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第16話 薬草祭の誓いと、未来への処方箋
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春の陽気をまとった朝――
薬庭の花々が、淡い光に揺れている。
記名薬庵の前には、木漏れ日と、訪れる人々の期待が入り混じる穏やかな空気が包まれていた。
その日は、年に一度の“薬草祭”。
この薬庵が地域の人々に開かれる大切な日となっていた。
リーナは北側の花壇で、薬草の手入れをしていた。
静かに根を整理し、土に触れて、草の名前をひとつずつ呟く。
「名戻し草……記憶織りの花……希望の薔薇……」
手の中に、いくつかの小さな芽が芽吹いていた。
それは、記名薬庵のために特別に育てた新種の薬草である。
「――今年は、この芽をみんなに配りたいわ」
ふと隣に気配を感じて、リーナは顔を上げた。
そこには、アシュレイとアリウス、ジークが並んで立っている。
「リーナ……俺たちは手伝うよ。全部」
アシュレイの瞳に、決意の光が宿っていた。
アリウスも、静かに言った。
「この薬庵は、王家と民の架け橋だ。俺も“名を呼ばれる者”として、支えたい」
「私も――」
ジークは少し照れたように笑い、リーナに差し出した手には、作りかけの小道具屋台案が載った図面があった。
「薬草に名前を付けて、それを香水にする体験屋台です。
“名を香りにする”って、なんだか素敵でしょ?」
それぞれの想いが、花壇の上でふわりと浮かんだ。
「ありがとう。……私、一人じゃできなかったわ」
リーナは小さく息を吐いた。
この庵と祭りに込められた願いは、遠く王都から人々を呼び、傷ついた心を名前という処方で癒すこと。
◆ ◆ ◆
開祭の鐘が鳴ると、村人たちが徐々に集まり始めた。
薬草見本市、調合体験、記名ノートのコーナー、香りの小瓶作り――
子供たちは芽のひとつひとつに、好きな名前をつけて笑い、
親はそれを見て微笑む。
年老いた夫婦は、再びお互いの名を呼び合っていた。
「△△さん……じゃ、どうかしら?」「そうね、その名なら懐かしいわ」
そうして、薬草祭はゆるやかに、温かく進んでいく。
その合間を縫って、アリウスは王家を代表して来賓挨拶に立った。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。
王家を代表して、感謝申し上げます」
集まった人々から拍手と笑顔が返る。
リーナの隣に立ちながら、彼はそっと言った。
「――君が植えた芽にはね、『再会』って名前をつけたよ」
リーナの頬が火照る。
香りにも似た幸福が、胸の奥からゆっくり広がっていく。
◆ ◆ ◆
祭りの折り返し地点――
リーナのテントには、“記名薬草の処方相談”の行列ができていた。
その列の最前には、義妹カティアがいた。
手に提げた芽には、小さく『姉』と書かれている。
リーナは静かに彼女を迎え、芽の名札を指先で撫でた。
「カティア……あなたは、姉の名を取り戻したのね」
義妹はうつむいて頬を赤らめた。
「この名前をつけたのは、母さんです。
『娘たちには、ほんとうの名を思い出してほしい』って……」
リーナは深く頷いた。
「そうね。姉妹だからできる処方って、きっとあるはずよ」
そう言って、二人は小さな芽に向き合う。
◆ ◆ ◆
日が傾き、祭りの灯りがともり始めた頃――
最後のセレモニー、“誓いの詩”の時間がやってきた。
壇上にはキャンドルと、芽一つ。
村長が祭りの始まりを告げると、皆は静かに見守った。
リーナが中央に立ち、一冊の詩集を手にする。
「これは、心に名を呼ぶための詩です。
生まれた時の名前、呼ばれた時の名前、そしてこれからつけられる名前――
そのすべてに祝福を」
彼女が詩を朗読するとき、口調は穏やかで、視線はそれぞれの顔を追っていた。
詩の一節――
_『名は呼ぶために在り、呼ばれるために生きる。
忘れた名は、心の影。
取り戻された名は、魂の光。』_
読み終えると、村人たちは静かに一斉に芽の鉢を掲げた。
「私は〇〇と――」「俺は××であり続ける」「私は、また“母の息子”として――」
それは、小さな誓いの瞬間だった。
◆ ◆ ◆
祭りが終わりに近づくと、四人は縁側で余韻を噛みしめていた。
「今日は、自分の名を取り戻せた人、たくさん見かけた」
アリウスがひと言。
「俺もね……王太子としてではなく、“だれかの誰か”と呼ばれる心地良さを、決して忘れたくない」
その言葉に、リーナはそっと寄り添った。
「それなら……“私”と、呼んでほしいな」
アリウスは笑ってうなずいた。
その笑顔に、風鈴がひとつ、清らかな音を鳴らす。
◆ ◆ ◆
夜になり、薬庵は静けさに包まれていた。
けれど、窓の向こうには月明かりに照らされた薬庭が美しく光っている。
リーナは縁側で夜風に当たる。
芽の鉢を手に取り、そっと小声で話しかけた。
「ありがとう……ここまで来れたのは、みんなのおかげ。
そして、これからも――誰かの“名前”を守るために、私を使ってほしい」
芽は揺れ、風鈴は鳴った。
“処方は終わらない”。
その言葉が、静かに夜空に溶けていった――。
あとがき
第16話、長文ながらお読みいただきありがとうございます。
薬草祭を通じて、リーナと周囲の人々が“名を呼び合う”約束を交わす様を丁寧に描きました。
この先は、庵での日常と王都との往復、そして人々が新たに踏み出す“名前と物語”を紡いでいきます。
ご感想・お気に入り・フォローいただければ、大きな励みになります!
