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20 レイモンドの私室へ
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冷たい夜の静寂が満ちる。
涙の跡が残ったまま眠るシアラの周りに、父母とデニス、ミネたちの霊が降りてくる。
”私たちのことでもう苦しまないで”
”お嬢様、どうかご自分を大切になさって”
彼らは天国に行けず、この世を彷徨ったままだ。復讐のため自分を犠牲にしているシアラが彼らは不憫でならない。
”おねえさま、気づいて。だいじな人のこと”
デニスの霊はディオとシアラが運命的な繋がりを持つ番であると気づいている。
”レイモンド殿下じゃない”
けれどシアラの耳に彼らの訴えは届かない。涙を流したまま、四人の霊たちはたたずむだけだった。
翌朝。
冷たい朝もやの中、シアラは王宮へと出掛けていった。
「止めないと」
ディオがこのままシアラを放っておける訳がなかった。ディオとボーはシアラの跡をつけた。
ひっそりとした石造りの回廊の一角。
レイモンドの私室の前には、一人の侍従が控えていた。
侍従がたった一人だけ?
シアラは第二王子にしては、お付きの者が少ないと違和感を感じた。レイモンドが王国から冷遇されている状況にシアラが触れたのははじめてだった。
カノンに扮したシアラを認めると、侍従は一礼した後、さっと回廊の向こうに姿を消した。レイモンドに人払いの命を受けていたのだろう。
目の前にある濃紺の扉。手彫りの薄い紋様が彫られている。
装飾は控えめだが、王家の紋章が陰影を形作っていて、金のドアノブは王族の居室らしいしつらえだ。
本当に王家の人間なのだ。
今更ながら、レイモンドの血統を前に緊張がこみあげる。
よし。
行くわよ。
いざ、ドアノブに手をかけようとしたシアラの指が突然、硬直した。
え?
ノブを掴もうとしても、手がぶるぶると震えるだけで、何かの力によって無理やり動きを封じられているようだった。
体が動かない!
抵抗する体がきしむ。
「シアラ、行くな!」
ディオだ。
シアラを止めようとシアラの体内の魔素を使って金縛りにしたのだ。
ギリギリと見えない鎖がシアラの体を縛る。
「いや!行かせて!」
行かなきゃいけないの!
復讐のために、絶対に!
ディオがシアラを後ろから羽交い締めにした。少年姿のボーもシアラの足にしがみついている。ディオたちの拘束を解こうと抗うも、ふたりの力には勝てない。
このためだけに命をかけてきたのに……!
シアラの目に涙がにじんだ。
”アル=シアレイユ”
ふいに天から降ってくるようにその名が脳裏に浮かんだ。記憶の中の祖母がシアラに語りかける。
”どうしても困った時は、こう唱えるんですよ”
やわらかだった祖母の声音が凛と張り詰める。
”アル=シアレイユの名において請い願う”
「アル=シアレイユの名において請い願う」
シアラはほぼ無意識に、導かれるまま言葉をつむいだ。
「大地の神よ……ユタの血に眠る祖霊の魂よ。いまここに」
空を見つめたシアラの目に緑の光が灯る。
”巫女の力を呼び覚ませ”
「巫女の力を呼び覚ませ」
祖母とシアラの声が重なった。
「うあっ!」
ディオとボーが強烈な何かの力に飛ばされた。
シアラの足元に緑の神紋が広がっている。
バキン!!!
鎖が断ち切れるような音と共に、シアラの拘束が解かれた。
詠唱によって発現した巫女の力と精神力が魔素の束縛を解いたのだ。
「なっ──」
ディオは声を失う。
魔王の後継の魔力をその時のシアラは上回ったのだ。
体内の魔素を解毒したシアラは、扉のノブに手をかけた。
「ダメだ、シアラ!!」
ざああっ!
突如イバラの結界がディオの目の前に展開された。
みるみるうちに部屋の外を覆っていく。
ディオが後を追おうとするが、イバラの壁に阻まれる。
「行くな!!」
ついに部屋に入ったシアラは、ディオを振り向くこともなく、扉をぱたんと閉じた。
「ディオっ、転霧の術は!?」
「それがあったな!」
短距離なら紫煙に紛れて空位転換できる魔術だ。これなら壁の内側に入れるはずだ。
ディオが右の手のひらを広げると、そこから紫煙が生まれ出た。ディオの体が紫煙にすっぽり包まれた時、ディオの姿が残像とともに消えた。
「痛った!!」
ディオは、どん、と何か壁にぶつかった。行き場を失った氷の霧が舞い散る。
見上げると、イバラの防御壁の前に自分がいた。
中に入れていなかった。シアラの防御壁はディオを通さなかったのだ。
「そんな~!」
ボーの絶望の声が響く。
封じられていた力が解放されたシアラに、もうディオが干渉することはできなかった。
イバラの結界を引きちぎって壊そうと試みるも、手にイバラが刺さって血が出るだけで、一向に壊れない。
「戻ってこい、シアラ!」
どんなに叫ぼうとも、結界の向こう側にいるシアラの耳には届かない。
「はっ──」
完敗だ。
そんなにあいつがいいのか。
何度かイバラを叩いていたディオだったが、鉄壁のごとく立ち塞がるイバラの壁が、自分に対する拒絶のように感じた。
苦笑いしたような傷ついた顔で、涙が溢れそうになるのをこらえながら、ディオはついに背を向けた。
「どこに行くの!ここにいなくていいの!?」
結界を解こうとイバラを懸命に引っ張っていたボーが慌てて声をかける。
「もう意味がない……もうシアラに俺の声は届かない」
強い魔素を持つディオにはわかっていた。
この結界は父である魔王ですら壊すことはできないだろうと。
打ちのめされ茫然自失のディオは、肩を落とし、失意のまま館へと去っていった。
涙の跡が残ったまま眠るシアラの周りに、父母とデニス、ミネたちの霊が降りてくる。
”私たちのことでもう苦しまないで”
”お嬢様、どうかご自分を大切になさって”
彼らは天国に行けず、この世を彷徨ったままだ。復讐のため自分を犠牲にしているシアラが彼らは不憫でならない。
”おねえさま、気づいて。だいじな人のこと”
デニスの霊はディオとシアラが運命的な繋がりを持つ番であると気づいている。
”レイモンド殿下じゃない”
けれどシアラの耳に彼らの訴えは届かない。涙を流したまま、四人の霊たちはたたずむだけだった。
翌朝。
冷たい朝もやの中、シアラは王宮へと出掛けていった。
「止めないと」
ディオがこのままシアラを放っておける訳がなかった。ディオとボーはシアラの跡をつけた。
ひっそりとした石造りの回廊の一角。
レイモンドの私室の前には、一人の侍従が控えていた。
侍従がたった一人だけ?
