くちなし町、夜の記録

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第4話『赤いランドセルの女の子』

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古い写真には、時折“写ってはいけないもの”が写る。
だが、くちなし町の小学校に残された集合写真に写っていたのは、少しだけ不自然で、けれど“まったく普通に見える”少女だった。

彼女の名前は、どこにも記録されていない。
出席簿にも、卒業アルバムにも、その姿はない。

だが、毎年、同じ場所に、同じポーズで写り続けている。

ランドセルを背負い、髪を三つ編みにして、口を小さく結んだ少女。

まるで、毎年その日のためにやってくるかのように。



その写真を最初に見たのは、町役場の資料室だった。
くちなし町の郷土資料展の準備を手伝っていた私は、年代ごとの学校の写真をまとめてアルバムに整理していた。

——あれ? と思ったのは、昭和54年の卒業写真だった。

一番右端、後列の隅に、ひとりだけ立ち位置を外れている少女がいた。
髪型は古くさい三つ編みで、制服ではなく私服。赤いランドセルを背負っている。

「先生、この子……この年の卒業生に、私服の子なんていましたっけ?」

私がそう尋ねると、教育委員会の高野先生は首をかしげてから、小声で言った。

「ああ……その子、また写ってたの?」

「え?」

「昔からなんだよ、あの子。ランドセルを背負ったまま、いつの集合写真にも写ってる。なぜか、気づかれないように」

「じゃあ、本物じゃなくて……?」

高野先生は、答えずに黙って別のアルバムを差し出した。

ページをめくる。昭和60年、平成元年、平成5年……
違う学年、違う構図、違う撮影者。だが、すべての写真に、その子が写っていた。

まるで“そこにいて当たり前”のような顔で、カメラを見つめていた。



その夜、私は夢を見た。

くちなし第一小学校の校庭。
卒業式が終わった午後、夕陽が運動場に斜めから差していた。

私はなぜか児童たちの輪の中にいて、誰かが私を呼ぶ。

「こっちだよー」

振り返ると、赤いランドセルを背負った少女が立っていた。
顔がはっきりしない。影がかかっている。

だが、彼女の三つ編みが揺れるたびに、風の音が聞こえた。

「待ってたんだよ」

その声に、私は足がすくむ。
どうしても近づけない。どうしても返事ができない。

彼女は、一歩、また一歩と近づいてきた。
その顔に、夕陽が当たった瞬間、私は——目が覚めた。

覚めてすぐに、なぜか「胸元が重い」と感じて、私はベッドの上で飛び起きた。

何もなかった。
けれど、部屋の窓際に、泥のついた小さな足跡が、ひとつだけ残っていた。



その後、私は町の写真館に聞き込みに行った。
店主は古くからの地元民で、写真の現像も学校行事も多く請け負ってきた人物だった。

「……あの子ね」

写真を見せると、彼は少しだけ声をひそめて言った。

「俺が中学生の頃から、もういたんだ。誰かの妹かと思ってたけど、いつのまにか写ってて、誰もその場で気づかない」

「どうしてですか?」

「“撮られること”に慣れてる顔なんだよ、あの子。まるで最初からいるみたいな顔で、真ん中を見てる」

「でも、何のために……?」

「さあな。ただ、ひとつだけ聞いた話がある」

彼はそう言って、棚の奥から古びたノートを取り出した。

「これ、30年くらい前に、写真部の顧問をしてた先生が残したメモなんだ」

開かれたページには、震える字でこう書かれていた。

『赤いランドセルの子は、夕方四時になると、校庭に現れる。
誰にも見つからないように、じっとしている。
理由はわからない。ただ、誰かに会いたがっているように見えた』



今年もまた、卒業式の時期が近づいている。
私は、写真館に頼んで、最新の集合写真を確認した。

そして、やはり——写っていた。

後列の端に、顔を小さく上げて立っている三つ編みの少女。
どこにもいないはずの子が、やはりそこにいた。

もう何十年も変わらずに、毎年同じように、同じ姿で、同じ角度で。

ただ、その年の写真だけ、ほんの少しだけ違っていた。

——彼女が微笑んでいた。

その笑みは、ようやく「会いたかった誰かに会えた」人間の表情に、見えた。

そして私は、背筋が凍るような予感を抱いた。

もしかして、彼女は……私のことを見ていたのではないかと。

あの日、夢で呼びかけてきた声が、
今になって、私の記憶の奥底で反響する。

「待ってたんだよ。ずっと、ずっと前から」

(第4話 了)

【あとがき】
この話は、写真に残る“在ってはならない存在”をモチーフにしました。
目を凝らせばそこにいるのに、なぜか誰も気づかない。そんな違和感のある恐怖を、じんわりと描いています。

次回は、くちなし町の廃線跡にまつわるお話です。
“誰もいないはずのホーム”に立つ影——どうぞまたお立ち寄りください。

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