星降る森で、猫と過ごす癒しのスローライフ

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第18話 また小さな日常へ

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神殿を後にした旅の女は、市場へ続く道をゆっくりと歩いた。

森の木々は昼の陽射しをたっぷりと抱え込み、その枝先を揺らしながら葉の影を作っていた。
足元には昨日落ちたばかりの葉が幾枚も転がっていて、踏むたびに小さな音を立てる。

市場の入口に差しかかると、今日もまたいつもの声が聞こえた。

「こらプティ!またそれ持って行くんじゃないよ!」

果物屋の女主の声と、それに応えるように駆けていく小さな足音。
三毛のプティが小さな籠から葡萄を一粒転がし、尻尾を高く掲げて市場の外れへ逃げていった。

「相変わらずね……」

思わず声を零すと、果物屋の女主がこちらを振り返った。

「あんたのせいだよ!あの子、あんたがここにいるようになってから余計図々しくなった」

「そうかしら……?」

「ふふ、冗談だよ。……でもきっと、あの子なりに嬉しいんだろうね。また一人、この森に根を下ろす人が増えたのが」

女は少し照れくさくなって、小さく笑った。

そのあと籠に葡萄をいくつか買い足して、市場を歩く。
小さな菓子屋の屋台では、子供が列を作って焼きたての菓子を待っていた。
その足元を灰色のルチルが歩いていて、時折子供に撫でられながらも、尾を立てて誇らしそうに歩いていた。

「ルチル……」

声をかけると、ルチルは小さく鳴き、こちらへ近づいてきた。
膝を折って手を差し出すと、額をそっと手のひらに押し当てる。

その柔らかな仕草に胸の奥がくすぐったくなって、思わず笑みがこぼれた。

森へ戻ると、どこかで白猫のミルが香の匂いを纏って歩いている気がした。
巫女リルサがまた神殿で香を焚き、ミルがその膝で目を細めているのだろう。

「この森は……不思議ね」

女は小さく呟いた。

何かが劇的に変わるわけではない。
でも毎日少しずつ、胸の奥が軽くなっていく。
長い旅の中で蓄積した痛みが、猫たちに撫でられるたびに小さくほどけていく。

宿に戻ると、老主人が猫用の小さな皿を用意していた。

「またノワールが来ていたでしょう」

「ああ、ええ。あの黒猫は賢いですからな」

「……ノワールも、きっと」

そう言いかけてやめた。
その続きをうまく言葉にできなかった。

夜、部屋の窓を開けると、森の奥が少しだけ光って見えた。
それは星晶石がわずかに脈動する光かもしれないし、また別の小さな奇跡かもしれない。

「ノワール……ルチル……プティ……ミル……」

小さく名前を呼ぶと、夜気が胸の奥まで入り込み、静かに何かを癒した。

この森でなら、きっと大丈夫だ。
そう思える自分が少し不思議だった。

そしてまたそっと目を閉じた。
次の星猫の夜を、心のどこかで楽しみにしている自分に気づきながら。
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