は本格的な設備に圧倒された。
中央のメインモニターには、リアルタイムのネットワークトラフィックが流れ、左右のモニターには仮想環境のログや社内システムの構成図とアクセス履歴が並んでいる。
「もしかして、西くんて」
頭に浮かんだ言葉を西くんが代わりに答えた。
「俺のもう一つの仕事はハッカーです。といっても、会長に頼まれて会社のセキュリティ部で臨時的に調査の仕事をしているんですけど」
モニター机のそばにクリアガラスで作られたトロフィーが飾られていた。私がトロフィーをじっと見ているのに気づいた西くんが説明してくれた。
「これ、前にハッカーの世界大会に出て準優勝したときにもらったんです」
「すごいんだね、西くん」
「でも専務の不正の決定的な証拠をなかなか掴めなくて。情けないです」
西くんは悔しそうだった。
「会社が貸与した専務のPCを調べたんですが、遠隔では無理でした。このUSBを直接、専務のPCに差し込めたら、俺が作ったプログラムが不正データを復元します。たとえ消去していたとしても」
私はただ感心して、西くんが差し出したUSBを手に取り、眺めていた。
私は西くんを信用し始めていたけど、優斗が言っていた「協力者」という言葉が引っかかって、西くんに尋ねた。
「ねえ。前に優斗が西くんのこと協力者って言ってたけど、あれって?」
「それ、何のことだか俺には見当もつかないんです」
「そう……」
嘘を言っている風でもない。
「沙耶さんの情報を三橋先輩に送ってた人がいるってことですかね。位置情報とか」
「位置情報……!」
私ははっとした。
そうだ。
優斗は行き先を知らせてもいないのに何度も私の前に現れた。
「誰かが私の位置情報を何らかの方法で取得していたってこと?」
誰なの?
そんなことをして何の得があるの?
私の頭がこんがらがってきたとき、ふいに玄関のインターホンが鳴る音がした。
ドア越しに、低く落ち着いた声が響く。
「警察です。西春輝さんですね。サイバー犯罪対策課の者です」
「え?」
「え?」
私と西くんは同時に声を出した。
警察が一体何の用だろう?
その後に続いた言葉に私は凍りついた。
「アストラ保険株式会社への不正アクセスの容疑で、任意の事情聴取にご協力いただきたい。玄関を開けていただけますか?」
アストラ保険って、西くんがいる会社の名前……!
「西、くん?」
私が西くんを見上げると、西くんは深刻な顔をしてつぶやいた。
「もしかして、専務に逆侵入されたか──?」
警察がドアをどんどんと叩いた。
「西さん!開けてもらえますか?」
「令状があります。ご自宅のPC環境について確認させていただきます。抵抗される場合は、強制的に踏み込むことになりますよ」
警察の勢いに、西くんが扉越しに、
「わかりました!今開けます」
と返事をした。
その後、戸惑っている私に真剣な顔でこう言った。
「俺じゃない……違います、信じて沙耶さん、俺じゃない!!」
とうとう警察が大家に鍵を開けさせて、部屋に踏み込んできた。
西くんはそのまま連行されてしまった。
茫然と立っていた私は、手に持ったままだった西くんのUSBをとっさにポケットに隠した。
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