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第19話:朝食のテーブルに、想いは並ぶ
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朝の光がパン屋の窓を照らすころ、三人の少女と一人の青年は、同じテーブルを囲んでいた。
昨夜、航がそれぞれに渡したメモに応じて、クロエも、ナリアも、リーネも、この場にいた。
まだ開店前の静かな店内。テーブルの上には、航が焼いた特製パンと、リーネのスープ、ナリアのハーブバター、クロエのフルーツが並んでいた。
それぞれの想いを込めた品々が、一枚のテーブルクロスの上で、静かに並んでいる。
誰かが選ばれたわけではない。
ただ、誰もが選ばれる可能性を持った“今日”が、今ここにある。
「このメニュー、全部君が考えたの?」
クロエが、やや茶化すような声で聞いた。
「うん。でも、全部は無理だった。だから、手伝ってもらえて助かった」
「ま、わたしの手際の良さに感謝しなさい」
航が微笑むと、クロエは軽くそっぽを向きながらも、口元がわずかに緩んだ。
ナリアは静かにパンをちぎり、バターを塗って口に運ぶ。
その仕草には、彼女なりの丁寧な感謝が込められていた。
リーネは小さなスープ鍋を真ん中に置き、「おかわりあるよ」とだけ言って席に着いた。
会話が多いわけではない。
でも、誰かが息を吐くたび、場の空気がほどけていく。
「航、ねえ」
ナリアがぽつりと口を開いた。
「今日みたいな朝って、毎日じゃなくてもいいけど……またやってもいい?」
「もちろん。むしろ、俺のほうこそ聞こうと思ってた」
その答えに、クロエも、リーネも、わずかに頬を紅くする。
けれど、その沈黙は“気まずさ”ではなく、“許し”に似た空気だった。
「……昨日まで、ひとりで走ってた気がする」
航が続けた。
「でも、君たちの想いを受け取って、ようやく隣を見る余裕ができた。たぶん、まだ全部はわからないけど――今日、こうして一緒にいられることが、本当に嬉しい」
その言葉に、三人の少女のまなざしが静かに重なった。
そのあとの会話は、パンの焼き加減やスープの味、天気の話や、近所の猫の噂。
特別ではない話題が、テーブルの上に広がっていった。
だけどそのどれもが、確かに“未来”につながっている。
無理に言葉にしなくても、少しずつ歩み寄る心がある。
その距離を、誰も否定しない。
それが、今の航たちにとっての“正解”だった。
食後、クロエは皿を片付けながら、ぽつりと呟いた。
「名前、まだ呼んでもらってない人いるんじゃない?」
航が目を瞬かせる。
「昨日……俺、三人とも、呼んだと思うけど……?」
クロエがクスクスと笑った。
「それじゃないよ。私たち三人が、君の名前を“どう呼ぶか”ってこと。ほら、今までずっと“店長”とか“あんた”とかばっかりだったし」
ナリアも頷いた。
「そろそろ、ちゃんと呼んでもいいよね?」
リーネは、ちょっとだけ照れた顔で口を開いた。
「……“航”って、呼んでもいい?」
その音は、思いのほかあたたかく、やさしかった。
「……うん。ぜひ、そう呼んで」
そうして“呼ばれる”ということの意味も、航は知ることになる。
扉の外では、新しい朝が始まっていた。
もうすぐ開店時間。今日も忙しい一日になるだろう。
けれど、パン屋の中には、小さな確信があった。
それはまだ“答え”ではないけれど、どこかへ続いている“約束”のような時間。
名前を呼び、呼ばれたことで、生まれた距離感。
それが、彼と彼女たちの“関係”を、少しずつ、確かなものにしていく。
あとがき
今回は、三人と一人が“共に過ごす”という時間に焦点を当てました。
告白や選択ではなく、朝食という一見ささやかな行為の中に宿る感情。
それはたしかに恋の芽であり、信頼の土壌でもあります。
“選ばれること”ではなく、“一緒にいること”の大切さを、今回の回でお伝えできていたら幸いです。
次回は、ひとつの“変化”が訪れます。
それは穏やかな日常にさざ波を立てるものかもしれません。
けれど、彼らはきっと、向き合っていくでしょう。
応援のお願い
