『     』

千園参

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プロローグ

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「俺が何をしたって言うんだよ!!!」
 そんな悲痛な叫び声だけが追い込まれた先の路地裏を駆け去っていく。
「おいおい、何とぼけちゃってんの? ネタは上がってんだよ?」
「ネタ? 何のことだよ!」
「はいはい、白々しいねぇ全く」
 私服姿の1人の男に対して、数人のスーツ姿の男が嘲笑うという言葉がよく似合う顔付きと表情そして表現で取り囲んでいる。包囲している。
「お前は怪人だ。怪人に人権はねぇんだよ」
「俺は怪人じゃない!」
「この期に及んでまだ嘘を重ねるのか? 嘘はよくないぞ」
「俺はただ子供の風船を取ってあげただけなんだよ! それの何がダメだって言うんだよ!」
「それ自体は悪いことじゃないさ。ただ、大事なところを省略しているだろ?」
「それは……」
 私服の男は言葉に詰まる。言葉を詰まらせる。
「通報によると男の人の手が普通ではあり得ない長さまで伸びた。ざっくりなメートルで表してもらったが、目測で3メートルくらいだったそうだ。お前が怪人でさえなければ、心温まる良いお話だったわけなんだがな。残念、お前は怪人だ」
 自分が怪人と呼ばれる存在であることに観念したのか、怪人であることを否定することをやめ、勢いのままに言葉を返す。
「怪人だって人間だ! 同じだ! 何も変わらない! ほら! 見ろ! 姿も何もかも、ただの人間だろ! それなのにお前たちがやっていることはなんだ! そっちの方がおかしいだろ!」
「なに怪人のくせに人間様に口答えしてんだよ。人間と怪人が同じ? 何も変わらない? 何もかも違うだろ? 何よりお前らは存在が気持ち悪いんだよって話。わかるかな? わからないか、お前ら害虫には。手が3メートルも伸びるって気持ち悪いだろ? そんな気持ち悪いもん見せられてるこっちの身にもなってくれよ。そんな気持ち悪い奴らと今もうこうしてすれ違ったかもしれないってだけで怖くて外を歩けないって怯えてる人もいっぱいいるってのにお前らは自分たちのことばっかりだな。迷惑なんだよ! お前らは!!」
 そう言って、こう言って、スーツの男が耳に付けた通信機を操作し誰かと通信を取る。
「怪人を発見しました。はい、通報にあった手足が伸びる怪人です。了解しました。これより捕獲します。抵抗する場合は?」
 最後の質問の回答が本人たちにだけ聞こえたようで、少しの間を置いてスーツの男たちがニヤリと不気味な笑みを浮かべたことに私服の男はゾクリと恐怖を身体中に、身体全体に駆け巡らせた。
 私服の男は思った。
 噂は本当だったと。
 怪人たちを不当に取り締まるために組織された危険な集団がいるという噂。
 その集団に捕まったが最後、二度と人間として扱ってもらえないということ。
 噂は全て本当だった。
「捕まってたまるか!!」
 悲鳴にも似た叫び声と共に私服の男は両腕を際限なく伸ばし、スーツの男たちを数人まとめて締め付ける。
 苦しんでいる姿を見て、どこか心を痛めたような私服の男は自分を痛め付けようとしている男たちを殺すことはせず、しっかりと締め付けた後で解放する。締め付けを解除する。
 スーツの男たちはその場に倒れ込む。
 この隙にと、その隙にと、現場から立ち去ろうとした時、強烈で残酷な破裂音が全てを静寂に落とし込んだ。
 次の瞬間、私服の男は痛いという感覚よりも先に大量の血が肩から流れ落ちているのと同時に全く力が入らない違和感に襲われる。その後でしっかりと貫かれた絶望的な痛みが彼を追い詰めるように苦しめた。
「ぐぅうあああああ!! 痛い! 痛い!!」
 おそらくこれまでの人生で体験したことのない身体を貫かれた痛み。身体に穴を開けられた痛い。
 スーツの男の1人が拳銃で発砲したのである。
 私服の男はその場に倒れ込み、今度は逆に締め付けられた痛みが和らいだスーツの男たちが次々と立ち上がり私服の男を地面に叩き付けるように、極力苦しむように撃たれた箇所を地面に擦り付けるように取り押さえた。
 スーツの男の1人が何処から持って来たのか、骨まで切れるであろう肉加工用のノコギリを手にした。
「よくもやってくれたな。痛かったじゃねぇか」
「痛い! 頼む、殺さないでくれ! 妻も! 子供もいるんだ! 死にたくない!! 嫌だ死にたくない!!」
「安心しろって。怪人と結婚するような嫁と怪人のガキだろ? 後から同じところに送ってやるから」
「ダメだ! それだけはやめてくれ!!」
「抵抗されたら何してもいいって許可が下りてる。とりあえず、その自慢の長ーい腕、切り落としとくか。いやーあえて抵抗させて正当防衛的にするのも結構痛くてリスクあるんだわこれが。下手したら死ぬしな。でも、お前ら怪人って変なところ人間と同じでビビリだから俺たちを殺さないから無意識に手加減してくれるから、俺たちは死なないし、こうやって形勢逆転しちゃったりして、お前はそうやって這いつくばってるってわけ。おっし! 解体ショーだ! お前らちゃんと押さえとけよ!」
 へい、大将! と、ふざけたテンションでスーツの男たちが私服の男の身体を押さえつけ、腕を切りやすいように、しっかりと伸ばす。それはさながらまな板の上にいる魚のようであった。
「やだ! やだぁああああ!!」
 断末魔なんて表現では生ぬるい人間の身体の穴という穴のその全てから発せられる恐怖の声。