シアラは第二王子にしては、お付きの者が少ないと違和感を感じた。レイモンドが王国から冷遇されている状況にシアラが触れたのははじめてだった。
カノンに扮したシアラを認めると、侍従は一礼した後、さっと回廊の向こうに姿を消した。レイモンドに人払いの命を受けていたのだろう。
目の前にある濃紺の扉。手彫りの薄い紋様が彫られている。
装飾は控えめだが、王家の紋章が陰影を形作っていて、金のドアノブは王族の居室らしいしつらえだ。
本当に王家の人間なのだ。
今更ながら、レイモンドの血統を前に緊張がこみあげる。
よし。
行くわよ。
いざ、ドアノブに手をかけようとしたシアラの指が突然、硬直した。
え?
ノブを掴もうとしても、手がぶるぶると震えるだけで、何かの力によって無理やり動きを封じられているようだった。
体が動かない!
抵抗する体がきしむ。
「シアラ、行くな!」
ディオだ。
シアラを止めようとシアラの体内の魔素を使って金縛りにしたのだ。
ギリギリと見えない鎖がシアラの体を縛る。
「いや!行かせて!」
行かなきゃいけないの!
復讐のために、絶対に!
ディオがシアラを後ろから羽交い締めにした。少年姿のボーもシアラの足にしがみついている。ディオたちの拘束を解こうと抗うも、ふたりの力には勝てない。
このためだけに命をかけてきたのに……!
シアラの目に涙がにじんだ。
”アル=シアレイユ”
ふいに天から降ってくるようにその名が脳裏に浮かんだ。記憶の中の祖母がシアラに語りかける。
”どうしても困った時は、こう唱えるんですよ”
やわらかだった祖母の声音が凛と張り詰める。
”アル=シアレイユの名において請い願う”
「アル=シアレイユの名において請い願う」
シアラはほぼ無意識に、導かれるまま言葉をつむいだ。
「大地の神よ……ユタの血に眠る祖霊の魂よ。いまここに」
空を見つめたシアラの目に緑の光が灯る。
”巫女の力を呼び覚ませ”
「巫女の力を呼び覚ませ」
祖母とシアラの声が重なった。
「うあっ!」
ディオとボーが強烈な何かの力に飛ばされた。
シアラの足元に緑の神紋が広がっている。
バキン!!!
鎖が断ち切れるような音と共に、シアラの拘束が解かれた。
詠唱によって発現した巫女の力と精神力が魔素の束縛を解いたのだ。
「なっ──」
ディオは声を失う。
魔王の後継の魔力をその時のシアラは上回ったのだ。
体内の魔素を解毒したシアラは、扉のノブに手をかけた。
「ダメだ、シアラ!!」
ざああっ!
突如イバラの結界がディオの目の前に展開された。
みるみるうちに部屋の外を覆っていく。
ディオが後を追おうとするが、イバラの壁に阻まれる。
「行くな!!」
ついに部屋に入ったシアラは、ディオを振り向くこともなく、扉をぱたんと閉じた。
「ディオっ、転霧の術は!?」
「それがあったな!」
短距離なら紫煙に紛れて空位転換できる魔術だ。これなら壁の内側に入れるはずだ。
ディオが右の手のひらを広げると、そこから紫煙が生まれ出た。ディオの体が紫煙にすっぽり包まれた時、ディオの姿が残像とともに消えた。
「痛った!!」
ディオは、どん、と何か壁にぶつかった。行き場を失った氷の霧が舞い散る。
見上げると、イバラの防御壁の前に自分がいた。
中に入れていなかった。シアラの防御壁はディオを通さなかったのだ。
「そんな~!」
ボーの絶望の声が響く。
封じられていた力が解放されたシアラに、もうディオが干渉することはできなかった。
イバラの結界を引きちぎって壊そうと試みるも、手にイバラが刺さって血が出るだけで、一向に壊れない。
「戻ってこい、シアラ!」
どんなに叫ぼうとも、結界の向こう側にいるシアラの耳には届かない。
「はっ──」
完敗だ。
そんなにあいつがいいのか。
何度かイバラを叩いていたディオだったが、鉄壁のごとく立ち塞がるイバラの壁が、自分に対する拒絶のように感じた。
苦笑いしたような傷ついた顔で、涙が溢れそうになるのをこらえながら、ディオはついに背を向けた。
「どこに行くの!ここにいなくていいの!?」
結界を解こうとイバラを懸命に引っ張っていたボーが慌てて声をかける。
「もう意味がない……もうシアラに俺の声は届かない」
強い魔素を持つディオにはわかっていた。
この結界は父である魔王ですら壊すことはできないだろうと。
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