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暗い意識、なぜ凡人探索者はソロになったのか
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探索者制度は歴史が浅い。探索者の数の確保は各国共通の課題である。
探索者の数を増やす為の目下の課題は新人が生き残り、中堅にまでなることである。
日本支部では新人の指導役として探索者歴が比較的に長いものを新人の班に斡旋するフレッシュマン制度を導入している。
探索者ガイドより抜粋ー
「あまり、言いたくないんだけどよ、はっきり言ってアンタ足手まといだわ。」
言いたくないという割にははっきりとそいつは言い放った。
二階層での探索や、一階層での安全停止、取得物の計算。それら全てを終えて表層に戻り、探索者街の中にある居酒屋で打ち上げをしている最中の出来事だった。
男同士で話したいことがあると言ったそいつ、坂田は俺を店の裏の喫煙所に誘うとおもむろに話を始めた。
ほかに人はなく、通りの喧騒がBGMのように薄く広がる。
光石でできた街灯がぽつんとそこだけを照らしていた。
「アンタも自分で気付いてんだろ? もうついてこれてねえって」
坂田が腕を組んで俺を見下ろしながら話している。
心当たりはある。確かに坂田やもう一人のメンバーとは歳が離れている。彼らは去年成人を迎えたばかりの19歳。
そしてこちらはあと1年で30歳になる29歳。体力的な衰えの足音が遠くから聴こえてくるようになっていた。
だが、それでもまだまだこのパーティに自分が必要とされているとの自覚があった。
「俺が足手まとい?」
「チッ、なんだよ、自覚がねえのか? だったらこの際はっきり言ってやる。アイツはアンタに遠慮してなんも言わねえだろうがな。アンタには班を離れてもらいてえ」
壁に体をよりかけながら身長の高い美丈夫が俺に言い放つ。頭一個分高い位置から放たれるその言葉は聞くものを萎縮させる何かがある。
「確かにアンタにはこの一年間世話になった。新人の俺たちに色々な事を教えてくれた。そこは感謝している。」
だが、と呟き坂田が続ける。
「それだけだ。そろそろ俺らは次のステージに移りてえんだわ。そのためにアンタにはここで降りてもらう。」
坂田が言う俺らに俺は入っていないのだろう。今後の関係を気にしてもいない物言いは加速していく。
「既に伝手を辿って新しいメンツを絞ってもいるんだ。どいつもアンタより若くて、アンタより強い。期待の新メンバーってやつだ。」
その整った目鼻立ちがより鋭くなる。夜の闇と街灯の光で影に塗れる坂田の顔が恐ろしく見え始めて来た。
その表情はこれからも良好な人間関係を築いていこうとする対象に見せるものではないなと俺は感じた。
坂田は本気で俺を班から追放しようとしている。
「はっきり言っておくと、アンタはもう要らねえ。要はクビってわけだ。」
近しいと思っていたものから遠慮なくぶつけられる敵意に声が震えそうになるのを抑えながら俺は返す。
「好きな事言ってくれるな、坂田。それは貴崎もそう思っているのか?」
精一杯の返しがこれだ。10歳近く離れている年下からの好き放題な物言いに拳に力が入る。
だが、それを振るうことはないだろう。坂田は俺より強い。歯痒い事にな。
「思っているね、間違いなく。鈴は言えないだけだ。あいつのかわりに俺が言ってんだよ」
坂田の目が一瞬右上を見た。
こいつ…。
坂田がまくし立てる。
「つうか、鈴は今関係ねえだろうがよ、俺とアンタの話だ。これは。」
そんなわけあるか。馬鹿かこいつ。
「いや。これは班の話だろ。なら貴崎もまじえて話がしたい」
俺は坂田にそう言い放ち、もう一人の班メンバーである貴崎 鈴が酔い潰れている店内に戻ろうとす
「待てよ!!!」
うわ、びっくりした。
思わず振り返ると、坂田が肩で息をしながらこちらを見ている。
坂田が大股で近づいてくる。
下がりそうになるその右足を地面に必死に縫い付けた。
身長高いなー、こいつ。
「てめえ、なんで今鈴の所へ逃げようとしたんだ?、あ?」
胸ぐらを掴むような勢いで坂田がおれに詰め寄る。
身長185センチの大柄な背丈は、しなやかな天然の筋肉に包まれている。そういえばこの前の腕相撲はこいつに完敗したな。
おれとは違う天性のものをもつそいつ。
とうとう、アンタからてめえになったな。
「誰がてめえだ。貴崎に話を聞くだけだ。いちいち過剰に反応すんなよ」
お互い、手を伸ばせば当たる距離に立っている。
坂田が
「やっぱり、てめえは気に食わねえ。最初からそうだったんだよ。弱いくせにカッコつけたその態度がムカつくんだよ」
うわ。こいつそんな風に思っていたのか。むき出しの人の敵意はおれの柔らかい心を突き刺す。
はっ、馬鹿らしい。
「坂田、お前が俺の事をどう思っていたのかはよく分かったよ。なら今の状況はこうだ。お前は俺を追い払いたい。でも俺はその理由に納得が行かない。だから残りの貴崎がどう思っている、かっ?」
話の途中で遮られた。それは言葉ではなくそいつの腕力によって。
くそが。胸元伸びるだろうが。
胸ぐらを掴んだ坂田が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「だから! 鈴は関係ねえっつてんだよ!気安く鈴をてめえが呼ぶんじゃねえ! 調子に乗んなよ!」
こいつ、明らかにおかしい。普段の坂田は確かに気性の荒い男だが、ここまで感情を露わにした所は見た事がない。
一体なにがコイツの琴線に触れた?
