星降る森で、猫と過ごす癒しのスローライフ

第4話 迷い子の森

森は、村のすぐ隣にあるというのに、少し歩くだけで音が消えてしまう。
鳥の声も人の話し声も届かない、静かな緑の回廊。

少女はゆっくりと歩いていた。
背中まで届く髪は漆黒で、その奥にわずかに覗く赤い角を、フードで隠している。

彼女は魔族の血を引いていた。
母は人間、父は遠い北方から来た魔族の旅人。
村で生まれたが、幼い頃から周囲と溶け合うことができなかった。

「……」

小さく息をつくと、森の匂いが胸に満ちた。
湿った木の皮の香り。柔らかい苔と、どこか冷たい花の匂い。

足元に何かが触れた。
はっとして見ると、小さな灰色の猫がこちらを見上げていた。

「……あなた、ルチル？」

その名を呼ぶのは、森の子供たちが教えてくれたからだ。
灰色の小柄な猫が森にはいて、時々額に星を灯すのだと。

ルチルは返事をするわけでもなく、ただ小さく尻尾を動かした。
そして少女の足元に擦り寄り、鼻先をマントの裾に押し当てた。

「……なに？」

戸惑いながらも、少女はしゃがみ込み、恐る恐るルチルの頭を撫でた。
柔らかな毛が指の間をすり抜け、少しだけ暖かい体温が伝わる。

ずっと、人に触れるのが怖かった。
けれど猫にはそうした躊躇がない。
額の小さな痕をこちらに向け、ただ撫でられることを待っている。

その様子がひどく愛おしくて、胸が詰まった。

「……ありがとう」

言葉にすると、涙が出そうになって慌てて拭った。
ルチルは小さく鳴くと、彼女の手に額を強く押し当てた。

その瞬間、森の奥で何かがふっと光る気配がした。

星猫の夜が近づいている。