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新章・王宮編
第42話:審査の朝、仮面が剥がれるとき
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王宮南棟、白石造りの広間。
高窓から差し込む朝の光が、整然と並べられた長机の天面を優しく照らしていた。
今日この場で、王妃選定・第二課題――「王政史に基づいた制度提案」の審査会が開かれる。
「まもなく候補者の入場を許可いたします。評価官、および王宮代表の皆様は所定の席へ」
冷ややかに響く文官の声に、並ぶ審査官たちが一斉に姿勢を正す。
王政史の重鎮である老侯爵、教育評議会の主席、さらには王太子直属の政務顧問ら――
まさに知と権威の精鋭たちが、次代の王妃を選ぶべく集っていた。
そして、扉が開く。
「王妃候補、入場を」
ゼフィリア・リューデルは、深紅のドレスに身を包み、静かに一礼してからその場に踏み入れた。
視線の海に怯むことなく、ただ真っ直ぐに壇上の机へ向かって歩く。
その動作ひとつにさえ、彼女が積み重ねてきた沈黙の強さが宿っていた。
「リューデル家、ゼフィリアにございます。
本日は、提案書の趣旨と目的について、誠実に説明をいたします」
礼の言葉とともに、彼女は手元の巻物を静かに広げた。
◇ ◇ ◇
「……王政第二期の民政改革を基点に、近代的法文書体系へと移行した背景には、“曖昧さ”に起因する争議が幾度も起きていたことが挙げられます」
「私の提案は、それを踏まえた上で、“法の保存・定義・再解釈”の三位一体機構を設けることにあります。
名付けて、《沈黙の盾(ヴェール・ガード)》制度案です」
耳を傾ける者たちの眼差しが、静かに変わっていく。
「提案の骨子を三つに整理すると――」
ゼフィリアは手元の巻物をめくり、淡々と、しかし確信に満ちた口調で語る。
「一、王宮直轄の記録機関《黙読の間》に保管された文書群に、“時限式再審査”制度を設けること」
「二、貴族会議において、改革関連法案には“曖昧語禁止規定”を設け、意味の不明瞭な語句を排すること」
「三、すべての提案と記録には“継承者ノート”を添付し、未来世代への補足と意図を明文化すること」
「これら三点により、“政治は変わるが記録は嘘をつかない”という王政の信義を、国民に示すことができます」
言葉を終えた瞬間、場が静寂に包まれた。
その重みは、誰の耳にも届いていた。
◇ ◇ ◇
審査官の一人、侯爵クラウスが口を開く。
「記録の整備は、たしかに地味で手間のかかる施策だ。
だが、ここまで構造的に組み上げた提案は前例がない。……この案を貴女一人で?」
「はい。黙読の間にて、歴代法案と運用記録を精査し、現制度に適合する形で起案いたしました」
「貴族出身とは思えん……ああ、いや、失言だな。
君のような人材こそ、制度の根幹にいてほしいと、そう思わせる提案だった」
ざわ……と、静かな感嘆が広がる。
ゼフィリアはただ一礼し、決して誇ることなく頭を垂れた。
◇ ◇ ◇
その後、他の候補者たちの発表が続く。
ティリアは審美と美術を基軸にした文化政策案、アルマは法律の定義と権威の調整機構案を提出し、それぞれに高い評価を受けていた。
けれど、審査官のうち数人は、途中から何度もゼフィリアの案に目を戻し、何かを考えるように眉を寄せていた。
◇ ◇ ◇
発表の後、控室。
「……ふう。終わったね」
アルマが椅子に深く座り込み、深呼吸する。
「貴女の案、筋が通っていたわ。言葉の定義、やっぱり大事ね」
「ありがとう。でも、ゼフィリアの提案には正直、舌を巻いたわ。
あんなに精緻で、なおかつ“未来”まで視野に入れてる提案……あれが、“仮面の令嬢”の本気なのね」
「仮面、ですか?」
「皮肉じゃないわ。むしろ、“本質を隠していた人”って意味よ。今日、あの場で初めてそれが見えた気がしたの」
ゼフィリアは何も言わずに微笑んだ。
(仮面の下に、本当の自分がいるのだとしたら――
それを剥がすのは、もう怖くない)
◇ ◇ ◇
その日の午後、王宮政庁の廊下。
「よくやったな、ゼフィリア」
振り返ると、アレクシスが立っていた。
肩にはいつもの銀の紋章。けれどその目は、戦場ではなく“彼女自身”を見ていた。
「貴方の警護のおかげです。安心して言葉を紡げました」
「……嬉しい言葉だ」
しばしの沈黙。
そして、彼はまっすぐに言う。
「次の課題も、俺は君の“盾”であり続ける。だが、そろそろ剣も振るいたい。
君を守るだけじゃなく、“選んで”ほしいと、そう思ってる」
「……選ぶ、ですか」
「迷わなくていい。時間はある。だが、俺はもう迷わない」
ゼフィリアはその言葉に、ただ静かに――でも確かに、頷いた。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
第42話『審査の朝、仮面が剥がれるとき』、ここまでお読みくださりありがとうございます。
ついに第二課題の審査が行われ、ゼフィリアの提案が真っ向から評価される回となりました。
仮面の下にある本当の彼女の姿が、少しずつ周囲の人々にも伝わっていきます。
そして、恋のほうも、それぞれの想いがさらに明確になってまいりました。
次回は、ついに《中間発表》と、そこに待ち受ける波乱――どうぞご期待ください。
――――――――――――――――――――
