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第30話『古写真の家』
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くちなし町の中心街から少し外れた場所に、今はもう誰も住んでいない木造の大きな屋敷がある。
二階建てで瓦屋根は半分崩れ、庭の植木も荒れ放題で、門の木戸は片方が外れていた。
私は仕事でこの町の古地図や資料をまとめていて、その家を調べる必要があった。
町役場で借りた地図には、そこに「旧佐倉邸」と書かれていた。
近くに住む老人によれば、戦前からあった家で、一族は代々この町で商売をしていたが、今は誰も戻ってこないという。
*
調査のため、昼間にその屋敷へ入った。
鍵などとっくに壊れていて、引き戸は力を入れるときしみながら開いた。
埃の匂いと、土壁が湿った匂いが鼻を突く。
玄関の広い土間には、古びた傘立てが残され、傘の骨が錆びて折れ曲がっていた。
奥の座敷に上がると、そこには古い写真がいくつも置かれていた。
床の間の棚、畳の上、破れた襖の陰――。
どれもモノクロで、台紙の角がぼろぼろになっていた。
写真には、この家の住人らしき人々が写っていた。
和服姿の男や女、笑う子供。
だがどの写真にも、必ず一人だけ――顔が塗り潰されている人物がいた。
筆で黒く塗りつぶされ、ただ輪郭だけが残っている。
私は背筋が冷たくなった。
これらの写真を誰が、何のために塗り潰したのだろう。
*
奥の部屋に進むと、薄暗い仏間があった。
仏壇は開け放たれ、位牌や古い供物がそのまま残されていた。
その前に、また一枚、額に入った集合写真が立てかけられていた。
古い家族写真。
並ぶ大人たちの真ん中に、やけに小さな影がいた。
子供かと思ったが、その顔は妙にぼんやりとして、他の人物より輪郭が溶けているようだった。
よく見ると、その影の顔には小さな黒い穴がいくつも開いていた。
目や鼻や口があるべき場所に、虫が食ったような穴が並んでいた。
思わず額を棚に戻すと、その奥から埃にまみれた手鏡が転がり落ちた。
反射的に拾い上げると、その鏡に映った自分の肩越し――
誰かがこちらを覗き込んでいた。
長い髪が垂れ、顔の部分だけがぼんやりと闇に溶けていた。
*
鏡を取り落とし、その音が部屋に反響した。
息を荒げ、振り返ったがそこには誰もいなかった。
ただ、仏間の襖がいつの間にか少しだけ開いていた。
風もないのに、黒い隙間がこちらを誘うように揺れていた。
私は逃げるように屋敷を出た。
*
家に戻り、資料整理のためにカメラを確認すると、撮った覚えのない写真が一枚だけ増えていた。
それはあの仏間の奥からこちらを見た構図。
襖の隙間から誰かがこちらを覗いていた。
ぼんやりとした輪郭、闇に滲む白い頬、そして黒い穴のような目。
カメラをテーブルに投げ出した瞬間、背後でふっと冷たい風が吹いた。
思わず振り返ると、暗い廊下の奥に、小さな影が立っていた。
頭の中で声がした。
「……また いっしょに うつろうね」
電気を点けると影は消えていた。
ただ床に、埃にまみれた古い家族写真が一枚落ちていた。
そこには、知らないはずの私が写っていた。
他の人々と並んで、黒く塗り潰された顔で。
二階建てで瓦屋根は半分崩れ、庭の植木も荒れ放題で、門の木戸は片方が外れていた。
私は仕事でこの町の古地図や資料をまとめていて、その家を調べる必要があった。
町役場で借りた地図には、そこに「旧佐倉邸」と書かれていた。
近くに住む老人によれば、戦前からあった家で、一族は代々この町で商売をしていたが、今は誰も戻ってこないという。
*
調査のため、昼間にその屋敷へ入った。
鍵などとっくに壊れていて、引き戸は力を入れるときしみながら開いた。
埃の匂いと、土壁が湿った匂いが鼻を突く。
玄関の広い土間には、古びた傘立てが残され、傘の骨が錆びて折れ曲がっていた。
奥の座敷に上がると、そこには古い写真がいくつも置かれていた。
床の間の棚、畳の上、破れた襖の陰――。
どれもモノクロで、台紙の角がぼろぼろになっていた。
写真には、この家の住人らしき人々が写っていた。
和服姿の男や女、笑う子供。
だがどの写真にも、必ず一人だけ――顔が塗り潰されている人物がいた。
筆で黒く塗りつぶされ、ただ輪郭だけが残っている。
私は背筋が冷たくなった。
これらの写真を誰が、何のために塗り潰したのだろう。
*
奥の部屋に進むと、薄暗い仏間があった。
仏壇は開け放たれ、位牌や古い供物がそのまま残されていた。
その前に、また一枚、額に入った集合写真が立てかけられていた。
古い家族写真。
並ぶ大人たちの真ん中に、やけに小さな影がいた。
子供かと思ったが、その顔は妙にぼんやりとして、他の人物より輪郭が溶けているようだった。
よく見ると、その影の顔には小さな黒い穴がいくつも開いていた。
目や鼻や口があるべき場所に、虫が食ったような穴が並んでいた。
思わず額を棚に戻すと、その奥から埃にまみれた手鏡が転がり落ちた。
反射的に拾い上げると、その鏡に映った自分の肩越し――
誰かがこちらを覗き込んでいた。
長い髪が垂れ、顔の部分だけがぼんやりと闇に溶けていた。
*
鏡を取り落とし、その音が部屋に反響した。
息を荒げ、振り返ったがそこには誰もいなかった。
ただ、仏間の襖がいつの間にか少しだけ開いていた。
風もないのに、黒い隙間がこちらを誘うように揺れていた。
私は逃げるように屋敷を出た。
*
家に戻り、資料整理のためにカメラを確認すると、撮った覚えのない写真が一枚だけ増えていた。
それはあの仏間の奥からこちらを見た構図。
襖の隙間から誰かがこちらを覗いていた。
ぼんやりとした輪郭、闇に滲む白い頬、そして黒い穴のような目。
カメラをテーブルに投げ出した瞬間、背後でふっと冷たい風が吹いた。
思わず振り返ると、暗い廊下の奥に、小さな影が立っていた。
頭の中で声がした。
「……また いっしょに うつろうね」
電気を点けると影は消えていた。
ただ床に、埃にまみれた古い家族写真が一枚落ちていた。
そこには、知らないはずの私が写っていた。
他の人々と並んで、黒く塗り潰された顔で。
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