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最初の町
決めてみました
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「今、勇者一行は西のセミアに向かっているはず」
ホイムが指差したのはザーインの西にある森――安井武が見捨てられた森――の更に西方に位置する大きな都市である。
「そこからもっと西……この地図には乗ってないけど、確か港町があるはずだからそこから大陸を渡るつもりだったと思う」
ホイムが勇者一行の動向を、正解かどうかは分からぬがまるで見聞きしてきたかのように口にする姿に、アヤメは関心していた。
「さすがホイム様……事前の調査も完璧ですね」
「ん!? うん……まあね!」
勇者パーティに参加させられた当初、どのように行動していくかの指標を国の偉い人が示してくれたのを覚えていて、この半年はその通り動いていたので今後も間違いはないだろうと考えてあれこれ言っていただけである。
「しかし大陸を渡って何をしにいくのでしょう……」
「えっとねぇ」
ホイムは記憶を呼び起こす。
「確か伝説の武具とか……仲間とか集めていくとかなんとか……」
予定が進むに連れて自信と記憶が曖昧になっていったが、これだけは覚えている。
「でも最終的にあちこち回って、最後に魔王の居城の手前の街に着くのに二年……もう半年立ってるから、あと一年半くらいしたら着く予定だったはず!」
「そこまで動向を把握しておられるとは……流石ホイム様」
「あくまで予定……予想だから、ずれることもあると思うけど」
「ですが一年半という時間の猶予が分かったのは大きな成果ですね」
「うん。ただ先回りするっていう前提を組み込むと……僕らは一年くらいでその街に着いた方がいいのかもしれない」
「的確な判断だと思います」
「勇者たちは色々と寄り道をするから大きく迂回しているけれど、僕らはそんなの無視して最短距離で目指せば、きっとあいつらより先に着けると思う」
「ちなみにその街というのは、地図で示すとどの辺りになるのでしょう?」
ホイムは周辺地図で現在地を確認し、その北方に広がる大森林、その先にある中規模都市を更に北上し、地図が切れたもっと向こうを指差した。
「海を越えた北方の魔族領、そこに勇者と僕らが目指す街がある」
魔族領は海に囲まれた小さな大陸である。そして更にその海を囲むように人族や獣族が住まう大陸が存在している。
世界情勢が落ち着いている頃は定期船で往来することができたが、今はかなり不定期な便しかないという話だ。
勇者が魔王を討つために旅立った事実が世界を巡ったからだ。おそらく勇者一行が更に力をつければ、不定期便すらなくなるだろう。そうなれば一般人は魔族領へ渡れなくなるが、勇者は勇者で別の上陸手段を入手する手はずになっている、はずである。どんな手段かまではホイムは知らないことであった。
それを踏まえ、やはり一年というリミットはこれでもギリギリであるのかもしれなかった。
「そこへ一年で……。腕が鳴りますね」
「うん。僕とアカネならきっと行けるよ。もし行けなくても……その時はその時で二人で……」
「ホイム様……」
イチャイチャイチャイチャ。
なんだかんだで二人がテントを出て旅の支度を始めたのは太陽が頭上に来ようかという時分であった。
ホイムはローブを、アカネは忍装束をしっかりと身につける。
片付けをしている最中にホイムの腹の虫が小さく鳴った。病み上がりに加えてあれだけ二人で体を動かしたのだから当然だった。
主の空腹を察したアカネは手を打って話し出す。
「そうでした。ホイム様へ預かっていたものがあったのです」
そう言って彼女が取り出したのはバケットである。中には少し焦げた不揃いのパンがいくつか入っていた。
「これは……?」
「宿屋のリナ殿から預かって参りました」
その名前にホイムはドキッとした。結局ちゃんとした別れもできずに、それが罪悪感となっていた。
「今度ザーインに寄られるまでには上達しておくので期待しておいてください……だそうです」
アカネが告げたリナからの伝言に、ホイムは少しばかりでも救われた気分であった。
あの町に戻る旅になるかどうかは分からないが、戻ってきてもいい場所があるということは心の拠り所にもなる。
彼は返事をする代わりにパンを手に取り、一口頬張った。
「……少し苦い。けど、美味しい」
パサパサとしたパンを口にして涙を潤ませるホイムの顔を、アカネは黙って見守った。
パンを食べ終え、ひとしきり腹も膨れたところで片付けを再開する。
二人の寝床であったテントはホイムが異次元ボックスへと収納しておいた。
「いろいろ仕舞える能力は便利ですね。私の風呂敷のようです」
「アカネさんの?」
そう言うとアカネは背中に背負った小さな風呂敷を下ろし、中からいろんな道具を取り出してみせた。
「刀、手裏剣、忍具、炊事品、他にも他にもいろいろと。先程お渡しした巻物もここから出したのですよ」
アカネが取り出して見せた荷物の数々は、明らかに風呂敷の容積を越えた量だった。それでもまだ一部だという。先程不意に取り出したリナからのバケットも、そこに収めていたのだろう。
それは天から授けられた祝福かと訊ねると、
「忍術です」
