8 / 13
薄花色
しおりを挟む
照りつける太陽は高く、町は凪、滴る汗がその過酷さを物語る。
日本は夏、大学生である僕も夏休みに入りそこそこ忙しい日々を送っている。レポートに追われる毎日だけれど、意外にも苦にはならなかった。
と言うのも、少し前に出会った千波さんが同じ大学である事をを知り、一緒にレポートを進めるようになったからだ。
今日も大学の図書館にて二人で調べものをし、丁度帰っている真っ最中だ。彼女は、
「家の用事があるので先に帰ります」
と言って、大学で別れた。まあ、最寄り駅は同じだからさっきまで一緒に居たんだけれど。
しかし暑い。何か別の事を考えていなければ、火照って倒れそうだ。僕は足早にいつもの店へ向かう事にした。
外から見た夕日坂古物店は、今日も閑古鳥が絶賛合唱中であった。と言うより、山根さんや千波さん以外のお客さんには会ったことがない。まあ、時間がバラバラだし仕方ないか。
見ていても仕方ないので戸を開き、店内に入る。冷房が程よく効いていて、かいた汗が引いていくのを感じる。
「いらっしゃい、朝川くん」
本日の夕日坂さん。ノースリーブの白いトップスを着ていて、まるで暑さとは無縁といった感じだ。と言うより、少し刺激が強い気もする。そんな彼女は例の如く本を……読んでいなかった。
「こんにちは、夕日坂さん。今日は本を読んでないんですね」
僕が言うと夕日坂さんはこちらを見たまま答える。
「ええ、少しやる事があったから。今ちょうど終わった所よ」
そう言って夕日坂さんはある物をカウンターの上に出した。
着物だ、薄い青のような色をして何やら模様が入っている。状態はかなり良さそうだけれど、何をしていたのだろう。
「着物ですか。きれいな色ですね」
「そうね。これは薄花色って言うのよ。少し珍しいわね。雪輪模様も入ってるし、かなり使い込まれているわ」
傍から見るとそうは見えないけれど、彼女が言うなら間違いないのだろう。
夕日坂さんは優しくその生地を撫で、目を閉じる。思い出を見ているのだろう。
そんな様子を横目に僕はカウンターへと腰をかける。しばらく待っていると彼女はゆっくりと目を開き、僕の方へ顔を向けた。
「見えましたか? その着物の物語は」
「ええ。ただ、まだ朝川君には刺激が強いかもしれないわ。それでも聞く?」
夕日坂さんがそんな事を言うのは初めてだ。どんな話なのだろう。気になるが、一抹の不安が僕の心にあるのを感じる。
少し悩んだ後、僕は聞くことにした。
「聞かせてください」
「もちろん」
彼女は僕がそういう事を知っていたかのように穏やかな表情で返す。そして、口を開いた。
時は江戸、ある遊郭に一人の遊女が居た。
彼女はその一帯で右に出るものは居ない程の人気者、男衆から武士まで皆彼女の虜であった。
遊女は口が上手く、酒と肴、少々の戯れで男を満足させていた。
そんな彼女は誰に対しても人当たりが良く、また純潔であった為、怨恨や嫉妬の類すらも無かった。
多くの人々から支持を集めた彼女が維新を平穏に過ごした事は言わずとも分かるであろう。
その後、彼女は遊女から足を洗い、日本という国の歴史を重んじ、旅館を建て、旅人達の疲れを癒やす身となった。
ある日、遊女時代の彼女を知る一人の男が旅館を訪れた。女将として働くその見て彼は遊女の時には見られなかった彼女の姿に、彼は心を射たれた。
彼曰く、「彼女はこの激動の時代に咲く一輪の花だ」と。貿易商であった彼は、頻繁に彼女の宿を利用し、叶うかも分からない想いを馳せていた。
彼が宿を利用し始めてから数ヶ月が経った日、その日は梅雨で雨が降っていた。
彼はある物をカバンから出し、女将に渡した。
「これは……?」
「地方に仕事に行ったときに見つけたのだ。是非、貴方に使っていただきたい」
それ以上彼は言わなかった。いつも通り一番いい部屋を取り、そこへと入っていく。
彼女は自室にて渡されたそれを開く、中には着物が1枚とそれらの備品がセットで入っていた。薄花色で雪輪模様の美しい品物であった。
「あの方ったら……」
彼女は涙を流す、一粒涙が雪輪に落ちた。まるで紫陽花を濡らす梅雨の雨のように。
そこで夕日坂さんの話は終わった。その後のことは分からないけど、この着物がここにあると言う事が、ただ1つの事実を表している。
「彼女はこれを着て、きっと人生を全うしたんですね。そして、それを引き継いだ誰かがここに持ち込んだ」
「そうね、きっとそう。そしてこの子はその姿が変わらないまま、彼女の生き方を認めたのかも知れないわ」
彼女はそう言って着物の表面を撫でる。気の遠くなるような暑い日、建築の進むマンションも、いつの日か見慣れる日が来るのだろう。
でも、人の気持ちはそう簡単に変わらないし、想いも簡単に変わるものじゃない。
それを伝える方法は山ほどあるのに。
Fin.
