2 / 31
第2話『拾ったカセットテープ』
しおりを挟むそれは、雨の続いた六月のある日のことだった。
古道具屋を出たすぐ横の溝に、それは落ちていた。
何かの拍子に足が滑り、傘を落とした拍子にしゃがみ込んだ拍子に、私はそれに気づいた。
小さな黒いケース。ラベルのはがれかけた、昔のカセットテープだった。
側面には手書きの文字で、こう書かれていた。
《くちなし一丁目 北側の音》
気になって拾いあげ、表面の泥をぬぐいながら私はふと思った。
「……これ、まだ動くのかな」
今どきカセットなんて、とも思ったが、実は実家には再生できるデッキがある。
亡くなった祖父が物持ちで、昔の演歌を録音しては繰り返し聴いていた。
そのまま物置になった部屋に置かれていたラジカセが、今でも使えるかもしれない。
私はなんとなくそのテープを持ち帰ることにした。
*
家に戻ったのは夕方過ぎだった。
気まぐれにあのラジカセを取り出し、ACケーブルを差して電源を入れてみると、機械は意外なほど素直に応じた。
かすれた赤いLEDが点灯し、カセット部分も問題なく開いた。
拾ったテープをセットし、再生ボタンを押す。
——しばらくは、何も聞こえなかった。
テープが回るだけの音。ひゅるひゅるというモーターの唸り。
だが、3分ほど経ったころ、不意に“それ”が始まった。
*
ザーッ……というノイズの向こうから、かすかに音が聞こえる。
それは、人の話し声だった。だが、内容は聞き取れない。距離があるような、あるいは隣室の壁越しのような音質。
「……ねえ、きこえて……る……?」
それは女性の声だった。
「……こっち……に、いるの。ずっと、ずっと……」
声は、やがてフェードアウトしていく。
だが、それに重なるように、別の音が浮かび上がる。
カン、カン、カン。
何か硬いもので鉄を叩いているような音。
その音が、一定の間隔で、そして次第に近づいてくるような錯覚を覚えた。
私は、不意に寒気を感じて立ち上がった。
気づけば、背後のふすまがわずかに開いていた。
閉めたはずのふすまだ。
だが、風など吹いていない。エアコンも切っていた。
再生ボタンを止め、巻き戻しもせずに、私はカセットを取り出してケースに戻した。
——それで終わるはずだった。
だが、その夜、私は夢を見た。
*
誰もいないくちなし町の北側を、私は歩いていた。
足音が響く。自分の足音ではない。
誰かが、一定のリズムで“カン、カン、カン”と何かを打ち鳴らしながら、こちらに近づいてくる。
振り返る。誰もいない。
進もうとする。だが足が動かない。
その音だけが、耳の中に染み込んでくるように、ゆっくりと、だが確実に大きくなっていく。
そのとき——私は見た。
町の北側、通学路の突き当たりにある“使われなくなった掲示板”の前に、誰かが立っていた。
顔はわからなかった。ただ、髪が濡れていて、両手に何かを持っていた。
音の正体は、それだった。
鉄パイプのようなものを、アスファルトに打ちつけていたのだ。
私が声を出そうとした瞬間、その人影がこちらを向いた。
——顔が、なかった。
つるりとした皮膚の上に、目も鼻も口もなかった。
だが、私はその「顔のない顔」に、確かに見られている感覚を味わった。
夢から覚めたとき、汗びっしょりだった。
*
翌朝、あのテープを再生しようとしたが、もう音は流れなかった。
巻き戻しても、ノイズすらなかった。
まるで最初から何も録音されていなかったかのように。
私は静かにテープを元のケースに戻し、それを防湿袋に入れて押入れの奥へしまった。
けれど、あの夜から、私は音に敏感になってしまった。
誰もいない部屋で、ふと「カン」という小さな音を聞く。
寝ていて、耳元に水が滴るような音を感じる。
そして、ふと道を歩いているとき、町のどこかで“誰かがこちらを見ている気配”を感じる。
——この町には、確かに「夜の記録」が残っている。
拾ったカセットテープが、それを思い出させてくれただけだ。
今でも、雨の日には時折思い出す。
あの声の最後の一節を。
「……ずっと、ずっと……ここにいるの……」
(第2話 了)
【あとがき】
“音”は、目よりも早く心を刺してきます。
この話では、忘れ去られたカセットから聞こえる「記憶に残らない声」をモチーフにしました。
町という場所には、記録されない記憶があります。
それらがどこに“保存”されているか、誰にも分かりません。
次回も、くちなし町の夜のどこかで、お会いしましょう。
【応援のお願い】
本作が少しでも「ゾクッ」としたら、
★お気に入り登録・いいね・エール(広告視聴)で応援をお願いします。
あなたのひと押しが、くちなし町の次の“記録”を開かせてくれます。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる