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第4話「神託の途絶と、はじめての夢」
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空は、朝から重たく曇っていた。
まるで世界そのものが、何かを黙して告げているようだった。
エルネスタは畑の中で、異変を感じ取っていた。
「……草たちの動きが、鈍い」
それまで風と共にゆれていたリュミナの葉が、まるで何かを恐れているように、ぴたりと揺れるのをやめていた。
アルが鍬を置いて言った。
「森の獣が、一斉に姿を消したらしい。村の猟師が言ってた。空気が、変わってるって」
「この村だけの話じゃ……ないのかも」
エルネスタは畑に手をつき、そっと地面に耳を当てる。
土の中からは、鼓動のような震えが微かに伝わってくる。
それはまるで、大地そのものが不安げに脈を打っているようだった。
マルタは、村の祠にこもっていた。
「マルタ婆さん……」
「神託が、降りない」
短くそう答えた老婆の声は、かつてないほど震えていた。
「世界樹の枯死は、かねてより神官たちの間で囁かれておった。だが……今朝方から、一切の神託が断たれたのだ」
「神様が……黙った?」
「正確には、“神がいることさえ感じ取れない”。まるで、空が空っぽになったような感覚だ」
その言葉に、村の空気が凍った。
神の存在が前提であるこの世界において、“神の沈黙”は終焉に等しい。
「それでも……」
エルネスタは震えながら言った。
「それでも、私は……草の声が聞こえました。土の鼓動も、風の呼吸も……神様がいなくても、世界はまだ、生きてます」
マルタはゆっくりと目を閉じると、手にした杖を畑に向けた。
「ならば、おまえが“神託の代わり”になれ。土が語る声を、村のために聞いてくれ」
エルネスタは迷わなかった。
「はい、やってみます。草の声を、ちゃんと聞きます」
その夜、久しぶりに夢を見た。
いや、夢というには、あまりに鮮明で、意味深だった。
灰色の世界。
枯れた木々、崩れた神殿。
その中央に、ひとりの少女が立っていた。
エルネスタによく似たその少女は、何も語らず、ただ土を抱いていた。
彼女の腕の中で、ほんの小さな芽が光を放っていた。
――戻れ、戻れ、戻れ。
誰かの声が、遠くから響いた。
それは警告のようであり、祈りのようでもあった。
そして、少女の背後に現れたのは、目のない“神”だった。
口も鼻もなく、ただ無数の眼窩だけを持つ異形の存在。
神ではなく、“神のなりそこない”。
――その芽を、渡せ。
だが少女は拒んだ。
代わりに、地面に膝をつき、自分の命をその芽に注ぎ込んだ。
そこから、世界は音を取り戻し、空がひとすじ、青く染まった。
――これは、過去? それとも、未来?
目が覚めたとき、エルネスタは汗まみれだった。
「……夢じゃない」
彼女は確信していた。
この夢は、過去の記憶か、あるいは、世界が彼女に見せた“兆し”だった。
朝の畑に出ると、リュミナの葉がほんの少し震えていた。
「……教えて、リュミナ。あの夢は、本当にあったこと?」
葉が風にそよぎ、音が響く。
“あれは、最初の神託者の記憶。君は、あの子の意志を継ぐ者”
声が、頭に直接届いた。
「……“最初の神託者”? あの少女が……?」
風が、そっと彼女の髪を撫でた。
その時、遠く村の外れから叫び声が聞こえた。
「誰か、助けてくれ!」
走り込んできたのは、村の見張りだった。
「森から、“黒獣”が出た! 村を襲おうとしてる!」
黒獣――それは“瘴気”に侵された魔獣。
神々の庇護が弱まった証でもある。
「エルネスタ!」
アルが叫ぶ。
「お前の草……この村を守れるか!?」
エルネスタは一瞬、迷った。
だが、空を見上げたとき、昨日とは違う“風の色”を感じた。
「……リュミナ、“戦う草”を呼べる?」
草が揺れた。
そして、彼女のスキルが再び進化する。
《雑草生成・応用芽(D)→ 雑草生成・防性草(C)》
副能力:瘴気遮断/拡散制圧範囲拡張
地面から、黒い毒を浄化するような深緑の草が一斉に芽吹く。
「この草で、道を封鎖して。黒獣が入れないように!」
アルが走り、村の男たちが鍬を手に続く。
そしてその中央で、ひとり、土に手を当てる少女の姿があった。
神が沈黙しても、草は語る。
世界はまだ、終わっていない。
あとがき
第4話、お読みいただきありがとうございます。
今回は「神託の消失」と「最初の神託者の記憶」、そして「はじめての戦い」を描きました。
草は癒すだけでなく、時には“守る力”にもなります。
物語は、神々の舞台へと向かいはじめました。
次回は、黒獣の正体と、封じられた神話の断片が明らかになります。
応援のお願い
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フォローしていただければ、続きの更新もすぐに届きます。
次回「黒獣の咆哮と、空白の神々」へ続きます。
まるで世界そのものが、何かを黙して告げているようだった。
エルネスタは畑の中で、異変を感じ取っていた。
「……草たちの動きが、鈍い」
それまで風と共にゆれていたリュミナの葉が、まるで何かを恐れているように、ぴたりと揺れるのをやめていた。
アルが鍬を置いて言った。
「森の獣が、一斉に姿を消したらしい。村の猟師が言ってた。空気が、変わってるって」
「この村だけの話じゃ……ないのかも」
エルネスタは畑に手をつき、そっと地面に耳を当てる。
土の中からは、鼓動のような震えが微かに伝わってくる。
それはまるで、大地そのものが不安げに脈を打っているようだった。
マルタは、村の祠にこもっていた。
「マルタ婆さん……」
「神託が、降りない」
短くそう答えた老婆の声は、かつてないほど震えていた。
「世界樹の枯死は、かねてより神官たちの間で囁かれておった。だが……今朝方から、一切の神託が断たれたのだ」
「神様が……黙った?」
「正確には、“神がいることさえ感じ取れない”。まるで、空が空っぽになったような感覚だ」
その言葉に、村の空気が凍った。
神の存在が前提であるこの世界において、“神の沈黙”は終焉に等しい。
「それでも……」
エルネスタは震えながら言った。
「それでも、私は……草の声が聞こえました。土の鼓動も、風の呼吸も……神様がいなくても、世界はまだ、生きてます」
マルタはゆっくりと目を閉じると、手にした杖を畑に向けた。
「ならば、おまえが“神託の代わり”になれ。土が語る声を、村のために聞いてくれ」
エルネスタは迷わなかった。
「はい、やってみます。草の声を、ちゃんと聞きます」
その夜、久しぶりに夢を見た。
いや、夢というには、あまりに鮮明で、意味深だった。
灰色の世界。
枯れた木々、崩れた神殿。
その中央に、ひとりの少女が立っていた。
エルネスタによく似たその少女は、何も語らず、ただ土を抱いていた。
彼女の腕の中で、ほんの小さな芽が光を放っていた。
――戻れ、戻れ、戻れ。
誰かの声が、遠くから響いた。
それは警告のようであり、祈りのようでもあった。
そして、少女の背後に現れたのは、目のない“神”だった。
口も鼻もなく、ただ無数の眼窩だけを持つ異形の存在。
神ではなく、“神のなりそこない”。
――その芽を、渡せ。
だが少女は拒んだ。
代わりに、地面に膝をつき、自分の命をその芽に注ぎ込んだ。
そこから、世界は音を取り戻し、空がひとすじ、青く染まった。
――これは、過去? それとも、未来?
目が覚めたとき、エルネスタは汗まみれだった。
「……夢じゃない」
彼女は確信していた。
この夢は、過去の記憶か、あるいは、世界が彼女に見せた“兆し”だった。
朝の畑に出ると、リュミナの葉がほんの少し震えていた。
「……教えて、リュミナ。あの夢は、本当にあったこと?」
葉が風にそよぎ、音が響く。
“あれは、最初の神託者の記憶。君は、あの子の意志を継ぐ者”
声が、頭に直接届いた。
「……“最初の神託者”? あの少女が……?」
風が、そっと彼女の髪を撫でた。
その時、遠く村の外れから叫び声が聞こえた。
「誰か、助けてくれ!」
走り込んできたのは、村の見張りだった。
「森から、“黒獣”が出た! 村を襲おうとしてる!」
黒獣――それは“瘴気”に侵された魔獣。
神々の庇護が弱まった証でもある。
「エルネスタ!」
アルが叫ぶ。
「お前の草……この村を守れるか!?」
エルネスタは一瞬、迷った。
だが、空を見上げたとき、昨日とは違う“風の色”を感じた。
「……リュミナ、“戦う草”を呼べる?」
草が揺れた。
そして、彼女のスキルが再び進化する。
《雑草生成・応用芽(D)→ 雑草生成・防性草(C)》
副能力:瘴気遮断/拡散制圧範囲拡張
地面から、黒い毒を浄化するような深緑の草が一斉に芽吹く。
「この草で、道を封鎖して。黒獣が入れないように!」
アルが走り、村の男たちが鍬を手に続く。
そしてその中央で、ひとり、土に手を当てる少女の姿があった。
神が沈黙しても、草は語る。
世界はまだ、終わっていない。
あとがき
第4話、お読みいただきありがとうございます。
今回は「神託の消失」と「最初の神託者の記憶」、そして「はじめての戦い」を描きました。
草は癒すだけでなく、時には“守る力”にもなります。
物語は、神々の舞台へと向かいはじめました。
次回は、黒獣の正体と、封じられた神話の断片が明らかになります。
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