薬庭の花々が、淡い光に揺れている。
記名薬庵の前には、木漏れ日と、訪れる人々の期待が入り混じる穏やかな空気が包まれていた。
その日は、年に一度の“薬草祭”。
この薬庵が地域の人々に開かれる大切な日となっていた。
リーナは北側の花壇で、薬草の手入れをしていた。
静かに根を整理し、土に触れて、草の名前をひとつずつ呟く。
「名戻し草……記憶織りの花……希望の薔薇……」
手の中に、いくつかの小さな芽が芽吹いていた。
それは、記名薬庵のために特別に育てた新種の薬草である。
「――今年は、この芽をみんなに配りたいわ」
ふと隣に気配を感じて、リーナは顔を上げた。
そこには、アシュレイとアリウス、ジークが並んで立っている。
「リーナ……俺たちは手伝うよ。全部」
アシュレイの瞳に、決意の光が宿っていた。
アリウスも、静かに言った。
「この薬庵は、王家と民の架け橋だ。俺も“名を呼ばれる者”として、支えたい」
「私も――」
ジークは少し照れたように笑い、リーナに差し出した手には、作りかけの小道具屋台案が載った図面があった。
「薬草に名前を付けて、それを香水にする体験屋台です。
“名を香りにする”って、なんだか素敵でしょ?」
それぞれの想いが、花壇の上でふわりと浮かんだ。
「ありがとう。……私、一人じゃできなかったわ」
リーナは小さく息を吐いた。
この庵と祭りに込められた願いは、遠く王都から人々を呼び、傷ついた心を名前という処方で癒すこと。
◆ ◆ ◆
開祭の鐘が鳴ると、村人たちが徐々に集まり始めた。
薬草見本市、調合体験、記名ノートのコーナー、香りの小瓶作り――
子供たちは芽のひとつひとつに、好きな名前をつけて笑い、
親はそれを見て微笑む。
年老いた夫婦は、再びお互いの名を呼び合っていた。
「△△さん……じゃ、どうかしら?」「そうね、その名なら懐かしいわ」
そうして、薬草祭はゆるやかに、温かく進んでいく。
その合間を縫って、アリウスは王家を代表して来賓挨拶に立った。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。
王家を代表して、感謝申し上げます」
集まった人々から拍手と笑顔が返る。
リーナの隣に立ちながら、彼はそっと言った。
「――君が植えた芽にはね、『再会』って名前をつけたよ」
リーナの頬が火照る。
香りにも似た幸福が、胸の奥からゆっくり広がっていく。
◆ ◆ ◆
祭りの折り返し地点――
リーナのテントには、“記名薬草の処方相談”の行列ができていた。
その列の最前には、義妹カティアがいた。
手に提げた芽には、小さく『姉』と書かれている。
リーナは静かに彼女を迎え、芽の名札を指先で撫でた。
「カティア……あなたは、姉の名を取り戻したのね」
義妹はうつむいて頬を赤らめた。
「この名前をつけたのは、母さんです。
『娘たちには、ほんとうの名を思い出してほしい』って……」
リーナは深く頷いた。
「そうね。姉妹だからできる処方って、きっとあるはずよ」
そう言って、二人は小さな芽に向き合う。
◆ ◆ ◆
日が傾き、祭りの灯りがともり始めた頃――
最後のセレモニー、“誓いの詩”の時間がやってきた。
壇上にはキャンドルと、芽一つ。
村長が祭りの始まりを告げると、皆は静かに見守った。
リーナが中央に立ち、一冊の詩集を手にする。
「これは、心に名を呼ぶための詩です。
生まれた時の名前、呼ばれた時の名前、そしてこれからつけられる名前――
そのすべてに祝福を」
彼女が詩を朗読するとき、口調は穏やかで、視線はそれぞれの顔を追っていた。
詩の一節――
_『名は呼ぶために在り、呼ばれるために生きる。
忘れた名は、心の影。
取り戻された名は、魂の光。』_
読み終えると、村人たちは静かに一斉に芽の鉢を掲げた。
「私は〇〇と――」「俺は××であり続ける」「私は、また“母の息子”として――」
それは、小さな誓いの瞬間だった。
◆ ◆ ◆
祭りが終わりに近づくと、四人は縁側で余韻を噛みしめていた。
「今日は、自分の名を取り戻せた人、たくさん見かけた」
アリウスがひと言。
「俺もね……王太子としてではなく、“だれかの誰か”と呼ばれる心地良さを、決して忘れたくない」
その言葉に、リーナはそっと寄り添った。
「それなら……“私”と、呼んでほしいな」
アリウスは笑ってうなずいた。
その笑顔に、風鈴がひとつ、清らかな音を鳴らす。
◆ ◆ ◆
夜になり、薬庵は静けさに包まれていた。
けれど、窓の向こうには月明かりに照らされた薬庭が美しく光っている。
リーナは縁側で夜風に当たる。
芽の鉢を手に取り、そっと小声で話しかけた。
「ありがとう……ここまで来れたのは、みんなのおかげ。
そして、これからも――誰かの“名前”を守るために、私を使ってほしい」
芽は揺れ、風鈴は鳴った。
“処方は終わらない”。
その言葉が、静かに夜空に溶けていった――。
あとがき
第16話、長文ながらお読みいただきありがとうございます。
薬草祭を通じて、リーナと周囲の人々が“名を呼び合う”約束を交わす様を丁寧に描きました。
この先は、庵での日常と王都との往復、そして人々が新たに踏み出す“名前と物語”を紡いでいきます。
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