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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第111話 闇の中で

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 深夜の学校は怖い。
 それは誰しもが思う共通認識であるが、こと目的があるとなると余計な強ばりが体を蝕む。
 異界へ招かれた二人の男女。俺とミラだ。
 校内へ潜入し、風紀部部室の前に到着するまで一言も会話をしていない。
 というか、昨日の夜からミラと会話をしていない。
 昨晩から翌朝にかけて一緒に寝たが、特に何をしてくるわけでもなく、俺の胸元に縮こまって寝ていた。
 可愛かった。けど宥めきれなくて涙の後が色濃く残っていた。
 今は暗くてよく分からないが、今も残っているだろう。
 心配をかけさせまいと、わざと距離を取って着いてくる彼女にモヤモヤが募る。
 
 「中には誰も居ないのかな」

 「……」

 「ミラ?」

 「…え!?な、何かしら…?」

 少し反応が鈍かったな。
 まだ気にしてるようだ。別に気にしなくていいのに。
 あの程度でミラを嫌うわけがないし、感情の起伏が激しい方が夜も激しいだろうし。
 ごめんなさい。俺今、深夜テンションです。

 「中の様子わかる?俺、夜目が利かないから蝋燭無しじゃ確認できないんだよね」

 「そういう事なら…うん、任せて。ライネルのために私頑張ってくるわ」

 「…お願いね」

 かなり気を使わせてるな。
 とりあえずいつも通り振舞っとくか。
 ミラは天井をめくり、天井裏に入っていった。
 そして天井を閉めた時、一瞬だけ微笑んでいたような気がした。

---

 ミラが部室内を調査してる間、俺は部室入口の警備。
 不審人物が近寄れば直ちに制圧する。
 どうせこんな時間に、こんなところに来る時点で危ないヤツだろうし、野放しにしておく理由は無い。
 と、ルピナスに言われてるし、なんならコルチカムには打首にして晒せとまで言われている。
 あの時は冗談で片付けたけど、コルチカムは声を上げて笑ってたのに目は笑ってなかった。
 多分、半分本気。
 学生同士のいちゃつきが気にいらないらしいね。
 
 〝ミラー!俺の声聞こえますかー!〟

 テレパシーを送ってみた。
 心の中で必死に叫んでみたけどどうかな。

 〝大好き…〟

 全然関係無い言葉が返ってきた。
 
 〝それはわかったよー!状況教えてー!〟

 〝レマは黒ね。かなりヤバいから見てほしい〟

 〝ヤバいから見てとは随分な了見だな〟

 〝男三人と〇〇してる〟

 〝…それマジで言ってる?〟

 〝大マジよ。レマが男子生徒の一人の〇〇〇をしゃ〇ってて、それで――〟

 〝待て、それ以上は話さなくていい。問題は無理矢理かどうかだ〟

 〝おそらくだけど、こいつらはレマに呼ばれた口よ。まあ口に咥えてんのは――〟

 〝お前も深夜テンションじゃねーか〟

 なるほど、大体状況が見えてきた。
 見えてはいけないものが見えてきた。
 突撃すべきかどうかはミラの判断に任せよう。
 もし本当にレマが呼んだのであれば制圧は容易いが、もし違えばレマが人質に取られる恐れがある。
 大抵こういう場合は立場の弱い人間を好き放題するものだからな。
 あってはならない話、許せない話だ。
 
 とはいえ上下関係が不明な以上、考え無しに行動するのは良くないか。
 指示待ちせず、一度相談してみよう。

 〝ミラ。俺はどうすればいい?〟

 〝そうねぇ…この際混ざってきなさい〟

 ミラのやつ何言ってんだ。
 気でも狂ったのか。

 〝ふざけんな。それじゃあ本末転倒だ〟

 〝これは潜入調査よ。内情をよく知るには一度身を落とす必要がある。武力制圧は過程で発生するわ〟

 〝つまり三人を始末してレマを奪い取れと?んな無茶な〟

 〝その無茶を押し通した先に、彼女は心中を暴露する。白馬の王子様に全てを吐き出す。毒を抜くのに必要な素養が貴方にはある〟

 〝無いです。他の案を考えてください、どうぞ〟

 〝うだうだ言ってるうちに、どんどん彼女が汚れるわよ。それでもいいの?〟

 〝いいわけないだろ〟

 〝なら?〟

 〝やってやるよ〟

 丸め込まれた形になったが仕方ない。
 いっちょ派手にやるか。
 これ以上レマを傷つけるわけにはいかない。

 俺は剣を置いて、部室の扉に手を翳した。
 遮蔽物の多い室内で長剣を振るうのは得策では無い。
 視界不良で神経を削りながら振るうことになる。
 であれば徒手空拳のみで制圧すればいい。

