凡人ソロ探索者は現代ダンジョンに酔いながら恐ろしい怪物に立ち向かうようです

黒柴部隊

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虫相撲

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  くそ、気持ち悪い格好しやがって。ひょこひょこっとソレは耳を振りながら俺に近づく。


  ここまで引きずられて来たのだろう。俺が座り込んでいる所からちょうど人が引きずられた様な跡が地面に残っていた。


  大きめの灰色の岩に囲まれており、それらには大小の穴が空いている。ここは…。

 予想が当たっているのならここはやばい。すぐにここを離れければいけない。

 肋骨から生まれる痛みを押し切り立ち上がろうとする。あの大きな耳は体を前後に揺らしながらこちらへ歩いてくる。


 あいつがここへ俺を連れて来たのだ。一体何のために?


 いだ
「」

 立ち上がろうとした瞬間バランスを崩した。上手く足が開けないためその場で滑るように
 転んでしまった。

 なにかに縛られている? 濃い灰色の布のようなもので足首の辺りを包むように結ばれていた。

 蝶結びのような解くことを前提にしたものではなく何度も何度もぐるぐるにして、結んだ者もほどけないだろうめちゃくちゃな結び方だ。
     誰がこれを? そう思った瞬間、後頭部から背筋の血管に冷水を差し込まれたような寒気が走る。


 体を動かしながら近づいてくる異形の耳。


 コイツか?

 状況的に考えて気を失っている俺の足を縛ったのだろうか? 俺を逃がさないために?

 だとしたらコイツはかなり知能が高い怪物になる。紐を結んだりする事が出来る怪物なんて聞いたこともない。

 俺は足を縛るそれを見つめて、目を細める。

 素朴な疑問が生まれる。そもそもこれはなんだ? 紐ではない。布のような生地を無理やりグシャグシャに丸めて細くして縄のようにしている。


 それは濃い灰色をして、所々が緑色の粘液で濡れている。


 腕を伸ばして解こうと触ってみるもヌルヌルして上手く掴むことが出来ない。指を突っ込んで引き裂こうと試すも頑丈過ぎる。


 手袋越しに感じるそのぬめりけとざらついた感触は布の類にはないものだった。



 これは、もしかして。俺は脳裏に浮かぶ予想に対し冷や汗を出しつつそれを外そうと試みる。どんな力で結べばここまでデタラメに縛る事が出来るのだろうか。

 それが外れることはなかった。



 ソレは容赦なく近づいてくる。鼻や顔面が痛む。くそ、遠慮なくめちゃくちゃしやがって。
 俺は腰のホルスターに手を伸ばす。せめて武器を持っていないと不安に押しつぶされそうだった。

 スカと手が空振る。え、マジか。ホルスターには斧はない。

 あー、そうだった。アイツの膝にぶちかましたんだっけ。

 それからどうなったんだ? 顔面を割れるほどに地面へ叩きつけられた時に放してしまったのか?

 だとすると斧はどこ行った? ソレの膝には斧は見当たらなかった。


 ソレがまるでリズムを取るかのように体を揺らしながら近づいて来る。

 くそ、なんだそのポーズは。 耳に小さな腕を添えて前後に振っている。

 腕が短すぎて耳には届いていない。意味あるのかそれ。

 こうして近くで見ると本当に体は小さい、歪なサイズの耳と合わしても120センチあるかないかぐらいだ。

 ソレが立ち止まる。俺は思わず身構え、もう一度立ち上がろうと試みた。

 今度は足首を縛られている事を念頭に置き慎重に、だが急いで体を起こす。

 肋骨の痛みが動きを、邪魔する。やかましい。今は黙れ。

 膝を曲げ体の方へ畳み両腕を地面に着き、思い切って地面を押す。

 その勢いで体をなんとか立ち上がらせる事に成功した。足を広げてバランスを取ることが出来ない為思わず転びそうになるが、上半身で我慢する。


 ソレは立ち上がる事一つで苦労している俺を黙ってじぃと見つめていた。



「コワイ、コナイデ、マゲナイデ」


「あ?」


 無音の世界に生まれた音。確かにソレから聞こえた。

 女の声と男の声、それから子供の声と老人の声。それらを混ぜ合わせて、ついでに機械音声も足したようなノイズ。


 その音は確かにソレの大きな耳から聞こえた。


 それに今

「あ!喋れる、聞こえる!」


 久しぶりに聞いた気がする自分の声。喉を抑えながら声を出すと確かに聞こえる。

 両の手のひらを思いっきりぶつける。革同士がぶつかりあい、空気を揺らし、ぽんという音が鳴る。


 唐突に戻った音を確認するもつかの間、俺は我に返る。

 状況は以前として変わらない。負傷した状態で武器はなく、眼前には正体不明の怪物が迫る。


「普通にやばいじゃん、俺」

「フツウニヤバイジャン、オレ」


 思わず呟いた言葉がきちんと音になる。その事に安心した瞬間、ソレが俺の言葉を反芻した。


「なんなんだよ、お前は…」

「ナンナンダヨ、オマエハ」


 ソレはおうむが言葉を返すように、俺の言った言葉をそのまま繰り返す。俺の言葉がソレの耳の孔から気味の悪い複音声で流れ出る。



 その場からすぐにでも逃げ去りたい所だが、足首を縛っているもののせいでろくに歩く事すら出来ない。


 精々が跳ねて移動するぐらいだろう。だがそれも痛む肋骨のことを考えると難しい。



 その場から動けずにいると、またソレの耳から音が流れる。



「HELP!救命! HILF UNS! Aiutami! Do not kill! hahahaha  伤害!Perdonami!」


 なんだ、これは?  ヘルプ? 

