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第1話:初恋の再会は、鈍感すぎる令嬢と溺愛系王太子から
しおりを挟む「ふあぁ……春風が気持ちいいわぁ……」
ゼフィリア・リューデルは、誰もが振り向くほど整った顔立ちの令嬢でありながら――その台詞を、盛大に欠伸と一緒にこぼした。
ここは、王都にある名門『アルファート王立学園』。
平民の入学も許されているとはいえ、そのほとんどが上位貴族や王族、騎士団の関係者で占められている。
その正門前で、背伸びをしながらぽけっと空を見上げている金髪の少女は、少々浮いていた。
「……ん? あ、門……開いてる」
まるで今気づいたかのように慌てて歩き出すゼフィリア。制服のスカートの裾が、ふわりと風に揺れる。
歩みは少しぎこちなく、まるで制服の着こなしすら今日が初めてかのようだった。
実際、それは間違いではない。
ゼフィリアは今春、郊外の教育院から王都に転校してきた“侯爵令嬢”である。
なのに礼儀や作法の堅苦しさより、日向ぼっこや庭の草花に夢中になってしまう性格ゆえに――
家族からは「天然過ぎる」と言われ続けて育ってきた。
「ゼフィリア……?」
背後から聞こえた声に、ゼフィリアは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、誰よりも整った王族の制服をまとい、銀髪をさらりと風に遊ばせた――一人の青年。
ゼフィリアの瞳がぱちくりと瞬いた。
「エリオン……? あらまぁ、エリオン王太子殿下じゃない!」
その間延びした声に、エリオンは微笑みながら答える。
「“殿下”はいらないよ。君にそう呼ばれるのは……少し、寂しい」
そう言って、懐かしむように視線を重ねてくる彼の瞳は、昔と変わらず温かかった。
幼い頃――隣の領地同士、よく庭で一緒に遊んだ仲。
けれどそれが、彼にとって“特別な記憶”であったとは、ゼフィリア自身はこれっぽっちも気づいていなかった。
「わあ、制服がすごく似合ってるわね。髪も伸びて、素敵な王子様って感じ!」
「……ありがとう。でも、ゼフィリアだって十分綺麗だよ」
「ええ? そうかしら。朝、ブラシ通すの忘れてたのよね」
「(……それを笑って言う!?)」
エリオンの内心の動揺をよそに、ゼフィリアは笑顔でのんびりとした一歩を踏み出した。
彼はそんな彼女の横に自然と並ぶ。
昔の距離感のまま、懐かしい空気が流れていく――彼女がそれを“無意識に”壊していなければ、だが。
「ねぇ、エリオン? この学園って、罠とかないわよね?」
「……罠?」
「トラップとか、床が抜けるとか、そういう。私、すぐ落ちそうだから不安で」
「(誰だ、この子をこの学園に入学させたのは)」
胃のあたりがしくしくと痛むのを感じながら、エリオンは思う。
――ああ、やっぱり好きだ、この子。
◆ ◆ ◆
「どうした? 王太子殿下の眉間、引きつってるぞ」
教官棟の階段下で、静かに佇んでいた男がそう口を挟んだ。
アシュレイ・バルガス。若くして騎士団の副団長にして、王立学園の実技教官でもある寡黙な騎士。
寡黙と言いつつ、エリオンの前では容赦がない。
「いや……久々の再会なのに、ゼフィリアは全然変わってなくて」
「変わってなくて……嬉しい、か? それとも苛立つか?」
「……胃が痛い」
「お前、もう医務室行け」
そして、その様子を上階の窓から見下ろしている生徒が一人。
派手なカフス、洗練された身のこなし。完璧な美貌に皮肉な笑みを浮かべる天才貴族――クラヴィス・フォン・ネイアである。
「はぁ……なにあれ。王太子と騎士団長が同じ女に振り回されてるの? 胃、壊れないの?」
クラヴィスはくるりと身を翻すと、ふと呟いた。
「ま、俺も興味あるけどね。あの子、“わざと気づいてないふり”してるのか、本気で天然なのか」
この時、誰も知らなかった。
この鈍感令嬢ゼフィリアを巡る、**“胃痛三角恋愛戦争”**が――今、始まったことを。
──つづく。
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