凡人ソロ探索者は現代ダンジョンに酔いながら恐ろしい怪物に立ち向かうようです

黒柴部隊

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奮戦、木の葉から漏れ出る光を

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「おおおおお!」


 駆ける。

 つい先ほどまでまったく動かなかった手足に力が満ちる。体が体重を思い出し、筋肉の存在に気付いたようだ。


 ポケットから輝く光が眩しい。黄緑色の光がカーゴパンツの生地から漏れ出て俺の網膜に焼け付く。


 頭が冷たい。

 熱冷ましの冷感シートを頭皮全体に貼っているようだ。頭に血は昇っていない。俺は冷静だ。

 冷静にあの耳の化け物に挑んでいる。なんの勝機もないのに。灰色の荒地であれほど後悔したのに、また同じ事を繰り返していた。


「っラア!!」


 駆け寄る勢いをそのまま右手で斧をおもいっきりソレに向けてぶつけるように振り下ろす。ガキィ、という岩を叩いたような音が鳴り響く。ソレは瞬時に振り返り、振り下ろされた斧を耳で受け止め弾いた。


 固っ! 


 岩に思いっきり斧をぶつければまさにこんな感触だろう。柄を掴んでいる掌に痛みが走り、痺れた。


「Faible」


 また耳の孔から流れる雑音。何を言っているかはもうどうでもいい。


「日本語で喋れ!!!」


 痺れる掌に力を込める。弾かれた反動を利用してその大きな耳孔に狙いを定め、真横に体を回す。コンバットブーツが地面から掴みとったエネルギーを腰に届け、腰から胴体へ連鎖させる。


 フルスイングされた斧が耳孔に食い込んだ。

 ドッ。

 耳骨が薄い。ここならやれる。食い込んだ刃をすぐに抜き、同じようにもう一発ー 

 は当たらない。ソレは斧の刃が離れた瞬間、瞬時にしゃがみこみ斧を躱す。空振った斧の勢いに体が持って行かれる。


 しまっ…!

「Faible」


 ソレがしゃがんだ態勢から耳を大きく振るう。咄嗟に太ももを振り上げて体を畳んだ。


 浮遊感。そしてすぐに体が引き裂かれたような痛みが全身に走る。


 俺は振るわれた耳に吹き飛ばされていた。

「ぐっ、がっ、」

 そのまま前に横に後ろにめちゃくちゃになりながら地面に転がる。仰向けになった体を起こそうと力を入れるも膝が笑って立てない。


 耳の化け物が田村の方から俺の方へ歩み寄ってくる。仰向けになった事で天地がひっくり返っている。逆さまの視線の中でソレが奇妙に体を揺らしながら近付いてくるのがみえる。

 やけにゆっくりと近付いてくる。スローモーション再生みたいだ。耳鳴りがする。ふと辺りに生えている樹々に目が向いた。


 大森林。

 アメリカのレッドウッドに酷似した樹々が並ぶ森林地帯。

 森林を構成している一本、一本の木はどれも100メートルを超える巨木たちだ。逆さまになっていることで、普段は見上げないと見えない緑の木の葉達を容易に見上げる事が出来た。

 綺麗だ。

 緑の葉が風に揺られて、そよぐ。その度に木の葉の隙間から天井から降り注ぐ光が漏れ出た。

 現代ダンジョン、バベルの大穴の中では風が吹く。メカニズムは解明されていないが地上となんら変わらない太古の昔から地球に流れていたそれとまったく変わらずに流れている。

 その風は地上と同じように木の葉を揺らす。

 此処でも、木の葉は風にそよぐのだ。木の幹の皺一つ一つがはっきりとみえる。触ってもいないのに、そのざらざらした感触が手袋に包まれた掌に再現された。

 ここはとても落ち着く。

 大森林に来るのは始めてではないが、こんな気分になるのは始めてだった。

 ポケットから暖かさを感じた。そういえば一体これはなんなのだろうか。

 灰ゴブリンの幼体が大事に持っていた宝石、灰色の荒地で命拾いしたのは恐らくこれのおかげなのだろう。

 木の根が俺に味方したあの奇跡。多分、この宝石とあの奇跡は無関係ではない。

 それ以外は何もわからない。でも今はそれでいい。


     左手の手袋を口で噛んで外す。
 俺は力が入っているか、入っていないか分からない左腕をポケットに差し込み、宝石を握り締めた。

 暖かい。きっとこの暖かさは敵ではない。それだけ分かれば俺には充分だ。

 バキッ、耳の化け物がこちらへ歩く。その見た目から想像も出来ない重い体重が地面から浮き出している巨木の根を踏みおる。

 握り締めていた宝石の暖かさと光が、増して行く。光と熱以外のものが、握り締めている宝石を通じて俺の中に流れ込んできた。

(ああ、やばいな…)

 ダンジョン酔いが酷い。とうとう幻聴まで聴こえてきた。ぬるま湯を体に直接流し込まれるような奇妙な感覚の中、たしかに聞こえた。

 報いを。一族の使命を果たせ。

 頭の中に響くその声は、

 一族ってなんだよ。

 俺は宝石をポケットから取り出し、眼前に掲げる。体が勝手に動いていた。だれかに操作されているみたいだ。

 半円のヒスイが黄緑色の光の塊のように輝く。

 まあ、いい。今はどうでもいい。やってやるよ、酔いに身を任せてここまでやってしまったんだ。ならもう行けるとこまで行ってやる。

「だから、力を貸せ」


 宝石から熱と光が息を吹きかけられた蝋燭のようにふっと消えた。同時に木の葉を通して辺りに降り注いでいた光もいつのまにか届かない。


 大森林が夜闇に包まれた。
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