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第12話:小さな弟子と、大きな騎士
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店の戸口から春の風が吹き込み、棚の上の花びらを軽く揺らした。
お菓子の香りに混じって、草の匂いや土の匂いまでが心地よく店を包む。
そんな昼下がりだった。
「お姉さん……わたしも、お菓子作ってみたいな」
ミルフィがぽつりとそう言った。
小さな手は前でぎゅっと握られ、視線はおそるおそるこちらを伺っている。
「……わたしも、お姉さんみたいに誰かを笑顔にしてみたいの」
その瞳は、昨日までよりずっと真剣で、胸をきゅっと掴まれるようだった。
「いいわよ、ミルフィ。今日からあなたは私の弟子ね」
そう言って軽く頭に手を置くと、ミルフィはぱあっと顔を輝かせた。
「ほんとに? ほんとに?」
「ええ、まずはテーブルに粉を広げるところから。汚れてもいい服を着てきてね」
「うんっ!」
それからしばらくは店の中がちょっとした騒ぎだった。
小麦粉はテーブルからこぼれて床を白く染め、ミルフィの頬にも可愛らしく粉がついた。
「もう、ほっぺ真っ白よ」
指先でそっと拭ってやると、ミルフィはむずがゆそうに笑って頬を押さえた。
そんな様子を、いつの間にか店に来ていたレオニードが不思議そうに見つめていた。
「……何をしているんだ?」
「ミルフィの初レッスンよ。クッキーを作るの」
私が笑うと、レオニードはごくりと喉を鳴らした。
「……そ、それは、その……できたら、俺も」
「食べてくれるの?」
「……ああ」
頷くその顔はいつもよりずっと硬かったけれど、耳が少し赤くなっている。
(この人、本当にお菓子が好きなのね)
やがて焼き上がったクッキーをミルフィが恐る恐る差し出した。
「騎士様、わたしが作ったんだよ。……へたっぴかもしれないけど……」
レオニードは黙ってそれを受け取り、ひと口かじった。
少しの間、重い沈黙が流れる。
「……美味い」
低く短いその言葉に、ミルフィはぱっと顔を輝かせた。
「ほんと? ほんとに美味しい?」
「ああ。少し焦げてるが……優しい味だ」
レオニードはどこか恥ずかしそうに視線を外した。
(この店は、やっぱりただの店じゃない)
お菓子を通して、子どもたちが笑い、無骨な騎士が少しずつ心を解きほぐしていく。
この場所は、きっと誰にとっても大切なものになっていくのだろう。
お菓子の香りに混じって、草の匂いや土の匂いまでが心地よく店を包む。
そんな昼下がりだった。
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その瞳は、昨日までよりずっと真剣で、胸をきゅっと掴まれるようだった。
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「ほんとに? ほんとに?」
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そんな様子を、いつの間にか店に来ていたレオニードが不思議そうに見つめていた。
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私が笑うと、レオニードはごくりと喉を鳴らした。
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「食べてくれるの?」
「……ああ」
頷くその顔はいつもよりずっと硬かったけれど、耳が少し赤くなっている。
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やがて焼き上がったクッキーをミルフィが恐る恐る差し出した。
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レオニードは黙ってそれを受け取り、ひと口かじった。
少しの間、重い沈黙が流れる。
「……美味い」
低く短いその言葉に、ミルフィはぱっと顔を輝かせた。
「ほんと? ほんとに美味しい?」
「ああ。少し焦げてるが……優しい味だ」
レオニードはどこか恥ずかしそうに視線を外した。
(この店は、やっぱりただの店じゃない)
お菓子を通して、子どもたちが笑い、無骨な騎士が少しずつ心を解きほぐしていく。
この場所は、きっと誰にとっても大切なものになっていくのだろう。
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