全てを奪われた公爵令嬢は第二王子と女男爵を破滅に導く

nanahi

文字の大きさ
19 / 39

19 キス

しおりを挟む
「明日、レイモンドの部屋に行く。実印を見せてもらいに」
「実印?条件は?なんて言われた?」

あのレイモンドが、親切にタダで実印を見せるはずがないのはディオもわかっていた。
ディオの畳み掛けるような質問にシアラは口をつぐんだままだ。

「大丈夫。きっとうまくやるから」
「まさか」

ディオは嫌な予感がした。
いつも答えが明快なシアラが言い淀んでいる。
何かを隠している証拠だ。

「シアラ、何て言われたんだ!頼むから教えてくれ!」

ディオはシアラの手を掴んで、言い募った。

「離して」
「離さない」
「離してったら」
「離さない!」

ディオがヒートアップしていく。
絶対に聞き出さなくてはならないと本能が叫んでいる。

「体を捧げれば実印を見せてやってもいいと言われたの」

さらっと、シアラがとんでもないことを口にした。

「から……体──!?」

ディオはショックのあまり、さあっと血の気が引いた。

「いいのかお前はそれで!家族の仇で、しかも、好きでもないやつと!」
「好きかもしれない」

ディオがぴたりと動きを止めた。

「思い出しちゃったの。レイモンドを好きだった頃のこと」
「は──」

わけがわからない。
死のうとしたほど辛い目にあわされたはずなのに。
そんな男に抱かれてもいいというのか?

ディオの頭は混乱状態だった。
魔素の副作用でシアラがレイモンドに恋愛感情を抱く錯覚を起こしていることを、当然ディオは知らない。

ショックでぐちゃぐちゃの頭でディオは、シアラを奪われたくないあまりに、ある考えに取り憑かれはじめた。



その夜、いつものように寝室にやって来たシアラをディオはただ眺めているだけではなかった。

あんな男にシアラを取られるくらいなら、今、俺の手で。

隣で寝息を立てているシアラを仰向けにし、断りもなく口を重ねる。
キスの感触に、シアラが少しずつ覚醒していく。

「────!?」

シアラはディオにキスをされていることに初めて気づき、目を見張る。

「んーんーんー!!」

ディオは嫌がるシアラの唇を逃そうとしない。

「や!!!」

シアラがディオを突き飛ばそうとするが、体がぎん!と強張って身動きができない。
ディオがシアラの体内の魔素を操り、金縛りにしたのだ。

ディオは無理やり動きを止められ小刻みに震えているシアラの首に唇を這わせる。

「やめてディオ……」

ディオは暴走している。
シアラを愛するあまり、時に相手を壊してしまうことがあるように。

ディオの唇がシアラの胸元におりていく。

「お願い……嫌いになりたくない」

はっとして、ディオが唇を離した。
シアラは泣いていた。
一気に後ろめたさがディオを襲った。

「もう、復讐なんてやめよう!ずっとここで暮らせばいいじゃないか!!」

ディオはシアラをどうにかして引き留めたくて必死に訴えかけた。

「私に復讐以外、何が残っているというの?」

シアラは涙に濡れた目を彼方に向けたまま、つぶやいた。

そうよ。
馬鹿なことだとわかっている。
けれど私は狂人になると決めたのよ。

覚悟を決めたシアラの決意は決して揺らぐことがないと、ディオは絶望しながら思い知らされた。




おばあ様。

ディオとの確執で気が重くなったシアラは自室のベッドにうつ伏せになり、優しかった亡き祖母の顔を思い浮かべていた。

”シアラ。あなたの真名は、アル=シアレイユですよ”

高齢ながら美しく気品に満ちた祖母エリシアが、5歳のシアラに告げた。
祖母の出身ユタ王国では、祖母から孫の王女へ真名:巫女名を贈る習わしがあった。巫女を輩出していた時代の名残りだ。

祖母エリシアの真名はアル=エリシエル。気品と神秘性に満ちた王女だったそうで、勘が鋭く、予知夢で未来を当てたこともあると聞いていた。

アル=シアレイユ。
いろんなことがありすぎてすっかり忘れてしまっていたが、この名を聞くと、不思議と心が落ち着く。

ディオとギクシャクしてしまったことが胸にかすかな痛みをもたらしたが、シアラには前に突き進む以外、道はないのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

処理中です...