「納得出来ねえんだったら説明してやるよ! てめえセンスねえんだよ。俺らが1人でぶっ殺せる怪物もてめえは2人がかりか、もしくはちまちま時間かけて、金かけて道具使わねえと出来ないだろうが!」
くそ、つばが飛ぶ。
「一週間前だってそうだろがよ! てめえがお得意の灰ゴブリン狩りん時! 調子こいたてめえの不注意のおかげで鈴まで危なかっただろうが! わかってんのか、てめえはよ!」
あの時か。灰ゴブリンの気合いの入った奴が住居の扉を壊した瞬間に飛びかかってきたあれ。
初めての出来事で、やばかったが貴崎 鈴のサーベル捌きで命を救われた。
あの事を言っているのだろう。
「今、てめえあれのどこが危なかったか? って思っただろ?! そういう所だよ! わかってんのか!」
「確かにあれは俺の不注意もあった。だが貴崎には何も無かったろ」
俺まで熱くならないように、努めて平静に声を出す。胸元を離せよ。早く。
坂本の唾がまた顔にかかる。
「だからそういう所だっつってんだろうが! これから先てめえがポカするたびに鈴がフォローしないといけないだろうが! 」
なんだ、坂本の必死さは? 何がコイツをこんなに熱くさせる?
「あいつはてめえが危なくなれば必ず助けるだろうよ! 今回は良かった、でも次は? その次は? わかんねえだろうが! てめえがいるとあいつが危ねえんだよ!」
「落ち着け、坂本。確かに貴崎はよく気が利く。だがそれはお前の場合だって同じだろ。お前がポカしても貴崎はそれを助ける」
俺は続ける。それが決定打になった。
「俺とお前に違いなんてないだろう?」
坂本の腕から力が抜ける。俺はその腕を振り払い、二歩下がり坂本をみつめた。
坂本は腕を下ろし、どこか呆然とこちらを見ている。
そして暫く黙ったあと小さく呟く。俺にはそれがはっきり聞こえた。
「ありえねー、アンタそれマジで言ってんのか」
「どういう意味だ? とにかく貴崎とー」
坂本が近くなり、大きな拳が眼前一杯に広がった。
右頬に重たい痛みを感じた。その痛みは強い勢いと共にあり、俺は思わず尻餅をつく。
殴りやがったこのクソガキ。
殴られた頰に掌を当てる。熱い。頰に心臓があるかのようにどくどくと脈打つ。
坂本が俺を見下ろす。その表情は光石の逆光により見えない。
そして絶対に探索者に言ってはならないことを口に出した。
「てめえなんか、お前なんかこの一年間で死んでおけば良かったんだ。なんで鈴はお前なんかを」
は?
脳の中で何かが駆け回る。これは血か、電気信号か。まるで脳みそ自体がぐるぐる回っているかのようだ。
寝る寸前によくある脈絡もないわけのわからない考えが浮いては消える。ピーマンが3つあるからパイナップルは5点。ここでバナナをインストールすれば大丈夫。
きちんと酔いは抜いたはずだったんだが。
ダンジョン酔い。人間を探索者に変えるバベルの大穴付近でのみで起きる自然現象、あるいはー
それの自覚症状を俺は認知する。探索が終わってまだ時間があまり経っていない。強いストレスに反応して酔いがまた回り始めた。
もう頰の痛みはなかった。
幽鬼のようにゆらりと立ち上がった俺を見て坂本が腕を縦に折りたたみ、左拳を突き出し構えを作る。
やる気満々かよ、お前も。
というかそもそもコイツはなにを俺にいらついていたんだ? ダンジョン酔いで朦朧としつつも加速した思考が、坂本の宣った戯言を反芻する。
すぐにある予想が脳裏に張り付いた。ああなるほど。俺の一番嫌いなパターンのやつか。
当てずっぽうでもなんでもいい。とにかく言ってやれ。
俺は坂本に対して笑いかける。きっとそれはひどい笑顔だっただろう。
きちんと聞こえるように俺はゆっくり、はっきり届けるように声をつくりあげた。
「幼馴染を取られるのがそんなに怖いのか?男の嫉妬は醜いな。糞餓鬼。」
叫びを上げながら坂本が俺に殴りかかってくる。
先にお前が殴ってるんだ。正当防衛だからな。
ダンジョン酔いにより、恐怖感が消えた俺は自分より、一回り大きな若く強い探索者に向けて駆け出した。
世界が歪む。
あれ。
それから、それからそれからそれからそれからどうなったんだっけ?
坂田がその場にあった灰色の岩を投げつけて来たんだっけ。
坂田が俺を引きずっているんだっけ。
坂本が俺の頭を何度も何度も何度も何度も。
坂本の耳が大きい? 坂田たが坂本が坂田が、大きな耳が?
耳?
耳? 夢? 現実?
あ、これ夢だわ。
そう思った瞬間、肺から大きく息が漏れだした。同時に目を開き、視界が戻る。
引き摺られてはいない。止まっている。目線にあるのは灰色の地面ではない。
うつ伏せではない。俺は大きな灰色の岩に背中を預けて尻餅をついて足を投げ出している。
見れば周りを大きな立岩に囲まれている。その灰色の岩には所々奇妙な穴が開いていた。
あれは…。
そして目の前には大きな大きな耳が、立ち竦んでいた。俺が目を覚ますのを待っていたかのように、そいつの孔と目が合った。
夢も現実も、過去も現在もクソ共ばっかりだ。
耳が近づいてくる。その小さな両手を大きな両耳に、添えて。人間が耳をすます時にやるポーズに良く似ていた。
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