くちなし町、夜の記録

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第5話『廃駅のホームで』

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くちなし町の北端、草に埋もれた坂道を登った先に、もう使われなくなった小さな駅がある。
駅名は「くちなし北口」。かつて、地域住民が通勤や通学に利用していた無人駅だった。

廃止されたのは二十数年前。だが、いまでもその駅のホームは残っている。
錆びついたベンチと、朽ちた電光掲示。
線路は草に覆われ、すでに列車が通れる状態ではない。

だが——夜になると、列車の音が聞こえるという噂がある。

そして、誰もいないはずのホームに、誰かが立っていることも。



私は高校時代、この駅を抜けた先の塾に通っていた。
最短ルートを通ろうとすると、どうしても廃駅の裏手の坂道を通らなければならない。

最初は怖かった。だが、通い慣れてくると、それもただの“背景”になっていった。

ある日、塾帰りが遅くなった。
夜の九時半過ぎ。月明かりのない夜で、坂道はまるで井戸の底のように暗かった。

いつもなら自転車で通り抜けるのだが、その日はパンクしてしまい、仕方なく押して帰る途中だった。

廃駅の前を通りかかったときだった。

カン、カン、カン……という音が、闇の中から響いてきた。

最初は気のせいかと思った。だが、確かにあった。
それは“遮断機の音”だった。

ここにはもう遮断機などない。そもそも列車が通る線路も消えかけている。
だというのに、その音は間違いなく、レールの先から響いていた。

私は思わず、自転車を止めて音の方向を見た。

ホームの影に、人影が立っていた。

ベンチのそば、時刻表の真下。
制服のような服を着た誰かが、こちらに背を向けて、じっと線路の先を見ている。

髪が長く、動かない。風もなく、静止していた。

「……誰?」

そう思わず口にした瞬間、カンカンカンという音が急に速くなった。

次の瞬間、音がぴたりと止まった。

風もなく、虫の声も聞こえない夜だった。

だが、その人影だけはまだ動かなかった。

私は一歩、踏み出した。

——そのときだった。

ふいに、「列車の通過音」が響いた。
本来なら通るはずのない場所を、風圧と共に何かがすり抜けていった感覚。

目を閉じたわけでも、倒れたわけでもない。
だが、あまりにリアルだった。

体が動かなかった。

そして音が消えたあと、ホームの上には誰もいなかった。



家に帰ってから、妙なことに気づいた。

制服のポケットに、見慣れない紙片が入っていたのだ。
小さく折りたたまれた、車内検札用の「乗車券」だった。

《くちなし北口 → 不明 1994年3月18日 最終》

印字された文字は赤く滲み、ふちには焦げたような跡があった。

不思議に思って調べてみると、その日付は廃駅となる前の最後の営業日だった。

だが、それだけではない。

くちなし町には、ある「最終列車」に関する記録が残っている。

最後の日、誰か一人の女子生徒が“姿を消した”というのだ。

通学帰りに友人と別れたあと、ホームで誰かを待っている様子を見たという証言。
その後、彼女は戻ってこなかった。

失踪事件として扱われたが、目撃証言も乏しく、やがて風化した。

そして、写真が一枚残っている。

駅の閉鎖前に撮影されたホームのスナップ写真。

そこには、夕焼けを背に、ホームに立つ女子生徒が写っていた。
その制服姿は、私があの夜に見た人影とまったく同じだった。



もう一度だけ、私は廃駅を訪ねた。

朝方だった。日差しの中、ホームは草に埋もれ、鳥の声が響いていた。

誰もいなかった。

ベンチの近くに立ってみると、不意に風が吹いた。
かすかに、制服の裾を揺らすような、冷たい風。

ふと足元を見ると、落ち葉の隙間に何かが光っていた。

小さなピンバッジだった。学校名と、卒業記念の文字が入っている。

私はそっと拾い上げた。

その裏に、ペンで書かれた文字があった。

《また ここで まってる》

たぶん彼女は、いまでも待っている。

廃駅のホームで、通らない最終列車を。
乗れなかった誰かと、もう一度会うために。

——私は、その日から列車の音を耳にしなくなった。

たぶん、誰かがその乗車券を、ようやく受け取ったのだと思う。

(第5話 了)

【あとがき】
本作は「使われなくなった場所」が記憶を留め続けるというテーマで描きました。
時間が止まったホーム、通らない最終列車、それでも立ち続ける人影――
あなたの町にも、似たような“待っている場所”があるかもしれません。

【応援のお願い】
★ブックマークやお気に入り登録・エール(広告視聴)など、いつもありがとうございます。
読者の皆様の応援が、この連作の「次の灯」をともしてくれます。

次回は『風鈴と遺書』――夏のはじまりと、とある祖父の遺品をめぐるお話です。どうぞお楽しみに。









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