 ソレはよくわからない行動をとった後に短い腕を背中に回すと俺に何かを差し出した。


「俺の斧…!」


  どこに隠していたのか、なんで持っているのかなどいくつか疑問が湧き上がる。

 だが今はどうでもいい。

「返してくれるのか?」


  俺は恐る恐るソレが握る斧に手を伸ばす。ひょいっと俺の手から逃げるようにソイツが斧を避けるように手を引っ込める。

 何回か繰り返しても結果は同じ。おちょくるようにソレは斧を手元に引っ込める。

 こいつ…。

 俺が体ごとぶつけてソレから斧を引ったくろうと覚悟を決めた時だった。一瞬でソレが俺の足元にまで距離を詰めたかと思うとしゃがみこみその耳を振り回す。俺はそれに足を取られて腰から地面にこけた。

「いっ、痛あっ」

 こけた振動が肋骨に響き渡る。体の中で花火を打ち上げられたように痛みが全身に広がる。

「kyhahahahahaha」

 耳障りな甲高い機械音声のような声が喉でも口でもなくソレの耳の孔から聞こえる。肋骨を抑える俺を見てソレは笑う。


 喜んでいるようにも見えた。

 俺がソレを睨みつけると、足元に斧が投げ捨てられた。俺はすぐさま斧を拾いよろけながら立ち上がり、その場から二回ほど飛び跳ねてソレから距離を取る。

 やっぱ痛い。くそ。


 ソレはその俺の様子をじっと観察していた。俺も縛られた両足にバランスを取られながらも斧を構える。

 咄嗟にソレが動く。来る。俺が身構えるとソレはその場で垂直に飛び上がった。


 は? なんだそれ。てかこいつ何メートル飛んで…

 ソレは舞うように飛び上がると近くの大きな大岩の上に着地する。
 俺はソレから目が離せない。ソレが乗っている大岩にもやはり表面に2つほどの大きな穴が開いていた。

 ソレが耳を大きく靡かせる。風を受けたセイルのように耳がたわんだかと思うとまた耳の孔から音が生まれた。



「シャアアアアア シィいイイイイイイイ」


 人の声ではない。この鳴き声は。探索で何度か聞いたことがある。

「灰トカゲの声か!」

 8メートル以上の灰色の巨岩に空いている穴。そこから何かが這い出て、ぼとりと地面に落ちる。別の穴からもぼとりと灰色の何かが落ちて来る。


 ああくそ。最悪だ。やっぱり灰トカゲだったか。

 地面に落ちてもがいていたそれは体を起こす。全長4メートルほどの体に四つ足に長い尾、灰色の皮膚、鋭い爪 口からそれ自体が生き物のように飛び出る舌。

 地上のコモドオオトカゲに酷似したダンジョンに棲息する怪物。

 巣で寝ていたそれらは無理やり起こされたらしい何が起きたかわからないように二頭で顔を見合わせている。

 そして一頭が俺に気づく。自分達の大好物の匂いがしたのだろう。つられてもう一頭もこちらを見つめる。爬虫類特有の表情のわからない4つの瞳が俺を眺める。


 俺が連れ込まれたのは怪物種18号灰トカゲの巣だった。


 二頭の灰トカゲが寝起きに物を食べない主義なのを一瞬期待したが、ダメみたいだ。

 口を大きく、広げこちらを威嚇し始める二頭。よだれがダラダラこぼれ落ちて、糸を引いている。


 灰トカゲが落ちてきた岩の上で、耳の化け物がいつのまにかあぐらをかいていた。手をパチパチとたたきあわせこちらを見下ろしている。

 野球観戦をしているかのようにソレは眼下に広がる光景を楽しんでいるようにも見えた。


 アレは全て分かっていたのか?   ここが灰トカゲの巣であることや灰トカゲが人間の肉が好物なのも?

 だとしたら。それはまずいことじゃあないか?

 しまった、またよそ見してた。

 灰トカゲが一頭、こちらに突進してくる。俺は覚悟を決めて斧を構えた。


 俺をここに連れてきたのも、両足を逃げられないように縛ったのも眠っている灰トカゲを起こしたのも全てはアレが狙ってやったことだとしたら。

 俺を食おうと突進してくる大きなトカゲも怖いが、俺にはこの状況を作り出したアレの方がよっぽど恐ろしかった。


 まるで楽しむように生き物を殺し合わせるソレの所業は人間のやり方に似ていると俺は思った。





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