『初恋令嬢は鈍感すぎて、王太子・騎士団長・学園貴公子の胃を壊す』

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新章・王宮編

第72話:選び続ける心、誰かを愛しながら

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 国境都市までの旅は想像以上に過酷だった。

 舗装の整った王都近郊と違い、街道は場所によっては崩れかけていたり、泥に沈んだりして馬車はしばしば止まった。
 そのたびに随行の騎士たちが馬を降りて土をならし、道を作った。

(これがこの国の現実)

 ゼフィリアは小さく息を吐く。

(殿下がこれから向き合う課題は、この目で見なければ分からないことばかり)

 自分も一緒に見るのだ。
 この国のまだ整わない部分を。
 それが痛みであっても、背を向けずに。

(だから私はここに来た)

     ◇ ◇ ◇

 「ゼフィリア、無理をしていないか?」

 馬車の中、エリオンはいつになく優しく声をかけた。

「少し疲れましたが……大丈夫です」

「本当に?」

「はい。殿下のお隣にいる限り、私はきっとどこまででも行けます」

 そう微笑むと、エリオンは少し寂しそうに笑った。

「君はいつもそうだ。
 自分では気づかぬうちに、他の誰かのために進んでしまう」

「……殿下?」

「私は君が私を選んでくれたことを、心から誇りに思っている。
 でも同時に……君が誰かを想いながら歩いていることにも気づいている」

 胸が痛んだ。

「それでも君が私と国を選び続けてくれるなら、私は何度でもその手を取る。
 君の心がどこにあっても、私は君を信じる」

 堪えていたものが少しだけ零れた。

「殿下……ありがとうございます」

(だから私はこの人の隣に立つと決めた。
 どれだけ痛くても、この人の未来を支えたいと思ったから)

     ◇ ◇ ◇

 国境都市へ入ったその日、街の人々は道端に並び、王太子とその婚約者を出迎えた。

 石造りの家々には急ごしらえの花飾りが飾られ、子どもたちは小さな笛を吹いて二人を歓迎した。

(これが……私たちが進めてきた政策の行き着いた場所)

 街に立ち並ぶ建物はまだ王都ほど堅牢ではない。
 それでも確かに人々は笑っていた。

(この国には、まだ守るべき未来がたくさんある)

     ◇ ◇ ◇

 夜、国境都市の総督館に用意された部屋で。

 ゼフィリアは胸に手を当て、そっと目を閉じた。

(私は殿下とこの国を選んだ。
 でも、アレクシス様を愛していることは……どうしても消せない)

 涙が滲む。

(私がこの痛みを抱え続けることは罪なのだろうか)

 答えは出なかった。

 ただ、もう嘘はつけなかった。

(私はきっと、これからも選び続ける。
 国のために、殿下のために、そして――誰かを愛したまま)

     ◇ ◇ ◇

 外の廊下から気配を感じた。

 「ゼフィリア様」

 扉の向こうで控えていたのは、黒い軍装の影。

「アレクシス様……」

「外に出る。少し歩け」

 言われるままに外へ出ると、国境都市の夜空には無数の星が瞬いていた。

 二人でしばらく黙って歩いた。

「お前は変わったな」

「……そうですか?」

「強くなった。いや、強がるのが上手くなっただけかもしれんが」

「ふふ……かもしれませんね」

 不意にアレクシスが立ち止まり、ゼフィリアの肩を引き寄せた。

 硬い甲冑が触れるのに、どうしようもなく温かい。

「お前が殿下を選んだことを俺は一度も恨んでいない。
 誇りに思ってる。――でも、それとは別に、今でもお前を愛している」

「……はい」

「その痛みを、俺に分けろ」

「アレクシス様……」

 涙が零れた。

 この痛みも、この愛しさも、全部抱きしめてくれるこの人に――言葉はもういらなかった。

     ◇ ◇ ◇

 夜空の星は遠く、それでもいつまでも揺らめいていた。

(私はこれからも選び続ける。
 殿下を選び、この国を選び、アレクシス様を愛したまま)

 それは決して綺麗な物語ではない。

 でも、自分の真実だった。

(その全部を抱えて、私はきっともっと強くなる)

 未来を見据え、小さく微笑んだ。

(これが私の生き方。誰かを愛しながら、また誰かを守り続ける――それが私)







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