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第24話:夜を越えて、近づく鼓動
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それは夕暮れも過ぎ、通りに灯るランタンが少しずつ増え始めたころだった。
店を閉める準備をしていると、外を歩く人々が小さな声でひそひそと話しているのが聞こえた。
「昨夜、また泥棒が出たんですって……」
「このあたりも気をつけた方がいいわね」
その声を耳にして、胸が少しだけ不安に揺れた。
(この店にはお金らしいお金なんてそんなにないのに……でも、物騒な話ね)
ミルフィも少し怖がるように私の袖をつまんだ。
「お姉さん、大丈夫かな……」
「平気よ。ちゃんと戸締りをしっかりしておくから」
そう微笑んで見せたけれど、胸の奥はやはり少しだけざわざわしていた。
戸締りを終え、店の中の蝋燭をひとつずつ消していく。
そのとき。
「……灯りを消すには、まだ早い」
不意に低い声が背後から聞こえ、驚いて振り返ると――そこにはレオニードが立っていた。
「き、騎士様……どうしてこんな時間に?」
「町の見回りをしていたら……お前の店の前を通った」
少し言葉を探すように視線を泳がせ、それから低く息を吐く。
「……泥棒が出たと聞いた。ここに誰もいないのは不安だ」
(心配して来てくれたんだ……)
胸がじんわりと熱くなる。
「……ありがとう。でも、騎士様に迷惑をかけるわけには……」
「迷惑などではない」
きっぱりとした声。
「ここにいる方が……俺が、安心する」
またその言葉。
不意に胸の奥が強く波打ち、思わず言葉を失った。
その夜、レオニードは本当にずっと店の外に立っていてくれた。
私は何度も「中に入って休んで」と言ったけれど、そのたびに「外を見ている方がいい」と頑なだった。
店の中から窓越しにその背中を見つめると、大きな影が街灯に伸びて、心強いような、でもくすぐったいような気持ちになった。
夜も深くなり、人通りは完全になくなった。
私はそっと店の戸を開け、小さく声をかけた。
「少しだけ、座っていってくれない?」
レオニードは一瞬黙ってから、少しだけ逡巡するように視線を逸らし、それからゆっくり店に入ってきた。
静かな店内。
蝋燭を一つだけ灯すと、小さな炎がレオニードの頬を優しく照らした。
無骨な鎧に覆われているはずの彼が、今は少し頼りなく見える。
「……寒くない?」
「……いや」
短いやり取り。
けれどその間も、お互いの鼓動が妙に大きく響いている気がした。
しばし沈黙。
ふいにレオニードが、小さな声で呟いた。
「……こうしていると、お前の笑い声が……遠くで聞こえる」
「え……?」
「子どもたちと話す声。ミルフィとふざけ合う声。……それを思い出す」
硬い瞳が、蝋燭の光に微かに揺れる。
「戦場で剣を持っていたときには……決して知らなかった音だ」
(そんな風に……私のことを)
胸がまたぎゅっと痛くなって、けれど同時にとても温かくなった。
「……これからは、いつでも聞いてほしいわ。私の声も、みんなの声も」
そっと言葉にすると、レオニードは少しだけ目を見開き、それからぎこちなく、でもはっきりと頷いた。
「……ああ」
夜が深まり、外はすっかり静まり返っている。
けれどその静寂は、不安ではなく、どこか柔らかく包んでくれるようだった。
(こうやって少しずつ……私たちは近づいていくんだわ)
胸の奥にそっと手を当て、波打つ鼓動を確かめる。
蝋燭の小さな炎が揺れるたび、その暖かさがますます増していくようだった。
店を閉める準備をしていると、外を歩く人々が小さな声でひそひそと話しているのが聞こえた。
「昨夜、また泥棒が出たんですって……」
「このあたりも気をつけた方がいいわね」
その声を耳にして、胸が少しだけ不安に揺れた。
(この店にはお金らしいお金なんてそんなにないのに……でも、物騒な話ね)
ミルフィも少し怖がるように私の袖をつまんだ。
「お姉さん、大丈夫かな……」
「平気よ。ちゃんと戸締りをしっかりしておくから」
そう微笑んで見せたけれど、胸の奥はやはり少しだけざわざわしていた。
戸締りを終え、店の中の蝋燭をひとつずつ消していく。
そのとき。
「……灯りを消すには、まだ早い」
不意に低い声が背後から聞こえ、驚いて振り返ると――そこにはレオニードが立っていた。
「き、騎士様……どうしてこんな時間に?」
「町の見回りをしていたら……お前の店の前を通った」
少し言葉を探すように視線を泳がせ、それから低く息を吐く。
「……泥棒が出たと聞いた。ここに誰もいないのは不安だ」
(心配して来てくれたんだ……)
胸がじんわりと熱くなる。
「……ありがとう。でも、騎士様に迷惑をかけるわけには……」
「迷惑などではない」
きっぱりとした声。
「ここにいる方が……俺が、安心する」
またその言葉。
不意に胸の奥が強く波打ち、思わず言葉を失った。
その夜、レオニードは本当にずっと店の外に立っていてくれた。
私は何度も「中に入って休んで」と言ったけれど、そのたびに「外を見ている方がいい」と頑なだった。
店の中から窓越しにその背中を見つめると、大きな影が街灯に伸びて、心強いような、でもくすぐったいような気持ちになった。
夜も深くなり、人通りは完全になくなった。
私はそっと店の戸を開け、小さく声をかけた。
「少しだけ、座っていってくれない?」
レオニードは一瞬黙ってから、少しだけ逡巡するように視線を逸らし、それからゆっくり店に入ってきた。
静かな店内。
蝋燭を一つだけ灯すと、小さな炎がレオニードの頬を優しく照らした。
無骨な鎧に覆われているはずの彼が、今は少し頼りなく見える。
「……寒くない?」
「……いや」
短いやり取り。
けれどその間も、お互いの鼓動が妙に大きく響いている気がした。
しばし沈黙。
ふいにレオニードが、小さな声で呟いた。
「……こうしていると、お前の笑い声が……遠くで聞こえる」
「え……?」
「子どもたちと話す声。ミルフィとふざけ合う声。……それを思い出す」
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「戦場で剣を持っていたときには……決して知らなかった音だ」
(そんな風に……私のことを)
胸がまたぎゅっと痛くなって、けれど同時にとても温かくなった。
「……これからは、いつでも聞いてほしいわ。私の声も、みんなの声も」
そっと言葉にすると、レオニードは少しだけ目を見開き、それからぎこちなく、でもはっきりと頷いた。
「……ああ」
夜が深まり、外はすっかり静まり返っている。
けれどその静寂は、不安ではなく、どこか柔らかく包んでくれるようだった。
(こうやって少しずつ……私たちは近づいていくんだわ)
胸の奥にそっと手を当て、波打つ鼓動を確かめる。
蝋燭の小さな炎が揺れるたび、その暖かさがますます増していくようだった。
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