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19 キス
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「明日、レイモンドの部屋に行く。実印を見せてもらいに」
「実印?条件は?なんて言われた?」
あのレイモンドが、親切にタダで実印を見せるはずがないのはディオもわかっていた。
ディオの畳み掛けるような質問にシアラは口をつぐんだままだ。
「大丈夫。きっとうまくやるから」
「まさか」
ディオは嫌な予感がした。
いつも答えが明快なシアラが言い淀んでいる。
何かを隠している証拠だ。
「シアラ、何て言われたんだ!頼むから教えてくれ!」
ディオはシアラの手を掴んで、言い募った。
「離して」
「離さない」
「離してったら」
「離さない!」
ディオがヒートアップしていく。
絶対に聞き出さなくてはならないと本能が叫んでいる。
「体を捧げれば実印を見せてやってもいいと言われたの」
さらっと、シアラがとんでもないことを口にした。
「から……体──!?」
ディオはショックのあまり、さあっと血の気が引いた。
「いいのかお前はそれで!家族の仇で、しかも、好きでもないやつと!」
「好きかもしれない」
ディオがぴたりと動きを止めた。
「思い出しちゃったの。レイモンドを好きだった頃のこと」
「は──」
わけがわからない。
死のうとしたほど辛い目にあわされたはずなのに。
そんな男に抱かれてもいいというのか?
ディオの頭は混乱状態だった。
魔素の副作用でシアラがレイモンドに恋愛感情を抱く錯覚を起こしていることを、当然ディオは知らない。
ショックでぐちゃぐちゃの頭でディオは、シアラを奪われたくないあまりに、ある考えに取り憑かれはじめた。
その夜、いつものように寝室にやって来たシアラをディオはただ眺めているだけではなかった。
あんな男にシアラを取られるくらいなら、今、俺の手で。
隣で寝息を立てているシアラを仰向けにし、断りもなく口を重ねる。
キスの感触に、シアラが少しずつ覚醒していく。
「────!?」
シアラはディオにキスをされていることに初めて気づき、目を見張る。
「んーんーんー!!」
ディオは嫌がるシアラの唇を逃そうとしない。
「や!!!」
シアラがディオを突き飛ばそうとするが、体がぎん!と強張って身動きができない。
ディオがシアラの体内の魔素を操り、金縛りにしたのだ。
ディオは無理やり動きを止められ小刻みに震えているシアラの首に唇を這わせる。
「やめてディオ……」
ディオは暴走している。
シアラを愛するあまり、時に相手を壊してしまうことがあるように。
ディオの唇がシアラの胸元におりていく。
「お願い……嫌いになりたくない」
はっとして、ディオが唇を離した。
シアラは泣いていた。
一気に後ろめたさがディオを襲った。
「もう、復讐なんてやめよう!ずっとここで暮らせばいいじゃないか!!」
ディオはシアラをどうにかして引き留めたくて必死に訴えかけた。
「私に復讐以外、何が残っているというの?」
シアラは涙に濡れた目を彼方に向けたまま、つぶやいた。
そうよ。
馬鹿なことだとわかっている。
けれど私は狂人になると決めたのよ。
覚悟を決めたシアラの決意は決して揺らぐことがないと、ディオは絶望しながら思い知らされた。
おばあ様。
ディオとの確執で気が重くなったシアラは自室のベッドにうつ伏せになり、優しかった亡き祖母の顔を思い浮かべていた。
”シアラ。あなたの真名は、アル=シアレイユですよ”
高齢ながら美しく気品に満ちた祖母エリシアが、5歳のシアラに告げた。
祖母の出身ユタ王国では、祖母から孫の王女へ真名:巫女名を贈る習わしがあった。巫女を輩出していた時代の名残りだ。
祖母エリシアの真名はアル=エリシエル。気品と神秘性に満ちた王女だったそうで、勘が鋭く、予知夢で未来を当てたこともあると聞いていた。
アル=シアレイユ。
いろんなことがありすぎてすっかり忘れてしまっていたが、この名を聞くと、不思議と心が落ち着く。
ディオとギクシャクしてしまったことが胸にかすかな痛みをもたらしたが、シアラには前に突き進む以外、道はないのだった。
「実印?条件は?なんて言われた?」
あのレイモンドが、親切にタダで実印を見せるはずがないのはディオもわかっていた。
ディオの畳み掛けるような質問にシアラは口をつぐんだままだ。
「大丈夫。きっとうまくやるから」
「まさか」
ディオは嫌な予感がした。
いつも答えが明快なシアラが言い淀んでいる。
何かを隠している証拠だ。
「シアラ、何て言われたんだ!頼むから教えてくれ!」
ディオはシアラの手を掴んで、言い募った。
「離して」
「離さない」
「離してったら」
「離さない!」
ディオがヒートアップしていく。
絶対に聞き出さなくてはならないと本能が叫んでいる。
「体を捧げれば実印を見せてやってもいいと言われたの」
さらっと、シアラがとんでもないことを口にした。
「から……体──!?」
ディオはショックのあまり、さあっと血の気が引いた。
「いいのかお前はそれで!家族の仇で、しかも、好きでもないやつと!」
「好きかもしれない」
ディオがぴたりと動きを止めた。
「思い出しちゃったの。レイモンドを好きだった頃のこと」
「は──」
わけがわからない。
死のうとしたほど辛い目にあわされたはずなのに。
そんな男に抱かれてもいいというのか?
ディオの頭は混乱状態だった。
魔素の副作用でシアラがレイモンドに恋愛感情を抱く錯覚を起こしていることを、当然ディオは知らない。
ショックでぐちゃぐちゃの頭でディオは、シアラを奪われたくないあまりに、ある考えに取り憑かれはじめた。
その夜、いつものように寝室にやって来たシアラをディオはただ眺めているだけではなかった。
あんな男にシアラを取られるくらいなら、今、俺の手で。
隣で寝息を立てているシアラを仰向けにし、断りもなく口を重ねる。
キスの感触に、シアラが少しずつ覚醒していく。
「────!?」
シアラはディオにキスをされていることに初めて気づき、目を見張る。
「んーんーんー!!」
ディオは嫌がるシアラの唇を逃そうとしない。
「や!!!」
シアラがディオを突き飛ばそうとするが、体がぎん!と強張って身動きができない。
ディオがシアラの体内の魔素を操り、金縛りにしたのだ。
ディオは無理やり動きを止められ小刻みに震えているシアラの首に唇を這わせる。
「やめてディオ……」
ディオは暴走している。
シアラを愛するあまり、時に相手を壊してしまうことがあるように。
ディオの唇がシアラの胸元におりていく。
「お願い……嫌いになりたくない」
はっとして、ディオが唇を離した。
シアラは泣いていた。
一気に後ろめたさがディオを襲った。
「もう、復讐なんてやめよう!ずっとここで暮らせばいいじゃないか!!」
ディオはシアラをどうにかして引き留めたくて必死に訴えかけた。
「私に復讐以外、何が残っているというの?」
シアラは涙に濡れた目を彼方に向けたまま、つぶやいた。
そうよ。
馬鹿なことだとわかっている。
けれど私は狂人になると決めたのよ。
覚悟を決めたシアラの決意は決して揺らぐことがないと、ディオは絶望しながら思い知らされた。
おばあ様。
ディオとの確執で気が重くなったシアラは自室のベッドにうつ伏せになり、優しかった亡き祖母の顔を思い浮かべていた。
”シアラ。あなたの真名は、アル=シアレイユですよ”
高齢ながら美しく気品に満ちた祖母エリシアが、5歳のシアラに告げた。
祖母の出身ユタ王国では、祖母から孫の王女へ真名:巫女名を贈る習わしがあった。巫女を輩出していた時代の名残りだ。
祖母エリシアの真名はアル=エリシエル。気品と神秘性に満ちた王女だったそうで、勘が鋭く、予知夢で未来を当てたこともあると聞いていた。
アル=シアレイユ。
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