とアカネは答えた。
ともあれこうして二人の冒険は、今この場所から始まったのだった。
ホイムが指差したのはザーインの西にある森――安井武が見捨てられた森――の更に西方に位置する大きな都市である。
「そこからもっと西……この地図には乗ってないけど、確か港町があるはずだからそこから大陸を渡るつもりだったと思う」
ホイムが勇者一行の動向を、正解かどうかは分からぬがまるで見聞きしてきたかのように口にする姿に、アヤメは関心していた。
「さすがホイム様……事前の調査も完璧ですね」
「ん!? うん……まあね!」
勇者パーティに参加させられた当初、どのように行動していくかの指標を国の偉い人が示してくれたのを覚えていて、この半年はその通り動いていたので今後も間違いはないだろうと考えてあれこれ言っていただけである。
「しかし大陸を渡って何をしにいくのでしょう……」
「えっとねぇ」
ホイムは記憶を呼び起こす。
「確か伝説の武具とか……仲間とか集めていくとかなんとか……」
予定が進むに連れて自信と記憶が曖昧になっていったが、これだけは覚えている。
「でも最終的にあちこち回って、最後に魔王の居城の手前の街に着くのに二年……もう半年立ってるから、あと一年半くらいしたら着く予定だったはず!」
「そこまで動向を把握しておられるとは……流石ホイム様」
「あくまで予定……予想だから、ずれることもあると思うけど」
「ですが一年半という時間の猶予が分かったのは大きな成果ですね」
「うん。ただ先回りするっていう前提を組み込むと……僕らは一年くらいでその街に着いた方がいいのかもしれない」
「的確な判断だと思います」
「勇者たちは色々と寄り道をするから大きく迂回しているけれど、僕らはそんなの無視して最短距離で目指せば、きっとあいつらより先に着けると思う」
「ちなみにその街というのは、地図で示すとどの辺りになるのでしょう?」
ホイムは周辺地図で現在地を確認し、その北方に広がる大森林、その先にある中規模都市を更に北上し、地図が切れたもっと向こうを指差した。
「海を越えた北方の魔族領、そこに勇者と僕らが目指す街がある」
魔族領は海に囲まれた小さな大陸である。そして更にその海を囲むように人族や獣族が住まう大陸が存在している。
世界情勢が落ち着いている頃は定期船で往来することができたが、今はかなり不定期な便しかないという話だ。
勇者が魔王を討つために旅立った事実が世界を巡ったからだ。おそらく勇者一行が更に力をつければ、不定期便すらなくなるだろう。そうなれば一般人は魔族領へ渡れなくなるが、勇者は勇者で別の上陸手段を入手する手はずになっている、はずである。どんな手段かまではホイムは知らないことであった。
それを踏まえ、やはり一年というリミットはこれでもギリギリであるのかもしれなかった。
「そこへ一年で……。腕が鳴りますね」
「うん。僕とアカネならきっと行けるよ。もし行けなくても……その時はその時で二人で……」
「ホイム様……」
イチャイチャイチャイチャ。
なんだかんだで二人がテントを出て旅の支度を始めたのは太陽が頭上に来ようかという時分であった。
ホイムはローブを、アカネは忍装束をしっかりと身につける。
片付けをしている最中にホイムの腹の虫が小さく鳴った。病み上がりに加えてあれだけ二人で体を動かしたのだから当然だった。
主の空腹を察したアカネは手を打って話し出す。
「そうでした。ホイム様へ預かっていたものがあったのです」
そう言って彼女が取り出したのはバケットである。中には少し焦げた不揃いのパンがいくつか入っていた。
「これは……?」
「宿屋のリナ殿から預かって参りました」
その名前にホイムはドキッとした。結局ちゃんとした別れもできずに、それが罪悪感となっていた。
「今度ザーインに寄られるまでには上達しておくので期待しておいてください……だそうです」
アカネが告げたリナからの伝言に、ホイムは少しばかりでも救われた気分であった。
あの町に戻る旅になるかどうかは分からないが、戻ってきてもいい場所があるということは心の拠り所にもなる。
彼は返事をする代わりにパンを手に取り、一口頬張った。
「……少し苦い。けど、美味しい」
パサパサとしたパンを口にして涙を潤ませるホイムの顔を、アカネは黙って見守った。
パンを食べ終え、ひとしきり腹も膨れたところで片付けを再開する。
二人の寝床であったテントはホイムが異次元ボックスへと収納しておいた。
「いろいろ仕舞える能力は便利ですね。私の風呂敷のようです」
「アカネさんの?」
そう言うとアカネは背中に背負った小さな風呂敷を下ろし、中からいろんな道具を取り出してみせた。
「刀、手裏剣、忍具、炊事品、他にも他にもいろいろと。先程お渡しした巻物もここから出したのですよ」
アカネが取り出して見せた荷物の数々は、明らかに風呂敷の容積を越えた量だった。それでもまだ一部だという。先程不意に取り出したリナからのバケットも、そこに収めていたのだろう。
それは天から授けられた祝福かと訊ねると、
「忍術です」
とアカネは答えた。
ともあれこうして二人の冒険は、今この場所から始まったのだった。
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