星降る森で、猫と過ごす癒しのスローライフ

第118話「夜と光の狭間で、響く約束」

深夜を過ぎ、展望台に吹く風がしっとりと冷たかった。
旅の女は、猫たちの誰もいない静かな森を見下ろしていた。
星々は瞬き、風は木々を揺らし、森はまだ眠りの中にあるようだった。

だが――気配ははっきりしていた。
南の丘の向こうで、無数の足音が砂を踏むように響いていた。
静寂に混じる微かなリズムは、この森がただの静かな夜ではないことを告げる。

（来ている……）

胸の奥の灯がそっと脈を打った。
猫たちがこの夜を迎えるために何を選ぶのか――その答えが、今夜の闇に問われている。

◆森の陽光――侵入者の気配
深い闇を裂いて、一筋の光が差し込んだ。
ソルヴァンの率いる神犬族が、森の縁を静かに侵食し始めていた。

赤い瞳を光らせる彼らは、木々の影に身を潜めながら、規律正しい列を成していた。
歩を進めるたび、乾いた砂のような足音が忍び寄る。
胸の奥に、ゾクリとした熱が通り過ぎた。

（彼らが――太陽の神の眷属か）

旅の女は静かに息を整えた。
森の夜を守ってきた猫たちの目に、太陽の気配が侵入する。
それは祝福か、試練か、それとも――対峙すべき脅威なのか。

◆アーシャの誓いとミールの囁き
朝の遊び場で、アーシャがひっそりつぶやいた。

「……この痛みは、もう二度と欲しくない。でも、守るには、立たねば」

彼女が背に抱える傷跡を、月光が淡く照らしている。
それは過去の苦しみと、これからの決意を映していた。

ミールがそっと擦り寄り、静かに耳を傾ける。

「アーシャは、もうひとりじゃない。灯の群れの中にいる」

ミールは透明な毛のなびきで、夜風を呼び寄せるように語る。
あの夢で見た自分の名前を口にするような、不思議な確信とともに。

二人は小さく頷き合った。
そして、回廊の端に集まる他の猫たちを見つめた。

種を蒔き、橋を組み、星晶石を磨いて作った「家」がある。
そこを守るためなら、どれだけの闇が来ようとも――。

◆旅の女の祈りと星の答え
展望台に戻った旅の女は、静かに胸に手を添えて空を見上げた。
星神アステリアの声が、波紋のように心を満たす。

『光と闇は常に寄り添う。
太陽が昇るとき、夜は消えゆく――
されど、夜の灯がある限り、
真昼の光もまた、影を見ることができるだろう。』

胸の奥の灯は、深く、確かに脈打った。
それは猫たちの夜であり、森の名であり、旅の女自身の命の証でもあった。

（怯れずに……この光にも、闇にも、私たちは居ていいのだ）

◆森の境界線――初めての接近
夜半、神犬族が森へ一歩踏み込む。
その光景はまるで、炎の中に犬の影が揺れるようだった。

金色の毛並みに夜の影が重なる。
ソルヴァンはその列の最前にいて、赤い瞳で星空を仰いでいるようにも見えた。

彼の背には絞り立つ筋、そして凛とした佇まい。
それは森の生き物たちにとって、恐怖にも期待にも見える。

背後の犬たちが静かに吠え、森の木々がその音を反響させる。

◆交差する蓋――猫と犬の対話
そのときだった。

回廊の上から、数匹の猫が姿を現した。
ミルが最前に出る。真っ直ぐにソルヴァンと目を合わせて。

「――ようこそ、森へ」

言葉を話さないミルの目に、火のような強い意思がある。
ソルヴァンは眉をひそめ、奥歯をきしらせる。

「猫の王女が、こんな深夜に」

シルエットは完全に“話す犬”の輪郭だった。
声の先には、規律と光の重みが混じっている。

ミルが小さく微笑んで答える。

「祭りを見てくれたんだね。でも、来訪の理由は？」

緊張が森を凍らせる瞬間、ソルヴァンが静かに答えた。

「平和を見極めに来た。貴方たちの灯は、太陽の光とも競合しないか？」

ミルは動じず、真っ直ぐに答えた。

「競合なんて。光は光を拒まない。夜の都にも、昼の国にも、灯は必要だよ」

◆決意の灯――夜の祈り
旅の女は展望台からその光景を見守り、静かに詩のように囁いた。

『両極が交差する場所には、
いつも、新たな灯が生まれる。
夜と光の狭間に、
星のように揺れる、
猫の約束があるのだ。』

胸の奥の灯が熱を帯び、回廊全体へ波紋を送った。
星晶石が柔らかく輝き始め、森の葉がざわめく。

ソルヴァンが少し眉を緩め、小さく頷いた。

◆夜明け前、蘇る未来
森の境界には、静かな均衡が芽吹きはじめていた。
猫と犬、夜と光、静と動——それらが交錯する場所に、静かなる対話が生まれたのだ。

夜更けの鳥が一羽、森の奥で鳴いた。
その音が、誰にも咎められることなく、響いていった――