 切り離された2本の腕をそれぞれ1人ずつ持ったスーツの男たちは、
「うわっ! きったね!」
 と、汚物でも触ったかのように腕をその場に投げ捨てた。
 そうしているうちに私服の男は何も言葉を発声しなくなっていたことに後から気付いた様子の男たち。
「あれ? もしかして、これ、死んでね?」
「あーあ、やっちまった」
「俺、しーらね」
「おいおい、連帯責任だろこれ」
 殺人。
 これは立派な殺人である。
 けれど、彼らは悪びれる様子を見せない。悪いことをしたという、犯罪を犯したという罪の意識はさらさらなく、一切がない。
 そしてその場にいた代表の男が軽々しく口を開く。
「まぁ、怪人だから。殺しても許されるしな。これだから怪人ハントはやめられねぇよ。合法でぶっ殺せんだからさ。あとは処理班と上が片してくれんだろ。ほら、撤収すんぞ」





 チョコレートに高額な税金が課されるようになった少しだけ未来のどこかの国。
 かつてのようにチョコレートをお菓子として食べる者はいなくなり、チョコレートは今や宝石と並んで価値のある食品となってしまった。

 そしてチョコレートが庶民のお菓子でなくなったのと同じくらい大きなニュースがある。
 それは怪人が現れたことだろう。
 人々の言う怪人とは何か。
 それは特殊な能力を持つ人間たちのことである。
 各地で出現が確認されている怪人の数はまだそう多くはない。なぜなら彼ら彼女らは人間に紛れ、潜伏し、その存在を隠して生きているから。そして見付かれば捕獲駆除されてしまうのだから。
 多くの人たちが漫画やドラマ、映画で憧れたであろう特別な力、特殊能力、超能力。しかし、いざ現実世界に現れたとなるとどうだろうか。自分たちとは違う不正な力を持った者たちを嫉み、僻み、気持ち悪がり、不気味がり、迫害の対象としたのだ。
 いつしか特別な能力を持つ者たちは怪人という呼び名で差別され、忌み嫌われるようになっていった。現在では怪人はその存在が確認されると警察の取り締まりを受け、国を挙げて弾圧される、まさに化け物として扱われている。化け物ではなくこの世界における除け者の間違いなのかもしれなかった。


 チョコレートの高額な税金と怪人の出現。
 こうしてみると2つの出来事には何の繋がりもなければ共通点もない。ただ、同じような時期にたまたま起こってしまっただけのことである。
 チョコレートを失った庶民、人間と怪人、どこか落ち込んで緊張しているような世界。
 ボクたち『人間』は今このような世界で生きている。
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