 そのためにはまず扉を破壊しよう。
 俺は右手に魔力を溜めて漆黒の裁ち鋏を模造した。

 「『龍黒鋏』」

 俺は扉を十字に斬り裂いた。
 サクッと、いとも簡単に断ち切った。

 4枚に分かれた扉を拳で弾き、部室の中へ飛ばした。
 これにより大きな衝突音が鳴った。
 さすがに気づかれた筈なので、さっさと部室の中へ入った。

 「えっ…だ…誰?」

 この声が聞こえた刹那、ミラから感覚共有の魔術を受けた。
 共有したのは視界ではなく視力。
 実質的な能力向上である。

 俺の眼前に映るのは、見知らぬ男子生徒三人と戯れるレマの姿だった。
 彼女は酷く怯えた様子で俺を見ていた。
 絶望に満ちた顔すら見えた気がした。

 「テメェ!何勝手に入っ――ごふぉ!」

 俺は絡んできた男の鳩尾に一撃食らわせた。

 「退け、害虫」

 俺は、そのままその男を蹴り飛ばした。
 ドガンと激しい音を立てながら、男は本棚の下敷きになった。
 手応えはありすぎるほどあった。
 死んだら死んだで、それでいい。
 むしゃくしゃが止まらないんだよ、こっちは。

 「こいつがどうなってもいいのか!」

 もう一人の男はレマの首に刃物を突き立てた。
 そしてもう一人は短刀を二本腰から抜いた。

 「バレちまった以上、誰だか知らねぇが殺す。どの道こうなることはわかってたからな」

 短刀を持った男が言った。
 
 「知っててやってたのか。馬鹿の思考はわからないな」

 「その言葉…もう撤回は――なッ!」

 俺は両手を龍黒鋏に変態させ、男の持つ短刀を挟み砕いた。
 その上で瞬間23連発の拳を顔面に打ち込んだ。
 男は意識を失い、地に伏した。

 「ひぃッ…!!」

 最後に取り残されたのはレマを人質に取る下衆。
 若干漏らしかけてる男だ。
 未だ震える手で、レマの首に刃物を突き立てている。

 「まったく我ながら酷い出来だ。リードのようにはいかないな」

 「く…来るな!こいつがどうなってもいいのか…!」

 「はあ…」

 この期に及んで往生際の悪いやつだ。
 借りをもうひとつ作ることにしよう。

 「ミラ」

 「はいよー」

 返事と共に、ミラが天井を割って降りてきた。
 音は無く、静かに着地した。

 「うわぁあああ!な…なんなんだ!?次から次へと!」

 「初めまして、そしてさようなら『黒糸穿』」

 ミラの手から放出された糸が男の首に絡み付き、一気に絞められた。
 その糸は部室内の至る所に固定されており、解くことは不可能。
 天井から降りてくる段階で仕込んだんだ。

 「クッ!くェ…!」

 男はもがき苦しんだ。
 やがて動きを止めて泡を吹いて気絶した。
 ミラはふうとため息をついて椅子に座り、休憩に入る。
 夜分遅くにご苦労さまです。

 レマは脱衣したまま放心状態だったので服を着せた。
 抵抗する素振りを見せず、黙って受け入れていた。

---

 そのまま、俺はレマを連れて校長室へ向かった。
 校長室は工房とは別にある。
 学院最上階へ上がり、階内の中心に存在する。
 一風変わった扉を開けて校長室へ入った。
 中は明るく、コルチカムが立派な椅子に腰かけて待っていた。

 「僕の言った通り、灰色だったね」

 そう言うコルチカムの顔に笑顔は無く、あくまでも一教師としての叱責が含まれていた。

 「普通、教員が現場に急行すべきでは?」

 「他の教員ならそうだね。その場にて過去を贖罪させ、更生させ、いつも通りの学校生活へと戻す。でも僕は絶対に許さない。なんなら血の雨を降らせる。そこの彼女含め八つ裂きだ」

 コルチカムの吐き捨てるような言葉に、レマが呼吸を狂わせ震え始めた。

 「ならいらっしゃらなくて正解でした。見ての通り事件は解決したので、一件落着としましょう」

 「そうだね。処遇はルピナス理事長と協議して追って決めよう。現状言い渡せるのは今日居た三人お供、あれは退学処分。レマ君に関しては僕の独断では決められない」

 「何故です?校長の権限があるのに?」

 「僕の更に上から圧力がかかったんだよ。その気になれば押し返すこともできるんだけど、立場上あまり使用したくないやり方なんだ。だから慎重に精査したい」

 コルチカムは困窮した様子で言った。
 校長より上は理事長だけではないようだ。
 思えばここサフラン・ブレイバードは昔、貴族学校だったと聞いた。
 身なりのいい生徒は今も居る。
 その風習が根強く残っているのかもしれない。

 「まあ目的がどうであれ事の重大さは大きい。それ相応の処分は覚悟しておくことだね」

 コルチカムはレマに向けて強い口調で言い放ち、彼女を自宅まで送ると言って校長室から出ていった。
 本一件はこれで片付た。
 校長室に残された手紙には、俺とミラは帰宅するように書いてあった。
 翌日は休んでくれても構わないとのこと。
 なのでありがたく休日を頂くことにした。

---

 帰ればもう朝。
 少し仮眠を取った。ざっと3時間程度なのに体は最高潮になった。
 休日をダラダラ過ごすのは勿体無い。
 それに皆が登校してるに遊び呆けるのもどうかと。
 ミラは起きる気配が無いので、スレナに相談事を聞いてもらおう。

 俺は朝食を終えてすぐ、スレナの洗い物を手伝った。
 テーブルに焼菓子を置いてスレナと向かい合う。

 「相談とはなんでしょうか?」

 スレナは「ん?」と首を傾げていて可愛らしい。
 俺はスレナに昨日あったことを話した。勿論レマが何をしていたのかは濁して。
 名前は伏せたがエルナトについても話した。
 気になることがあったからだ。

 「好きな人の気を引きたいとき、スレナならどうする?」

 「突然ですね。でも、うーん…私は実力行使以外考えられないのでなんとも」

 「だよな…」

 「あ、でも嫉妬させるのは一般的ですよね」

 「というと?」
 
 「テキトーに見繕った無興味の人に抱かれて、私モテるのよーとか、欲しくないのー?とか必死にアピールして、意中の相手に分かるようにボロを出すんです、わざと」

 「それって意味あるのか?」

 「さあ…私にはわかりませんけど、ご近所さんが似たようなことしてたんで」

 「それって不倫じゃ…」

 「間違いなくそうですね。それ以来、向こうの旦那さんがやたら貢ぎ物くれますよ。すんごいジロジロ見られます」

 「おい狙われてんぞ」

 「そんなのわかってますよ。だから頂くだけ頂いてあしらってます。で、そんなことはどうでもいいんですよ。私が言いたいのはですね、男性は大抵そのようなことをされれば愛想を尽かすということです。本当に好きなら離れたりしないもんですから」

 「それは、見知らぬ他人に抱かれててもか?」

 「見知らぬ他人に抱かれててもです」

 スレナはキッパリと断言した。
 
 「つまり好きな人の気を引こうとすれば逆に離れる、と」

 「ライネルさんが言いたいのはあれですよね、誰かさんと誰かさんの恋路についてですよね?」

 「まあそうなんだが、どうも引っかかってね」

 「なら大丈夫です。その男性はキチンとその女性を見ていますよ」

 ふふと笑うスレナ。
 随分と女性らしくなったじゃないか。
 いや、この場合メイドらしくか。
 でもメイドにしとくには勿体無いよ、ほんと。

 「結局は彼女の早とちりだったのか」

 「その解釈は少し違います」

 「違う?」

 「男性もやり返してますからね、おあいこです」

 「それ言えてる」

 肩の力が抜ける話に終わった。
 スレナに相談してよかったな。
 
 「ライネルさんは私も好きですもんね?」

 スレナの見透かしたような微笑みに、俺はハグで返した。

 「当たり前だろ。じゃなきゃこうして、いちゃついたりしない」

 「えっへへ」

 詳細は明日レマに直接聞けばいい。
 面会できるかは不明だが、コルチカムに頼めばなんとかなるだろう。
 その時はミラも連れて行く。
 なんとか年の功で最適解を導き出して欲しいから。
 などと考えていたら。

 「年の功…」

 と、スレナを抱き締める俺の背後から聞こえた。
 俺はミラに抱き締められた。
 俺はスレナを、ミラは俺を抱き締めている。
 三人が重なるこの状況。
 なんだこれ。
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