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第六章 王立学院サフラン・ブレイバード編

第114話 吐露

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 泣く子も黙る豪雪の休日。
 俺はエルナトに呼び出された。
 校舎裏に存在する人気の無い通路に。

 「お待たせしました」

 「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ、ミア」

 「ライネルです」

 予定時刻より少し遅かったか。
 ミラに襲われたせいで、ここへ来るのに時間がかかったからな。
 昨晩。俺はミラの、ミラだけの抱き枕にされた。
 彼女は寝巻きも下着も身に付けず、耳元をくすぐる言葉を延々と俺に浴びせてきた。
 最初は寝苦しかったけど段々と気持ち良くなって、ぐっすりと眠れた気がする。
 しかし、それが良くなかった。
 朝起きた時、「なんで私には何も無いの?」と、完全ぶちギレ状態のミラに着替えを盗まれた。
 学校に着いてからも機嫌は治らず、しまいには共用トイレで「脱げ」と言われた。
 もうダメかと思った刹那、エルナトに声をかけられた次第だ。

 「冗談はさておき本題に入ろう。なに、手短に済ませてやる」

 「普段はおちゃらけた感じなのに、なんで、一対一だと真面目なんですか?」

 「逆に聞くが、素を知るお前に対して、おっ!ようやく来たなライネル!待ちくたびれたぜ!と、普段通りの言動を取られたらどうだ?」

 「不快感マックスですね」

 「だろう?あと、はっきり言うな」

 「はい」

 怒られたけど、実際そう思うだろうよ。

 「まあ座れ。立ちっぱなしはキツイだろ」

 エルナトが椅子を用意してくれたので座った。
 校舎裏に無断で椅子を運ぶとか、どこぞのゴロツキみたいだな。
 彼のことだし、許可は取ってるかもしれないが。

 「早速だが、お前はティッカード家の長男なのか?」

 いきなり個人情報について問われた。

 「そうですけど、それが何か?」

 「母方か?」

 「ええそうです」

 「……」

 なんで急に黙るんだ。

 「あの…だな。とてつもなく言いにくいのだが、うーん…」

 エルナトは腕を組んで難しい顔をしている。

 「焦らさないでください。早く!言って!ください!」

 俺はエルナトの肩を掴んで力いっぱい揺すった。
 タイムイズマネーだ。

 「わ…わかったから!離してくれ!」

 エルナトの表情に少しだけ焦りが見えた。
 驚かせたようですまない。
 彼は僅かばかりの長考の末、ようやく重い口を開いた。

 「お前はメリナ・ティッカードを知っているか?」

 こりゃまた思いもよらぬ単語が出てきたな。
 しかもエルナトから。

 「知ってます。有名ですよね」

 「ああ、それでなんだが…」

 今度は言葉選びに時間がかかっている。
 じれったいな、もう。

 「俺に出来ることならなんでも」

 「そ、そうか!ならひとつ頼みごとをしたい。これをお前の妹に渡してほしいんだ」

 そう言ってエルナトは一枚の手紙を渡してきた。

 「恋文ですか?」

 「違う。確認の手紙だ」

 「…はい?」

 「お前は知らなくていいし、知ったところでこれからの学校生活に何ら支障はない。勿論、その後の人生にも影響は無い」

 随分と突き放すように言う。

 「なんですか、怖」

 「安心してくれ、絶対に違う」

 「二つの意味で怖いですね。ほら、あいつ可愛いから。実兄が認めるぐらい可愛いから」

 「兄としては100点だが男としては0点だな…」

 エルナトは椅子を片付けて、背伸びをしながら立った。

 「ふぅ…くれぐれも頼んだぞ」

 「お任せを」

 エルナトは肩を慣らしながら帰って行った。
 俺はエルナトと別れてすぐにテオネスの元へと向かった。
 
 手紙を渡したところ、テオネスは眉を八の字にして困惑した。

 「なにこれ…?」

 「さあ…なんなんだろうね」

 少し気になるのでテオネスの背後に回って覗き見ようとしたら、向きと体勢を変えられた。
 これじゃあ見れない。見せてくれない。

 「ちょっと見せて」

 「やだよ。近寄んないで」

 テオネスが意地悪なことを言うので、俺は後ろからそっと抱き締めるように引っ付いた。
 温かい、ぬくい。でもテオネスは微動だにしてくれない。
 怒っているのだろうか。

 「ハルのほうが上手い。ハルだったら指先が触れるだけで濡れちゃう」

 「だろうな。あいつは一途で、誰よりもお前を好きで、愛を伝えるためなら勤勉を惜しまない努力家だ。上手いに決まってる」

 「でも、お兄も上手くなったよ。特に力加減が」

 ふとテオネスが零したその言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
 何故か痛い。
 呼吸ができないぐらい苦しくなる。

 「結構前にさ、誰かに手加減しろって言われたことがあるだよ。誰かは覚えてないけど、女の子だった気がする。たぶんそれが、俺の初恋。俺は、その人のために頑張ってきたんじゃないかって、結ばれたいから前を向いて歩いてきたんじゃないかって、時々思うんだ。ハルと同じで俺も頑張ってるんだよ。だからさ、今はまだ、下手なままでいさせてくれ」

 テオネスの荒い息遣いに、身体が否応も無く反応したけどなんとか抑えた。
 これは、おかしいことなんだ。
 妹に欲情するなんて。
 
 「そっか。わかってるならよかった」

 「うん…」

 テオネスが抱き締め返してくれた。
 安心感がすごくて、眠くなるような優しい香りがした。

 「好きだよ。お兄ちゃん」

 「俺も好きだ。テオネスのことが昔からずっと大好きだ。顔も、匂いも、仕草も、考えること全部、全部大好きなんだ。いつかは離れ離れになるのに、こうして愛で続けていたいと思うのは罪なのかな?妹を愛するのは悪いことなのかな…?」

 どうして俺は…こんなことを聞いてるんだろう。
 なんで手が離れないんだろう。

 「大丈夫。今、この瞬間だけは、お兄ちゃんのものだよ」

 「…そんなの甘すぎるだろ」

 「お兄ちゃんが私を使ってたように、私だってお兄ちゃんを使ってたんだ。お相子だよ」

 「バレてたのか…」

 「うん…あの時はすごいドキドキした。え?なんで私の下着を嗅いでるの?って思った」

 「…ごめん」

 「いいよ気にしなくて。そのかわり、今度私の目の前で嗅いでよ。それをおかずにするからさ」

 「悪趣味極まる」

 「ダメ…かな?」

 「直接がいいのだけれど」

 「それはダメ。ハルに怒られちゃうから」

 「残念だ。でもハッキリ拒否してくれてよかった。もし受け入れられたら、かなり危なかったと思う。この場で襲ってたかも」

 「はあ…まったく、お兄ちゃんの性欲は相変わらず強いね」

 「気持ち悪いけど、伝えられるうちに伝えておきたいだけだよ。俺が明日急に死ぬかもしれないし、テオネスだってどうなるかわからないだろ?」

 「ふふっ…そうだね」

 テオネスは屈託のない笑顔で言った。
 しまい込んだはずの手紙を出して、俺に見せてくれた。
 手紙ではなく地図だった。
 ライテール王国の全体地図だ。
 地図の片隅に、丸い赤印が付いていた。

 「それじゃあ一緒に行こうか。メリナの所へ」

 俺はテオネスに手を引かれた。
 小さかった背中が、いつの間にかこんなに大きく。
 女性らしく。こんなにも頼もしい。
 誰が相手だろうと、もう怖くない。
 一人では無理でも、二人でなら解決出来る。
 今までも、これからもそうしていくつもりだ。
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