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。
物語がほんの少しでも、あなたの心に残りましたら――
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昨夜、航がそれぞれに渡したメモに応じて、クロエも、ナリアも、リーネも、この場にいた。
まだ開店前の静かな店内。テーブルの上には、航が焼いた特製パンと、リーネのスープ、ナリアのハーブバター、クロエのフルーツが並んでいた。
それぞれの想いを込めた品々が、一枚のテーブルクロスの上で、静かに並んでいる。
誰かが選ばれたわけではない。
ただ、誰もが選ばれる可能性を持った“今日”が、今ここにある。
「このメニュー、全部君が考えたの?」
クロエが、やや茶化すような声で聞いた。
「うん。でも、全部は無理だった。だから、手伝ってもらえて助かった」
「ま、わたしの手際の良さに感謝しなさい」
航が微笑むと、クロエは軽くそっぽを向きながらも、口元がわずかに緩んだ。
ナリアは静かにパンをちぎり、バターを塗って口に運ぶ。
その仕草には、彼女なりの丁寧な感謝が込められていた。
リーネは小さなスープ鍋を真ん中に置き、「おかわりあるよ」とだけ言って席に着いた。
会話が多いわけではない。
でも、誰かが息を吐くたび、場の空気がほどけていく。
「航、ねえ」
ナリアがぽつりと口を開いた。
「今日みたいな朝って、毎日じゃなくてもいいけど……またやってもいい?」
「もちろん。むしろ、俺のほうこそ聞こうと思ってた」
その答えに、クロエも、リーネも、わずかに頬を紅くする。
けれど、その沈黙は“気まずさ”ではなく、“許し”に似た空気だった。
「……昨日まで、ひとりで走ってた気がする」
航が続けた。
「でも、君たちの想いを受け取って、ようやく隣を見る余裕ができた。たぶん、まだ全部はわからないけど――今日、こうして一緒にいられることが、本当に嬉しい」
その言葉に、三人の少女のまなざしが静かに重なった。
そのあとの会話は、パンの焼き加減やスープの味、天気の話や、近所の猫の噂。
特別ではない話題が、テーブルの上に広がっていった。
だけどそのどれもが、確かに“未来”につながっている。
無理に言葉にしなくても、少しずつ歩み寄る心がある。
その距離を、誰も否定しない。
それが、今の航たちにとっての“正解”だった。
食後、クロエは皿を片付けながら、ぽつりと呟いた。
「名前、まだ呼んでもらってない人いるんじゃない?」
航が目を瞬かせる。
「昨日……俺、三人とも、呼んだと思うけど……?」
クロエがクスクスと笑った。
「それじゃないよ。私たち三人が、君の名前を“どう呼ぶか”ってこと。ほら、今までずっと“店長”とか“あんた”とかばっかりだったし」
ナリアも頷いた。
「そろそろ、ちゃんと呼んでもいいよね?」
リーネは、ちょっとだけ照れた顔で口を開いた。
「……“航”って、呼んでもいい?」
その音は、思いのほかあたたかく、やさしかった。
「……うん。ぜひ、そう呼んで」
そうして“呼ばれる”ということの意味も、航は知ることになる。
扉の外では、新しい朝が始まっていた。
もうすぐ開店時間。今日も忙しい一日になるだろう。
けれど、パン屋の中には、小さな確信があった。
それはまだ“答え”ではないけれど、どこかへ続いている“約束”のような時間。
名前を呼び、呼ばれたことで、生まれた距離感。
それが、彼と彼女たちの“関係”を、少しずつ、確かなものにしていく。
あとがき
今回は、三人と一人が“共に過ごす”という時間に焦点を当てました。
告白や選択ではなく、朝食という一見ささやかな行為の中に宿る感情。
それはたしかに恋の芽であり、信頼の土壌でもあります。
“選ばれること”ではなく、“一緒にいること”の大切さを、今回の回でお伝えできていたら幸いです。
次回は、ひとつの“変化”が訪れます。
それは穏やかな日常にさざ波を立てるものかもしれません。
けれど、彼らはきっと、向き合っていくでしょう。
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