日本は夏、大学生である僕も夏休みに入りそこそこ忙しい日々を送っている。レポートに追われる毎日だけれど、意外にも苦にはならなかった。
と言うのも、少し前に出会った千波さんが同じ大学である事をを知り、一緒にレポートを進めるようになったからだ。
今日も大学の図書館にて二人で調べものをし、丁度帰っている真っ最中だ。彼女は、
「家の用事があるので先に帰ります」
と言って、大学で別れた。まあ、最寄り駅は同じだからさっきまで一緒に居たんだけれど。
しかし暑い。何か別の事を考えていなければ、火照って倒れそうだ。僕は足早にいつもの店へ向かう事にした。
外から見た夕日坂古物店は、今日も閑古鳥が絶賛合唱中であった。と言うより、山根さんや千波さん以外のお客さんには会ったことがない。まあ、時間がバラバラだし仕方ないか。
見ていても仕方ないので戸を開き、店内に入る。冷房が程よく効いていて、かいた汗が引いていくのを感じる。
「いらっしゃい、朝川くん」
本日の夕日坂さん。ノースリーブの白いトップスを着ていて、まるで暑さとは無縁といった感じだ。と言うより、少し刺激が強い気もする。そんな彼女は例の如く本を……読んでいなかった。
「こんにちは、夕日坂さん。今日は本を読んでないんですね」
僕が言うと夕日坂さんはこちらを見たまま答える。
「ええ、少しやる事があったから。今ちょうど終わった所よ」
そう言って夕日坂さんはある物をカウンターの上に出した。
着物だ、薄い青のような色をして何やら模様が入っている。状態はかなり良さそうだけれど、何をしていたのだろう。
「着物ですか。きれいな色ですね」
「そうね。これは薄花色って言うのよ。少し珍しいわね。雪輪模様も入ってるし、かなり使い込まれているわ」
傍から見るとそうは見えないけれど、彼女が言うなら間違いないのだろう。
夕日坂さんは優しくその生地を撫で、目を閉じる。思い出を見ているのだろう。
そんな様子を横目に僕はカウンターへと腰をかける。しばらく待っていると彼女はゆっくりと目を開き、僕の方へ顔を向けた。
「見えましたか? その着物の物語は」
「ええ。ただ、まだ朝川君には刺激が強いかもしれないわ。それでも聞く?」
夕日坂さんがそんな事を言うのは初めてだ。どんな話なのだろう。気になるが、一抹の不安が僕の心にあるのを感じる。
少し悩んだ後、僕は聞くことにした。
「聞かせてください」
「もちろん」
彼女は僕がそういう事を知っていたかのように穏やかな表情で返す。そして、口を開いた。
時は江戸、ある遊郭に一人の遊女が居た。
彼女はその一帯で右に出るものは居ない程の人気者、男衆から武士まで皆彼女の虜であった。
遊女は口が上手く、酒と肴、少々の戯れで男を満足させていた。
そんな彼女は誰に対しても人当たりが良く、また純潔であった為、怨恨や嫉妬の類すらも無かった。
多くの人々から支持を集めた彼女が維新を平穏に過ごした事は言わずとも分かるであろう。
その後、彼女は遊女から足を洗い、日本という国の歴史を重んじ、旅館を建て、旅人達の疲れを癒やす身となった。
ある日、遊女時代の彼女を知る一人の男が旅館を訪れた。女将として働くその見て彼は遊女の時には見られなかった彼女の姿に、彼は心を射たれた。
彼曰く、「彼女はこの激動の時代に咲く一輪の花だ」と。貿易商であった彼は、頻繁に彼女の宿を利用し、叶うかも分からない想いを馳せていた。
彼が宿を利用し始めてから数ヶ月が経った日、その日は梅雨で雨が降っていた。
彼はある物をカバンから出し、女将に渡した。
「これは……?」
「地方に仕事に行ったときに見つけたのだ。是非、貴方に使っていただきたい」
それ以上彼は言わなかった。いつも通り一番いい部屋を取り、そこへと入っていく。
彼女は自室にて渡されたそれを開く、中には着物が1枚とそれらの備品がセットで入っていた。薄花色で雪輪模様の美しい品物であった。
「あの方ったら……」
彼女は涙を流す、一粒涙が雪輪に落ちた。まるで紫陽花を濡らす梅雨の雨のように。
そこで夕日坂さんの話は終わった。その後のことは分からないけど、この着物がここにあると言う事が、ただ1つの事実を表している。
「彼女はこれを着て、きっと人生を全うしたんですね。そして、それを引き継いだ誰かがここに持ち込んだ」
「そうね、きっとそう。そしてこの子はその姿が変わらないまま、彼女の生き方を認めたのかも知れないわ」
彼女はそう言って着物の表面を撫でる。気の遠くなるような暑い日、建築の進むマンションも、いつの日か見慣れる日が来るのだろう。
でも、人の気持ちはそう簡単に変わらないし、想いも簡単に変わるものじゃない。
それを伝える方法は山ほどあるのに。
Fin.
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる