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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編
第112話 恋の行方
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学院が所有する病院にレマはいる。
ルピナスから学院附属の病院があると教えられ、少しばかりの世間話をしたあと地図を渡された。
地図を広げながらミラと一緒に向かい、王国北側に進むこと20分。
城と見まごう巨大建造物の前に着いた。
外壁は白くて、入口には金色の十字架が飾ってある。
ここがレマのいる病院か。
受付でレマの病室を聞いたところ、面会謝絶だと言われた。
同じ学校の生徒でもダメらしい。
親兄弟はどうなのだろうか。
いるのかわかんないけど。
「一人っ子よ」
「あら、ありがとう」
「気持ち悪い言い方ね」
ミラが教えてくれた。
そっか、一人っ子か。
なら友人知人がお忍びで来ているのではないのかと思う。
面会謝絶だからといって、このまま引き下がりたくない。
わざわざ20分もかけてきたんだ。
面拝ませろい。
「ライネルの格好で、レマ先輩!って言ったらさ、誰?ってならない?」
「そこはほら…盛大に種明かしするしかない」
「怒られるわよ。あなたレマの着替えにも付き合ってたんでしょ?」
ミラにため息をつかれて、血の気が引いた。
何処でそれを姫、と名付けよう。
「呑気なものね、さあ行きましょう」
ミラに手を引かれレマの病室へ。
通りすがりのナースに愛想良くしていたら、ミラに太ももを摘まれた。
無愛想にしたら怪しまれるかと思って、つい。
広い病院とはいえ、ものの数分でレマの病室に着いた。
面会謝絶の看板がある。
だがしかし、お構い無しで邪魔させていただいく。
「失礼します」
中に入った。
外観と統一した、白くて広い部屋だ。
一人で使うには広過ぎる部屋には、暖かみを感じる木製のベット。
その上に二人の男女。
赤色のメッシュが入った黒髪の男が、藍色髪の女の子にちょっかいをかけている。
…ふぁ?
「おー!ミアちゃんじゃーん!久しぶりー!」
ハジケた明るさで笑うエルナトがいた。
彼は、俺の正体に初めから気付いていた節がある。
だから別に驚かない。
それにライネルの姿でミアと言ったしな。
「え!?は?えぇっ!?」
レマは軽いパニックを起こし、俺とエルナトと交互に見た。
まるで理解していないようだ。
「実は、俺はミアです」
「ちょっと待って!ワケがわかんないよ!」
「ミアなんです」
「念を押さないで!」
ずいずいと接近したら、ミラに襟を掴まれて引き戻された。
「元気そうじゃない。心配して損した」
「そんで貴方は誰?」
「ライネルの婚約者のミラ。覚えておいてね」
「婚約者…?コルチカム先生が言うには彼、結婚してるって…」
そうレマがミラに問い詰めた瞬間、レマがガクガク震え出した。
ミラは今、一体どんな顔を彼女に向けているのだろうか。
振り返りたくない。睨まれてそうで怖い。
ちびりそうだ。
さっさと本題に入ろう。
「部長。此度の暴挙は一体どういう目的を持っておこなったのか教えて下さい」
俺は単刀直入に聞いた。
すると、一瞬にして空気が重たくなった。
レマは俯き、ミラは視線を逸らした。
変わらないのはエルナトだけ。
だが、彼もまたおちゃらけた雰囲気を鎮めた。
「君にはわからないよ」
レマは一言、そう呟いた。
「ええ、全くもってわからないです。一応聞きますけど、エルナト先輩は知ってたんですよね?知られてるのにしてたんですか?」
「…仕方ないじゃん。こいつはわたしに嘘をついたんだ。結婚しようだの一生幸せにするだの宣ってたクセに、あっさりと他の女にいきやがった」
レマは吐き捨てるように言った。
「真偽はどうなんです?エルナト先輩」
「んなわけあるかい」
「だそうですけど?」
すると、レマはエルナトを蹴り飛ばし、馬乗りになって拳を振り上げた。
ミラが初動を抑えてくれたが、それが火に油を注いだ。
「離して!いっぺんこいつをぶん殴らないと気が済まない!」
「ぐぬぬぅ…な…殴っちゃダメ!」
どの口が言ってんだよ。
これは、ミラに聞こえるように思った。
「エルナト先輩って女難の相あるでしょ」
「あっかもしんない。お前と同じで」
「じゃあこれより先はどうなるのかわかってるわけだ。そろそろ話してくれますよね?」
「…別に隠す気だったんじゃねェーつーの」
エルナトは身体を引いて起き上がり、レマを抱えてベッドに戻した。
抱えられている時、レマの顔は茹で上がり、ぎゅっとしがみついていた気がする。
「さて、どこから話すか」
エルナトがレマの顔に毛布を掛けた。
死人扱いみたいだ。
「ではまず、エルナト先輩と部長の関係性について教えて下さい」
「幼なじみだ。つっても、学院に入学するまでの数年間は会ってない。旧友の方が正しい」
妙に突き放すような言い方だ。
優しげな口調なのにな。
「なるほど。で、入学してからは?」
「友人になったよ。同じ部に入って、それなりに仲良くなったつもりだ」
「そうですか…では、二人が交わした約束について聞きましょう」
「なあ、なんでそれをお前に話さないといけないんだ?」
エルナトは眉間に皺を寄せた。
手首をコキリと鳴らし、掌を広げている。
「話してくれるんじゃなかったんですか?」
「俺が話すのは関係性についてだ。一個人の証言を話すつもりは無い」
「なら結構。部長は今日限りで退学になります」
「あ?出来ると思ってんのか?」
エルナトが発した魔力が、窓ガラスにヒビを入れた。
視線は俺とミラ、双方に向けられている。
ついでに経路も確認した。
おそらく、俺たちを始末したあとどう逃げようか考えているのだろう。
…これでいい。
「できるできないは関係ない。するんですよ、俺が」
「平民上がりが一端の口を聞くな。エイザール家に楯突ける人間は、このライテール王国には存在しない」
エイザール家。
たしか、ライテール王国でも有名な伯爵家だったはず。
上手いこと聞き出せたな。
挑発した甲斐があった。
エルナトが次期当主で、コルチカムに圧力をかけたのも彼だ。
現当主を通じて間接的に人を動かしたのだ。
「かの有名な伯爵家の方だったとは。恐れ入ります」
「もう遅い、お前らはもう二度と学院へは通えん」
「素はそれなんですね」
「もとより隠すつもりは無いと言ったはずだ」
エルナトの口調、立ち振る舞い、全てが変わった。
威厳に満ち溢れ、信念強い顔が浮かび上がってくる。
「それでこそ伯爵家次期当主にして三学年首席。その姿をそのままに、彼女を抱き締めることはできなかったのですか?」
「…お前は何が言いたいんだ」
「部長…いや、レマ先輩はエルナト先輩を好きだったのでしょう。エルナト先輩も同様にレマ先輩が好きだった。両想いだった。違いますか?」
「違うな」
「何が違うんです?」
俺は少し、頭に血がのぼっている。
落ち着かないと。
エルナトはベッドに腰掛けて、毛布を瞬打した。
毛布に包まれているレマを気絶させたんだ。
唖然とするミラと俺を他所に、エルナトは口を開いた。
「たしかに俺は昔、レマが好きだった。だがそれは所詮、一時の紛い物の心理。再会してから今一度恋に落ちかけたが、それも同様、一時の感情によるもの。それに、俺が昔言った言葉を現在進行形で追いかけてるレマと一緒に居るのは正直しんどかった。いつもいつも俺に付きまとい、昼も夜も遊びに誘われ、同じ部に勧誘され、次第に執着し、歯止めは利かなくなった。初めは楽しかった。だがすぐに面倒くさくなった。俺は飽き性だからな。ゆえに俺はレマが寄り付かないように壁を作った。一部の女子生徒と一時的な契約を交わし、部室に居座るように働きかけた。そうすれば勝手に離れるだろ。そもそも彼女は俺を好きじゃない。玉の輿狙いなのが見え見えだ」
今、明確に、エルナトはレマを突き放した。
なのになぜ、彼は辛そうな顔をしているのか。
それに、聞かれてもいいなら気絶させる意味もないだろう。
完璧な嘘偽りの仮面を被っていても、見抜ける人には見抜ける。
そのためにミラがいる。
「どうだ。この人は」
「もう本当に救いようの無い拗らせ方をしているわ。如何に悪列な御託を並べても、本質は真逆。彼女が好きで好きで仕方なくて、離れたくなくて、私たちの乱入を歓迎しつつも初めから彼は鬱陶しがってた。二人だけの時間を邪魔するなって。それに、毛布を殴る力が弱過ぎて彼女を気絶させるには至っていない。ぜーんぶ聴いてるわよ、彼女」
ミラが毛布をばさっと取り払った。
彼女の言う通り、レマは起きていた。
泣いていた。
「これは…!違…」
エルナトは言葉を失い、観念したように天井を眺めていた。
放心状態のエルナトの背中には、啜り泣くレマがしがみついていた。
一つ。ルピナスからここに来る前に聞いたことがある。
エイザール伯爵家は原則として一般人との交際を認めていない。
下級貴族からの成り上がりであるため野心の強い人間が多く、政略結婚を通じて領地拡大を行ってきたからだ。
その領地の一つに、レマの住む農村があったという。
親交は浅いものの、そこを治めるエルナトと村娘レマは階級違いの恋をした。
結局二人は引き裂かれてしまったが、想いは続いていた。
レマは貴族でもなんでもない、ただの一国民。
町外れの農家に生まれ、努力して学院へ入学した。
全てはエルナトに会いたいがために。
「気を引きたいからって安売りをしてはいけませんよ。安いのは野菜だけで結構です」
「ゴミみたいなフレーズね」
「空気が重てぇんだもん」
でもさ、エルナトはなんで別れて以降連絡を取らなかったんだろう。
お家に目をつけられたか、或いは傷心のレマが拒んだか。
どちらにせよ努力が足りない気がする。
文通でもなんでも、やり方はあっただろうに。
「さあ…彼女がここに来ることを知っていたんじゃない?」
ミラの言うことに納得は出来ないけど、概ねそんな気がしなくもない。
レマは諦めたくなかったからここに入学したんだ。
蓋を開ければすれ違ってしまったけれど、今度はエルナトが離れなかった。
執着していたのは彼も一緒だったからだ。
「ねえ、私たちお邪魔かも。帰りましょ」
「そうだな。それでは先輩方、わたくし達はおいとまさせていただきます」
俺は軽く会釈して病室の扉を開けた。
その時、ふわりと吹き抜ける風が入ってきた。
窓が空いているのだろうか、かなり強い。
「ありがとな。ライネル」
エルナトから零れた言葉を耳に入れ、病室を出た。
返事は返さない。
俺は何もしていない。
ただ、二人の恋の行方を見届けただけだ。
ルピナスから学院附属の病院があると教えられ、少しばかりの世間話をしたあと地図を渡された。
地図を広げながらミラと一緒に向かい、王国北側に進むこと20分。
城と見まごう巨大建造物の前に着いた。
外壁は白くて、入口には金色の十字架が飾ってある。
ここがレマのいる病院か。
受付でレマの病室を聞いたところ、面会謝絶だと言われた。
同じ学校の生徒でもダメらしい。
親兄弟はどうなのだろうか。
いるのかわかんないけど。
「一人っ子よ」
「あら、ありがとう」
「気持ち悪い言い方ね」
ミラが教えてくれた。
そっか、一人っ子か。
なら友人知人がお忍びで来ているのではないのかと思う。
面会謝絶だからといって、このまま引き下がりたくない。
わざわざ20分もかけてきたんだ。
面拝ませろい。
「ライネルの格好で、レマ先輩!って言ったらさ、誰?ってならない?」
「そこはほら…盛大に種明かしするしかない」
「怒られるわよ。あなたレマの着替えにも付き合ってたんでしょ?」
ミラにため息をつかれて、血の気が引いた。
何処でそれを姫、と名付けよう。
「呑気なものね、さあ行きましょう」
ミラに手を引かれレマの病室へ。
通りすがりのナースに愛想良くしていたら、ミラに太ももを摘まれた。
無愛想にしたら怪しまれるかと思って、つい。
広い病院とはいえ、ものの数分でレマの病室に着いた。
面会謝絶の看板がある。
だがしかし、お構い無しで邪魔させていただいく。
「失礼します」
中に入った。
外観と統一した、白くて広い部屋だ。
一人で使うには広過ぎる部屋には、暖かみを感じる木製のベット。
その上に二人の男女。
赤色のメッシュが入った黒髪の男が、藍色髪の女の子にちょっかいをかけている。
…ふぁ?
「おー!ミアちゃんじゃーん!久しぶりー!」
ハジケた明るさで笑うエルナトがいた。
彼は、俺の正体に初めから気付いていた節がある。
だから別に驚かない。
それにライネルの姿でミアと言ったしな。
「え!?は?えぇっ!?」
レマは軽いパニックを起こし、俺とエルナトと交互に見た。
まるで理解していないようだ。
「実は、俺はミアです」
「ちょっと待って!ワケがわかんないよ!」
「ミアなんです」
「念を押さないで!」
ずいずいと接近したら、ミラに襟を掴まれて引き戻された。
「元気そうじゃない。心配して損した」
「そんで貴方は誰?」
「ライネルの婚約者のミラ。覚えておいてね」
「婚約者…?コルチカム先生が言うには彼、結婚してるって…」
そうレマがミラに問い詰めた瞬間、レマがガクガク震え出した。
ミラは今、一体どんな顔を彼女に向けているのだろうか。
振り返りたくない。睨まれてそうで怖い。
ちびりそうだ。
さっさと本題に入ろう。
「部長。此度の暴挙は一体どういう目的を持っておこなったのか教えて下さい」
俺は単刀直入に聞いた。
すると、一瞬にして空気が重たくなった。
レマは俯き、ミラは視線を逸らした。
変わらないのはエルナトだけ。
だが、彼もまたおちゃらけた雰囲気を鎮めた。
「君にはわからないよ」
レマは一言、そう呟いた。
「ええ、全くもってわからないです。一応聞きますけど、エルナト先輩は知ってたんですよね?知られてるのにしてたんですか?」
「…仕方ないじゃん。こいつはわたしに嘘をついたんだ。結婚しようだの一生幸せにするだの宣ってたクセに、あっさりと他の女にいきやがった」
レマは吐き捨てるように言った。
「真偽はどうなんです?エルナト先輩」
「んなわけあるかい」
「だそうですけど?」
すると、レマはエルナトを蹴り飛ばし、馬乗りになって拳を振り上げた。
ミラが初動を抑えてくれたが、それが火に油を注いだ。
「離して!いっぺんこいつをぶん殴らないと気が済まない!」
「ぐぬぬぅ…な…殴っちゃダメ!」
どの口が言ってんだよ。
これは、ミラに聞こえるように思った。
「エルナト先輩って女難の相あるでしょ」
「あっかもしんない。お前と同じで」
「じゃあこれより先はどうなるのかわかってるわけだ。そろそろ話してくれますよね?」
「…別に隠す気だったんじゃねェーつーの」
エルナトは身体を引いて起き上がり、レマを抱えてベッドに戻した。
抱えられている時、レマの顔は茹で上がり、ぎゅっとしがみついていた気がする。
「さて、どこから話すか」
エルナトがレマの顔に毛布を掛けた。
死人扱いみたいだ。
「ではまず、エルナト先輩と部長の関係性について教えて下さい」
「幼なじみだ。つっても、学院に入学するまでの数年間は会ってない。旧友の方が正しい」
妙に突き放すような言い方だ。
優しげな口調なのにな。
「なるほど。で、入学してからは?」
「友人になったよ。同じ部に入って、それなりに仲良くなったつもりだ」
「そうですか…では、二人が交わした約束について聞きましょう」
「なあ、なんでそれをお前に話さないといけないんだ?」
エルナトは眉間に皺を寄せた。
手首をコキリと鳴らし、掌を広げている。
「話してくれるんじゃなかったんですか?」
「俺が話すのは関係性についてだ。一個人の証言を話すつもりは無い」
「なら結構。部長は今日限りで退学になります」
「あ?出来ると思ってんのか?」
エルナトが発した魔力が、窓ガラスにヒビを入れた。
視線は俺とミラ、双方に向けられている。
ついでに経路も確認した。
おそらく、俺たちを始末したあとどう逃げようか考えているのだろう。
…これでいい。
「できるできないは関係ない。するんですよ、俺が」
「平民上がりが一端の口を聞くな。エイザール家に楯突ける人間は、このライテール王国には存在しない」
エイザール家。
たしか、ライテール王国でも有名な伯爵家だったはず。
上手いこと聞き出せたな。
挑発した甲斐があった。
エルナトが次期当主で、コルチカムに圧力をかけたのも彼だ。
現当主を通じて間接的に人を動かしたのだ。
「かの有名な伯爵家の方だったとは。恐れ入ります」
「もう遅い、お前らはもう二度と学院へは通えん」
「素はそれなんですね」
「もとより隠すつもりは無いと言ったはずだ」
エルナトの口調、立ち振る舞い、全てが変わった。
威厳に満ち溢れ、信念強い顔が浮かび上がってくる。
「それでこそ伯爵家次期当主にして三学年首席。その姿をそのままに、彼女を抱き締めることはできなかったのですか?」
「…お前は何が言いたいんだ」
「部長…いや、レマ先輩はエルナト先輩を好きだったのでしょう。エルナト先輩も同様にレマ先輩が好きだった。両想いだった。違いますか?」
「違うな」
「何が違うんです?」
俺は少し、頭に血がのぼっている。
落ち着かないと。
エルナトはベッドに腰掛けて、毛布を瞬打した。
毛布に包まれているレマを気絶させたんだ。
唖然とするミラと俺を他所に、エルナトは口を開いた。
「たしかに俺は昔、レマが好きだった。だがそれは所詮、一時の紛い物の心理。再会してから今一度恋に落ちかけたが、それも同様、一時の感情によるもの。それに、俺が昔言った言葉を現在進行形で追いかけてるレマと一緒に居るのは正直しんどかった。いつもいつも俺に付きまとい、昼も夜も遊びに誘われ、同じ部に勧誘され、次第に執着し、歯止めは利かなくなった。初めは楽しかった。だがすぐに面倒くさくなった。俺は飽き性だからな。ゆえに俺はレマが寄り付かないように壁を作った。一部の女子生徒と一時的な契約を交わし、部室に居座るように働きかけた。そうすれば勝手に離れるだろ。そもそも彼女は俺を好きじゃない。玉の輿狙いなのが見え見えだ」
今、明確に、エルナトはレマを突き放した。
なのになぜ、彼は辛そうな顔をしているのか。
それに、聞かれてもいいなら気絶させる意味もないだろう。
完璧な嘘偽りの仮面を被っていても、見抜ける人には見抜ける。
そのためにミラがいる。
「どうだ。この人は」
「もう本当に救いようの無い拗らせ方をしているわ。如何に悪列な御託を並べても、本質は真逆。彼女が好きで好きで仕方なくて、離れたくなくて、私たちの乱入を歓迎しつつも初めから彼は鬱陶しがってた。二人だけの時間を邪魔するなって。それに、毛布を殴る力が弱過ぎて彼女を気絶させるには至っていない。ぜーんぶ聴いてるわよ、彼女」
ミラが毛布をばさっと取り払った。
彼女の言う通り、レマは起きていた。
泣いていた。
「これは…!違…」
エルナトは言葉を失い、観念したように天井を眺めていた。
放心状態のエルナトの背中には、啜り泣くレマがしがみついていた。
一つ。ルピナスからここに来る前に聞いたことがある。
エイザール伯爵家は原則として一般人との交際を認めていない。
下級貴族からの成り上がりであるため野心の強い人間が多く、政略結婚を通じて領地拡大を行ってきたからだ。
その領地の一つに、レマの住む農村があったという。
親交は浅いものの、そこを治めるエルナトと村娘レマは階級違いの恋をした。
結局二人は引き裂かれてしまったが、想いは続いていた。
レマは貴族でもなんでもない、ただの一国民。
町外れの農家に生まれ、努力して学院へ入学した。
全てはエルナトに会いたいがために。
「気を引きたいからって安売りをしてはいけませんよ。安いのは野菜だけで結構です」
「ゴミみたいなフレーズね」
「空気が重てぇんだもん」
でもさ、エルナトはなんで別れて以降連絡を取らなかったんだろう。
お家に目をつけられたか、或いは傷心のレマが拒んだか。
どちらにせよ努力が足りない気がする。
文通でもなんでも、やり方はあっただろうに。
「さあ…彼女がここに来ることを知っていたんじゃない?」
ミラの言うことに納得は出来ないけど、概ねそんな気がしなくもない。
レマは諦めたくなかったからここに入学したんだ。
蓋を開ければすれ違ってしまったけれど、今度はエルナトが離れなかった。
執着していたのは彼も一緒だったからだ。
「ねえ、私たちお邪魔かも。帰りましょ」
「そうだな。それでは先輩方、わたくし達はおいとまさせていただきます」
俺は軽く会釈して病室の扉を開けた。
その時、ふわりと吹き抜ける風が入ってきた。
窓が空いているのだろうか、かなり強い。
「ありがとな。ライネル」
エルナトから零れた言葉を耳に入れ、病室を出た。
返事は返さない。
俺は何もしていない。
ただ、二人の恋の行方を見届けただけだ。
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彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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