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第1話 婚約破棄、その夜に処方された真実
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「リーナ・アークレイン。君との婚約を、ここに破棄する」
その言葉は、まるで舞踏会の一場面のように響いた。けれど、そこに浮かぶのは祝福ではなく、憐憫と侮蔑だ。
場所は王宮の迎賓室。煌びやかな灯りが天井から垂れ下がり、参列者たちは驚愕の面持ちで固まっていた。
「理由は……?」
問いかけた私の声は、思ったよりも冷静だった。
「君は、王太子妃にはふさわしくない。義妹のカティアの方が、ずっと……温和で、社交界にも受けがいい」
フロリウス王子。十歳の頃から政略の道具として共に過ごした、婚約者。
その彼が選んだのは、私の義妹。私の地位と立場を虎視眈々と狙っていた女。
「そう……お気の召すままに」
それだけ言って、私は一礼をして退いた。
涙など、出なかった。驚きも、怒りもない。
この瞬間を、私はずっと待っていたのだ。
──これで、自由だ。
貴族令嬢として育てられ、王太子の婚約者として監視され続けてきた十年。
その裏で私は、誰にも知られずに鍛えてきたものがある。
それは、前世の知識。
私は元々、前世で薬剤師だった。重病の母を看取り、自らも薬草と生きた。
その知識を引き継ぎ、魔力と掛け合わせて秘かに育てたスキル《調薬術》は、いまや国家レベルの宝だった。
けれど、それを王子には一度も見せなかった。
義妹にだけは、絶対に知られてはならなかった。
理由は簡単。
──悪意ある者が、手にしてはいけない力だから。
◆ ◆ ◆
私は城を出ると、馬車も呼ばず、ただ薄明かりの中を歩いて屋敷に戻った。
迎えに出た侍女たちは目を逸らし、屋敷の者たちは小さく笑った。
「どうやら、捨てられたらしいわね」
「ふん、もともと無愛想だったし当然だわ」
その声は、よく通る。わざと聞こえるようにしているのだ。
けれど、私は黙っていた。
答える価値も、ない。
部屋に戻ると、私は化粧を落とし、身軽な服に着替えた。
そして、戸棚の奥から銀の鍵を取り出す。
「今夜、すべてを終わらせましょう」
私は屋敷の裏手にある温室へと足を運んだ。
貴族の嗜みとされる“園芸趣味”──それが、私に与えられた唯一の自由だった。
だがこの温室の実態は、国家にも知られていない薬草研究所。
前世で習得した薬草学と、現世の魔法を融合させた私だけの秘密の場所。
瓶、薬草、魔法陣。
私は手際よく材料を揃え、調合を始める。
──出来上がるのは、《真実の霧》。
それを浴びた者は、己の言葉に“偽り”があれば、その瞬間、声が震え、瞳が赤く染まる。
王家が使う“尋問魔法”と同等の効力を持つが、感覚的な負担がないため、市場では禁忌扱いになっている。
私はそれを十瓶、用意した。
そして明日、カティアと王子が主催する“婚約お披露目会”の会場に……密かに持ち込むつもりだった。
ざまぁなど、わざわざ口にするものではない。
けれど――
暴かれた嘘は、それだけで十分に価値がある。
◆ ◆ ◆
夜が明けた。私は侍女を退け、礼服に着替える。
誰にも言わず、静かに王宮へと向かう。
お披露目会の広間には、すでに多数の貴族たちが集まっていた。
王子とカティアは中央の台座に並び、幸福そうに微笑んでいる。
その姿はまるで、最上の勝者。
私はその場に、そっと小瓶を仕掛けた。
しばらくして、祝辞の場が始まった。
「この度、私たちは婚約いたしました──」
カティアが笑顔で語りかける。
けれど、次の瞬間。
彼女の声が、微かに震えた。
貴族たちのざわめきが広がる。
「リーナ姉さまは、自ら身を引いてくださったのです。私は、何もしていません……っ」
言葉と裏腹に、カティアの瞳が赤く染まっていた。
“嘘だ”と、魔法が告げていた。
ざわつく貴族たち。騒ぎ立てる記者。
王子の顔が青ざめる。
「何を……貴様……まさか、リーナ! お前の仕業か!」
私はその視線を、正面から受け止めて微笑んだ。
「まあ、私は“ただの辺境の薬草好き”ですから。まさか“真実の霧”なんて使いませんよ?」
毒を含んだ言葉に、貴族たちはどっと笑った。
すでに、逆転は始まっている。
◆ ◆ ◆
その夜、私は荷物をまとめ、父の知人が治める辺境領へと旅立った。
そこで私を待っていたのは、第二の人生。
薬草と静かな日々。
そして、ある青年との出会い。
──それは、のちに私の運命を大きく変えることになるのだけれど。
けれど今は、ただ。
この静寂と自由を、胸いっぱいに吸い込んでいた。
──ざまぁの処方箋は、完成したばかり。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただきありがとうございます。
王道の婚約破棄×ざまぁものですが、今回は薬師スキルを使った“静かな復讐”で始めてみました。
ここからは新天地での生活と、再会や恋の芽吹きなども丁寧に描いていきます。
ご感想・フォロー・お気に入りが励みになります!
