凡人ソロ探索者は現代ダンジョンに酔いながら恐ろしい怪物に立ち向かうようです

黒柴部隊

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彼が立ち上がる理由

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TIPS

ダンジョン酔いについてはまだまだ研究が進んでいない部分が多い。

個人によってダンジョン酔いが発症するタイミングが違うため耐性があるのだとされている。

基本的には時間経過によって酔いが回るのが一般的な例だが、場合によっては恐怖や怒りなどの感情がきっかけでダンジョン酔いが発症する場合もある。

感情の動きによって発症したダンジョン酔いの症状は重い事が多い。このタイプのダンジョン酔いの症状としては、多幸感が時間経過による酔いに比べて強く、また無謀な行動を取りやすくなるという特徴がある。

探索者達の間では俗称として、英雄病とも呼ばれている。


「探索者日和」2028年 四月号 ダンジョン酔い特集から抜粋











 
 パパパ、パパパ。

 三連の銃声が破裂する。その度に怪物が銃弾により後ずさり、赤い血を流した。

「逃げろ!! アジヤマさん!!  早く!」

 腹の底に響く男の声が銃声と共に鳴る。田村は自動小銃を構え、耳の化け物と相対しながら叫んだ。

 パパパ、パパパ、パパパ。

 正確な射撃で怪物に銃弾を叩き込む。音よりも速く、鉄の礫がライフル回転をしながら怪物の肉をえぐり、血を噴きださせる。

「いけ!! ここは俺が食い止める!  助けを呼ぶんだ!  コイツはこの人数じゃ無理だ!」

 未だに地面に臥したまま、動かない俺に田村が懸命に呼びかける。

 俺は頭の上で銃声が鳴り響くのを感じながら足に力入れてその場から立ち上がろうとする。

 ズルっ。足は土をかくばかりで上手く動かせない。怯えか、諦めか。少なくとも今の状況では必要のない感情が俺の行動を邪魔していた。

 銃声がいつか止んだ。俺はまた前を見て田村の姿を確認する。

 田村が引き金を引いても銃声がならない。代わりに
 カチ、カチ。という引き金と撃鉄が空回りする音だけがこの森に伝わる。

「チっ!」

 田村が鋭く舌打ちをして、胸元に手を入れる。すぐにまた二度目の舌打ちをして自動小銃をその場に投げ捨てた。弾倉がなかったのだろうか。腰から予備の拳銃を抜き出し耳の化け物に構えた。

 耳の化け物は銃弾のシャワーが終わった事に気付き、血だらけの体でまたゆっくりと歩き始めた。俺の方ではなく、田村の方に。

「あっ…!」
 口から声が思わず漏れた。
 俺が臥している茂みを無視する。ソレとの距離が近くなった時に、ソレの傷口がみるみるうちに塞がっているのが見えたからだ。銃弾によってえぐられたはずのその体から流れる血もすぐに固まり、ソレが歩くたびにかさぶたとなり、剥がれ落ちていく。

「アジヤマさん!  何してる!  逃げろ!」

 ドン、ドン。

 先程の銃声とは違う。重い音。単発で響くその音が鳴るたびに耳の化け物は一歩だけあとずさるが、その歩みを止めることはできそうにない。

 逃げろ!   また田村が俺に向かい叫ぶ。その手に力強く握られた拳銃から放たれる弾丸は正確にソレに命中している。

 だが、確実にゆっくりと、ソレが田村に近づいている。距離がどんどん詰まる。

 いや、逃げろってのはわかるけど。わかるけどさ。あんたはどうなるんだよ。

 ドン、ドン、

 銃声が止まり、耳の化け物が田村にたどり着いたらどうなるんだ。思わず打ち棄てられた二人の死体に目をやった。腕や脚を抜き取られ血溜まりに沈むその死体。それの数が増えるだろうことは簡単に予想がつく。

 ドン!

「頼む!  アジヤマ!  逃げてくれ! 早く!」

 田村が叫ぶ。その声は先程よりも震えているよう聞こえた。まるで悲鳴のようだ。

(なんで、あんたは逃げないんだ…)

 その声の震えから、田村が怯えていることが俺にもわかった。震える手で、それでも銃を握りソレに立ち向かう田村が俺には不思議でしょうがなかった。
 銃声が鳴る。

 ドン!  耳の化け物が体が後ろに大きくぶれる。だが尻餅をつくことなく、数歩後ずさりまた歩く。ソレが耳を左右に振るとソレの耳に命中して食い込んだ銃弾が肉からこぼれた。

 そしてその時が当たり前のようにやってきた。

 カチっ、カチっ、カチっ。

 田村が何度も何度も引き金を引き続ける。銃声が鳴ることはなかった。

 田村が殺される。このままでは間違いなく。耳の化け物が田村ににじり寄る。ゆっくり、ゆっくり。

「ちくしょう! この化け物が、よくも、よくも部下達を! 」

 田村が銃弾を吐き出し切った拳銃を振りかぶり、ソレに向けて投げつける。巨漢の力によって投げつけられた小さな鉄の塊が回転しながら怪物に向かう。

 パシ。

 が、耳の化け物はその短い腕で難なくハエでも追い払うかのように軽く手を振って、自身に投げつけられた拳銃を受け止めた。

「끝」

 またあの耳の穴から奇妙な音が流れる。なんなんだ。お前は。

「ひ、くるな…」

 田村に耳の化け物が近づく。手を大きく広げ威嚇するようににじり寄る。このままではまた先程の惨劇が繰り広げられてしまう。

 ここまできても俺の体は未だに動かない。自身の無能さに少し驚いた。ある程度鍛えて、経験して、慣れても所詮は凡人なのか。ここまで俺という人間は凡骨でなにも出来ない男だったのか。坂田が言っていた事は間違いではなかった。

 結局、探索者になっても俺は半端なままだった。サラリーマンの頃となにも変わらない。プライドが高いだけでいざというときは何も出来ない、無能。

 それが俺だ。その突きつけられた現実がとても情けなく、そして、とてもー

 ふと頭の裏に涼しさを感じた。後頭部の中だけに冬が来たみたいだ。

 目の前で田村が、ソレから逃れようと後ずさりをした瞬間足をもつれさせ尻餅をついていた。割られた茂みからその様がよく見える。田村は尻餅をついたまま腕を前に突き出し、震えながら目を瞑っている。屈強な男の眦から涙が大粒でこぼれ落ちていた

 もう距離がない。化け物が手を伸ばす。田村の命をもぎ取ろうと。

 だが、なぜかその手には先程掴みとった拳銃が握られていた。


「は?」

 なんだ、あれは何をしている?  

 ソレはきちんと人間が拳銃を握るように引き金に指をやり、正しく銃口を田村に向けていた。そのまま田村に銃口を向け、見下ろしたまま動かない。

 田村もいつまでたってもその時が来ない為、震えながらも片目を開けた。

 カチ、カチ、カチ。

「ゔぁ!」
 化け物が引きがねを引く。弾が出ないとわかっていても反射的に田村は顔を手で庇い短い悲鳴をあげて体を丸めた。

「Rire  Zu lachen hahahaha hahahaha」

 耳の穴から流れでる奇妙なその音はまるで笑い声のようにも聞こえた。

 なんのつもりだ。一体。

 カチカチ。

 化け物が短い指で引きがねを引き続ける。弾は出ない。

 田村が手を解き、自分に向けて弾切れの銃の引き金を引き続ける化け物の様子に気付いたらしい。尻餅をついたままゆっくりと後退していく。

 ドジャ。

「ぎゃあああああああ」

 しかしすぐに悲鳴が鳴り響く。田村の脚をソレの右足が踏みつけていた。脛を踏み折られている。膝は半ばから踏み折られ、V字になっていた。

「ああああああああ」

 田村の叫びが響くたびに耳が細かに振動している。先程の二人の時と同じだ。

「ぶえ!」

 足を踏み折られた田村は動けない。その田村の顔面をソレが拳銃で殴りつけた。思わず横倒れになる田村にまたその化け物がカチカチと引き金を引いた。

「 hahahaha hahahaha」

「ひ、ひぁ、やめろ!  やめて!」

 田村が腕で必死に顔を守り、体を丸める。耳の化け物はその上から拳銃で田村を殴り続ける。

 なんだ。アレは。その気になればすぐにでも田村を殺せるはずなのに。ソレは田村を甚振り、殴るだけだ。

「 hahahaha hahahaha ふふふふふふふ。あははははは」

 やめろ。死ぬ。死んでしまうだろうが。

 嗤い声。もう間違いなくアレは笑っている。殺さずにその耳障りな嗤いの音を周囲に散らかしながら田村を痛めつけていた。

「痛、がっ!  やめっ!  ぐう!」

 遊んでいる。ソレは田村が死なないように手加減しながら痛め続ける。

 やめろよ。ふざけるな。

 胸が熱い。その様子から目を離せない。恐怖とは別の感情が徐々に頭から生まれて心臓に流れ込んできている気がする。

 その気持ちは心臓の鼓動を加速させていくが、不快ではなかった。

 この気持ちを俺は知っている。それは炎にとてもよく似ているものだ。危険だが人間になくてはならないという部分がとても似ていた。

「ぐっ、ふっ」

 一通り殴り田村が腕のガードを緩めると田村の眼前に銃口を突きつけ銃の引き金を引く。田村の体がその引き金に反応してびくりと跳ねる

 馬鹿にしてんのか。田村が一体どんな覚悟で銃を握ったと思っている。確実に死ぬ事を覚悟していたはずだ。その覚悟をあの化け物はコケにしやがっている。

 俺にない勇気をこの化け物は馬鹿にした。

 からかっている。ソレは田村をいたぶるのを間違いなく楽しんでいた。そしてまた銃口を田村に向け、耳の穴から音が垂れ流れた。


「 わ    ら   え    る」


       それが引き金だ。

 今のは意味が、わかったぞ。この、クソ野郎。頭の中が更に冷えた。背骨に電気が走る。両手で地面を掴み、土をえぐり取る。足が動く。

    心臓と脳みそが繋がっているようだ。グツグツと煮えたぎるソレは容易にダンジョン酔いの呼び水となり、すぐに俺はその酔いに溺れた。

   溢れる衝動を抑えることなく、茂みから飛び出し化け物に向けて駆け出していた。
       

       ポケットが、熱い。
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