【いいね・フォローのお願い】
この物語を楽しんでくださる皆様の「いいね」や「フォロー」が、次回執筆への大きな力になります。
『初恋令嬢は鈍感すぎて、王太子・騎士団長・学園貴公子の胃を壊す』、引き続き応援よろしくお願いいたします。
高窓から差し込む朝の光が、整然と並べられた長机の天面を優しく照らしていた。
今日この場で、王妃選定・第二課題――「王政史に基づいた制度提案」の審査会が開かれる。
「まもなく候補者の入場を許可いたします。評価官、および王宮代表の皆様は所定の席へ」
冷ややかに響く文官の声に、並ぶ審査官たちが一斉に姿勢を正す。
王政史の重鎮である老侯爵、教育評議会の主席、さらには王太子直属の政務顧問ら――
まさに知と権威の精鋭たちが、次代の王妃を選ぶべく集っていた。
そして、扉が開く。
「王妃候補、入場を」
ゼフィリア・リューデルは、深紅のドレスに身を包み、静かに一礼してからその場に踏み入れた。
視線の海に怯むことなく、ただ真っ直ぐに壇上の机へ向かって歩く。
その動作ひとつにさえ、彼女が積み重ねてきた沈黙の強さが宿っていた。
「リューデル家、ゼフィリアにございます。
本日は、提案書の趣旨と目的について、誠実に説明をいたします」
礼の言葉とともに、彼女は手元の巻物を静かに広げた。
◇ ◇ ◇
「……王政第二期の民政改革を基点に、近代的法文書体系へと移行した背景には、“曖昧さ”に起因する争議が幾度も起きていたことが挙げられます」
「私の提案は、それを踏まえた上で、“法の保存・定義・再解釈”の三位一体機構を設けることにあります。
名付けて、《沈黙の盾(ヴェール・ガード)》制度案です」
耳を傾ける者たちの眼差しが、静かに変わっていく。
「提案の骨子を三つに整理すると――」
ゼフィリアは手元の巻物をめくり、淡々と、しかし確信に満ちた口調で語る。
「一、王宮直轄の記録機関《黙読の間》に保管された文書群に、“時限式再審査”制度を設けること」
「二、貴族会議において、改革関連法案には“曖昧語禁止規定”を設け、意味の不明瞭な語句を排すること」
「三、すべての提案と記録には“継承者ノート”を添付し、未来世代への補足と意図を明文化すること」
「これら三点により、“政治は変わるが記録は嘘をつかない”という王政の信義を、国民に示すことができます」
言葉を終えた瞬間、場が静寂に包まれた。
その重みは、誰の耳にも届いていた。
◇ ◇ ◇
審査官の一人、侯爵クラウスが口を開く。
「記録の整備は、たしかに地味で手間のかかる施策だ。
だが、ここまで構造的に組み上げた提案は前例がない。……この案を貴女一人で?」
「はい。黙読の間にて、歴代法案と運用記録を精査し、現制度に適合する形で起案いたしました」
「貴族出身とは思えん……ああ、いや、失言だな。
君のような人材こそ、制度の根幹にいてほしいと、そう思わせる提案だった」
ざわ……と、静かな感嘆が広がる。
ゼフィリアはただ一礼し、決して誇ることなく頭を垂れた。
◇ ◇ ◇
その後、他の候補者たちの発表が続く。
ティリアは審美と美術を基軸にした文化政策案、アルマは法律の定義と権威の調整機構案を提出し、それぞれに高い評価を受けていた。
けれど、審査官のうち数人は、途中から何度もゼフィリアの案に目を戻し、何かを考えるように眉を寄せていた。
◇ ◇ ◇
発表の後、控室。
「……ふう。終わったね」
アルマが椅子に深く座り込み、深呼吸する。
「貴女の案、筋が通っていたわ。言葉の定義、やっぱり大事ね」
「ありがとう。でも、ゼフィリアの提案には正直、舌を巻いたわ。
あんなに精緻で、なおかつ“未来”まで視野に入れてる提案……あれが、“仮面の令嬢”の本気なのね」
「仮面、ですか?」
「皮肉じゃないわ。むしろ、“本質を隠していた人”って意味よ。今日、あの場で初めてそれが見えた気がしたの」
ゼフィリアは何も言わずに微笑んだ。
(仮面の下に、本当の自分がいるのだとしたら――
それを剥がすのは、もう怖くない)
◇ ◇ ◇
その日の午後、王宮政庁の廊下。
「よくやったな、ゼフィリア」
振り返ると、アレクシスが立っていた。
肩にはいつもの銀の紋章。けれどその目は、戦場ではなく“彼女自身”を見ていた。
「貴方の警護のおかげです。安心して言葉を紡げました」
「……嬉しい言葉だ」
しばしの沈黙。
そして、彼はまっすぐに言う。
「次の課題も、俺は君の“盾”であり続ける。だが、そろそろ剣も振るいたい。
君を守るだけじゃなく、“選んで”ほしいと、そう思ってる」
「……選ぶ、ですか」
「迷わなくていい。時間はある。だが、俺はもう迷わない」
ゼフィリアはその言葉に、ただ静かに――でも確かに、頷いた。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
第42話『審査の朝、仮面が剥がれるとき』、ここまでお読みくださりありがとうございます。
ついに第二課題の審査が行われ、ゼフィリアの提案が真っ向から評価される回となりました。
仮面の下にある本当の彼女の姿が、少しずつ周囲の人々にも伝わっていきます。
そして、恋のほうも、それぞれの想いがさらに明確になってまいりました。
次回は、ついに《中間発表》と、そこに待ち受ける波乱――どうぞご期待ください。
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