次回もぜひ、よろしくお願いいたします。
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その言葉は、まるで舞踏会の一場面のように響いた。けれど、そこに浮かぶのは祝福ではなく、憐憫と侮蔑だ。
場所は王宮の迎賓室。煌びやかな灯りが天井から垂れ下がり、参列者たちは驚愕の面持ちで固まっていた。
「理由は……?」
問いかけた私の声は、思ったよりも冷静だった。
「君は、王太子妃にはふさわしくない。義妹のカティアの方が、ずっと……温和で、社交界にも受けがいい」
フロリウス王子。十歳の頃から政略の道具として共に過ごした、婚約者。
その彼が選んだのは、私の義妹。私の地位と立場を虎視眈々と狙っていた女。
「そう……お気の召すままに」
それだけ言って、私は一礼をして退いた。
涙など、出なかった。驚きも、怒りもない。
この瞬間を、私はずっと待っていたのだ。
──これで、自由だ。
貴族令嬢として育てられ、王太子の婚約者として監視され続けてきた十年。
その裏で私は、誰にも知られずに鍛えてきたものがある。
それは、前世の知識。
私は元々、前世で薬剤師だった。重病の母を看取り、自らも薬草と生きた。
その知識を引き継ぎ、魔力と掛け合わせて秘かに育てたスキル《調薬術》は、いまや国家レベルの宝だった。
けれど、それを王子には一度も見せなかった。
義妹にだけは、絶対に知られてはならなかった。
理由は簡単。
──悪意ある者が、手にしてはいけない力だから。
◆ ◆ ◆
私は城を出ると、馬車も呼ばず、ただ薄明かりの中を歩いて屋敷に戻った。
迎えに出た侍女たちは目を逸らし、屋敷の者たちは小さく笑った。
「どうやら、捨てられたらしいわね」
「ふん、もともと無愛想だったし当然だわ」
その声は、よく通る。わざと聞こえるようにしているのだ。
けれど、私は黙っていた。
答える価値も、ない。
部屋に戻ると、私は化粧を落とし、身軽な服に着替えた。
そして、戸棚の奥から銀の鍵を取り出す。
「今夜、すべてを終わらせましょう」
私は屋敷の裏手にある温室へと足を運んだ。
貴族の嗜みとされる“園芸趣味”──それが、私に与えられた唯一の自由だった。
だがこの温室の実態は、国家にも知られていない薬草研究所。
前世で習得した薬草学と、現世の魔法を融合させた私だけの秘密の場所。
瓶、薬草、魔法陣。
私は手際よく材料を揃え、調合を始める。
──出来上がるのは、《真実の霧》。
それを浴びた者は、己の言葉に“偽り”があれば、その瞬間、声が震え、瞳が赤く染まる。
王家が使う“尋問魔法”と同等の効力を持つが、感覚的な負担がないため、市場では禁忌扱いになっている。
私はそれを十瓶、用意した。
そして明日、カティアと王子が主催する“婚約お披露目会”の会場に……密かに持ち込むつもりだった。
ざまぁなど、わざわざ口にするものではない。
けれど――
暴かれた嘘は、それだけで十分に価値がある。
◆ ◆ ◆
夜が明けた。私は侍女を退け、礼服に着替える。
誰にも言わず、静かに王宮へと向かう。
お披露目会の広間には、すでに多数の貴族たちが集まっていた。
王子とカティアは中央の台座に並び、幸福そうに微笑んでいる。
その姿はまるで、最上の勝者。
私はその場に、そっと小瓶を仕掛けた。
しばらくして、祝辞の場が始まった。
「この度、私たちは婚約いたしました──」
カティアが笑顔で語りかける。
けれど、次の瞬間。
彼女の声が、微かに震えた。
貴族たちのざわめきが広がる。
「リーナ姉さまは、自ら身を引いてくださったのです。私は、何もしていません……っ」
言葉と裏腹に、カティアの瞳が赤く染まっていた。
“嘘だ”と、魔法が告げていた。
ざわつく貴族たち。騒ぎ立てる記者。
王子の顔が青ざめる。
「何を……貴様……まさか、リーナ! お前の仕業か!」
私はその視線を、正面から受け止めて微笑んだ。
「まあ、私は“ただの辺境の薬草好き”ですから。まさか“真実の霧”なんて使いませんよ?」
毒を含んだ言葉に、貴族たちはどっと笑った。
すでに、逆転は始まっている。
◆ ◆ ◆
その夜、私は荷物をまとめ、父の知人が治める辺境領へと旅立った。
そこで私を待っていたのは、第二の人生。
薬草と静かな日々。
そして、ある青年との出会い。
──それは、のちに私の運命を大きく変えることになるのだけれど。
けれど今は、ただ。
この静寂と自由を、胸いっぱいに吸い込んでいた。
──ざまぁの処方箋は、完成したばかり。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
お読みいただきありがとうございます。
王道の婚約破棄×ざまぁものですが、今回は薬師スキルを使った“静かな復讐”で始めてみました。
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